第28話 告解
朝の光はジュリアの幹から枝から葉っぱまでを、容赦ないきらびやかさで描き出していた。
夜を一緒に過ごした少女の姿は、今は見えない。
でもその若木は、たしかにあの少女だ。
僕は心でそう分かった。
目が覚めた今も、彼女との記憶は色あせることなく、僕の中に残っていた。
彼女にお礼を伝えたこと。
彼女も僕に感謝してくれたこと。
ロミが私のことを切り倒して。切られても、あなたなら許してあげる。
よみがえった彼女の声が、改めて僕の魂を震わせる。
僕はジュリアを見つめながら、言った。
「ねえ、ウィル。僕は、この子を育てていいんだよね?」
彼は一たす一は二だとでも言うように、力強く返した。
「もちろんだとも。君がそうしたいと願う限り、ジュリアは君のものだ。何者も邪魔立てなどしない」
「僕自身の心が邪魔するとしたら?」
ウィルは僕の言葉に、意外そうな顔をした。けれど彼は僕が何を言いたいか、この短い言葉だけから理解できたようだった。
彼は声色を緩めた。
「もし君が育てないのなら、私がジュリアを育てるだろう。君が育てようと、私が育てようと、結局ジュリアがその実に病を宿す結果には、変わりがないと思うがね」
「そう。そっか。そうだよね」
僕はそう言って、彼の言葉を飲み込んだ。
ウィルは僕の肩をトントンと叩いた。
「ジュリアが将来宿すことになる病がどんなものか、それは神のみぞ知る事実だ。君はこれを悪い方に捉えているようだが、案外、不安な予測は当たらないものだよ。なにせ巷に溢れる多くの病は、人を傷つけるにはあまりに弱い。たとえば、そこに立っている風邪の木ように」
ウィルの指し示す先に立っている風邪の木は、ただ、のどかな森の片隅に暮らす一本の木のように、そこに生きていた。
僕はウィルと話を終えると、オリオを探しにいった。
まだ朝の早い時間だったから、彼は寝巻き姿のまま、あくびをしながら階段を降りてくるところだった。
彼のまぶたが腫れているのが見えて、僕はまた胸をギュッと掴まれた気分がした。
「オリオ」
僕は呼びかけた。
僕には彼に謝りたいことが、たくさんあった。
けれど僕が口を開く前に、オリオは階段を駆け降りてきた。
「ロミ! ロミ、昨日は本当にごめん。あのあと部屋に戻ってから、なんて馬鹿なことをしたんだろうと、懺悔の気持ちが止まらなかったんだ」
彼は階段の最後の二段を飛び降りると、僕の目をのぞき込んで、うろたえた声を上げた。
「目に光がないよ、ロミ。よく眠れなかったんだね。ああ、僕のせいだ。君には全く関係のないことで、君のことを傷つけてしまった」
僕は慌てて彼の言葉をさえぎった。
「待って。オリオはなんにも、悪いことなんかしてないよ。それに謝らないといけないのは僕の方だ。今まで僕は、オリオがどんな事情を抱えているかも知らずに、君の目の前で、君を苦しませ続けた敵を、大切にしてきた。君が僕のことをどんな気持ちで見ていたのか、今は想像するだけで胸が張り裂けそうだ。本当に、ごめんなさい」
それを聞いたオリオは、今にも自分を殴り始めそうな勢いで拳を固めた。
「記憶をなくした友達から、心の拠り所を奪うことが悪でなければ、何を悪と呼ぶんだ。僕のあんな身の上話を聞いてしまったから、優しいロミはもう今まで通りにジュリアを愛でることすらも、叶わなくなってしまったんだ。僕は、君の、大切な宝物を、穢してしまったんだ!」
彼が右手を引いて自分の頬に向けたので、僕はとっさに彼の手に飛びつくと、そのまま彼をソファーまで引っ張っていった。
僕たちは温かいミルクココアを淹れた。控えめな甘さが、僕たちの心を少しだけ解きほぐしてくれた。僕は今になって、とても喉が渇いていたことに気がついた。
僕はカップの半分を一気に飲んで、ほっと一息ついた。それから言った。
「オリオがもし少しでも不愉快に思うのなら、僕は今すぐジュリアの世話をやめようと思う」
オリオはゆっくりとカップを置いた。
「僕が君のことをどんな気持ちで見ていたのか、教えてあげようか。僕はね、君がジュリアのことを楽しそうに育てているのが、嬉しかったんだよ。記憶も命のともしびも危うい中で、君が少しでも不安を忘れられる時間を作れたことが。だから僕が君に望むのは、これまで通りに過ごしてほしいってことだけ」
彼の言葉に、昨夜までとは違う温かい涙が流れそうになった。
少しの沈黙のあと。
「ありがとう」
僕がそう言うと、彼は満足そうにうなずいた。
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