剪定
第29話 枝毛
それからまた、しばらく日にちが経った。
僕は毎日欠かさず、ジュリアの世話を続けた。
今では若木の姿のジュリアは、出会ったときよりも背が伸びて、枝の数も少し多くなっている。
最近の僕は、眠るのが楽しみになっていた。
理由は、二日か三日に一度くらい、夢でジュリアと会えるようになったことだ。
僕たちは夢の中で出会っては、気ままにおしゃべりをして過ごした。
僕はそんな、文字通りの夢のような時間が好きだった。
この前、オリオに彼女のことを話してみた。
信じてもらえなくても仕方ないような突飛な話だった。しかし、彼はこの話を聞くと、世紀の大発見をしたみたいに目を輝かせた。
「少女の姿のジュリアはきっと、木の精霊だよ。ロミが若木のジュリアを大切に育てたから、彼女の方から姿を現してくれたんだ」
僕は自分から突拍子もない話をしたくせに、思わず聞き返してしまった。
「木の精霊って、本当にいるの?」
オリオはケロッとした顔で、肩をすくめた。
「さあね。でも、死神の世界は現世よりも魔法に満ちているみたいだし、精霊がいてもおかしくないよ」
きっとそうなんだろうなと、今は僕も思っている。
今日も一日の終わりがやってきて、僕は穏やかに眠りに落ちた。
するとすぐに、夢の世界が僕を包んだ。
今日の夢は、図書室のような場所で始まった。
『のような』と付けたのは、図書室とはいっても、ウィルの家のとは大違いの場所だったからだ。
背の高い本棚が左右の壁一面に並んでいるけれども、壁に接していないところには棚は立っていない。敷かれている絨毯はお姫様の部屋のようなピンク色だし、窓にかかるカーテンも紺色じゃなくて白のレースだ。
窓の前には、可愛らしい装飾のついた白い物書き机が置いてある。さらにその横には、大きな鏡のついたドレッサーまであった。
そしてドレッサーの前には、紫色の美しい毛先を、真剣な表情でチェックしているジュリアがいた。
「ジュリア」
後ろから声をかけると、彼女は驚きながら振り返った。
「ああ、ロミ! やっときてくれたのね」
彼女は花のつぼみがほころぶように微笑んだ。
「ここは、一体どこなの?」
僕が尋ねると、ジュリアは両手を広げて、誇らしげに部屋全体を指し示した。
「ここは、私の部屋! つい昨日、できたばかりの新品なの。きっと神様が与えてくださったんだわ。私が少し成長した記念にね」
ジュリアは嬉しそうに僕の手を引いて、部屋中を見せて回った。
僕はジュリアの喜びが溢れたこの部屋が気に入った。
「素敵なお部屋だね。招待してくれてありがとう」
「当たり前よ。ロミに一番に見てほしかったの」
一周した僕たちは、ドレッサーの前に戻ってきた。僕は彼女の柔らかくウェーブを描く髪に、視線を滑らせた。
「ごめんね、髪のお手入れ中にお邪魔しちゃって」
それを聞いた途端ジュリアは、小さな花がしおれるように表情を曇らせた。
「ねえ、聞いてよロミ」
「どうしたの?」
彼女は無造作に、毛先を指に滑らせた。
「最近ね、枝毛が増えてきちゃって、困ってるの」
「枝毛?」
彼女が髪先を近づけるので、僕はその髪を間近で観察させてもらうことになった。たしかに紫色のうねりの中に数本、途中で枝分かれしてしまっているものが混じっている。彼女は残念そうに、毛先をもてあそんだ。
「いっそのこと、カットしてしまいたいのだけれど。この部屋、ハサミがないの。困ったわ」
「きっと神様が慌ててお部屋を用意したから、ハサミを入れ忘れてしまったんだね」
僕が返すと、彼女はそうかもね、と笑ってくれた。
翌日、植物園へ若木のジュリアに会いに行った僕は、あっと声を上げた。
「枝分かれしてる」
僕はいくつかの枝が、幹の同じ場所から生えていることに気がついた。きっと新しく生えてきた枝が、前からあった枝と同じ場所を、始点に選んでしまったのだろう。
同じ場所から生えてしまった枝同士は、なんだか窮屈そうに見えた。
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