第107話 川渡り

「さて、そろそろお別れの時間だ」


ウィルは言って、霧のかかった川面を指し示す。


「ここは君がグリモーナから現世へと渡れるよう、神が作り出した特別な空間。そしてあの川の向こうが現世だ」


川の向こうに何があるのかは全く見通せない。霧が全てを覆い隠してしまっている。


でも今、僕の手の中にはジュリアの果実がある。この可憐な果実と共になら、少しくらい恐ろしくても足を踏み出せる気がした。


僕は隣に並び立つウィルの顔を見上げた。


「最後の最後まで、本当にありがとう、ウィル」

「構わないさ、このぐらい」


そう言って、彼はうながすように川の向こうに視線を向ける。


僕は歩き出し、川と地面の境界に立った。


この川の向こうで、現世での人生が待っている。

それに、すみれの花冠をくれたあの人も。


最後の記憶で、彼女は僕のことを助けようとしていた。

僕がずっと意識を失ったままでは、自分の犯した罪の重さに押しつぶされてしまうかもしれない。


早く現世に帰って、『僕は生きている』と教えてあげなければ。


僕は最後にもう一度だけ振り返ると、川の中に足を踏み出した。

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