第23話 家族になろうよ
「あ〜〜〜……おかしいなぁ〜……私は〜一体〜何を〜していたんだっ〜け……?」
セーフティハウス内にて、気の抜けた……うめき声? ……歌声? の様なモノが反響している。
その声の正体は、不運にも異世界に転生を果たした【カエルム】ことカエだったのだが……
セーフティハウスを訪れ、入浴を済ませたのちはリビングルームのソファーに凭れ掛かり、なぜか天井をずぅーと見上げていた。
入浴後ともあって——リフレッシュは——したはず……身体はさっぱりとした感覚はある。
しかし彼女には、なぜか心にしこりの様なモノが……?
思い出そうにも、ここ数分の記憶がない……不思議な感覚が彼女を蝕んでいるのだ——
現在のカエは、森を出歩いていた時の戦闘服ではなく、下はダボダボなズボンに、上はパーカーのようなフード付の服に身を包んでいた。いかにも、the部屋着と見て取れる格好だ——
一体、どこにそんな“装い”があったかというと……
その答えは装備項目の中——
そこにそれはあった。
================================
------戦闘服 <combat uniform>
>>> 私服シリーズ〈シンプルパーカーセット〉mk7 Lv.2
┗スキル-プログラム <skill-program>
>>> 安眠補助 Lv.2
>>> 堕落SP Lv.5
>>> 気力回復 Lv.3
------装身具 <personal ornament>
>>> 平凡なヘアゴム
>>> 平凡な髪留め 黒
>>> eye〜アイ〜マスク
================================
つまりこれは、戦闘服——装備の一種。
他にも私服シリーズには、パンダの寝巻き……大人〜なネグリジェ……といった何処に需要があるかも分からない代物があるのだが——要は『ネタ装備』と言われている代物だ。
だが……カエが、そんな“ファンシー”や“心が虚無に呑み込まれる恐れの女物の衣類”など着るわけがなく……それらネタ装備一式は今後一切を封印——恐らくもう——これら装備達は二度と日の目を見ることはないであろう……
そんな装備項目の中から、カエは現在……無難なシンプルな物を選んで着ている。
ただ……
そんな楽な格好で、ソファーに突っ伏し全力で寛ぐつもりでいたのだが……
彼女の表情には生気が失われ、永遠と天井に吊された照明を、ただただ見つめている——
なぜ己がそんな状態なのかは分からない……まるで、ポッカリと何かが抜け落ち、心に穴が空いた様な感覚……しかし、カエの中ではこの状態が、さも当然だと肯定してしまっている自分もいる——
この“謎”トランス状態の解は、きっと抜け落ちた記憶の中にあるのだろうが、この時のカエの思考は不安定で——それに、理性が思い出す事を抑制しているのか——『思い出してはイケナイ!!』と、本能で訴えている様にも感じる。
よって……そうした事もあって……カエは……
ただただ、うめき声を漏らすだけの機械と成り果ててしまっていた——
本当に、不可解な現象である。
だが、そんな時……
「——マスター、お食事の用意ができました」
「——ッ!? ごぉはぁぁん!!」
この状態もフィーシアの一言で回復の兆しを見せたのだった。
カエの思考は都合のいい事に引っ張られる。実に単純なものである——
まぁ——それには、そこだけに限らないのだが……
それと言うのも、思い返せばカエは早朝より飲まず食わず——食い物に反応するのも当たり前なことだったのだ。
そしてたちまち、カエはソファーから起き上がり、食欲を満たす為——本能のままに行動する。
「マスターは、こちらにお座りください」
フィーシアに案内されたのは、バーカウンターを彷彿とさせるオープンキッチンだ。
カウンターを挟み奥がキッチンスペース……幾つかの調理器具や流し台、IHのような設備が見て取れる。
そして手前側がカウンター席となっていて横一列にイスが並ぶ。その内の左端に座るようにカエは促された。
(——ッん? 食事って……食材とかって一体どこから……?)
「……ねぇ……フィーシア? そう言えば、ご飯って……」
「……ッ——はい、本日のメニューは、温野菜を添えたハンバーグステーキとなっております。ソースはデミグラスか和風の玉葱ソース……お好きな方をお選びください。マスター、ライスとパンはどちらに致しましょうか?」
「——ゑ? ……じゃ、じゃーライスで……」
カエは『今日の献立』が知りたかった訳ではなかったのだが、違う解釈(聞き方も悪かったが——)でもって読み取ったフィーシアは料理の説明と共に、カエの前にテーブルセットを準備しだした。
その所作は、流れるように完璧。この子は一流のウエーターか? カエは思わずそっちの方に思考がシフトしてしまう。
と、変な関心を寄せている間に……料理が運ばれて来てしまった。
「お〜マジか……普通に美味しそう……」
「どうぞ、温かいうちにお召し上がりください」
なんと目の前には、熱々の鉄板にのったハンバーグが運ばれてきた。『ジュー』という音と、お肉の焼ける香りが鼻腔を擽りカエの食欲を唆る……口の中には涎が溢れ、思わずゴクリと唾を飲み込む……更に、メインとは別にスープとライスもセットで並んだ。
しかし、その料理なのだが……どこか、カエにはこのメニューに身に覚えがあった。
【アビスギア】のゲーム内には料理によるバフをつける事ができるのだが、このメニューはそのバフ料理の一種だ。確か、イメージ写真がこんな感じだった事を記憶している。
まさか、ゲーム内の食事を食べる日が来るとは……不本意なのだが……正直、カエには感動ものであった。
「——では……いただきます」
聞きたいことはまだあるが、食事を運ばれてしまった手前——温かい内に食すべきがマナーと、自ずとナイフとフォークを手に取る。
用意されたナイフで、ハンバーグに刃を通すと……切り口からは肉汁が溢れ出す。
焼けた鉄板に肉汁が反応し、提供された当初以上の音と共に油が跳ね、白く微かな煙を上げた。これも、一種のテクスチャーと捉えられる。
一口サイズへと肉をカットすると、カエはすぐさま口へと運ぶ——もう、待ちきれない子供かのように……
肉を咀嚼するとそのたびに肉汁が溢れる。同時に、香辛料の香りとトマトの酸味が口いっぱいに広がった。だがそれらの刺激は決してしつこく無い……ソースに選んだデミグラスソースのコッテリ感がいい感じにマリアージュ。完璧な美味しさが計算された逸品となっている。
——と、食レポ風に感想を並べてみたが……結局一番言いたいことは……
「んんん〜〜!! おいしぃぃ〜〜いい!!」
この一言であろう——
空腹とは、最大のスパイスとはよく言ったものだ。カエは相当な空腹状態にあったが、それが相待ってか——すごい衝撃がカエを襲う。
だが空腹を除いてたとしても、料理単体の完成度が完璧である。
正直、前世の記憶でもこんなに美味しかったハンバーグを食べたことがない。
まぁ……所詮、一庶民だった為、あまりお高い料理自体食べた試しは無いのだが——
「フィーシア! 凄くおいしいよ!!」
「マスターにそう言っていただけて光栄です」
「でも、この食材って? 一体どこから持って来たの? この野菜とか凄く見覚えあるんだけど?」
カエは先ほどの疑問を、フィーシアにぶつけた。フォークの先に付け合わせのブロッコリーを刺して見せた状態でだ。
ここは、異世界——こういった前世で見慣れたような食材がこの世界にも存在するのだろうか……? そもそも何処にそんな蓄えが……?
「食材ですか? それは“食品庫”にございますが?」
「——? “syo〜ku〜hi〜n〜ko”?」
「はい、こちらが食品庫です」
そう言ってフィーシアが示したもの、それは……
「これが……?(あれは……どう考えても冷蔵庫なんじゃ……)」
キッチンスペースの端にある、大きな黒いメタリックカラーの四角い箱。
それはどこからどう見ても、まごう事なき“冷蔵庫”である。
「はい、コレが——です。そして……この様に食品庫内には食材が備蓄されております」
フィーシアは、その冷蔵庫と思われる箱の表面に手を翳すと、見覚えのあるガラスの板が浮かび上がる。
そこには “肉”——“魚”——“野菜”——等々……と食材ジャンルごとに別れたパネルがあり、更にフィーシアが1つの項目に触れると……食材の羅列が表示された。
その内の一つをタップして見せれば、目の前の調理台に野菜が……なんと、先程カエが晒したブロッコリーが露わになった。さらにそれは、みずみずしいまでに採れたてを思わせる姿をしていたのだ。
(要は、インベントリー……なのかな? あのパネルもシステムの時のタッチパネルみたいだ。だが……まぁ、原理はどうあれ、食うに困らないのは有難いし……ルーナが用意してくれたのかな? ただ、あれは腐らないのだろうか?)
恐らくこの食品庫とやらは、カエが森で開いたメニュー画面にある——アイテム——装備——と同じ存在なのだと推測した。
原理はわからないが、インベントリ——? 亜空間——? そうした何か別の所に食材が仕舞われている……ということだろう……?
今、一瞬だけだったが、見た項目の幅はかなりの物が蓄えられてそうであったが……一先ず今後の食事事情は安心できそうだ。
ただ、食材の腐敗、劣化といった問題が付きまといそうな予感も……
カエの知識ではこの場合……大体、異世界モノの定番のアイテムボックスなんかは、中身の時間が止まっているような都合の出来すぎた設定が多い。
これにもそんな設定がされていれば……こればかりは経過観察が必要そうではある。
「説明ありがとうフィーシア。大体は理解したよ」
「マスターのご希望に添えましたなら何よりです」
フィーシアの態度は、愛も変わらず固い……カエとしては、こんな接し方を受けたことが無い為、どこかむず痒い……
後で彼女と互いの関係について話し合うべきか——?
できれば、彼女と少しでも打ち解けた関係を築きたい……と思いつつも、それについては後回し……
取り敢えずは食事の続きを……と——
その時、ふと……
フィーシアの口調の事の次に、彼女について思ったことが……
「そういえば、フィーシアはご飯食べないの……?」
気づくと、用意された食事はカエの一食分のみ——
フィーシアはというと……カエの右後ろにただ控えてるだけ、サポーターとしてなのか——? カエの食事を給仕するメイドかの様な振る舞いに徹している。
それには……口調以前に甲斐甲斐しく徹する今の状況の方が、どうも心苦しい……
「私はマスターのサポーターとして控えてなければなりません。一緒に食事など……もし、何か有りましたら何なりとお申し付けください。私の存在が鬱陶しいようでしたら下がりますが……?」
「(——お固過ぎるだろ……)あぁ〜……じゃー…………お願い何だけど……もう1食分……用意してくれる?」
「……はい……了解致しました」
そう言ってフィーシアは再び食事の用意を始めた——
既にある程度の食材が残っていたのか、もう一食分が用意されるまでそう時間は掛からなかった。
数分後にはカエの食べかけのメニューの隣にもう一食分のハンバーグのセットが並ぶ。それまでカエは食事を一旦やめ、出来上がるまで待ち続けていた。
「ご用意できましたが…………マスター?」
食事を運び込んだ段階で、主人の食が進んでいないことを訝しんだフィーシアが、カエに視線を向ける。
それには、カエなりの理由があった。
それは……
「フィーシア……じゃあー、一緒にご飯食べようか?」
「——ッ?! ですが、私はマスターに仕える者として……」
「ダーーメ……フィーシアには一緒にご飯を食べてもらいます! もちろん、これから毎日ね!」
ただ、一緒に……ご飯を食べたかった……それだけのこと——
「……しかし……」
だが、フィーシアは動揺を隠せないでいる。
「君と一緒に食事がしたい。ここはもうゲー、む……じゃなくて、前世の世界とは違うんだ。さっきも言ったけど……君はサポーターとして仕える必要もないし、“俺”は君を従順な従者として扱う気はないよ?」
「——で、では私は……? どうすれば……」
「だからー! まずは一緒にご飯を食べよう! その後の話はそれから……」
「…………ッあ———その……う〜……わ、わかり……ました……」
まだ完全に飲み込めてなさそうだが、しぶしぶといった感じで……かつ不安そうな表情の彼女は、恐る恐るとした挙動でカエの隣の席に腰を落とす。
それを確認できたカエは満足のいった様子を浮かべ、食事の続きを再開する。
「はい! じゃぁーいっただきま~す!」
「——い……いただき…ます………」
「うーん! やっぱり美味しい!」
「………………パク———ッ!?」
やはり、この料理は最高に美味しかった。
待っている間に若干冷めてしまったが、それでも美味しさはそのままなことに驚いてしまう。
フィーシアはというと、カエ以上の衝撃を受けていた様子だ。
小さめにカットされた食材を口にした瞬間……彼女は目を見開いて固まってしまった。
大丈夫か——? と最初はちょっと心配だったが、そんなのはすぐ杞憂だったと分かる。
数秒の間を置いた次の瞬間から、動作はゆっくりだったが黙々と料理をナイフで切り分けては口へと運び始めた。
彼女にとっても食事の魅力がわかったようで何よりである。なんてったってフィーシアにとって『生まれて初めての食事』とも取れるイベントだ。夢中になるのも無理はなかったのだろう。
10分後位には互いに空の器が並んだ状態になっていた。
雰囲気的に小皿にこじんまりと盛られた印象だったが、意外にも腹は満腹。
女の身体になってしまったからだろうか? 前世と比べて少食になってしまったような印象が余韻として残る——
「ご馳走様でした!!」
「……ご…ごちそうさま……でした……」
最後に手を合わせて食事の終わりを告げた。
フィーシアもカエに習ってなのか……同じように手を合わせてぎこちなく「ごちそうさま」と言ってくれた……その、たどたどしい様相は何とも可愛らしい。
「——え〜と、その〜——フィーシア……君とはさぁー……こう〜……“俺”は、対等な関係になれたらなぁーと思っているんだよね……」
「……たい…とう……? ですか……?」
「うん、そう……俺の為に何かしてくれようとするのは嬉しいんだけど……これからは俺もフィーシアと一緒に何かしたい……と言うのかなぁ……この、食事だって作る時とか手伝うしさ……」
「でも……私は……」
カエの言葉に彼女の心は迷い揺れ動いてるのだろうか? 彼女は俯いてしまった。
彼女の脳裏では感情が錯綜し思考を巡らしている事だろう……だが迷いが発生するということは、すなわちカエの提案を肯定する事も視野の一つには考えてくれているという事——
だったら……
彼女がこちら側の考えに傾くよう……更に言葉を連ねるだけだ。
「私は今まで……“サポーター”として“マスター”に仕えてきて……それ以外のワタシが……わかりません……ワタシが分からなく……」
「だったら“家族”……ってのはどう?」
「——ッ家族?」
「うん、そう! 一緒に暮らす家族!! フィーシアを“サポーター”としてじゃ無く、“妹”みたいに思おうかなぁ〜〜と……俺には妹がいたから……自分自身、死んじゃったからもう二度とあえないんだけど……」
「——ッ妹?」
ちょうど、年齢的に見たらフィーシアは前世の妹と同じぐらい。容姿だったり性格なんかは似ても似つか無いが……いつの間にか、どこかで妹の姿を重ねていたのかもしれない。
だから、いくら女性慣れしてないとはいえ(ゲームで見慣れていたところもあるが)彼女と普通に会話が出来ているのかもしれない——
あのなんちゃって精神耐性も関与しているのだろうか……? まぁ、そこら辺は知る由もないが、彼女と良好な関係を築きたいのには変わらない。
「俺には妹がいたからかな〜〜……どこか君と重なって見えるんだ。いや、まぁー、前世の妹の代わりみたいな言い方をすると、自分の妹にもフィーシアにも失礼な感じになっちゃうね……まぁ〜そう言うんじゃ無くて……ただ、畏まられ過ぎるのは、ちょっとむず痒んだ………だからね……そんな関係(家族)じゃダメ……かな?」
「……えーと……その……」
「——ッあ……嫌だったら別に無理しないでね……!」
「ッ——嫌じゃない! ——です……おそらく……え〜と……嬉しい? と思います。正直、分からないんです。ですが……マスターが、そう望むのであれば……妹……やってみます——」
色白な肌のフィーシアだからこそよくわかるのだが、この時の彼女は頬を赤くしていた。
ポツリポツリとではあるが、自身の思ってる事を話してくれて、これで彼女との関係作りは一歩前進——ただ……
まだ、異世界生活は初日なのだ。
これから一杯時間はある……ゆっくり、彼女と関係を……家族になっていこう。
「——ありがとう。これからも宜しく!」
「はい……こちらこそ、よろしくお願いします」
関係を確かめあった2人は、表情を綻ばせ……
気づけば隣同士椅子に座りながら——
握手を交わしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます