第66話 ギルド特殊監査官

 イージーチェアの周りに集まる4人は瞬時に気を引き締める。


 ただ、その反応にも2通り。


 カエとフィーシアにとっては、こんな辺鄙な地に人の存在がある事に関しての“驚き”——だが、飛竜程の脅威に見舞われるなんて、頻繁に起こらないであろうと——彼女達の警戒も楽観的である。


 アインとレリアーレに関しては警戒と、更に“緊張”が走っていた。命を脅かす元凶、竜との死闘は……直前に襲撃を受けたフルプレート男レノが元凶だ。だからか、冒険者の2人は現状『人の存在』には多少敏感に反応してしまっていた。アインは腰の短刀の柄に手を、レリアーレは杖を強く握りしめ、声の出所に瞬時に視線を動かす。その眼光は自然と鋭く尖っていた。



「あらぁ〜〜首が真っ二つ。実に見事っスね〜〜てっきりまだ戦っているものと思ってたっスけど……途中からやたら静かになったのは、こういうことだったんッスね」



 その肝心の声の出所には、1人のあどけなさ感じる青年が立っていた。彼は広場にデカデカと主張する竜の死体をまじまじと観察をし驚愕の声をあげる。が、その表情からはあまり驚いているとは感じさせない柔らかなモノとなっている。

 独特な話し口調の青年は、シルバーの短髪で歳はおそらく今のカエとそんなに変わらない。腰にはロングソードと鞭のような縄が丸められ専用のホルスターに収められている。服装は至って普通の冒険者といったところだ。


 だが……

 


 突然湧いて出たかの人物だが……この場には、彼の正体に思い至った者達が居た。



「——シュレイン君!?」

「——!?」

「——ん? ?」

「…………」



 そして各々が、勝手気ままに男の正体を告げる。



「シュレイン君——きみ、無事だったんだね。良かった。ドラゴンが降り立った時から姿が見当たらなくて……今まで一体何処に……」


「あの〜〜アインさん? 僕のことを覚えていてくれたことは嬉しいッスけど……そのまま話し進めないでいただけます? ツッコミ入れましょうよ!?」



 彼の正体、それはB級冒険者レノのパーティーで“荷物持ち”をしていた青年【シュレイン】であった。

 彼の姿が見当たらなかった事を気にして、アインは彼を案じて話を進めたが……シュレインはそんなアインに待ったをかけた。


 そして、彼の視線はすかさずアイン以外の少女達の方へ……



「——神官の……え〜とぉ〜……レリアーレって言たっけ? 今、僕のこと何て呼んだっスか?」


「……え? ?」


「何っスか……その瞬間殺戮者みたいなネーミング!?」



 シュレインはどうも、適当に呼ばれた不意のネーミングに物申したい様である。



「だって……君、アインに瞬殺されてたじゃない」


「——ッあ!! そっちッスか!? 瞬殺されるのは僕ッスか! そうッスよね。そうだったッスね!!」



 彼はアインに奇襲を掛け、物の見事に瞬殺されていた。レリアーレにとってシュレインとはその程度の認識でしか記憶に留めていなく、それがネーミングとして現れたのだった。



「と、それとぉー……そっちの不思議黒服ちゃん!!」


「——え? 私?」



 そして、シュレインの意識は続いてカエへと移る。



「ぺ、ぺ、ぺ……って? 何それッス!!」


「あ〜〜私の事は覚えてるか分からないですけど——ギルド前でやたらペコペコしてましたよね? だから……」


「そっか〜〜だから『ペコ男』……なるほどッス。 だが、安直ッ——!! ネーミングセンス零ッスかぁあ!!」


「——ッ!? う、うるさい……」



 カエが彼を目撃したのはギルドでのこと。リーダー男の周囲への態度を、代わりに謝るかの如く必死にペコペコと頭の上下運動を繰り広げていた。その姿がカエのネーミングセンスへと直結した。



「それにアンタは何でティータイム!? 何で椅子とテーブル? ここ山脈の中腹ッスよ!」


「そういえば、あの椅子とテーブルっていつから……」

「さぁ〜気づいたらあったわね。もう、驚き続きで特に触れなかったけれど……」



 続けてカエの状態に意識がいく。カエはイージーチェアに腰を下ろしティーカップを仰いでいる。これにはアインとレリアーレも疑問には思っていたらしく、その事を小声で話し合っている。



「そんなの決まっている」


「——なぬ?!」


「——私がお茶を飲みたいから。そしてお茶が美味しいからだ!」


「……なるほど〜なるほど〜な〜ルほど……で——納得できるかぁあーーッス!」



 まぁ、この件でカエはまともに説明する気はなかった。実際、インベントリから出したと説明しても理解はしてもらえない。そんなことは戦斧【デストラクション】をインベントリにしまった時のアイン達の反応を見れば分かりきっている事だ。それに原理云々を持ち出されればカエには説明ができない。彼女自身、自分の力をろくに把握していないのだから……

 シュレインへの返事も殆ど適当——説明にすらなっていないが、「お茶が飲みたい」「お茶が美味しい」は事実である。



「はぁ、はぁ……それで、最後は……」



 全力ツッコミで息の荒くなったシュレインは、次の標的をティーポットを持ったフィーシアに定めた。彼はどうやらカエについては考える事を一旦諦めたようである。

 


「白い彼女は……ほぼ無反応ッスね」


「…………」


「てか……ティーポットを持っているってことは、君がお茶会の主催者ッスか?」


「…………」



 だが……フィーシアは何処までも無口で——話し掛けられているのが自分だと分かっていても沈黙に徹す。



「何も喋らないッスね……彼女は……喋れないってことはぁ〜……」


「……私は、必要な会話しか成立はさせません」


「うお!? 喋った……て? え……必要な会話?」



 しかし、それもあまりに青年が執拗だったからか——この意識を向けられた状態に嫌気がさしたのかは分からないが……遂にフィーシアも口を開く。



「あなたとの会話は私にとって必要ありません。無意味です」


「……うわ〜〜辛辣ッスね……この白嬢ちゃん」


「あなたに向ける意識は、敵か——それ以外か……それのみ」


「——もし……て、敵だったら……?」


「消すだけですね」


「——ッ1番発想が怖いよ! この子!?」



 フィーシアは基本マスター至上主義である。他者との会話は必要と駆られる時にしか発さず。シュレインに対しての反応も至って通常運転だ。もし仮に彼を敵と判断したのなら……まさしく今の発言を迷うことなく有言実行してしまうであろう。ただ、そこはカエが見守っているので、シュレインへの虐殺行動はよっぽどの事がない限りフィーシアにはさせないであろうが……



「だ……大丈夫かい?」


「はぁ……アイン……あなたが1番まともッスね……」



 そして、一周回って会話のローテーションはアインへと戻る。その間に立て続けに放ったツッコミに、息を切らして気疲れしたであろうシュレイン。そんな彼を配慮してかアインは気遣いの言葉をシュレインへと投げかける。



「そろそろ……いいかな? 君は一体……どうやってドラゴンの癇癪を凌いでいたんだ? 雰囲気もあの時とは違うし……聞かせてくれるかい?」



 アインは寸前の茶番劇には触れず、本題——彼を取り巻く疑問を口にする。

 彼の纏った雰囲気は、今し方レリアーレやカエのネーミングセンスに直結した様相を一切感じさせていない。語尾に『◯◯っス!』と付けた独特な口調の青年である。



「そうっスね〜〜そろそろ本題に……って、こんな手こずった登場と自己紹介をするなんて初めてッスよ。何でいきなりこんなに疲れて……はぁ〜〜まぁいいっス。僕の正体ですけど……こういう者ッスよ」


「「——ッ!? それは……!」」



 そう言って、彼は1つの小さな赤い手帳を取り出した。どことなく、カエがギルドで手渡された手帳とよく似ている。ただ、カエとフィーシアに配られたのは黒い本だったが……彼のは、見事な“真紅の冊子”だ。雰囲気に格段の違いを感じる。

 また、それはアイン、レリアーレも同じだったらしく、驚きの声を漏らす。だが、2人の反応では『真紅の書』に思い当たる節があるみたいだった。



「君は……もしかして、なのか?」

 


 そして、アインはシュレインの正体を口にした。



「——ギルド総本部所属監査室室員特殊監査官兼監査対象エル・ダルート支部監査隊監査副隊長の【シュレイン】——ッス! よろしく〜〜ッスよ」


「やはりか……」

「——監査官!? それに副隊長って——!?」



 シュレインは自身の肩書きを言い放った。ただ、その肩書きは長ったらしく、何が何だか……カエには全くもって理解しがたい。しかし、アインとレリアーレは納得を得てか、ハッ——とした表情を形成した。



「ねぇ……? かんさ……かん? って何?」


「ん? え?! カエちゃんはギルドの特殊監査官、知らない?」


「無知な者で……まったく」



 カエはそこで、近くのアインのマントを引っ張って気を引くと、すかさず質問を飛ばした。シュレインの肩書きを覚える気はさらさらなかったので、アインの発言した“観察官”との事を問うて言った。



「監査官はギルド本部に付属する特殊員のことだよ」



 そんなカエにアインは嫌な顔ひとつせず“監査官”について語り出す。



「特殊ねぇ〜〜聞くからに凄い人って事?」


「それはもう! 監査官……その名の通り、ギルド内部の監視と取り締まりを担った役職で、ギルドが関与する揉め事やギルド支部の監査を中立の立場で見極める人物だよ」



 要するに、ギルドが直々に設けたギルドの監査員……それがつまり“監査官”ということだった。ここ最近、同じ内容の話をカエは聞いたことがある。確か早朝……逃走先で出会った門兵のラヌトゥスが『ギルドには特殊な監査員が居る』との内容を口にしていた気がする。

 

 

「ふ〜ん……で、その監査官は一体何が凄いの?」


「彼の見せたあの“赤い本”だけど……あれはギルドの上層部や特殊な人物しか持ち合わせない特別なギルドブックなんだ」


「……ギルドブック?」


「あーとぉ……カエちゃんは冒険者じゃないから分からないか。ギルドブックは冒険者用の身分証の事だよ。一般だと黒い本だけど……冒険者は階級に合わせてそれぞれ色が違う本が手渡される」


「ふむふむ……」


「シュレイン君の場合、その例外で特殊なギルドブックでね。本来は支部のギルドマスターや、ギルドの指針——グランドギルドマスターしか持つことが許されない。だけど、その他にもギルドの特殊な役職の人物……例えば“監査官”なんかも、あの赤いギルドブックなんだ」



 世界規模で展開する『冒険者ギルド』その組織の上層トップしか持ち合わせない特殊な“赤い本”——確かにその説明だけでも監査官の凄みを感じる。


 だが、それなら1つ不可解な点がある。



「では……何故アナタは彼をその“監査官“だと——? 今の話では、明確に断定できないのではありませんか?」



 ただ、その疑問を口にしたのはカエではない。主の隣に控えたフィーシアだ。



「え!? え〜とぉ……それは、ギルドマスターやグランドギルドマスターは、普段持ち場の支部や部署からあまり離れる人達じゃないんだ。有事の際は、その限りではないけど……こんな危険地帯(飛竜の棲家)に足を運ぶ“赤い本”の所持者は監査官かなって——監査官はギルドの雑事もこなすと聞いたことがあったから……」



 アインはまさかの質問者に若干たじろいだが、すぐさま質問への返答を返す。アインがフィーシアに対し何故そのような態度を露わにしたのか謎だったが、基本彼女は無口で(シュレインに対してもそうだが)、無意味な会話を好まない。アインはそこに関連して、反応したのかもしれなかった。



「それと……彼はおそらく相当の実力者だよ。危険地帯に単身訪れていることもそうだけど、武力にモノを言わせる冒険者——その取り纏まるギルドを監査し、場合によってはその場で武力行使が可能らしい。だから“監査官”の構成員は特殊な能力か武力を持ち合わせている。そこが、監査官が凄いと垂らしめる理由だよ」



 アインの口にした「グランドギルドマスター」なる単語も気になったが、今注目すべきは目の前の彼(シュレイン)だ。アインは説明の続きを淡々と語り尽くす。

 アインの語った観点を踏まえると“ギルド監査官”とは相当に凄い人物だけが就ける役職のようだった。ふざけたネーミングセンスに対しキレのあるツッコミを入れた姿からは想像がつかない。

 彼がこの地に訪れたのも、おそらくはその“監査官”の務めなのだろう。昨日の冒険者に引っ付いて謝り倒していた姿しかカエには思い至れないが……アインの説明の後だと、何だか“凄い奴”に見えていた。

 カエとそんな歳が離れて見えない事からも、まだまだ若者だろうというのに……そんな彼(シュレイン)は一体どんな幼少期を送ったというのだろうか?



 しかし……そんなシュレインの目的とは一体——? 



 冒険者に引っ付いてお供に徹していた事も疑問に思うが、彼の仕事は『ギルドの監査』。なら、こんな辺鄙な地に居るのは可笑しな話だ。それにこうして、カエ達の目の前に突然現れ、自身の肩書きを明かした。つまりこれにも彼なりの明確な目的があってのこと。

 ただ、それもカエ達からすればイマイチ想像がつき辛い——が、カエがシュレインに質問を飛ばすのも何処か違う気がしてしまう。


 それに……カエ自身、彼の事については正直どうでもいい。興味は既になかった。


 突然の乱入者だったことから、意識をフォーカスしているが、彼の正体が分かった手前興味は殆ど失せている。それと言うのも、カエの目的は平穏だ。ドラゴンキラーだの「平穏って一体?!」と思える行為に走ってしまうから、忘れがちだったが……カエからしてみれば、自身に一切の厄事が降りかからないのなら……それでよかった。


 彼の登場がカエの不幸に繋がらないのであれば、ここいらでお暇したい限り。


 ただ、そんな考えがカエの思考に過りかけた時——



「——ッは!? そうよ! 監査官!? つまり、とても強い人って事じゃない!!」



 ここで突然声を荒げたのがレリアーレであった。

 アインの説明の一部に気付きを得てか彼女は、こちらの出方を悠然と眺めていたシュレインに向き直る。



「私達、ドラゴンに殺されかけたんだけど——!! 何で助けてくれなかったの!? 強いなら加勢してくれてもよかったじゃない! それに、ずっとアインに守られて……あれも演技だったって事? 一体目的は何なのよ!」



 すると、今し方カエの中でも疑問の1つに浮上していた案件に確信を付くかの発言がレリアーレの口より放たれる。



「おおっと——痛いとこ突くッスね〜……え〜と、それは〜〜……」



 そして、彼はそんな必死なレリアーレの質問への答えを話し出す。


 この時……カエは彼への興味は殆ど持ち合わせて居なかったが、今後のシュレインの立ち位置を見極めるついでにだ。

 目的の答えを拝聴するぐらいはいいだろうと……カエは椅子に突っ伏した状態で、再びティーカップへと口を付けつて——



 シュレインの声に耳を傾ける。

 





 

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