第67話 容疑者捕まえた!

「僕の目的はぁ……ってか、これを話すのはいいんスけど、くれぐれも風潮はしないでくださいっスよ! しまった手前、話しますけども——!!」


「——巻き込んで……? よくわからないが……ああ、分かったよ。約束しよう」



 シュレインの条件にアインが皆を代表するかのように了承する。風潮を気にするあたり、彼には極秘な任務でも課せられているとでも言うのだろうか——?



「まず、僕の目的は潜入調査ッス!」


「「「「——潜入調査?」」」」


「そうっす! 今回の潜入先は『エル・ダルート支部』。まず前提に……何故そうなったかと言うと——ここ最近支部からあがってくる報告に、全くトラブルの発生、報告があがってこないのが調査に踏み入った発端ッス」


「……え? 問題がないなら? それって“良い事”じゃないの?」



 この時、レリアーレが彼の説明の疑問点を口にする。



「字面的には、あがらないに越した事はないっス——だけど『問題が一切起きていない》』イコール『良い事』……とはならないんだぁ〜〜これが……」



 シュレインはそんなレリアーレに反応しつつ、呆れ混じりの声音で説明を続ける。


 彼が言っているのは、ギルドで発生した問題やトラブル、クレーム等に対し本元にあがってくる報告のこと。

 彼の話を信じるなら、エル・ダルートのギルドでは問題の発生がゼロという意味合いになる。これを聞く限りでは「何と素晴らしい模範的ギルドでしょうか!」と思える文言だが……


 ただ、カエは知っている。そんな筈は無いと——


 第一、あのギルドに問題がなければ、カエは今頃街の散策や情報収集に明け暮れていた事だろうと言うのに……それが、ギルドから逃げ出す惨事を引き起こす施設が「問題無し」な訳がない。

 だから、カエからすると「トラブルがあがらない」との言葉の不一致性は良く理解できる。

 ただ……これはあくまでカエの立場からの見解だ。

 ギルドという組織が、上の立場の人間に上げる報告等の有無だけで如何にその異常性に気づいたのか——? その点に関しては不思議でしかない。



 これは一体……



「実際問題……ギルドの支部は世界各国に展開してるっスけど——何処のギルドだろうとも何かしらのトラブル等は発生してるっス。例えば、魔物の氾濫だったり強い魔物個体の出現から〜ギルド内部での癒着と着服……小さなモノだと、可愛らしい子猫がギルド建物内に侵入してきたぁ〜ってヤツまで……ましてや、ギルド総本部ですら何かしらのトラブルは発生してるっスよ。それなのに……」


「つまり……君は、エル・ダルートのギルド支部はそれがないから怪しい……だから、監査官として調査しに来ていると——?」


「ザッツ ライト——ッス! そして、そうなったのも新しい室長が着任してからぁ〜〜とくれば、怪しいと思わないッスか? ただ、その人物(室長)が素晴らしく良くできた人材ってだけなら、それでいいんスけど……」


「ふ~ん〜……なるほど……」


「てか、そこのちゃん? その“ペコ男”って呼び方、やめてくれないっスか?」


「——ん? なら、私の事も色での識別をやめてください。それじゃ、まるで猫だ。君……私の事は“カエ”と呼んでください」


「……ッ……そうっスか。それは失敬——ちゃん」



 この時、シュレインとカエの間に若干の空気の乱れが発生していた。ただ……これには、カエが敢えて場の空気を悪化させたいのではなく……どうも先ほどから、シュレインが「黒服ちゃん」や「黒ちゃん」と呼ぶにつれて、フィーシアからタダならぬオーラが飛んでいたのだ。カエはこれを抑制するためにも、シュレインに対しては少し強気な姿勢で当たり散らし……尚且つ、呼び方にも訂正を促した。あまり弱気で何もせずにいると、またフィーシアがいつ暴走するか分からない。何気なく、呼び方も改めさせる。自然体な誘導だ。



「——そんな事より……早く説明の続きをしてよ! 君!!」


「レリアーレは今のやりとり聴いてたっスか!? てか、名前変わってるっスよ! からって?! 被害者から加害者に……加虐性が増してるっスよ!!」



 ただ、話の逸れたやり取りに我慢できなかったのがレリアーレだ。あだ名で呼ぶ皮肉を織り交ぜ説明の続きを催促した。



「あの、シュレイン君? 本題を……続きを聞かせて貰えるかい?」


「グヌ〜〜よくはないけど……このままじゃキリがないっスね。仕方ないっス……」



 ここで、アインもレリアーレに追随する。シュレインは納得こそしていないが、説明を続けた。



「まぁ、そんなこんなで監査室では調査チームを結束——さっきも僕の肩書きは言ったっスけど……チームの副隊長を任されてるっスよ」


「なら、君は副隊長を任せられる程の実力と能力があると——」


「えっと……まぁ、自慢じゃないっスけど、ある方だとは自負してるっス。この“飛竜種イグニス”ぐらいは倒せると思うっスよ。時間は掛かるっスけど——」


「——ッ!? それほどに……!?」



 シュレインは竜の亡骸を指差し迷う事なく言を告げる。彼の様子は、至って自然で嘯いた印象は受けない。


 これには、アインの表情にも驚愕が張り付いて見せる。



「——ッだったら、何でアナタはそんな実力があるのに、やられたフリなんて……それに、ドラゴンが暴れ出してからどこへ行っていたのよ! 私たち、ギルドに嘘の情報を渡されて死にかけたのよ?! ギルドの監査官で、コレ(飛竜種イグニス)が倒せるなら助けてくれてもよかったじゃない! どう考えても、ギルドの落ち度でしょ?!」



 だが……それには驚きとは別に、怒りを露わにする者が居た。レリアーレである。彼女は、シュレインの行動の謎を当たり散らすかのように吐き捨てた。

 確かに彼女の言う通り、彼の行動には不可解な点がある。フルプレートの男レノに強要されアインを強襲。ましてや、気絶をしてしばらく守られていたのだから——これを疑問に捉えない方がおかしい。



「……そ、その事に関しては謝るっス……ごめんなさいっス」



 しかし、シュレインは怒りに震えるレリアーレに対して素直に謝罪を口にした。



「あの時——どうしても手が離せなくって……実はを追っていたんスよ」



 そう言ったシュレインは広場に鎮座する竜の骸より反対方向——広場端の方を指差し視線誘導を促す。


 すると……そこには——



「「——ッ!? フルプレートの男!!」」


「……ん? アレって……?」



 1人の男が岩壁に凭れて座らされていた。その体はピクリとも動かない事から、どうやら気を失っているようだ。ただ、この時の男の姿は『フルプレートの男』との意味合いを全く感じることができなく、鎧の類は一切着込んでいない薄着姿であった。



「フィー? あれってギルド前の……」

「はい……マスターに不届を働いた愚か者です」



 その肝心の男の正体だったが……この場に居る面々は、それぞれで思い至っていた。アインとレリアーレは竜の出現直前まで、彼に命を狙われ、挙句飛竜種イグニスのヘイトを移された苦い記憶——


 カエとフィーシアはエル・ダルートの街に訪れた際、ギルド前で彼に叱責を受けた鬱陶しげな記憶——


 フィーシアに至っては余程頭にきていたのか、言葉選びに棘があった。


 皆が皆——男の正体に感情を露わにした。



「あそこで伸びて居る男は『B級冒険者のレノ』——エル・ダルートにおけるエース的冒険者で……エルダ・ルート竜素材揺りの容疑者っスね。僕に課せられた観察対象っス。実はあの時……アインにやられたフリをして、しばらく傍観させてもらってたっスよ。証拠を集めるためにも……」



 一部の者は彼を見て強張って見せていたが、シュレインの言葉を聞くと、レノは気絶した状態にあるのだと知る。各々が警戒を緩め、注目は再びシュレインへと戻っていく。


 

「つまり君は、はじめから……」


「気絶なんてしていなかった——僕、さっきは潜入調査って言ったっスけど……そこには、監査チーム全員で監査員を偽って潜入してるっス。僕の場合『至って普通の荷物運び専門の低級冒険者』って“役”で溶け込んでた訳っス」


「——ッやっぱり……そうか——」

「——ッ?! って……アインは、シュレイン君の正体に気づいていたの?」


 

 その時——シュレインの言葉の単語を拾って、アインは何かに気づいたかの様に言葉を呟く。すかさずレリアーレはアインの反応を見て、自然と視線は彼を向いた。



「シュレイン君が強襲紛いに突っ込んで来た時——おかしいと思ったんだよ」

「おかしいって? なにがよ?」



 そのアインの気づきは、どうもシュレインによる強襲へと遡る。あの時は、アインの見事な一撃でシュレインの意識を刈り取ったのだが……アインはその時も不思議そうにしばらく彼を見つめていた。だが、ようやくアインはここへきてその答えを見つけたようだ。



「あれ〜僕、完璧な演技でやられたを演じてたと思ったっスけど……甘かった——って感じっスか?」



 シュレインは、そんなアインの反応に悔しそうに肩をすくめた。彼のこの時の口ぶりは、どうやら瞬殺劇から気絶した姿まで演技であることの表れだった。



「いや……君の演技は完璧だったと思うよ」


「——ッおよ?」


「寧ろ、完璧すぎたんだ。シュレイン君……君の演技は若輩者の完全なるイミテーション。誰しも武器を振るう一挙一動には個性が現れる。だけど、君の動作は全てにおいて、それらは一切感じ取れない作り物かの印象で——悪い例の指標の様な立ち居振る舞いだったと思うんだよ」


「ふむふむ……なるほどっス。つまりやり過ぎていたと?」


「ああ——あと、これは個人的な勘に近いんだけど……」


「——ッ?」


「あの時、君を見ていると……この青年は、こんなに“弱い”筈がない——って、感じたんだ」


「……はは! アインは良い目をしてるっスね」



 アインの目には、彼(シュレイン)が弱者に見えていなかった。そこが、アインにとっては当時の最大の謎で——彼が気絶(フリ)して地に付した姿を思わず思案顔で眺めていた理由でもある。

 シュレインの演技にアインが狐疑してみせたのも、何もシュレインの演技が拙かった訳ではない。観察眼に優れたアインだからこそ気づいた不自然さ——大抵の者には本来、訝しまれすらしなかった事であろう。

 シュレインは実力を隠し持った道化で、アインの目はそんな隠された実力を感じ取っていたのだった。



「B級冒険者レノの捕獲は僕の最重要案件だったっス。イグニスが地に降り立った時咄嗟に影に身を潜めたっスけど。周囲を観察してたら、下層に逃げて行くレノの姿を目撃したもんで、逃げてく彼らを追っていたんスよ。僕、しばらく彼らの荷物持ちしてたのに置いてけぼりだし……薄情な奴らっスよね〜〜」


「だから、私達を後回しにしたって言うの?」


「結果から見ればその通りっス。B級冒険者レノのパーティーの荷物持ちとして潜入出来たのはほんの偶然で——今、彼を取り押さえれば、目の前で繰り広げられた証拠と合わせて完全に取り締まれる。仲間の女の子には逃げられちゃったスけど……エル・ダルート支部の裏で暗躍する首魁の一人を捕まえるのは僕にとって最重要だったっス。勿論、レノを確保してから助けに戻る気でいましたよ。こうして僕は戻ってきてるっスから。A級冒険者【清竜の涙】の2人なら飛竜種イグニスを退ける——もしくは、僕が駆け付けるまで2人なら耐え凌げると……」


「——ッそれでも!! 私達は死にかけて……」


「——? でも、生きてるじゃないっスか? 無事なのに何に不満で?」


「——ッ……それは……たまたまで……」



 レリアーレは当時を思い出しシュレインへと強く当たるも、まさかの軽い返しに声音は勢いを失う。それは、彼の軽くも合理的な発言が彼女の心理に突き刺さった事の結果——



「うーむ……僕にはちょっと分からないっスよ。無事なのに文句があるって……確かに今回の件では、2人により危険な状況を強要したのは謝るっスよ。ギルドに落ち度があった事も深く謝罪するっス。だけど、冒険者はあくまで自己責任。この地の情報を吟味して、足を踏み入れた選択をしたのは君たちなんスから」


「——ッ!? そ、それは……」



 アインとレリアーレはたまたま訪れたこの地で——エル・ダルートのギルド支部の問題へと巻き込まれた。



 これは事実だ——



 そして主犯格から命を狙われ、竜のヘイトを受けて死にかけた。



 これも事実——



 そして、その首魁が野放しとなっていたのはギルド全体の問題。



 事実——


 だけど……



 あくまで冒険者は、個人パフォーマー……自己責任である。



 事実——と、言うよりは……これは冒険者の『真理』と言えようか?



 ギルドの落ち度で偽の情報を掴まされてしまったレリアーレ……だが、冒険者としては、そう言った情報の吟味も責務である。

 今回の場合、レリアーレは街へ出てこの地【飛竜の棲家】の情報をいくつか仕入れるべきであった。いくら世界規模の大きな組織である冒険者ギルドであっても、いくつもの情報が錯綜とし、偽の情報が出回るケースも無くはない。そういったケースも考慮して依頼にあたる。それが真の意味での上級冒険者なのだ。


 【飛竜種イグニス】……この竜の目撃情報だが、エル・ダルートの街では割りかし頻繁に上がる話の一つだ。今回運悪くレリアーレ、アインはこの情報を耳にしなかったが、少なからず情報収集をしていれば話の端ぐらいは耳にする機会があったのだと思える。


 【清竜の涙】の2人はこの街を訪れると、直ぐ【ジャイアントマンティス】の討伐依頼を受ける。すると、この依頼に手こずる2人は森の中で何日も過ごし……街に帰るや否や、黒外套の少女の行方探しと、彼らは一切の情報収集をしていなかった。そこには、ギルドで手渡される情報だけを頼りに、慢心する2人の結果が生んだいくつもの最悪のケースが重なりあった不運——



 それが、死に直結する羽目に……なりかけて…………



 唯一の幸運は、2人がカエに見つけてもらえた事だろう——



 冒険者とは——常に危険と隣合わせ——最悪のケースが多岐に重なりあったとしても——自己責任。



 慢心が常に死に直結するのだ。



 それが『冒険者』だ。


 

「……ッリア——やめよう。彼を責めたって仕方ない」


「…………うん。分かったわアイン……もう……いいわよ……」



 アインとレリアーレはA級の冒険者。ベテランとしては、もっと落ち着き慎重を期した対応が求められる。A級だと言っても、彼らは僅か半年でその位へと上り詰め、気持ち的にはまだまだ若輩者なのである。

 レリアーレは、アインの静止の声に納得を表明するものの、聞きたくないとばかりにソッポを向く——分かっていても、彼女の中では葛藤が渦巻いているかの態度である。


 ただ、その時——偶然にも、カエと視線が交差して……



「………………お茶……飲みます?」


「……………い……いただくわ……」



 そんな気落ちしたレリアーレの姿に、堪らずカエはお茶をすすめる。

 いくら女性が苦手でも、気落ちした人物への配慮ぐらいはカエでもできるのであった。




「でも、見事っスね〜〜この竜の首の、切り口。断面。周辺の鱗に傷が無い事からも分かる通り、完全一刀の元に切り落とされて……僕が駆けつけるまでもなかったっスね。流石はA級の冒険者様! 僕でもコウは行かないっスもん」



 ただ、シュレインはレリアーレの心に深く突き刺す一言を発した事などお構い無しに竜の骸を観察する——と、言うよりは彼は当然の理を口にしただけで、レリアーレの心にダメージを負わせていたとは思ってすらいない。


 その眼差しは魅入るかのようで、そんな彼からはまさかの賛美が飛んだ。

 


「アインさん! 君のエンチャント技術は噂には聞いてるっス。“風刀シーフのアイン”——この鱗が全く剥げた素振りの見せない切り口は、風切りの鋭さを物語ってるようっスね〜〜さすがっス!!」


「——ッん!? へえ??」



 だがシュレインは、どうもイグニスを倒したのがアインであると思い込んでしまっているのか——竜との戦闘記録『首の傷口』を観察しつつアインを褒め称え始める。

 思わずアインは、シュレインに振り返り腑抜けた声を上げた。



「あの〜えっと……アレを倒したのは……俺じゃないと言うか……」


「——ッへ? アインさんが、倒したっスよね? そのお得意の風の刃〜〜とかで——? …………え?」



 アインはシュレインからの注目に、歯切れの悪い態度を露わにする。それは、事を成し遂げていないにも関わらず、成した功労者の様に扱われ——そこより起こる罪悪感によるものだ。

 アインは、はっきり自分じゃないことを口にすればいいのだが……竜の首を切り落とした張本人(カエ)は、お茶に夢中か、そもそも名乗りを上げる気すらないのか——ドラゴンスレイヤーの話は彼女の耳へ届いているはずだというのに、だんまり……


 そんな彼女の反応を察して、アインは発言し倦ねてしまう。


 そんなアインの視線は自ずと宙を彷徨い歩き軈てある人物の下へ……

 このことから分かる通り、アインとは実に嘘の付けない人物なのである。


 当然、シュレインの視線もそこへ追随する。



「…………ッん?」



 ティータイムを謳歌しているカエへと2人の視線が突き刺さった。



「……な、何ですか? 2人して私の顔見て……」



 突然刺さる男2人の視線に、カエは思わず怪訝な表情でその詳細を求めた。



「あの……その〜……」


「……え? じゃあ、イグニスを倒したのは……もしかして……カエ……ちゃん?」


「——ッ!?」

 


 だが、この時のシュレインの呟きに瞬時に事を理解したカエに衝撃が走る。


 これは非常に——マズイと……


 カエは人を助ける為に【飛竜種イグニス】を倒してしまったのは事実だ。これはアイン、レリアーレに自身の力(ゲームパワー)が知られてしまう事実を度外視しての行動だ。

 ただ、後に彼らには『竜の討伐ドラゴンスレイヤー』という事実は隠してもらう旨を伝えるつもりでいた。

 しかし……カエはまだその責務を果たしていない。それに、目の前のシュレインは、ギルドの“観察官”なる特殊な人物だ。そんな彼にカエの力が知られたなら、一体どのような面倒事がカエを襲うか分かったものではない。

 つまり、この瞬間——これらの観点より、カエの心理には焦燥感が支配していた。


 

 だが……



「……な、何のことですか?」



 一瞬の間を置き——カエは誤魔化す選択を講じる。もう時既に遅くはあるが、カエの中ではその選択に諦めは生じていないかった。



「私は……ただ、凄い音がしたので様子を見にきたら——既に、大きな飛竜が討伐されていて驚きました。すると竜の骸の袂には、あの御幸名な冒険者様が……私は忽ち噂のA級冒険者様の偉業なのだと直ぐ確信しましたよ」



 とにかく、手柄をアインへとなすりつける。アインには何も伝えていないが、賭に近い杜撰な選択だったとしか思えない。


 それに対しアインは……



「……へ? 一体何を言って……? だって、あれはカエちゃんが……デカい斧で……ズドン、とぉ……」



——キィ!!(眼光)



「——ッ!?」



 カエが何を言っているのか理解出来ずに、ボソボソと詳細を語り出そうとするも……カエは瞬時に眼光を放ち、アインを黙らせた。


 ただ……その光線を浴びたアインの脳裏にはある可能性が浮上する。



(もしや……カエちゃんは、ドラゴンを倒した事を黙ってて欲しいのか——?)



 と……


 だが、アインのこの考えはあくまで予想でしかない。


 アインにとってカエとは、最早命を救ってもらった恩人だ。そんな彼女には、できる望みは叶えてあげたいと思うのは当然の理。だが、アインという人物は、時に——と言うより、頻繁に間違った方向へと突っ走る傾向のある人物だ。

 その事には、一応は……彼自身も理解している。しかし、ここ最近の彼は竜との対峙、カエやレリアーレによる叱責と、割りかしその事実を痛感する日々を送り成長を遂げている(筈?)。

 そこで、普段は気づかずに踏み抜いた地雷も、今回は是が非でも回避すべく、彼はある考えを導き出していた。



 こう言った迷える場面でも……彼(アイン)を支え導いてくれたのは誰なのか——? 


 それは自身の冒険者のパーティーメンバーである“レリアーレ”である。この地に訪れた当初も、彼女の叱責には救われ、レリアーレの大切さを身に染み入る思いに駆られたばかりだ。よってこの時のアインはすぐさま彼女に助けを求めようとレリアーレを探す。声に出さなくとも、アイコンタクトや軽い頷きさえ貰えれば……と——


 しかし……



「うそ!? 何これ……このお茶凄く美味しい!! こんな華やかでスッキリした味わいのお茶初めて〜〜♡」

 

「……お粗末さまです」



 その肝心の彼女はすぐ発見したのだが……何故か、フィーシアの入れたお茶に舌鼓をうっていた。これにアインは……お茶に夢中で、レリアーレが今のやり取りを碌に見てすらいない事など瞬時に理解できてしまう。気落ちした彼女の心が回復しつつある現実には喜ばしい限りではあるアインだったが……彼は、その瞬間を視線で捉えると、脳内にあった『成長』との文字が音を立てて崩れ去っていく感覚を味わった。



「えっと、えっとぉお……ゴホン——んん……こ、コノリュウヲタオシィタノハ。コノ、ワタシィダァア?」

 

「——ッ演技が下手クソかぁアアアア!!」


「——ッ……ご、ごめんよ……カエちゃん……」


「……なんスか? この茶番劇?!」



 そんなシュールコントでシュレインが騙せるわけもなく……結局は秘密がバレてしまう。

 そもそも、アインは嘘のつけない人物……この時点でカエの愚策が享受する事はあり得なかったのであった。



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