第68話 保証するっス!

「つまり、このイグニスを倒したのはカエちゃんで間違いないんスか?」


「……まぁ……倒した? と言っても不意打ち……ですけど——それにフィーシアにも手伝ってもらって……ですけど……」


「ふむふむ……そうッスか……」



 シュレインは、カエへ向き直り事情聴取をするかのように彼女を問い詰め始めた。

 カエはというと、余計な部分が冒険者ギルドの特殊な役職——監査官殿に知られた事実に憂鬱気にブツブツと真実を語った。カエは横目でフィーシアを捉え、彼女も巻き込んで発言している。すると、シュレインはその状況を汲んでカエとフィーシアに視線が行ったり来たり——


 そして……



「ははは〜〜人は見かけによらないっスね〜〜」


「……おい、それどういう意味だぁ〜あ?」



 満面の顔で、感心の声を上げる。いくらかの情報開示を強要されるかとも思ったが……先程からシュレイは、ただ『ドラゴンスレイヤー』の称号の適任者を探すだけである。



「こんな年端も行かない少女がドラゴンスレイヤー? 可笑しな話っス!」


「それを言ったらあなただってそうじゃないんですか? シュレイン君?!」


「……ッ! まぁ〜それもそうっスけど……って、そんなブスゥーーっとした顔しないでくださいっスよ! 可愛いお顔が台無しっスよ〜〜『見かけによらない』ってのは“言葉の綾”っスよ〜〜ことばのあ〜や〜」


「…………」



 カエは、そんな茶化した態度に一層視線の鋭さが増す。一瞬、アインも彼の軽口に反応を示したが、そんな事はこの時のカエには眼中になかった。


 

「ただ……君がドラゴンを倒したって事は、つまり——全くのがコレを成したって事っス!」


「……え? それって……?」


「ああ……言いたい事はわかるっスよ〜〜“無名”だって、何でわかるんだ——って言いたいのでしょ? そんなの簡単! だって、のだから——」


「——ッ!?」



 シュレインはこの時、不適な笑顔をカエへと向ける。まるで獲物を見つけたかのような待望が彼の顔に張り付いているかのようで——自然とカエの背筋が凍った。これには、彼女の警戒心が大いに奮い立たされる。

 気付けば、ティーポット片手のフィーシアまでもが臨戦体制——いつでも武器を取り出せる状態を形成している。



——フィーシア?!

——分かってます。私はマスターの指示があるまで待機ですね。

——ッ! うん。それでいい。ありがとうフィーシア。

——これも、マスターの為ですから。



 チャットを返し、2人は互いの呼吸を整える。警戒しつつも、シュレインがどう動くのか——まだ、彼の出方を伺う為に……


 そして再び、彼の言葉に耳を傾ける。


 すると……



「隠したって無駄っス。ククック……」


「……ッゴクリ……」


「ギルドには冒険者に関する情報が頻繁に更新されるんスから。当然、特殊な役職の僕は、その情報を幅広く網羅してるっスよ〜!」


(…………ん?)


「S級には、カエちゃんや、隣の……フィーシアちゃん? でいいっスか? 君たちの特徴と一致する人物に心当たりはないっス。なら……A級も、同じ理由でドラゴンスレイヤーをなせる人物に心当たりは無い——なら、B級の冒険者……いや、話題には上がってないだけでA級の冒険者……う〜む……君たちの冒険者っスか? 機会を見て、君達2人の貢献度ポイントを振り分けとくっスよ。ドラゴンを単独で討伐できる人物は貴重っスからね〜〜最低でもA、できればSに上がってもらいたいものっスよ!」



 彼の言葉に要領を得られなくなるカエ……シュレインの発言は、どうやらカエとフィーシアを冒険者と勘違いしているみたいなのか、冒険者の位について語っている。特殊だという『S級』との単語も飛んだが……正直、カエには何が何だか全く話についていけてない。


 そんなカエが言葉を出し倦ねていると……



「シュレイン君! その……彼女達は……」



 アインが話に割って入った。すると……



「……? なんスか? 何が言いたい…………ッハ!? そういう事だったっスか!!」


「「「「……ッ?」」」」



 アインが一言二言と……言葉を口にするば、シュレインは何かに気づいたかの様な声を張り上げた。

 周囲はそれに反応して4人の視線が彼に突き刺さる。



「つまり、カエちゃんとフィーシアちゃんは【清竜の涙】のって事っスね——!!」



 が、シュレインの次なる発言は、見当違いなモノとなる。これには皆が皆、空いた口が塞がらないとの……



「——ッ!! そ……その通りだよ! シュレイン君!!」



 いや……ただ一人——


 シュレインの発言を大いに喜んだアインが同調し、高々と嘯いた。



「——ッ違うわ!! アホぉおお!!」



 これには、当然カエは否定してみせる。瞬間的に否定されたアインはビックリしたかのように身体を撥ねさせたが、瞬時に落ち込み、シュン——としてしまう。


 そして、カエは続け様……



「私は、そもそもじゃないわぁああ!!」



 真実を解放する。



「……ふぇ? ぼ、ボウケンシャジャ、ヌゥ゙ァーイ?」


「おい、その片言やめろ。バカにしてるのか?」



 その回答にシュレインの思考は崩壊し何処か抜けた表情を作り出す。

 アインにもそうだったが、カエはシュレインの反応に大層な怒りを抱えたみたいだ。



「いや……いやいやイヤイヤ! ぼ、冒険者じゃなかったら、カエちゃん!? 君達は一体??」



 そして、シュレインは当然の帰結を口にした。



「大型飛竜を倒す一般人? なんそれっス……てか、ここB級ランクの危険エリアッスよ!? B級以上の冒険者推奨の危険な場所っス!! マジ何者っスか!!」


「…………た、旅人?」


「——ッふぁ?! 馬鹿にしてるっスか!?」


「ぶ……武闘派な旅人なもので……」


「…………」



 この地【飛竜の棲家】は危険地帯だと聞いていたカエだったが、彼女達はここがそれなりの位の冒険者しか足を踏み入れない地であると知らなかった。カエの「旅人」との発言に納得を示す筈もなく。シュレインは懐疑的な眼差しをカエとフィーシアを往復させる。



「カエちゃん……? 真面目な話……冒険者じゃなかったら身分証は持ってるっスよね?」


「……ん? これ……?」



 カエはこの時、腰の金具に引っ掛けるようにして持ち歩いていた一冊の黒い本を手にする。



「ちょ〜〜と……見せてもらっても……?」


「…………どうぞ……」



 シュレインはカエから身分証を受け取るとパラパラとめくった。カエとフィーシアはそれを無言で眺め、アインとレリアーレも傍観に徹していた。この段階では2人にまだ説明という説明をした訳ではない。ただ、今は監査官(シュレイン)というイレギュラーの存在があるセイか、あまり関与を示さない——と、いうよりは、レリアーレが関わり入ろうとしていない感じだ。


 現在も……



「シュレイン君……実はカエちゃん達は、元貴族の……ムグ!」

「アイン! 今は少し黙ってなさい!」

「でも、リア〜……2人は……貴族の……て、あれ? フィーシアちゃんが令嬢で……カエちゃんが騎士で……でも、“マスター”って?? ………あれ、可怪しい……よな?」

「馬鹿アイン、いいこと? 今は話がややこしくなるから黙る。分かった?」

「……ッ?」


 

 彼女は、余計な事を呟くよりも前に、アインの口を押さえこれを静止する。シュレインがどう判断を下すか分からない状況で、変な材料が追加されない事はカエにとってもありがたい話だった。


 ただ……


 アインは『騎士』だの『令嬢』だのと口にしていたが、これは昨日のシェリー嬢との食事会で演じた『騎士令嬢物語』の内容一部に準じたモノだった。アインを追い払う為に咄嗟に演じたフィクションファンタジーで、カエはフィーシアを『令嬢』と嘯き自身を『騎士』と偽った。だが、どうもこれが嘘だとレリアーレには見通されている。それもそのはず、フィーシアは先程から隠す気がなくカエの事を「マスター」と呼んでしまっている。これでは主従関係が逆。バレて当たり前である。


 まぁ……バレたとて……だ。


 そもそも、カエは二度とこの寸劇を演じる気がなかった。フィーシアが拒否反応を示し嫌がるから——カエにとって妹分に不快な役を強要するのは不本意なのである。


 しかし、レリアーレは何故にこの件に触れてこないのだろう? 本人は疑問に思っているだろうに……カエとしては、シュレインに可笑しな情報が渡り変に警戒されたくはない為、有難くはあるが……レリアーレの沈黙は、些か不可解であった。



「……え〜とぉ〜……“本拠地”エル・ダルート? “渡航履歴”無し……」



 そんな中……シュレインは本を睨みつけ何かを呟いている。この時、彼の本を持つ手は不思議な光を放っていた。

 シュレインの口から出る単語から察するに、カエの個人情報でも閲覧している雰囲気である。まさか、身分証の本にそのような情報までもが記されているとはカエは知る由もなかった——それというのも、カエがページをめくった時にはそんな記載は一切無かったのだ。

 おそらく、シュレインの放つ謎の発光に答えがあるのだろうが……アレは一体なんなのだろう——魔法とでも言うのだろうか……?



「登録日は——ッ? ッ!? え? どおゆうことっスか?!」



 その時、シュレインの反応に変化が生じる。



「登録が昨日で、エル・ダルートが出身地と記載は分かる。だけど、これでは渡航は出来なかった筈……なら、余程の田舎の出身……? 孤児……? それが、ドラゴンを……討伐……?!」



 シュレインは、気づいた不可解さを小声で淡々と早口に捲し立てる。


 その反応は、まさしくカエにとっては芳しくはなかった。


 カエはこの世界に転生したのが3日前……そこで女神より力を授かった。これはある日突然、脅威の権化が出現した現象。この世界に準ずる者からすれば不気味以外の何モノでもない存在だ。カエ自身、逆の立場ならそう思っている程にだ。

 だから、力は隠すと決めた。ただ、彼女の隠匿は何処までも杜撰……それもそうだろう。彼女自身、平気なフリをしていても、中身では相当ストレスを感じている。誤魔化そうとしても、少女を演じ、奇怪な自身を偽って……そんなの、経験も無ければ知識もなしに誤魔化せとは、相当の難題である。

 この場の空気は既に、そんなカエとフィーシアの不可解さが渦巻いている。だから、シュレインの次なる反応にも当然……意識がいく……

 


「……ッマスター……」

「……ッ……」



 2人に緊張が走る。だが……



「……ッん?」



 シュレインのページを捲る手が止まった。



「……申請、担当…………シェリー………」



 彼のこの時の表情を観察すると、先程までお気楽な印象が嘘のようで……眉間に皺を寄せ真剣そのものだったのが、不思議なほどに晴れ渡り回復の兆しを見せた。



「……そういうことっスか……あなたが……ならいっかっス」



 そして、彼は納得するかのように本を、パタンッと閉じる。



「カエちゃん。これは返すっスよ〜」


「——ッ!? はい……どうも……?」


「……? 何スか? そんな面食らった顔して?」


「いや……いいのかな? と思って……」



 シュレインは身分証をカエへと返した。ただ、自身の身分証を受け取った彼女の表情は怪訝を貼り付け、シュレインの顔を覗き込んでいる。

 それも、全てはシュレインの変わり身の速さが原因だ。

 深く追求して来ないのは有り難いのだが……その黙認と捉えられなくもない彼の態度は奇妙であり、思わずカエは聞き返していた。



「別に、僕は君たちを取って食おうなんて考えちゃぁ〜いないッスよ? 安心するっス」


「……どうして急に?」


「え? 何スか? 不審にでも思って欲しいっスか〜〜?」


「いや……それは、詮索しないで頂けるに越したことはないと言うか……」


「ならこのお話は終了っス! それに、信用云々で言うと——君たちは、彼らを守る為にイグニスを倒した……そうっスよね?」



 シュレインはそう言うとアイン、レリアーレを指差してカエの回答を待つ。この時の彼の表情はとても和らいだ印象を与え、カエ達を訝しむ素振りは一切感じ取れない。



「……それは、まぁ……そんな所です」


「なら僕は、君のその善行な心意気を信用しようじゃないっスか。人の命を助ける為に竜へと挑む! 中々できる事じゃないっス! まぁ〜イグニスを倒す程の人物を敵に回したくないって打算ありきっスけど……僕は、ドラゴンスレイヤーたる君が英雄である事を、ただただ願うだけっスよぉ〜〜」


「…………」



 そんな、彼の態度はカエにとっては奇妙である。信用を勝ち得た事は良いことだが……果たして、この信用はカエ自身によるモノと言っていいかが分からない。

 カエの思考は、そんな不可解に堰き止められ、これ以上シュレインへの問いかけを諦めて口を紡いだ。


 そして……



「はいは〜〜い! 皆様方〜〜一旦話しは終了っス!! もう、辺りは暗くなり始める頃っスから、早くこの地 (飛竜の棲家)から脱出しようっス!」



 シュレインは、瞬時に気を切り替えたのか……手を叩いて周りの注意を集めるとダンジョンからの脱出の提案をする。これは、事情聴取とも取れる話し合いの打ち切りを意味していた。


 ただ……



「——と、その前に君たちへの“保証”っスけど……」


「「……ホショウ?」」



 シュレイは忘れていた事を思い出したかの様に「保証」との単語を口にした。それにアインとレリアーレが反応を示した。



「そう、保証っス! 今回の件は少なからずギルドの責任問題が大きいっス。だから、君たち4人にはギルドより代償を支払うっスよ! まぁ〜迷惑料だと思ってほしいっス」


「え? 4人って……私とフィーシアも含まれて……?」



 その『保証』とやらは、どうもギルドから受けた加害に対しての賠償を意味しているみたいだ。今回、シュレインに捕えられたB級冒険者レノは『竜素材の強請り事件』との関与があったらしい。アインとレリアーレは今回レノから命を狙われ、そしておびき出された飛竜に襲われた。これは、ギルドの一部役員と結託して起きた事で、言ってみればこの問題を放置していたギルド全体の問題責任が発生してしまっている。よって、この問題で直接的被害を受けた【清竜の涙】の二人にはギルドから保証が付与されるとのことだった。ただ、この対象にはどうもカエとフィーシアも含まれるらしい。確かに、ギルドでは強請り女より迷惑は受けたが、今話題の1つに上がる程の被害は受けていなく、そもそも冒険者ですらない。


 これは、一体……?



「当然、君達にも償わなくちゃ〜いけないっス! 僕の代わりにイグニスを食い止めてもらった借りがあるっスから。だから、その分の補填だと思ってほしいっス!」


「……ふ〜ん……そういうこと……」



 つまり、竜を倒したお礼とのことだ。


 元はと言えば、カエは竜に手出しする積もりがなかった訳で……アインとレリアーレが襲われた原因が回り回ってギルドが、もとい……シュレインが助ける筈が、カエとフィーシアの介入せざるをえない状況になってしまった——確かに、迷惑といえば迷惑な話だ。

 

 しかし……


 この件で、何か償ってもらえるとしたら……貰うに越した事はない——と、そこは理解したカエ……



 で、あるならだ——





「それじゃ……A級冒険者【清竜の涙】の2人には、保証金でいいっスか?」


「ん!? まぁ……俺はそれでも……リアはどう思う?」

「私もそれで、良いと思うわよ」


「じゃ〜承諾ってことで……2人のギルド預金に適当に大金ブッ込んどくっス! もし、金額に納得いかないなら言ってくれっスよ〜〜正当性次第では増額も吝かではないっスから……」


「ああ、分かった」


「それと、この竜骸っスけど……後で、ギルドで回収チームを結成させて、エル・ダルートまで運ばせるっス。勿論、その時発生した手間賃は竜素材の売却等の金利から差し引かれるっスけど、お二方には、それなりの金額を支払うっス」


「でも……このドラゴンはカエちゃんが……」


「いや、君たちも命を賭けて奮闘したっスから……そこは貰とくっスよ! 冒険者は“慈善活動”じゃないっスから!」


「——ッう!? ……うん……」



 その後……シュレインは【清竜の涙】の2人と保証の内訳を話し合う。アインは何やら最後に、“慈善活動”との単語が胸に突き刺さっていたようだが……これは以前にも似たような話を受けた弊害か——ただ、ショックを受ける辺り、彼もまた成長している最中なのだろう。これはアインにとって、実にいい傾向であろうか……


 そして……



「次は……カエちゃん、フィーシアちゃん……っスけど……」



 次にシュレインは、カエとフィーシアを視界に収める。



「君達の場合は冒険者じゃないっスからね……だったら、竜素材の買い取り金利をせめて冒険者価格に引き上げて……それからそれから……」



 今度は、カエとフィーシアの保証の内容を思案し始める。


 だが……



「ちょっといい? その事何だけど……」


「——ッ? どうしたっスか?」



 カエはこの時、シュレインの喋りに横から口を挟んだ。





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