第69話 2つのお願い

「その、“保証”とやらは……必ずしも『金銭』のやり取りだけだったりするの?」


「いや、そんな事はないっスよ。保証はそもそも加害者救済の措置っスから、何か要望があれば、ギルドはそれに応えるっスよ。ただ……できる範囲で〜〜っスけど」



 シュレインは先程から保証の内訳をどうも『金』に置き換え話を続けていたが……カエには『保証』との言葉を耳にしたあたりより、1つの考えが過ることで金銭以外の補填の有無をシュレインに掛け合った。すると、可能な範囲でならギルドはこれを聞き入れるそうだ。


 であるなら……



「なら……その『保証』とやらで、私から2つお願いしたいことが……」


「——ッおよ?」



 カエは自身の右手を突き出し、人差しと中指を伸ばしてそう呟く。

 カエの言う『お願いしたいこと』とは、お金以前にもカエにとって大事なモノを指しての発言であった。



「2つ……だけ? ほほ〜〜ドラゴンスレイヤーの英雄は、豪く謙虚にあらせられる〜〜」


「茶化しはいいです。どうなんですか? 良いのか? 悪いのか?」


「——ッOKっスよ! 内容より〜けり〜っスけど……まぁ、言ってみるっス!」


「——ッそうですか……なら……」



 この時のカエは、軽口に若干不機嫌を匂わせつつも、シュレインより求めてた返事を貰い、すかさず要望を語り出した。



「1つ目は、エル・ダルートに蔓延する『黒外套少女』の噂。それが、事実無根であることをギルドから知らせを出して欲しい——」


「——ん? 黒外套と言うと……ああ、竜の鱗泥棒の少女の噂っスか? あれ? もしかして、その黒外套って……」


「私たちのことです。あの噂のセイで今街に帰れないんですよ……私たち……」



 まずカエが上げた要望は『竜の鱗を盗んだ黒外套少女』の噂の抹消である。カエとフィーシアが、そもそもこの地を訪れたキッカケが、僅か1日にして広がりをみせた噂が原因であった。お陰で、今朝から冒険者に追われ〜追いやられ〜気付けば街の入り口門前にまで行き着いたのはカエにとって苦い記憶である。

 


「そう言えば、その噂……私もギルドで聞いたわね。街中も、冒険者の女の子が路地を徘徊して探し回っていたのよ」

「ええ?! そんなことがあったのか? 俺は全然知らなかっ……」

「——ッ! アイン〜〜! あなたは〜〜朝から飄々と出歩いてたクセに〜〜! もっと周りに耳を傾けなさい!!」

「——ッイタい!!」



 この噂は、シュレインはおろか、更にレリアーレも耳にしていた様だ。それに関して、不注意のアインは口を滑らせ彼女から杖で頭を小突かれている。カエからしても見知った光景だ。ただ、そんなアインの頭の心配よりも彼女も知っているあたり、やはりこの噂の広がるスピードはかなりのモノである様だ。

 これはカエにとって目障り極まりない障害でしかない。そこで、ギルドの問題調査を名目とする特殊な監査官であるなら、権限で噂の解消……もしくは、事の発起人を処罰してくれるのではと考え、カエは『お願い』の1つ目にコレを選んだ。

 

 すると……

 


「そんな事なら、お安い御用っス! 僕も噂発端の一部始終をギルドで目撃したっスからね〜〜事実無根なのは僕も知ってるっス。寧ろ、その噂含めギルドによる問題行為は、厳粛に取り締まる予定だったっスから……頼まれるまでもなく、そのうち収まっていたっスよ」


「そのうちって……」


「心配っスか? なら『可及的速やかに“噂”は事実無根の虚実である』と知らせると誓うっスよ! これでいいっスか?」


「ええ……なら、それで……」


「——了解。この僕に任せとくっスよ!」

 


 シュレインは胸を叩いて見せる。これにより、カエの一つ目の『お願い』は無事に承諾されたのだ。



 では、次だ——



「では……2つ目。この竜について……」

 


 カエは、広場に一際目立って放置されたままの竜の亡骸を指差す。



「ドラゴンの素材の心配っスか? それは、問題いらないっスよ……ギルドは素材を適正価格……いや、それ以上の価格で買い取ることを約束するっスよ。カエちゃん、フィーシアちゃんが冒険者じゃなくとも、そこはしっかりと利益をお支払しますとも……」


「——ッあ、いや……そうじゃなくて……」


「……?」



 シュレインは、カエが竜を指し示した途端、竜素材の売却手続き云々を喋り出したが……カエは途中で会話を遮った。何故なら、彼女にとっての所望は全くシュレインの語りからは伝わってこなかったからだ。



「私達が求めるのは……この竜を私が倒した事を黙っていて欲しいんです」


「「「——ッ!?」」」



 カエが求めたもう一つの要望は『カエが竜を倒した事実の秘匿』であった。その要求がカエの口から放たれると、シュレインだけでなく、アイン、レリアーレすらも驚きを隠せずに、体がビクッと跳ねる。



「……つ……つまり、カエちゃんはドラゴンスレイヤーの称号を欲しないと?」


「はい……いらないです」


「〜〜〜ッ……そ、それはまた……寡欲な事で……」


「……寡、欲……違いますね。私にとって名声は邪魔でしかないんで……私はねぇ、力があることを知られたくないんですよ」



  カエの希望は安寧だ。ここまでの彼女の行動は自身の望みと全く噛み合っていないのだが……名声は、彼女にとって欲求にはあらず。寧ろ、その逆で邪魔なモノでしかない。



「何だったら……そこのA級の2人が倒した事にでもしてください」


「——いや! それはいくらなんでも……俺たちが遠慮したい……かな?」

「うん。私もアインと同じ意見。私達だとドラゴンスレイヤーは不釣り合い。レベルがあってないもの」



 ドラゴンスレイヤー達成は、黙っていられればそれでよかったのだが、アイン、レリアーレはおろか、ギルドの関係者、それも特殊な役員のシュレインに見られてしまった。彼が、この事で追及してこないのは謎だが、黙っているならその状態を維持していてもらえないかと要求の二つ目に『秘匿』をかけあった。


 ふと、アインとレリアーレの2人に討伐者を変えてもらえないかとカエが提案をしてみたが、それは本人達に断られてしまった。おそらく彼らにも、プライドがあってのことだろう。



「う〜ん……なら、方法はシュレイン君に任せます。とにかく、私が竜を倒したって話が広まらなければ何でもいいですよ」


「ま、任せるって……他力本願っスね〜〜」



 だが……早急に思考を諦めたカエはシュレインに丸投げし話題を返した。思わず彼も呆れを隠しきれなく苦い顔。しかし、思案はしてくれていたのか、少しの間を置いてシュレインは口を開いた。


 カエも自然とそれを傾聴した。



「えっと——まず、カエちゃんの要望っスけど……情報の拡散を食い止める事は割と簡単っス。だけど……」


「だけど?」


「先にカエちゃん、フィーシアちゃんに謝っておくっスけど。僕は監査官として、君たちの事を上に報告しなくちゃならないっス。コレ絶対!!」


「…………」


「ただ……上と言ってもほんの一部の人間にっス。その他ギルド関係者、一般市民には緘口令を引き、情報の漏洩を防ぐとお約束するっス。【清竜の涙】のように詩人に歌って語られる様な心配はいらない。だけど、あくまでこれは、アイン、レリアーレが口を紡げば……の話っスけど……」



 ここで、シュレインの視線はアイン、レリアーレを捉える。すると、自ずと2人はシュレインの言いたい事に気づいたのか……



「俺は、勿論喋ったりしないさ! カエちゃんの嫌がる事はしたくない」

「私も……命を救ってもらっておいて仇で返すなんてしないわよ」



 カエにとっていい返事を返してきた。



「……と、言う事っス! 申し訳ないっスけど、僕にはコレが限界。だけど、悪いようにはしないと……現段階では宣言させてくださいっス」

 

「現段階? …………分かりました。取り敢えずは納得はしておきましょう」


「信じてくれてありがとうっス!」



 一部不安要素は残ったものの、カエは現状ではシュレインの発言を信用した。ギルド上層部とやらには、カエとフィーシア——2人の情報が渡ってしまうらしいが……これを止めるとなると、シュレイン、アイン、レリアーレの口全てを断つ必要が求められてしまう。カエには、そんな選択肢を選ぶ様なサイコパスな考えは持ち合わせない為、行動には移さない。ここは、致し方なしに妥協するしかなかったのだ。せめて心の中で、面倒事が舞い込まない様にとだけ願うことにした。



「では……以上です。その2つだけ叶えて頂けるなら私から言う事はもうありません」


「……ん? それだけ……?? 寧ろ、約束だけで殆ど何もしていない気がするっスけど……お金……とかは?」


「金……? ああ……竜素材の……なら、その売上はギルドに寄付って事で、もう今後あの街みたいな被害を出さない様に活動資金にでもしてください」


「「「…………」」」



 カエの求めるは、シュレインにした『2つの願い』——それが守られるならカエは他の事はどうでも良かった。金に関しても、特に困ってないので寄付すると宣言した。噂の抹消が叶うのなら、エル・ダルートの街は自由散策が可能になる。この地(飛竜の棲家)では、幼竜の素材も回収している為、それを売り払えばお金には困らないだろう。資金の話では、カエとして何ら問題はないはずだった。

 そもそも【飛竜イグニス】とやらの素材の売却額って、どれだけの金額になるのやら……抜け落ちた鱗一枚であれだけ騒ぐのだ。さぞ膨大な金貨が山積みとなるであろう。大金を眼にする機会のないカエには、高所得は寧ろストレスの種になる。だから口から寄付との言葉が咄嗟に出た。これに関して特に彼女には後悔はなかった。

 そして、ギルドにそんな大金を寄付でもすれば、カエに向く心象は良く映り込んでくれる筈——コレが無難で最善の選択だと思案した結果だった。



「富も名声も要らないと……挙句に匿名紛いにギルドへ寄付? 善人の鑑っスか……カエちゃんは? ところで、さっきから黙り込んでるっスけど……フィーシアちゃんはそれでいいんスか? お連れさんが勝手に条件決めてるっスけど?」



 シュレインの反応は、関心を通り越し感情には困惑と呆れが入り混じる。カエ自身望んでいないが為に以上2つの条件を並べたが——些か、無欲過ぎてしまったようだ。 

 当然、条件反射でシュレインはフィーシアにも最終確認と取れる了承を問う。さきほどからカエしか喋っていなかったのだ。フィーシアに話を振るのも当たり前の反応だろう。


 しかし……彼女(フィーシア)が求める事など既に決まっている。



「愚問——私には、マスターの決定が全てです。マスターがそうと決めたのなら……私もそれに準じます」


「……そうっスか。……ねぇ〜〜」



 ただ、フィーシアの即答は、更にシュレインの不可解さへと発展する。


 だが……



「——ッ分かったっス! カエちゃん、フィーシアちゃんが、それを望むなら……これ以上僕からトヤカク言わないっス! 寄付に関しても、有り難い申し出っスから……ギルドを代表して、御礼言うッスよ! マジ、サンキュっス!」



 シュレインは諦めたかのように承諾の意を示し、これを叫ぶ。



「さて……じゃ〜もう難しい話は無しにして。そろそろ、移動しようっス。ここいらは、比較的日の入りが遅いっスけど……暗くなる前に脱出っスよ!」

 


 そして、180°切り替えダンジョンからの脱出の提案も同時に飛んだ。

 その、慌ただしい切り替え様は彼の中でも、思考を放棄したかのようだったが……辺り周辺の翳りは濃く色づきを見せることからも、早急な行動へと移すべき現状が、彼をそうさせたのだ。



「アインにはあの男(レノ)を運ぶの手伝って欲しいっス。レリアーレは、光魔法の得意とする神官だったっスよね? なら、魔法で光源を出して周囲を照らすっス」


「ああ、分かったよ」

「分かったは、直ぐ魔法の準備するわね」



 シュレインは、すぐさま脱出の準備を開始した。そこで自然と、アイン、レリアーレへと的確な指示を飛ばす。『副隊長』を任されているあたり、当然のように指示役に徹する様は彼の肩書きの体現である。



「カエちゃんと、フィーシアちゃんは……冒険者じゃないっスけど。一応、一緒には行動したほうがいいっスかね? できれば道中の魔物の間引きを手伝って貰えるのなら有り難いっス」



 続けてカエ、フィーシアに向き直ると、2人に対しても指示が飛んでくる。『ダンジョンからの脱出!』とは、皆が皆持ち得た共通方針。であるなら、ここは一つ協力する形で共に行動するのは普通の考えであろう。

 後で知った話だが……“ギルド監査官”とは特殊だと話に聞いたと思うが、特殊と言う様に彼らには一定の権限があり、ギルド所属の冒険者には緊急時の命令権を持ち合わせているそうだ。アインとレリアーレが、若気のシュレインの指図にすんなりなのは、この為なのだろう。


 ただ……カエ、フィーシアは例外だ。


 武力はあれども冒険者ではない。よってシュレインはカエとフィーシアには、『命令』と言うよりも『お願い』に近い感覚の申し出だった。おかげで、彼の頬には不自然に引き攣りが伺える。これは、笑顔のつもりなのか?


 だが……



「え? 全員で行動するの? なんで……?」



 カエはシュレインの発言に否定的である。



「……ん? え、だって、皆で行動した方が行軍は早いっすよ。カエちゃん達が“旅人”だったとしても、力はあるわけっスから……あ!? 2人は、力を見られたくなかったんスよね? なら……」


「いや……そうじゃなくて……」


「——ッおよ?」



 シュレインはカエの否定の意味が分からず、団体行動の利点と彼女への配慮を説明するも、カエはこれに待ったをかける。



「フィー、時刻は?」


「現在は……当初の予定を、47分オーバーです」


「……マジかッ!」


「「「……?」」」



 カエは、フィーシアを視線に捉え時刻を気にした。フィーシアは確認する素振りひとつせずに即答すると、カエの声がそれに反応して跳ねてみせる。



「と、言う事なので……私たちは道を急がせていただきまーす」


「急ぐって? なら……一緒に行動した方が……」



 彼女の反応理由は至ってシンプル。カエは、日が落ちる前にこの地の麓を目指す予定であった。しかし、竜の相手で当初の予定を逸脱し、当然時刻は予定したモノとはかけ離れる。


 ただ……

 

 シュレインとの約束(口約束ではあるが)で、カエの憂いが無くなった“今”。彼女は本来の目的に戻ろうとするのだが……


 ここで、アインがカエの発言の矛盾に反応する。



「ええ〜〜だって……じゃあ、一緒に行動したとして、麓に着くにはどれぐらいかかります?」


「どれぐらい……て、言っても……」



 カエの返しを聞き、アインの視線がシュレインに向く。



「んん〜? 大体、2時間……いや〜〜もう一刻プラスってとこっスかね? まぁ……早く、見積もってっスけど……」


「ふぅ〜〜ん…………ときに、フィーシアちゃん? 私たちが全力で麓を目指せば、どれくらい(時間が)かかると思う?」


「………………ですかね?」


「だよね〜〜」


「「「……ッえ??」」」



 この時……シュレインのダンジョン脱出にかかる見積もりは“2時間弱”——に対して、フィーシアは“15分”……単純計算で8倍近い時間短縮の発言が飛ぶ。



「……は……ははは〜〜さすがに、それは無いっすよ! だって、僕ですら1人で全力を出したって、絶対1時間以上はかかるっすもん! 冗談が過ぎるっスよ〜〜ははは……はは……は…………じょ……冗談……っスよね?」


「「…………」」



 シュレインはカエ、フィーシアに問う。


 だが……返事は返ってこない。



「ッ冗談っスよねぇえ!?」


「「…………」」



 続けて、アイン、レリアーレに視線を向けて、援護を期待するかの様に問う。


 しかし……返事は、返ってこない。



 この時、2人の中では「この少女達ならやりかねないのでは?」との疑心が少なからず存在していた為、シュレイの困惑した想いに応えられなかったのだ。



「……と、言う事なので——私たちはお先に失礼させて頂きま〜す♪」


「——ふぅぇえーーっス!!」



 そう言うと、カエはイージーチェアから飛び跳ねると、スタスタとある地点へと歩き出した。



「あの〜カエちゃん? そっちは……」

「崖……よね? なにする気かしら?」

 

 

 今、アイン、レリアーレが言った様にカエの目指した先は、一条の風が吹き抜けるだけの崖である。そんな彼女に3名の視線が集中する中、カエは次の瞬間——



「それでは〜〜」


「「「——ッ!!??」」」



 迷うことなく……



「「「——ッ飛び降りたぁああ!!!!」」」



 背面から倒れ込むかのように、奈落の底へと身を投げ出す。



「——ッ何考えてるっスかぁああ!!」


「カエちゃんッッ!!?? 嘘だろぉお!?」


「とび……おりちゃ……った??」



 目撃した一同は驚愕と共に、崖へと駆け寄る。レリアーレに関しては顔面蒼白でその場で地面にへたり込んだ。



 だが……



「——ッ!? あれ? っス??」

「ん!? なんだ……アレ??」


「え?! ……どうしたの? カエルムさんは!? 大丈夫だったの……??」



 下を覗き込んだシュレイン、アインは目を見開き——その驚く様相にレリアーレも反応する。



 彼らの眼下に広がった光景は、奈落の暗闇が……いや、そこには“星空”があった。無数の青い煌めきが、地の底目掛けて降りてゆく。それは、闇夜に輝く流れ星が連想とされ、流れ落ちる様を上空から見下ろしたかの幻想——星空を想起していて、見下ろしているとは、なんとも不思議な経験だ。


 そして、そんな煌めきの中には……



「あれは——カエちゃん!!」

「ええ!? カエちゃん……いたっスか!?」

「ああ……あの、青く光っている中に……」

「はは〜僕には全然見えんっスけど……やっぱりアインは、いい目してるっスね」



 目の良いアインには見えた様だが……無数の星を渡り歩くかの様に、高速で移動する人影があった。

 勿論、それは自身の力『ダイヤモンドダスト』を起動したカエである。彼女は、ダイヤモンドダストの破片を蹴りつつ駆動し、落下速度を調整しつつ降下していた。

 その光景が、シュレインとアインには“星空”に見えていた訳である。



「あの……お取り込み中すいませんが……どいていただけますか?」


「「——ッ!?」」



 そして、見入る様に崖下を覗き込む男2人へと声が掛かる。


 フィーシアだ。


 男2人は左右に飛び退き道を譲る。



「それでは、皆様……失礼致します」



 

 そして彼女は振り向き、皆を一瞥——自身のブカブカロングコートの裾を摘み、カーテシーを決めると断崖へと向き直る。



「——システム【ミラージュ】起動……」


「「「——ッッッ!? 消えた!!」」」



 フィーシアが1言呟けば、真っ白な彼女から赤い発光が放たれた——かに思えたが、次の瞬間には眩い閃光が飛び、気がつけばフィーシアの姿はそこになかった。


 だが、崖下では今も輝き続ける青い星々に次いで、赤い発光が現れては消え、現れては消えを繰り返し、徐々に徐々にと青の輝きへと近づいていった。



「……あ、あれは——瞬間移動テレポート?!」



 その現象に、思わず言葉を漏らしたのはレリアーレである。その時点で地の底を眺めて立ち尽くした3名は、目にした現象の答えに辿り着いてはいるのだろう。

 あの赤い点滅は、フィーシア本人——体の発光原理は分からないにしろ、消えたかに思えると離れた場所で再び輝きがあがる様は、文字通り瞬間的な移動と見て間違いなかった。



「……ドラゴンを倒した事実を知られたくないって……てっきり、あの2人は“自分達の力”を周囲に知られたくないもんだとばかり思ってったスけど………自分の力……か、隠す気あるんスかね……??」


「「…………」」



 シュレインは思ったままをただ言葉にした。だが、残る2人からは答えは返ってこない。

 この時の彼らは、二の句が継げない状態にあり、それ以前に驚きが思考の回転を妨げられたか、この時の2人にシュレインの言葉が届いているのかどうかすら分からない。



 そして、しばらく3人は輝き続けた谷底を、その光線が止むまで見つめ続けていたようだった。





 

 




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