第70話 マスター敵襲です

 飛竜の棲家の麓……



 展開されたセーフティハウス内にて——





 A.M. 01:08——





 ………ま、す………



「…………」



 ……マス…ター……お……



「……ッ…」



「マスター……起きて下さい」



「……ッ——ッみゅ?!」



 深夜——カエが自室のベットで、寝ていると……「マスター」との呼び声で、唐突に意識が覚醒した。それと共に、思わず腑抜けた声がカエの口から漏れる。



 あれから……



 カエとフィーシアは飛竜の棲家を足早に脱出すると、辺り一面に広がりを見せた樹海は、すっかり夜の暗がりが侵食した状態にあった。

 これも当初の予定を完全に逸脱した事が原因で、この時カエの瞳に映り込む黒の木々達は、彼女の心を萎えさせるには十分だった。

 そんな意気消沈する主を横目に、フィーシアは透かさず夜間戦闘用の光源アイテムを解き放つ。そして、周囲を照らす光を頼りに手頃な広場を見つけてはセーフティハウスを展開した。


 あとは夕食と浴を済ますと……その日は、すぐ床へ就き……今に至る。



 因みに、夕食のメニューはフィーシア特製「サーモンのムニエル」——


 ここ2日間は、肉料理が中心であったが為の、カエの御所望である。

 ソースはタルタルソース。カエの我儘は、レモン果汁多めのサッパリ仕様。昨日の「巨大手羽先の雑草塗し——魔女っ子少女の焼き入れ風——」の油の洪水がどうも脳裏に焼き付いてしまったのか。どうしても『サッパリ感』を取り入れたく、カエはフィーシアに駄々を聞き入れてもらっていた。


 その結果——



「んんん〜〜!! おいしぃぃいい!!」



 カエからこの言葉が出るのは必然であった。



 それはそうと……



 深夜そのまま倒れベットに潜り込んだカエだったが……まだ眠気が完全に拭えて無いにも関わらず、フィーシアに起こされてしまった。

 部屋に設えてある電灯は、日の出と共に次第に明るくなるように設定がされているのだが……潜ったベットより顔を覗かせると、手にランタン(カエの部屋に設えた調度品アイテム)を持ったフィーシアが居た。

 この時、ランタンの光源はフィーシアの姿を薄らと確認させるだけで、周囲の家具を観察する限りではランタンの僅かな光で照らされただけ——部屋独自の電灯は全く機能していない。



「……うぅぅ……フィーシア? 今……って、何時……?」



 カエは寝起きの掠れた声でフィーシアに問う。彼女を支配する感覚から朝を迎えるには早過ぎる。当然の反応だ。



「現時刻は、日を跨いで1時間ほどです」


「……夜中、1時……?!」



 どうやら、カエの感覚は正しかったようだ。フィーシアの発言に耳を疑ってしまう。

 彼女の言が正しいなら、カエは3時間程しか眠っていない。どおりで眠い訳である。



「申し訳ありません。マスター……昨日に続き、おやすみの邪魔をしてしまって……」



 カエは昨日も早朝よりフィーシアに起こされている。あれは、宿に押しかけて来た客(アイン)が事の原因であったが……カエに降りかかる厄災は、寝る間も与えてはくれぬのか……本日も、日を跨ぐと同時に“問題”が発生したようだった。

 で、なければフィーシアがこうして申し訳なさそうに主たるカエを叩き起こすような事はない筈。



「いや……謝らないでいいよ。君が、この時間に起こしに来るって事は……何か“問題”でもあったんでしょ?」



 当然、カエは寝ぼけた思考であっても、その事を想起してフィーシアに問い返す。

 

 すると……



「はい、マスター……です」


「…………へ?」


「——敵襲ですマスター。セーフティハウスを攻撃しようとしてる“ヤカラ”がいます」


「——ッ!? それッて——すッごい——!! ッッッ——!?」



 フィーシアから、軽い口調でとんでもない内容が告げられる。



 こうして、カエの眠気は一気に覚めた。













『…………どうしたの? アイン——』

『いや……えっと……ここに、何かあるっと言うのか? 見えない何かが……??』

『——ッはぁ? 何言ってるのよ』

『いや!? だって……ここ、なんか触れるんだって! ほら!』

『あら? 本当……これ以上進めない? 見えない壁? とでも言えばいいのかしら?』

『なぁ〜言ったろ!』

『不思議ねぇ。一体、何なのかしら?』





「…………また……あいつラァぁああ……」



 セーフティハウス内リビングルームにて——カエは2人の人物を捉えていた。



「——フィー? もしかしてだけど……敵襲って……」


「はい。あの者達です。ハウス、叩いてます!」


「おいおい……流石に、ここでまた鉢合わせって……最早『数奇』って言葉でも言い表せない程のエンカウント率だぞ。アイツら……」



 リビングルームの中央では、大きなスクリーンが宙に浮いていた。それは不思議と触れる事のできないガラスの板——まさしくSFの体現がそこにある。

 フィーシアがスクリーンの前にあるキーボードのような光の浮遊ブロックに触れ操作をすると、次の瞬間にはスクリーンに森の風景と2人の冒険者が映し出され、カエはそれを注視していた。



「まさか、このセーフティハウスの存在に気づくなんて……筈なんだけど……」



 そこに写しだされた人物とは、先程飛竜の住処にて竜の猛威より助け出した冒険者——アインとレリアーレであった。

 スクリーンには今、セーフティハウスの外部カメラが捉えた正面入口付近の風景が写っている。そして、同時に写り込んだ2人の冒険者は、何やらセーフティハウスの壁に触れ、パントマイムの様な歪な動きを見せていた。

 と言うのも、このセーフティハウスなのだが夜間になると光学迷彩が起動し、建物自体が見えなくなる機能がついている。

 セーフティハウスは基地の縮小版だと言っても、かなりの大きさを誇る。これでは(ゲーム内の)戦場のど真ん中に設置でもすれば、格好の的で迷彩は必須とも取れる機能だった。勿論、昼夜を問わず任意でのオン・オフは可能である。

 ただ……画面越しの2人は、見えない筈のセーフティハウスに気づいてしまったようで、先程から外壁をコンコン叩いていた。それがフィーシアからすると攻撃されたと勘違いしてしまったようだ。そして、ナゼ発見されたかは謎である。


 それはそうと……


 この件に関して、またしても鉢合わせた2人の姿を捉えた瞬間から、カエの表情は苦虫を噛み潰したように引き攣ってしまっていた。



「マスターどういたしますか?」


「いや……どうもしない。このまま諦めて帰ってくれれば……」



 ただ……カエはそんな彼らに対してやり過ごす選択をする。


 2人にとっては、樹海の中で唐突に謎の見えない壁が出現したのだ。普通の人間なら、まず恐怖を感じるのが当たり前——特に冒険者なら、なおさら警戒心が強いことだろう。

 このまま、見えない壁を警戒して離れていってくれないかと、無視する構えのカエ——だったのだが……


 その矢先——



『リア! ちょっと、そこどいてくれる?』

『……? 何するの?』

『いや〜少し、強く叩いてみようと思って……』

『——ッはぁぁあ!? 馬鹿アイン! 危ないからやめ……』

『エンチャント——気流の刃エアリアルブレード!!』

『——ッちょっと……!?』


 

「「——ッッッ!?」」

 


 状況が一変してしまう。














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