第71話 今晩泊めてくださいな
「リア……危ないからちょっと離れててくれないか?」
「離れてって……何が起こるか分からないに“攻撃”なんて!?」
「え? だから離れててって……?」
「だから——!! やめなさいって言ってんのよ!!」
アイン、レリアーレの2人はシュレインと協力し飛竜の住処を無事脱出していた。
その後、シュレインとは別れたのだったが……時刻は既に真夜中——周囲はすっかり暗くなってしまっていた。
そこで、2人はレリアーレの光魔法の光源を頼りに、野営が出来そうな地点を探し始める。
飛竜の住処より、少し離れた街道沿いには野営地があるそうだが……そこには向かわない。それは、周囲の暗闇も関与していたが、それ以前に2人には既に一定の疲労感が蓄積していたので、却って樹海を動き回るのは危険だと判断した為である。
だが……
いざ、野営ができそうな開けた場所を見つけたはいいが、2人は摩訶不思議な体験に見舞われた。何やら透明な何かによって広場の中央に近づくことが出来ないのだ。
そこで2人は、その透明な“ナニカ”に対して……
『危ないからやめろ』との言葉と——
『危ないから離れろ』との言葉の——
どっちつかずの押し問答を繰り返していた。
触れた感触は、ヒンヤリとして硬質。おそらく、金属に類似した“ナニカ”だとまでは判明している。
本来であれば、こういった未知なる事象を確認すれば警戒にあたり、なるべく踏み入るべき領分ではなく、冒険者としては慎重に事を期すべきなのだろう。
しかし、アインには意味のわからない謎の好奇心が芽生えてか……直面した可笑しな現象(不可視の壁)に対し、自身の双刀を握ると風の魔力を込めた。どうやら、彼の十八番である擬似魔法(擬似
勿論、レリアーレはトチ狂った好奇者アインを止めようとするも、彼は「何故止める?」と疑問顔。レリアーレには逆に「何故止められないと思った??」との疑問顔……現場には惚けた顔が2つ並んでいた。
「まぁ〜まぁ〜〜リア? こう言うのは、大体叩いとけば上手くいくんだって!」
「ッイヤイヤ、イーーヤ!! こういう時、大体アインのする事は問題を大きくするの!! だから、い・ま・す・ぐ・ヤ・メ・テ!!」
「そんな、“かたい”こと言わないでよ」
「“かたい”こと?? 私、常識でモノを言ったつもりなんだけど!?」
「ちょっとそこで見ていてよ——リア……」
「——ッ!? アイン!!」
レリアーレの悲鳴は周囲の木々にこだまする。夜間の樹海でこういった奇声を上げるのは、魔物を引き寄せる間違った行為であるのだが、この時の彼女は馬鹿な仲間の奇行を止めるのに必死で、状況が全く見えていない。褒められた行為ではないが仕方ないとも取れる状況と言えよう。
だが……
そんな彼女の奮闘虚しく、アインは静止の言を振り払うと手に持つ剣の切先を遂には、不可視の壁に向けた——
次の瞬間……
「
「——ッオイ! やめろ、バカやろう!!」
「——ッィイ!? か……カエちゃん!!」
アインの直ぐ目の前——不可視の壁があるであろう場所に——突如1人の少女が現れる。
カエであった。
アインはその姿を目にし、すかさず振りかぶった短刀に慌ててブレーキをかけてコレを止める。
不可視という事は、アインの前方には当然開けた広場と周辺には暗がりに聳えたる樹木がレリアーレの魔法の微かな光源を頼りに見えているのだが……
この瞬間、アインが擬似魔法を放とうとした広場の方向に、扉大(とびらだい)の謎空間が現れ、そこにはカエが居た。そして彼女の背後には家具がチラッと見えた事から、謎空間にはどうも室内が存在しているのだと思われる。
ただ……その空間の周りは、依然と透明なまま……宙に不思議な入り口が出現したようにアインには写って見えている。
「な……ど、どうしてカエルムさんが——!? それに、これは……??」
そして、アインの背後から慌てたレリアーレがカエへと近づいてくる。事の現象に対しての疑問を口にしながら……
「どうしたも……こうしたも、なーーい! 私のハウスを攻撃するのはヤメテください!! あと一歩で……危ないところだった!」
「はうす? この入り口がかい? じゃあ、今の見えない壁は?」
「え?! ああ……ハウスの外壁……この建物は、え〜とぉ……魔法? で……見えなく……なっていて……」
「こ……コレが……? 魔法?? 見えなくなる家なんて聞いたことないわよ?!」
「……ッ……」
そこで、カエはすかさずアインに不満を露わにしたが……アインには、カエの漏らした『ハウス』との言葉に強く引っかかり、レリアーレに至っては『魔法』との言い訳に困惑してしまう。
『魔法で姿を隠す建築物』——異世界なら、ありそうだと咄嗟に口にしたカエの発言だったが、この世界の先駆者たる2人の冒険者の顔色を伺う限りでは、とんでも発言だった事が容易に分かる。慌てる素振りからも分かる通り、カエには動揺が走ってる。
「と……と、とにかく——私のハウスへの攻撃はヤメテください! 迷惑なので!!」
だが……カエは、声を荒げて2人を突っぱねた。これで誤魔化してるつもりなのだろうが、全くもって誤魔化しが効いていない。アインとレリアーレの表情からは疑惑に満ちた視線が飛び続けたままだ。
「は……ハウスってことは……ここがカエちゃんのお家?! ここに住んでいるのかい?」
「んな訳ないでしょ……ただの簡易設置の拠点に過ぎないよ」
「こ……コレが……簡易?? 何を言われたのか、まったく理解できないわ」
「…………」
やっと、気を取り直したアインが言葉を口にしたかと思うと……カエのトンデモ発言は鳴り止む事を知らない。
再び2人に疑問という名の矢が思考をグサリと攻撃する。その都度、この場には沈黙が訪れ……先程から、誰かが喋ったかと思えばカエの発言で衝撃をと——
発言と沈黙の繰り返し——
そもそも……この時のカエは2人に理解してもらおうとしていなかった。このセーフティハウスを言葉で説明する以前に……誤魔化そうとしても、カエ自身どんな原理でゲームの再現パワーが働いているのか本人ですら分かっていないのだ。2人から理解を勝ち取るなど不可能に近い。
「とにかく! 私から、これ以上の説明はありません! お引き取りを——あ! あと、このハウスについては他言無用で——それじゃ!!」
そして、遂にカエは説明を投げ出し踵を返して無理矢理会話を打ち切った。この時、彼女の眠気はピークを迎えていた。その苛立ちから、彼らに対しての誤魔化しはおざなりなモノへと成り果てた。
だが……その時——
「——ちょっと待って!」
「——ッ?」
レリアーレがカエを引き止める。
「——ッナニ?」
「——ッあ!? え〜とぉ〜……」
カエの鋭い視線がレリアーレを切り裂いた。レリアーレはそれにたじろぐ。
カエは強いて彼女を怯えさせるつもりはなかったのだが……この時のカエは寝起きと睡魔の両方が影響を及ぼし、目元は尖りを見せていた。
「——ここが貴方の拠点だということは分かったわ。それを知らず知らず攻撃までしようとして……本当にごめんなさい!」
「——ッ!? お、おう……」
「それで……こんなこと……あなたにお願いするのは厚かましいのだけれど……一晩、私達を泊めてくれないかしら?」
「「……え?!」」
ただ……そんなカエに臆さずにレリアーレは言葉を口にしたが、その内容にカエはおろかアインまでが驚きの言葉を漏らしてみせる。
「リア!? いきなり何を?」
「図々しいお願いだということは分かっているわ。でも私達、この暗闇の樹海を暫く彷徨っていて……やっと見つけたのがこの場所で……」
かれこれ数時間——ダンジョンの脱出と樹海の暗がりを彷徨い歩き——そして未だに安息は2人には訪れず。
レリアーレは態度では平気なフリを演じていても、内心では限界が近い……その証拠に先程から魔法の光も徐々に勢いを失ってきているのだ。
そして今……目の前には、数時間前に命を救われたカエと、彼女の拠点が存在している。
ここで『泊めてくれ』は恩人に対し些か無遠慮が過ぎる発言だが……それを度外視して彼女は一縷の望みを夢見たのだろうか。
「アインも……あなたはドラゴンの戦闘で疲れてるはずよ。早く体は休めるべき……それにここ以外で、周囲に野営は難しそうだし……国の野営地までは距離がある。現実的ではないわ」
「それは……そうだけど……カエちゃんに迷惑が……」
「無理なお願いだって分かってる。命を助けてもらって、それに泊めてくれだなんて……厚かましいにも程があるわ。でも……お願いできないかしら?」
「…………」
遂に、レリアーレは深々とお辞儀をして懇願する。それに対してカエは神妙な顔で暫く頭を下げた彼女の頭部を見つめていた。
そして……
「あの〜〜……怖くはないんですか?」
「え?」
「人にとって『未知』って結構怖い事だと思うんですよ私には……君の驚き具合から察するに、私って大分異質じゃないですか? だから……怖いとか……気味が悪いとか……感じないのかな……と……」
カエは、ふとレリアーレに質問を飛ばす。いきなり「泊めて」と言われたのには正直カエは驚いていた。だが、その泊める泊めないを別として……レリアーレの適応力の速さには疑問でしかなかった。
「怖い……とかは、特に——寧ろ……」
だが……彼女は一言呟いた次の瞬間——口の端を吊り上げ目を輝かせた。
「あなたの後ろの空間は『魔法』なのでしょう? と言うことは建物自体が魔道具の集合体!? 一体どんな魔法が使われているのかしら? 凄く気になるわ!!」
「……ええ……ナニこの子……」
すると、彼女はセーフティハウスに興味深々といった感じで、カエの背後の入り口を見入って観察する。
カエの背後には、セーフティハウスが展開されている。現在外壁自体は迷彩により不可視になっているのだが……カエは建物外に出る為、扉は開いている状態だ。よって、現在は開いた扉だけがこの場の人間の視界にある。そしてレリアーレは、その入り口に釘付けだった。
「ああ……リアは、魔法に関しては目の色を変えるんだ。魔法マニアって言えばいいのか? 僕も、擬似魔法を使えるようになった当初は、結構質問責めにあった事があったよ」
すると、すかさずアインより彼女の表情変化についての補足が入る。
カエはセーフティハウスの説明を『魔法』だと嘯いた。これは、カエが状況が悪化の度に自然と口から溢す常套句である。てっきり、カエは2人の反応から誤魔化しが効いていない雰囲気を感じたのだが……レリアーレの興奮を見る限りでは信じ切ってしまっている。
そして……そんな眩しい程に目が爛々と輝く娘の表情を見てしまうとだ——
「…………はぁぁ………わかりましたよ」
「「——ッ!!」」
「一晩だけですよ」
「——ッえ!? カエちゃん?」
「……ほ、本当にいいの?」
カエは長い溜息1つ——
「ええ……ただし、あくまで一晩泊めるだけ……それ以外は一切何もしませんし、中で見たものは絶対口外しないでください」
「分かったわ。そんな事でいいならお安い御用よ! よろしくお願いしますカエルムさん」
まさかの“承諾”の反応を示したのだ。
「カエちゃん? 本当によかったのかい?」
アインはその反応に疑心暗鬼を隠せず、カエに近づくとレリアーレに聞こえない声量で囁く。
「いいも……悪いも……こんな真夜中に女の子を樹海の中を歩かせる訳いかんでしょ? あなたは彼女に感謝してください。というか、昨日も似たような事言いましたが、もっと彼女を気をかけてあげなさいよ——男でしょ?!」
「め……面目ない……」
セーフティハウスをアイン、レリアーレに見せたくはなかったカエ……だが、ふと外の状況を観察してしまうと——特にレリアーレのような気娘を、この何が飛び出てくるかも分からない森に放り出すのは……“男”として……いや、前世からしてみれば若い娘を追い出す感覚は、流石に良心の呵責に堪えてしまったのだ。
「ありがとうカエルムさん! とっても嬉しいわ。中を見るのが凄く楽しみ! ふふふ……この恩は、いつか絶対に貴方に返すと誓うわね」
「ん? そう……ですか。まぁ……とりあえず中へどうぞ」
「お邪魔します!」
カエはワクワクを隠し切れない彼女へ、セーフティハウス入り口へ招き入れるかのように腕を振って誘った。レリアーレはそれを確認すると、身体を跳ねさせながら入り口に飛び込む。
「——ん? でも待ってくれ、カエちゃん。もしかして、俺1人だったら……入れてくれない……と……?」
「…………」
「な……なんで……何も言ってくれないんだ? ねぇ——カエちゃん!?」
「うるさいな。そんなに森が好きならいいです……置いて行きますよ!」
「え!? ご……ごめん、カエちゃん! 置いてかないでくれ!」
レリアーレに続いてカエもセーフティハウスへと入っていく……だが、アインには何やら“不満”が有るようでカエに問いかけるも答えてはくれない。
ついに、男の執拗さに嫌気が差したのか……カエから『この場に置いていくぞ!』との表明があがると——それにアインは慌てて謝罪を口にし、彼女の後を追った。
そして、突然出現した『入口』が再び閉じると……森にポッカリと空いた広場から、いかなる存在も消え静けさだけが残った。
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