第133話 キス魔は突然に
「——ハワワわわわ!!??」
ラピスは顔を赤く染めて大慌て、瞳孔がぐるぐると渦を巻く。
「——アカネ! 抜け駆け、許さん!! 万死に値する!!」
いつもは静かなはずのヴェールは、目尻を吊り上げ噴気した。
「——ずるい! ずるい! ずるい!! アカネちゃん!!」
シトロンも笑顔を引っ込め、ぷりぷりとアカネを追いかけ回し始めた。
「——えへへ〜〜だ♪」
アカネは、慌てるチームメイトをよそに、幸せを顔に貼り付けて駆けて逃げ出す。
少女達は、アカネの一動作に大慌てのカオスの状況を作り出した。
「まったく……おませな子だな……」
カエは若干動揺こそしたが、事の発端を担ったアカネの駆ける姿を眺めて呆れる。最近の子はこんなにもアグレッシブなのかと……疑問が頭に張り付いた。
「アカネちゃん。なかなかやるわね」
「……リア!?」
「へぇ〜〜カエちゃん。すごいプレゼント貰っちゃったわね?」
「ぷ、プレゼントって……何言って……」
「いや、ただ羨ましいな〜〜って思って♪」
「茶化さないでください!」
「茶化してないわよ? あ! だったらお姉さんもプレゼントしてあげようかしら? いつもお世話になってるし!!」
「……じょ、冗談!? か、か、か、揶揄わないでよ!」
「あ〜カエちゃん。顔赤い♪ 可愛い……ふふふ……ちなみに冗談では、ないわよ? いつでもしてあげる!」
「——ッ〜〜〜〜!!!!」
だが、そんなのも束の間、一部始終を傍観していたレリアーレがカエを揶揄いだした。カエの顔は火を吹く勢いで紅潮し、その反応にレリアーレは面妖に笑う。カエは顔をレリアーレとは反対の方に向けて、フイっと逸らした。
「リア? カエちゃんを揶揄うのもその辺に……」
「あら? アインも羨ましい?」
「——ち、違う!? お、俺は——」
「アインにもしてあげるわよ? アナタにもお礼は返さなくちゃだし♪」
「——な、な、なに言って!! 冗談やめろ!!」
「だから、冗談じゃないって……」
そして、次の標的は近くに居たアインだ。あまりにも調子に乗りおふざけがすぎるレリアーレに、苦言を呈したところを狙われてしまう。
今度は唇に人差し指を当てて、カエ同様にアインを揶揄う。彼女の言う『お礼』がなんによるものかなど……レリアーレの指先が示すモノですぐアインに伝わり、彼もまた顔を赤く染め上げた。
そして……
「女の子なんだから! あんまり軽率な発言は控えた方がいいぞ! リア!」
「……? まさかアイン……私が誰彼構わず、こういうことするとでも思った?」
「……へ?」
「こんなこと言うの男性だとアインだけよ?」
「——ッ!!??」
彼女の追撃の一言に、アインは居た堪れなく瞬間的に顔をそらした。
「——ッぷ! あはは〜〜♪ アイン、面白い!」
この時の挙動が余程面白かったのか……お腹を抱えて高らかに笑い声を漏らすレリアーレ。なんとも甘酸っぱい一時だ。
「アイン。欲しくなったらいつでも言ってね♪」
「……い、い、いりません!!」
「むぅ〜〜そこまで言われると、ちょっとショックだな〜〜」
キス魔は突然に……現れる。
そしてその間——
「「「アカネちゃん! 待てぇええ!!」」」
「——あはは!!」
少女達の追いかけっこは継続中だ。
と、その時……
——ドン!——
「——うにゃ!?」
アカネは突然壁にぶつかる。だが決してそれは硬くはない。彼女には大した痛みはなかった。
しかし……
「——ッピャ!!??」
その壁は脅威でしかなかった。
アカネは思わず悲鳴を漏らす。
「——アカネ……アナタ、ナニシテルンデスカ?」
「——ッヒィヤ! フィ、フィー姉様!?」
そこにいたのはフィーシアだ。
顔色は肌が白く何処までも静かで冷たい印象だが、その彼女の瞳は逆に熱く燃えたぎる“怒り”を内包し、鋭利に尖らせアカネに突き刺さった。
「ち、ち、ち、違うんです! こ、これは出来心と言いますか!?」
「何が違うんですか? アナタは、確かにマスターの頬に唇をつけてました。これは偽りなく事実です」
「そ、それは……」
「いけない子……ですね?」
「——ご、ご、ごめんなヒャい!!」
フィーシアは淡々とアカネに近づく。その恐ろしい空気感を醸す彼女に怯え、アカネの身体はカタカタと震えた。
そして、背後によろめき後ずさるも……
——ドン——
「——ッ!!」
再び壁に当たる。
「「「ア〜カ〜ネ〜ちゃ〜ん?」」」
「——うわ!!」
そこにいたのは、ラピス、ヴェール、シトロンの3人だ。少女達の冷たい視線がアカネに突き刺さる。
「「「「——お仕置きが必要ですね?」」」」
「——ッうわぁ~〜ん! ごめんなさ〜〜い!」
まさに四面楚歌——アカネに味方はいなかった。
だがその時……
「——ふみゅ!?」
「こらこら……フィー? あまり、アカネちゃんをイジメないの」
「——ッマフはー(マスター)!?」
「「「「——ッカエお姉様!?」」」」
カエが背後から、フィーシアの頬を掴んだ。
「君たちも、そのへんにしてあげて……」
「——うわぁ~ん! カエお姉様!!」
アカネに救済として、カエが割って入ったのだ。アカネはカエに泣きついた。
「だって、アカネちゃんずるいもん! 私だってお姉様にチューしたい!」
「……え?」
「わ、わ、私だて……その……は、破廉恥な意味合いではないですよ。そう……これは、お礼なんです! お、お礼させてください!」
「……は?」
「私のチューが受け取れねぇ〜ってか!! ぁ゙ん゙!!」
「……ん?!」
だがしかし、シトロン、ラピス、ヴェールの怒りは治ることを知らず、その矛先はカエへと向く。
「あの? 君たち……こんなことは気軽にするものじゃなくてね?」
「「「チューさせろ!!」」」
「——ッ!?」
カエに剣幕を荒げて詰め寄る。
「……ちょっとフィー。君からも何か言ってあげて……て、フィー?」
ここでカエはフィーシアに助け船を求めるかのように話しかけるも、カエの両手で挟まれたフィーシアはおちょぼ口のまま、ジトォ〜と上目遣いでカエの顔を見つめ返している。
「マスター? 一つお願いが……」
フィーシアはカエの手からスルッと抜け出すと、振り返り懇願する。この時、視線は細め、まとわりつくジト目はそのままだ。
しかし、カエはこれに……
「ダメです」
「…………」
フィーシアが、懇願の内容を口にする前に速攻拒否する。何故、そうしたのかはわからない。だが、カエは嫌な予感を覚え反射的に突き放したのだ。
しかし……
——ジリ——
「……ッ!?」
——ジリジリ——
「——ッッッ!?」
視線の鋭利さそのままに、ジリジリと詰め寄り始めた。一歩、また一歩と近づくにつれ、カエの身体が驚いて跳ねる。
すると……フィーシアのその背後、さらに3人の少女がこれに続く。
「——ッ!!」
「——ッキャ!?」
((((——ッあ!? 逃げた!!!!))))
カエは居た堪れなくなると、横に居たアカネをお姫様抱っこし、フラーダの町中へ神速で逃げ出した。
「マスター! 待ってください!!」
「待てぇ〜〜お姉様!!」
「ま、ま、待ってください!!」
「解せぬ! 減るもんじゃあないだろが!!」
それを少女4人が追う。
「——ッッッ!!」
「——あわわわわ〜〜!!??」
カエは目にも止まらぬ速さで逃走する。腕に抱えられたアカネは、その速さに目を回した。追跡者の中にはフィーシアもいるのだ。生半可な速度ではなかったはず。アカネが慌てるのも無理はない。
だけど……
「…………」
ふと、その最中……アカネは勇気を振り絞って目を開けた。そこには、必死になりながらも美しい
でも……
「——ふふふ♪」
嬉しくなって口に手を当てて笑っていた。
それは、今この時の状況に……
それは、再びのお姫様抱っこに……
それは、大胆な自分の勇気に……
それは、この幸せに……
少女の笑顔が向いた瞬間だった。
そして……しばらく……
「むむむむ〜〜マスタ〜〜むむむ〜〜!!」
フラーダの町の入り口に追いかけっこから帰還した少女達。カエは、フィーシアの頭を抑えた状態で静止し、フィーシアは「むむむ!」と唸りながらも手をパタパタして争っていた。
「「「——ッぜぇ〜ぜぇ〜」」」
アカネを除いたフラワーズの少女達は、カエの逃走速度に追いつけるはずもなく、息切れして地面に倒れこんでいた。
「——うふふ〜〜♪」
そしてアカネは、感無量でふわふわしている。
昼前にフラーダを旅立つ予定が……既に日は真上を通り越してしまった。
「満足したかい? カエちゃん」
「本当に、楽しそうね。ふふふ」
だが……アインとレリアーレは、嫌な顔一つせずそれでも待っていてくれた。顔に浮かべた微笑みは、少女の追いかけっこを褒誉しているように思わせる。
「うん。そうだね——いい思い出になったんじゃないですか?」
そして、カエはアインとレリアーレに気づくと、視線をフラワーズに向けて、彼女もまた微笑んだ。
「それじゃ〜みんな。私達は行くね」
「——ッ!? はい……お元気で……いえ——絶対、会いに! 探しに行きますから!! 待っていてください!!」
「うん——アカネちゃん。楽しみにしているよ。またね!」
「——はい! お姉様!!」
こうして……フラーダの街を後にしたのだ。
フラワーズの少女達は、こちらの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
余談だが……
数年後——フラワーズは、正式に冒険者となる。
そして、冒険者としての経験を積み……
初めてのダンジョンに足を踏み入れたのち——
4人の消息は絶ってしまう。
彼女達が、その後……どうなってしまったか?
その物語は続くのだが……それは遠い……
そう……遥か遠くの話——
これに関しては……
いつか語ろう。
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