第73話 「「“さん”はやめて」」

「お帰りなさいませ、マスター……どうでしたか?」



 事の問題を解決したカエが室内へと戻ると、フィーシアに声を掛けられる形で出迎えを受けた。



「安心してフィー……何とか間に合った。ギリギリのところ……だったよ」



 そして、カエはフィーシアを安心させるべく、すかさず言葉を口にする。



「——? …………そうですか」


「……ん? 不満だった?」



 ただ……この時のカエの返しに、何やらフィーシアは疑問顔である。カエにはそれが少し不可解に写り、思わずその事を聞き返す。



「いえ……そのような事は……しなくて良かったです」


(……ッ……ああ……の事か)




 だがフィーシアの次の発言で、カエは自身と彼女との認識の齟齬に気が付いた。どうも、フィーシアの気にしている点とは、カエとは別軸の話のようだ。



「それで……は……」



 しかし、その事に触れる間もなく、フィーシアの視線は自然とカエの背後——2人の人物へと移った。


 この時、室内に入って来たのはカエの他にも……



「ごめんフィー……相談もしないで……」


「謝らないでください——これがマスターの望んだ事であるなら……私から言う事は何もありませんよ」


「……うん……ありがとう」



 一言、カエはフィーシアに謝意を伝えると、彼女から問題の2人に視線を移し呆れ混じりの表情を形成する。



「——入り口で立ち止まってどうしたんですか?」


「「…………」」



 と、言うのも——入口に足を踏み入れた筈の2人の人物は、何故か直立不動。目を点にして硬直してしまっていたのだ。


 そして次の瞬間……



「「……な……」」


「……ん? ……“な”?」


「「なにコレぇぇええ!!」」


「——ッうお!? え……なに?」



 しばらく続いた沈黙は突如、2人の冒険者……アインとレリアーレの悲鳴とも取れる叫びを皮切りに、停滞した時間に歯止めを掛けた。



「建物の中がまさかこんなに広いなんて……しかも、凄く立派ね……って——アレは何?! 一体どうなってるの! 魔法なのかしら!? あっちに浮いたガラス板が!? うわぁ〜〜気になる〜〜あはは……!」

「まさか……これが……拠点? しかも……簡易……って——え? ってどういう意味だっけ?? 冒険者は常に野宿だというのに……俺達のこれまでは一体?!」



 どうも、2人はセーフティハウスの内装に驚愕を禁じ得ないのか——各々が独特の反応を示す。


 レリアーレはSFの奇抜な内装デザインと宙に浮くモニターに釘付け……目を輝かせ、興奮冷めやまない様相で周囲を観察。物色しつつ辺りをウロチョロし始める。


 アインは彼女の逆で、森の中に突如と出現したであろうセーフティハウスオアシスに、今までの過酷だった野宿生活と快適空間との落差に言葉を失った。それでも、震えながら物珍しいであろう空間を観察するべく、フラフラと気になった箇所へと足を運び出す。



「…………」



 カエはそんな2人の反応を無言で見入る。だが……2人のこの反応にも致し方ない。何と言っても、この世界で初めてSF仕様近未来ハイテク空間を、RPGの世界……精々、中世ヨーロッパほどの文明人が見ているのだ。ゲームで見知っていたカエですら始めは驚愕したのだ。この空間は新鮮以外の何物でもない事だろう。

 そんな燥ぐ2人に、カエは思わず『本当に見せて良かったのか?』と少なからず、頭の中を葛藤が過り通過していく感覚が襲った。



「……マスター、眠る前にお茶でもどうですか?」

「——ッん!? はえ……?」



 ただ……そんな惚けたカエに唐突——フィーシアが声を掛ける。



「体を暖かくしてから就寝する方が、きっと良い睡眠が得られます。少しお待ちくださいね」

「——あ、ああ……ありがとうフィー……」



 フィーシアはそう言うとオープンキッチンを目指して、スタスタ行ってしまった。騒ぐ2人には全く気にもせずにだ。

 その姿から——『アナタが拾ってきたんだから! アナタが面倒見てよね!!』と、言われてるような気分に陥る。



「何かしら……この浮いたガラス板。一体どうやって浮いているの? 風魔法? でも……全く魔力が……ッッッ! 触れない!? つまり、これは光魔法?!」


「え〜とぉ……なんで拠点内に水が流れているんだ? フィールド探査では“水”が貴重だと言うのに……まさか、この植物を育てるためだけに水を循環させてると——?」




 それでだ……


 フィーシアに匙を投げられてしまった今……この2人の相手は必然的にカエの担当となってしまったわけだ。


 気づけば……レリアーレは宙に浮いたままのモニターを必死に触ろうとして彼女の腕は虚しく空を切り、アインはプランターエリアに流れる側溝の水をひたすらに凝視してブツブツ譫言を呟いている。

 誰が見てもあからさまに浮ついている。寝床の提供だけであった筈が、まさかの室内探検を始めてしまってる2人に、カエは心底脱力する他なかった。


 その時……



——ッツ〜〜ツ♪〜〜ツ♪〜〜……


「——ッッッ!? え、え、ナニ!?」



 スクリーンに夢中であったレリアーレの方から、彼女の悲鳴が飛び、突然のヒーリングミュージックが流れ出す。おそらく、ハウス機能のBGMを起動してしまったのだろう。

 ゲームでは、基地やセーフティハウスでゲーム内ミュージックをかける事ができるのだが……ゲーム時代のカエは、なんて事のないクラシック風の音楽を適当に流していた。ただ、転生してからはそんな機能には見向きもしていなかった(忘れていたとも言える)為、今まではミュート状態で放置していたのだが……先程フィーシアがセーフティハウス正面の映像を出す際に操作していたキーボード型の浮遊ブロック——それをレリアーレが何度か触っていた時に音響でも弄ったのだろう、突然の旋律が部屋一杯に響き渡った。



「——り、リアッ!? どうしたんだ!!」

「え、あの……わ、私……ご、ご、ごめんなさい!」

「えッと……と、と、とりあえず……お、お、お、落ち着こう……リア?!」

「そ、そ、そ、そうね……アイン……一旦、おち、落ちるきましょう!」



 すると……音楽を聞きつけたアインが、すかさずレリアーレを心配して近寄ってきた。そして、渦中のレリアーレはアタフタと動揺中——自分自身が事の発起人だと分かっている様な反応をしている。

 ただ……そこにアインも加わることで、2人はお間抜けな社交ダンスでも披露しているような光景を作り出していた。



「…………はぁぁ……ハウスシステム……ミュージックOFF——」


------ハウスシステム>>>「ミュージック<OFF>」……


「「——ッ!! と、止まった?!」」



 そんな慌てる2人を横目に、カエはため息を吐くと一言——リビング中央のソファーに、ボフンッ——と音を立てるほど、体の力を抜いて脱力する様に腰を落とす。すれば、カエの声が反応して忽ち流れていた音楽は鳴りを顰めて部屋は静かになった。



「あの……騒ぐのも大概にしてください。拠点に入れたのは室内探検や喚いてもらう為ではないんですから……」



 そして、その静寂に諌めるようなカエの声だけが反響する。



「……ッ!? わ……悪かったよカエちゃん……」

「——ッ……申し訳ないわ。私ったら……つい燥いでしまって……」



 アイン、レリアーレはカエの声を拾うと、今までの行動を思い出してか申し訳なさそうに謝罪を口にする。

 そこから、2人は気落ちして縮こまった身体のまま、ゆっくりと、かつ恐る恐ると移動を開始——カエの座ったソファーと机を挟んだ反対のソファーに並んで腰を落ち着けた。



 ちょうどその時——



……生姜湯をお持ちしました。身体も温り、再眠には最適です」



 丁度、フィーシアがマグカップ片手にキッチンの方から戻ってくる。それをカエへと渡した。



「フィー……ありがとう。どう……君も少し座ったら?」


「——ッ…………失礼します」



 カエが自分の座ったソファーの空いてるスペースをポンポン叩いて言葉を口にすると、フィーシアは不承不承とカエの隣に、ちょこんと座った。



「…………」



 ここで、カエが視線をフィーシアから正面へと戻す。

 すると……なにやらソワソワと、何かを言いたげな様子の娘の姿があった——レリアーレだ。カエはチラチラと彼女と視線が合う事に気に留めた。



「……ん? 何か言いたい事でもあるんですか? え〜とぉ〜レリアーレ……さん?」



 絶対的に気になるであろうその姿に——すかさずカエは追求を口にする。慣れない環境に気がかりなのは分かっているが、どうしても彼女の態度からは先ほどの室内の物珍しさより、カエのことを気にしているように写ってしまったのだ。



「いや……別に……と言ってしまうと嘘になるわね。あの〜……聞いていいか分からないのだけど……もう、『騎士』と誤魔化すのは……やめたのかなぁ……て……」


「……ん?!」


「え〜とね。ドラゴンから助けてもらった時からそうだったのだけれど……『マスター』と呼ばれてたから……」


「——ッ……あ、ああ……そのこと……」



 レリアーレの抱えた疑念は……つい今し方のフィーシアの発言が関与していた。


 『マスター』との発言だ。


 エル・ダルートの街でギルドから追いかけて来た『通り魔告白男』こと“アイン”を諦めさせるべく、即興で捏造したフィーシアと織りなす『騎士物語』。当初、カエはフィーシアを“元令嬢”、自分自身をお嬢様を守る“騎士”だと嘯いた。あの時は、なんだかんだで誤魔化しが効いた……と言うより、有耶無耶のまま逃げ出して来たのだったが、今はフィーシアがカエの事を『マスター』と呼んでしまっている。

 思い返せば【飛竜の棲家】にいた時からそうであったが、これでは嘯いた騎士物語を考えれば、カエとフィーシアの上下関係が逆転してしまっている。

 レリアーレはここへきて、その最もたる疑問が思わず猜疑心として態度に滲み出てしまったのだろう。

 

 だが問題はそれ程大きくはない。


 『フィーシアとカエの騎士物語』だったが……カエの中ではもう——この空想物語を語る事はおそらく一生ないのだから……



「そうですね——もうその“嘘”は続ける気はないです」


「やっぱり……騎士や令嬢は嘘なのね?」

「——ッん!?」


「ええ……そこの男(アイン)を諦めさせる為に即興で演じた空想ですよ。アレは、フィーが凄く嫌がったので、私はもう二度とあの役をする気はないです」



 カエは、そう言って隣のフィーシアの頭をクシャクシャ撫でた。

 あの時のフィーシアは立場が逆転してしまった現象に、例え嘘であったとしても自分が仕える主人が自身に侍する姿を堪らなく嫌がった。それが拒否反応として態度に出てしまった。それはカエにとって不本意だったのだが……彼女がそこまで嫌がるのなら——もう……この劇は終幕とするしかない。


 寸劇以降のカエには……妹に、そんな役を演じさせる気はなかったから……


 それに、今更秘密の1つや2つ明かしたとしても、【飛竜の住処】で「カエの異常な力」について口止めを約束してもらっている。よって……今回もこの件をレリアーレにバラしたとしても状況は変わりようがないとも思えた。



「ちょっと待ってリア?! さっきからカエちゃん達は何の話を……」

「——え? まさか……アイン?! あなた……」



 だが、この場でレリアーレとカエのやり取りに、全くついていけてない男が1人……



「アレは、“嘘”だったのかい!!??」

「え? 今更?? ずっと、フィーシアさんがカエルムさんのことを『マスター』と呼んでたでしょう?」

「確かに可笑しな話だったけど……それが、なんだって??」

「これだと、騎士と令嬢の立場が違うの……分かる?」

「ええーー……?!」



 レリアーレが、理解のいかないアインへと補足を付け足す。そしてようやく、アインは答えに行き着いたようだが——ただ……そんな彼の表情は、納得しているのか? 驚愕しているのか? 今ひとつ着地の見えない気抜けたモノを覗かせていた。



「気付けないのはアインだけよ……まったく……馬鹿アイン」

「——ッ! そ、それは……仕方ないだろう。だって……」



 アインは、ハッ——として言葉を呟くとカエを目の前に捉えて、そして……



「俺の瞳には、カエちゃん……君の魅力の輝きしか写っていなかったから——!」



 爽やかイケメンスマイルで歯の浮く様な言葉を綴った。口元に覗く彼の白い歯が何処となく瞬間的な輝きを放ったかのように錯覚が起こる……が……



「は〜い、気持ち悪いで〜す。お帰りはあちらになっておりますので、どうぞお引き取りください」


「——ッジョジョ、じょ……冗談!! 冗談だから、カエちゃん。謝るから、それだけは勘弁!!」


「……はぁぁ……まったく……」



 カエは、セーフティハウスの入り口を指差し冷たくアインをあしらう。いくらイケメンが歯の浮くようなセリフを口走ろうとも……カエの中身、精神は男である為、彼女がアインに対しドギマギする未来などない。この場で一番可哀想なのは、そんな彼女に惚れ込んだアインだろう現実だけが存在する一時である。

 カエは、本日何度目になるかも分からないため息を、ついつい溢してしまっていた。



「それで……レリアーレさんは、それが分かっていて今の今まで黙っていたと……?」



 そんなカエは、これ以上アインと関わらまいと——男を無視してレリアーレへと話を戻し、彼女の織りなす姿勢を追求した。



「ええ……踏み込んでいい話か分からなかったから……ッあ!? でも安心して、私に風潮する気はないから!」



 ただ……この件に関して事の荒立ては、少なくともレリアーレは踏み込んで言及したり風潮するつもりはないらしい。



「みんな誰しも秘密はあるものよ。勿論、私だってあるもの! だから……あなた達の関係はこれ以上無理に詮索したりしない」



 そして、レリアーレは更に言葉を続ける。



「貴方達の力の事——この施設や——秘密は約束の通り決して喋らない。命を助けてもらった恩人の頼みごとだもん。不義理は働けないわ!」



 ここまで気軽に話を続けた彼女は、一拍間を置くと彼女の纏う空気が変わる。



「そのことで……今更になってしまったけど——今回、あなた様のお力で命を繋ぐことができ、私の大切な人を守ってくださり大変感謝しております」



 その時の彼女は真剣な眼差しでカエ、フィーシアの顔色を一瞥して伺うと……



「改めまして、ありがとうございました。カエルムさん! フィーシアさん!」

「——ッお、俺からも……ありがとうございました!!」



 レリアーレはソファーに座ったまま、目の前のテーブルにデコをぶつけてしまうのでは……? と思えるほどに深々と腰を折って頭を下げ——これにアインも釣られて追随した。カエの目の前には、そんな2人の下がった頭が並んだ。

 その姿からは、本気で感謝を伝えたいのだという意欲が伝わってくる。改めてレリアーレより謝意が述べられたが——確か【飛竜の棲家】では彼女はカエに何かを伝えようとしていた。シュレイの登場でタイミングを逃してしまったが、おそらく彼女は今の言葉をカエに伝えたかったのではと——今更ながらに思い至る。

 


 そして……そんな頭を下げる2人に……カエは……



「……さん……はやめてください」


「……へ?」


「私はあなた達に『さん』と呼ばれ、畏まられる様な偉い人間じゃありません。だから『さん』はやめて……今まで通り——“カエ”でいいです」



 と——要求を口にした。



 ドラゴンを倒してからの事だ。レリアーレはカエのことを『カエルムさん』と呼ぶようになった。別段、訂正を挟む必要はない気もするが……

 ただ……カエの見た目は現在、年齢15〜16の少女の姿をしている。つい中身の精神年齢に引っ張られてしまいそうだが……目の前にいるレリアーレは、どう見積もっても20歳(はたち)は超えていそうだ。

 15かそこそこの少女が、年上のお姉さんに『さん』を付けて畏れる光景は側から見ると極めてシュール。どうしてもカエはそこが気になって仕方がない。



 要は、何が言いたいかというと……『解せぬ!』といったところだ。



 だからか——そんな畏まる彼女にカエは……気軽に接して欲しいと気がつけば思ってしまっていたのだろう。



「でも……それだと大恩人に——」


「そういうのは気にしないで……今まで通りでいいです」


「力だって……貴方の方が卓越していて……私じゃ足元にも及ばないし……」


「別にそれも気にしないので——“カエ“と呼んでください。こんな子供に、気を遣わないでくださいよ」


「そう……うん——分かったわ! あなたがそこまで言うのなら……“カエちゃん”って呼ぶことにするわ!」


「うん……それでいいです。レリアーレさん……」



 最初はカエの要求に渋る様子を見せたレリアーレだったが……何度も言葉を押し通して、ようやく諦めたのか……カエの希望を受け入れてくれた。


 ただ……レリアーレは……



「なら! 私も『さん』はいらないわ! 気軽に接して!!」


「——え? 気軽に……って?!」


「私のことは“リア”って呼んで」


「ええ……それは……」


「——嫌?」


「嫌って……事では……」



 今度はカエに対して呼び方の要求を投げ返してきた。



「私には気軽に〜〜って言っておいて、カエちゃんは私の事を他人行儀で突き放すのぉ〜〜?」


「いや……そういうんじゃ……なくて……なんと言うか……」



 そんな彼女の態度は、『水を得た魚』と言ったように先ほどの畏まった姿は既にない。カエはそんな彼女の変わり身の速さに気押されて、言葉の勢いを失い始める。



「私も〜〜気にしないから〜〜気軽に接して欲しいなぁ〜〜」


「それは……ちょと……恐れ多い……と言うか……」



 しかし、カエの勢いの減速は何もレリアーレの言葉に押されてと言うよりも……自身の精神からくる反応が大きかった。


 カエにとって女性は、少なからず苦手な存在だ。レリアーレに関して言えば、何度も顔を合わせていること——呆れ感情——眠気——等々と、感覚の麻痺する要素が関与して普通に接していたが……


 ここで、よくよく彼女を観察するとだ——


 レリアーレは、金のゆるふわな長髪に青い瞳で、顔立ちは非常に整った美麗な女性である。

 こうなってくると、そんな彼女を呼び捨て、ましてや愛称で呼ぶのは……女性との接し方に難あるカエにとっては、気恥ずかしく、荷が重い提案なのである。

 よって、カエはレリアーレが調子に乗り始めてから、薄らと紅潮すると視線をソッポへ向けていた。


 ただ……そんなカエをレリアーレは許してくれないのか……



「恐れ多いって? なんでよ!? カエちゃんの方がずっと強いんだし……私も畏まられるのは嫌よ」


(——ッ!? この子……いきなり距離感詰めすぎじゃないかぁあ!?)



 ソファーから腰を持ち上げて目の前のテーブルに両手をつき、乗り出してはカエの顔を覗き込む。

 距離を詰められた事でカエは座ったまま彼女の顔から自身の顔だけを顰めて遠ざける。



「わ……分かりました——リア……さん……でいいですか?」


「だーめ! “リア”!!」


「……ッ……ッッ…………リ、“リア”…………い……今はこれで勘弁してください」


「むぅ〜〜なんで、そんなに顔を顰めて赤くしてるのよ。そんなに照れる事ないのに……まぁ、そのうち慣れて貰えればいいわ。敬語がちょっと気になるけどぉ〜〜…………お? そう言えば、このイス凄くフカフカね」



 そして、心折れたカエは、吃りながらも彼女の事を『リア』と呼ぶ。カエは、この事を人生(前世含め)で一番勇気を振り絞った瞬間ではないのかと思えてならなかった。

 そのカエの反応にレリアーレは、納得はしてないものの「及第点」との決着で一体は落ち着いた。身を乗り出した姿勢を引っ込めてソファーに乱暴に、ボフン——と音を立てて再び座り込む。その時の弾力に驚いていた。



「——あ! じゃ〜カエちゃん!! 俺のことも……『アイン』って呼んでくれないかなぁ〜〜って……」


「…………」


「あの〜〜カエちゃん??」


「うっさい——ッ!」


「…………」



 しかし、カエが心を許したのはあくまでレリアーレのみ——もう1人の男の提案は儚く打ち砕かれる。



 果たして——


 

 彼の『変態』の烙印は、カエの中から消える日が来るのだろうか?


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