第84話 あの朝食のあと…(アイン、レリアーレの場合)

 時は遡り——エル・ダルート門前広場が冒険者によって喧騒に包まれるよりも前——『2日前』へと巻き戻る。



 


 アインとレリアーレは——カエ、フィーシアの2人から森で振り切られた後——遅れること数時間後にエル・ダルートの街へと戻ってきていた。


 そして一旦——受注した『飛竜“幼体種”の間引き』の依頼報告をする為に、すぐさま冒険者ギルドを訪れる。



 しかし……



「ん!? これはどういう事だ?」

「えっとぉ〜〜何かあったのは……明らかよね?」



 2人の反応から察するに、ギルド内部は異常な光景を見せていた。



「報告! どうなっているの!?」

「南東の森——モンスターの数、増加! 東に行くにつれ数が減少する事から……本命は“南”の可能性——」

「武器の手入れは念入りに——矢の補充もしなくちゃ……」

「ここから……ここまで手配大丈夫? 後、教会と薬師に直ぐ連絡を!」



 それは、昨日ギルドを訪れた時と比べて明らかな変化——この場に居合わす冒険者、ギルド職員の面々は、見て分かる通りの慌ただしさに包まれている。これには、建物内へと足を踏み入れる以前に、ギルド前に置かれた物資の数々——さらに言えば、3つ並びとなったギルド入口扉の出入りの激しさから、既に察しはついていた。

 アインとレリアーレはなんとか人混みを掻き分け、建物内部へと侵入に成功はしたものの、その緊迫した荒れ模様に、ついには呆然と立ち尽くしてしまう。


 すると……



「——ッあ!? よかった見つけたっスよ!! 清竜〜〜のぉ〜〜お二方ぁあ〜〜!!」


「「——ッ?」」



 そんな喧騒の遥か遠く——2人に意識を向けた独特喋り口調の呼び声があがる。ただ、その方向は建物内に蔓延した慌ただしさの中心地らしく、溢れかえる冒険者と職員の波を掻き分け、1人の青年が顔を出した。



「「——! シュレイン君!」」

 


 その青年の正体に、アイン、レリアーレは瞬時に気付いた。



「シュレイン君。この騒ぎは一体何があったんだ? ギルドの外まで大変な事に、なってたけど……」



 そんなシュレインの顔を捉えた瞬間、近づいてきた彼に対してアインが『喧騒の理由』を問う。

 彼はギルドの特別な役職『監査官』である。したがって、このギルドを取り巻く騒動もシュレインは当然答えを知っているはず——アインの質問理由も納得がいく。


 すると……



「……あ!? ちょっと待つっス」


「「……?」」


「さっき話した件……頼んだっスよ。あとは打ち合わせした通りに物資手配……それと、30分後に会議を開始——受付嬢のベテラン数名と、さっき渡したリストのB級冒険者に招集をかけるっス。もし間に合わなければ、居るメンバーだけで直ぐ開始……もし、パーティーを組んでいればリーダーじゃなくてもパーティー内から代表でも構わないから出席するように伝えくっスよ! じゃあ、慌てないでいいから急いで行動! よろしくっス!」

「「「はい! 了解しましたシュレイン様」」」



 シュレインはアインの唐突な質問を遮ると、シュレインの後をくっつくようにやってきた受付嬢数名に指示を出していた。すると、返事と共に瞬時に散会、各々が別方向の人混みへと消えて行く。

 その御用繁多なやり取りだけで、この場が緊迫した状況下にあることが嫌でもアイン、レリアーレの2人に伝わった。



「いやぁ〜話、遮っちゃって悪かったっスね」


「——それは……別に気にしてないよ。シュレイン君……凄く忙しそうだったから、仕方ないさ」



 シュレインは、受付嬢が仕事に戻って行く姿に満足すると再びアインを視界に捉え謝罪を口にした。ただ……ここまでの彼の雰囲気から察するに——どうも彼は、この緊迫するギルドを取り仕切っているようだった。



「さっきの質問っスけど……ここじゃあ、少し騒がしいっスね。あっちの窓辺にある席にでも移動しようかっス」


「ああ……でも、今そんな時間はあるのかい? 会議がどうとか言ってたけど……」


「問題ないっスよ。会議まで後30分あるっス。それに、その会議にはA級である2人にも是非、参加してもらいたいところっスから……それまでに、あらましをザッ——と説明させてもらうっス」


「「…………」」

 


 そして……アイン、レリアーレはシュレインの言葉に無言で頷き、彼の背中を追って移動を開始した。



 ギルドのエントランスホールの端の窓辺——そこは、人々でごったがえすギルド内の中で唯一無人に近い空間を形成していた。そこには四角いテーブルに、いくつかのシンプルなイスが並べられている。ただ、なぜ無人に近いのかというと——

 

 そこには……



「……うぅぅ〜〜……なのぉぉ〜〜……」


「「……ナニこの子??」」



 ただ一脚の椅子に、ぐでぇ〜〜と背もたれて、天を仰ぐ少女の姿があった。そんな少女の瞳はまるで死んだ魚のように輝きを失い濁っている。すぐ後ろの床にはつばの大きい魔女っ子帽子が落ちていたが、気のしっかりとしない彼女の頭からこぼれ落ちたものらしい。そして何やら唸り声をあげている姿に、アインとレリアーレの2人の口からは、少女についての疑問のハモリを奏でる。



「ああ……その子は気にしないで、適当に座ってっス!」


「え? いや……気にするなって言われても……彼女、大丈夫?」



 そんな魔女っ子を横目に、シュレインは意に関せずにイスに座ることをすすめてきたが……アインは唸る彼女にどうしても意識を奪われる。おそらく、この場に人が寄り付いてないのは彼女が原因なのだろう。飛んだお人よしアインの良心が彼女をほっときはしない。



「まぁ……そりゃ〜そうっスよね? 気になるっスよね? 実は彼女は……」



 この事でシュレインは、“ぐでぇ〜ッと魔女っ子”について口にしようとしたが……


 次の瞬間——



「……ううぅぅ……シュンちんがぁぁ……私のを……私、……ううぅぅ……」


「「…………ッえ?!」」



 唐突に呟かれた魔女っ子の譫言うわごとに——アインとレリアーレの表情に瞬間的に驚愕が張り付く。次にはゆっくりと首を傾け懐疑的な視線をシュレインに向けた。



「シュンちん——とは、もしかして……シュレイン君? ……まさか……君……」

「うそ……こんな幼気な女の子に、ナニしたの?」



 当然、2人はシュレインのまさかの奇行を思い浮かべて「信じられない!!」との反応を見せる。レリアーレに至っては、あまりの情報に口に手を当て、軽蔑の眼差しをシュレインに向ける。



「——ムース!? 譫言で、なんて事言うっスか!! お2人方——ちょっと待ってくれっス……言い訳……言い訳させて欲し……」


「「——言い訳ッ!!??」」


「あ……間違えたッ! 言い訳じゃなくて……“理由“! 彼女の譫言には理由があるっスよ!」


「「……理由〜〜?」」



 この状況に、シュレインは冷や汗垂らし、必死に冷静を装って『言い訳』を始める。当然、アインとレリアーレの鋭い眼差しが緩む素振りは、まだみせない。



「クソ! 会議まで後30分しかないってのに——あの……いいっスか! まず彼女は僕と同じ仲間……これだけ言えば2人には、この子の素性はわかるっスよね?」


「「うん……まぁ……」」



 そして、シュレインは魔女っ子を指差し、言葉を捲し立てて説明をする。無実を弁明する立場なら、もう少し落ち着いて見せるべきだが……シュレインは、ストレスと時間に追われて余裕を見せる暇がなかった。この時、時間がないと言う割にシュレインは自身の名誉をとったのだ。



「まず……彼女の呟いた『初めて』は『初めて』ってことっス——そして『汚されて』は、彼女に依頼した仕事……魔道具の解析なんスけど、諸事情で魔道具が汚れてたんスよ! だから、仕事と題して無理やり汚れ魔道具の解析をさせられて『汚された』って言ったっス。彼女の譫言は言葉足らず、この子【ムース】っていうんスけど……結構、正直者で勘違いな発言が多い子なんす!」


「「…………」」


「……なんスか? この沈黙……そして、その細めた視線は——!?」



 早口に捲し立てられたシュレインの戯言は……些か無理を内包している風に思える。この“ぐでぇ〜ッと魔女っ子”——【ムース】を実際にどういった人物なのかを知らない2人にとっては、いまいちシュレインの無実を信じ切ることができない。

 ただ……シュレインの発言は決して嘘のついていない真実ではあった。ムースは起きていても、とんでも正直発言なおっとり口調の子だが、例え寝入っていたとしても、口から漏らす寝言は、昼間に連発した発言をそのまま吐き出しているに他ならない為——当然、寝言、譫言であっても『とんでもないこと』を呟く可笑しな子だった。



「僕たち、まだ知り合ったばかりっスよね? 君たちは僕のナニを知ってるっていうんスか? 現状証拠だけで、僕という人間を疑うのはどうかと思うっス! 決めつけ良くなぁあーーい!!」


「まぁ……確かに、そうだね」

「ほ〜〜ん? ほんとかなぁ〜〜?」


「まだ信じてもらえないなら、今から、この徹夜少女を叩き起こして“答え合わせ”するっスか? 彼女……サボり魔にもかかわらず(有給のために)頑張って仕事をした優秀な僕の部下っス——叩き起こされるのは、今の彼女にとっては不本意だと思うのだけれど……それでも、信じてくれないってなら……」


「ああ……分かったよシュレイ君。信じるからその子を起こすのはやめてあげて……」

「そうね……その子かわいそうだし……まぁ、そういうことにしといてあげる。


「ああ……2人とも、そんなこと言って……その目——それはまだ僕を疑ってる目っスね? てか……レリアーレは僕のこと『シュンちん』って言うなっス!!」


「ええ〜〜いいじゃない。その呼び方、可愛いじゃない?」


「「……かわいい??」」



 と、緊張を占めるギルドの現状からすると、なんともお間抜けなやり取りを繰り広げるがシュレインは何とか自身の無実を証明した。



 そして……



「まったく……時間ないんで、完結に説明するっスよ! とんだロスタイムっス!」



 シュレインは椅子の1つにドカッ——と座ると、苛立ちを隠しきれないセリフを吐き捨てつつ頭を搔いた。



「「…………」」



 その姿に、アイン、レリアーレは無言、テーブルを挟んだ反対側に並んで腰を落とした。これ以上彼(シュレイン)を徹底追及するよりも、ギルドの状況を知ることが最優先——シュレインの態度を見ても『時間が無い』のは明白だった。

 因みに、魔女っ子少女ムースはシュレインの右隣——相変わらず「ううぅ〜…」と唸っているが、シュレインは彼女を気にする素振りを見せず席に座っていた。


 そしてシュレインは一瞬、息を吐き出すと表情は目頭を攣り、仕事のスイッチを入れたように真面目な顔へと変化させる。


 すると——次には事の経緯を語りだす。



「では……端的に本題を——『スタンピート』が発生したっス」


「「——ッ!?」」


「今からちょうど2日後——南方面から魔物の群れがこの街に衝突するっス」



 『スタンピード』——それは、魔物の氾濫を意味する言葉。シュレインが語ったギルドが慌ただしさに包まれた原因は、この『スタンピート』の発生によるモノだった。






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