第25話 A級冒険者

 早朝……鬱蒼と木々の生い茂る樹海の奥深くにて——



——ッズズゥゥゥゥゥゥン————!!!!



 普段は静かなはずの樹海に、その静寂を破壊するかの轟音が響き渡った……



 そんな辺境の地にて、それもまだ曙光しょこうも指す早朝に、男女2人の冒険者が魔物討伐に繰り出している……



「——ッアイン! そっちに行ったわよ!! 気をつけて!」


「——了解! ここで仕留める!! リア……援護を頼む!」


「わかったわ!!」



——キシャァァァァァーーーー!!!!



 耳を劈く奇声でもって威嚇をするのは、虫型の魔物。【ジャイアントマンティス】……その名の通り大きなカマキリの様な魔物だ。


 カマキリだというのに、その動きは俊敏。特徴である鋭利な両腕のカマで獲物の息の根を狙う……凶悪で凶暴な生物。静寂を壊す元凶であった……

 

 現在、ジャイアントマンティスは逃げるかの様に森を疾走している。その最中、周囲の木々を薙ぎ倒しながら——これが静寂を奪った最もな要因であった。

 そして、魔物の進行方向……眼の前に、勇敢にもが飛び出してくる。

 ジャイアントマンティスは、その人物に気付くやいなや、自身の武器となる鎌を透かさず振り下ろした……鎌の猛威が——男の命を奪おうと……


 しかし……



「——ッ風よぉお!! エンチャント【エアリアル】!! “気流の刃エアリアルブレード”!!」



 ガァキィィィィィィン————!!!!



——ッ!! キシャァァァアア??



 男は、二本の短剣でもって巨大な鎌を弾き返した……!?


 普通なら、男の小さな短刀が押し負けるのが至極当然とも取れる場面……

 しかし、男が叫んだ瞬間。短刀に蒼白い仄かな渦が巻きついた現象が確認できた。

 おそらく、この渦が男の身長よりも遥かに大きい刃を跳ね返したのだろう……そうとしか説明が付かない現象だ。



「——ッ今だ! リア!! 打てぇえ——!!」


「——ッん! 分かってる!!【光輝く穿の慈雨ホーリーレイン】!!」



 ジャイアントマンティスは、自身の鎌が己より小さな歯牙にも掛けない生き物に、まさか仰け反らされるとは梅雨にも思っていなかったのか……その油断もあって退く結果に——


 完全に大きな隙だった……


 それを確認した男が合図を送ると、魔物の後ろから何本もの光の矢が強襲する。



——ッグギャァァァァァァアアアア!!!!

 


 何本もの光の矢が魔物の身体を穿ち、森にジャイアントマンティスの苦痛と思わす叫びが響き渡った……



 光の矢を放ったのは、神官の服に身を包み、青い宝玉がはめ込まれた身の丈程の杖を持った女であった。


 彼女の名前は【レリアーレ】。金のゆるふわな髪に青い瞳が特徴のちょっと気の強そうな若い女性である。

 身なりから見て取れるように光魔法を得意とする【神官】。普段は回復をメインとする【ヒーラー】なのだが、光魔法を攻撃にも転用が可能で、ジャイアントマンティスに放った魔法がその一種である。難しい光魔法を攻防両立させた……彼女の魔法に対する技術力の高さが伺える。

 そんな彼女の身なりは、白と青を基調としたワンピースの様にも見える可愛らしい神官やら聖職者を思わすテイストの服。そして、手には身の丈にとどくかと思うほどの大な笏杖が握られている。先端部には大きな青い宝玉が嵌め込まれ、それを包み渦巻くかの様に何本もの鉄線が張り巡らせた立派なデザインの杖……彼女の服装とよく合っている印象を受ける。



 そして、カマキリの鎌を跳ね返して退けた男の名は【アイン】。茶色短髪の優男……左右非対称の短刀を装備した職業【シーフ】の男である。身なりは軽装の動きやすそうな格好に、濃い緑の外套をマントの様に羽織っている。

 全体を通して軽装なのはシーフとして、素早く動く為であろう。

 見て取れる武具の類は、左腕に一見ガントレットとも思える様なライトシールド。そして、腰の後ろに二本の短刀が収めらるであろう留め金が見て取れる。先程、巨大鎌の猛威を振り払ったのは彼が手にした2本の短刀によるものだ。

 双方、デザインは似通っているものの片方だけ若干長く、鍔の中心にの色違いの宝玉が、それぞれに嵌め込まれていた。


 

 して……この2人の——その正体は……


 世界を股に掛ける自由人の象徴——冒険者ギルドに所属する。


 Aの——“冒険者”である。


 

 冒険者とは、素材の採取や魔物の討伐、または民間の雑事を熟す……言ってしまえば『何でも屋』の様な職業である。

 そんな彼らにはE・D・C・B・A・Sまでの階級があり、初めは誰しもE級から始まり大半の冒険者はB級までで一生を終えてしまうとされていた。

 あとは、B級に上がる前に命を落としたり挫折して辞めてしまうか……一部の強者のみがA・Sに上り詰めるか……ただ、S級はちょっと特殊なため大体の天才や達人の域に達する冒険者はA級となり、冒険者の天井は実質A級と言っても過言でない。

 ここまでくると、冒険者の中でも一握りにあたるため、この業界では名の知れた存在となる。

 

 この両名も天才と目されるA……つまりは冒険者として一流だと認められた一握りだということ——

 まだ、歳若い2人はA級にまでのぼり詰めたことで、昨今では有名な存在であった。

 

 そして、そんな2人は近くの街より、討伐対象【ジャイアントマンティス】の討伐依頼を受けて、この森を訪れ……現在交戦中となったのだったが……




「——ッやったか!?」


——シ……キシャァァァァァ!!!!


「……て!? お、うおぉッと!!??」


「——ッちょ!? アイン!?」



  魔法により土煙が舞う中、不意に煙の中から生死の有無を確認する為近寄っていたアイン目掛け再び巨鎌が飛来する。それをアインは反射で身を翻す事でギリギリで回避して見せる——

 

 レリアーレの放った光の矢は、確実にジャイアントマンティスを捉え、深く突き刺さったかに思えた。しかし、それは致命傷には至らず魔物を仕留めるには至らなかったのである。

 これは何も、レリアーレの魔法の威力が低かったわけでは無い。

 寧ろ、注目すべきはジャイアントマンティスの防御力にある。

 一見、この魔物の脅威は鋭利な鎌や、巨体に似合わない俊敏性にも思われている……が、あくまでコレらは低ランクの冒険者から見た見解が強い。

 上位者からすれば、意識を向ける程度で十分対象が可能な分類だ。

 ただ、この魔物は昆虫の魔物にも関わらず……そのボディーはとてつもなく硬い事でも知られていた。

 特に硬いのは、やはり鎌だ……ジャイアントマンティスのアイデンティティとも取れる鎌なだけあって、当然と言えば当然ともいえる特徴であろう。

 対象の仕方としては、虫系統の魔物は特に“火”が不得意である可能性が高い為、火魔法で攻めるか……斬撃よりかは打撃系統の武器が有効的である。


 したがって、アインの短剣は低威力で斬撃は通りづらい為、致命には繋がらない……レリアーレの光魔法は、ダメージは与えられなくは無いが、効果は今ひとつ……と、結果からしてみれば、有効打に欠け、手を拱いてる状況が続く羽目となっていた。


 実はこの戦闘も、夜が明ける少し前から継続され——かれこれ1時間程経っている。


 

——キシャァァァ!!!!



バキバキバキバキ……………ズッシャァァァァァ!!!!



「あ!? クソ! コイツ!?」

「——森の奥に逃げて……!!」



 コチラ側がやられる事も無いが……かと言ってジャイアントマンティスにはイマイチダメージが入らない。唯一与えたダメージは、先のレリアーレの魔法によるもので“漸く”といったところ……2人は面倒な事に、均衡した状況に見舞われていたのだった。

 その最中……

 

 ジャイアントマンティスは、勝てないと見たのか……逃げの行動を取った。

 周りの木々を鎌の斬撃で切り倒し、アイン達との間に障害物を築くと……森の奥へと逃走を図ったのだ。



「——あぁぁーーーもう!! だから、昆虫系統は嫌いなのよ! 生命力強いし、私達とじゃ相性最悪だしー!!」

「……ま…まぁ…リア。そんな事言わないでさ? 取り敢えず追う……」


——ッキィ!!(眼光)


「——ムグ!……………」



 我慢の限界か……不満を吐露するレリアーレ。

 彼女を宥めようと、アインは話し掛けるも……とても、うら若く可愛らしい女性から向けられるとは思えない程の、殺意のこもった視線を向けられ……アインは堪らず口をつぐんだ——



「そんな事……分かってるわよ!! ほら、行くんでしょ!!」

「……………ハイ……」



 それでも、彼女はイヤイヤながらも動き出す。

 

 そんな彼女に、アインは小さく返事を返した。










追いかける事、しばらく——



「——そもそも、何でこんな山奥に魔物退治に来てしまったのかぁ〜〜よぉお!!」


「……いや…だってここいら一帯、この時期は魔物の繁殖期だから……いい仕事が請けられるかなぁ〜と思って……」


「だからって、何でなのよー! ッーー!! 私達とじゃ相性悪いわよね? 知ってるわよね!?」


「——1番、依頼料が高かったから……」


「だから〜? 森を何日も彷徨って〜? 挙げ句に何時間も追いかけっこ〜? ……繁殖期でぇ〜〜依頼が沢山あるならぁ〜〜近場のそこそこな依頼を、複数こなした方が〜〜効率的ではなくてぇ〜〜?」


「…………」



 あれから、アイン、レリアーレは魔物を追って森の中を魔法を駆使して疾走している。

 レリアーレは光魔法により僅かに宙に浮き、地表を滑るかの様に……アインは風魔法で靴裏に衝撃を生み出し、飛ぶように駆ける。

 互いに凄い速さで樹木をすり抜けていく……障害物が多く視界の悪い樹海を疾走する様は流石と言える……A級冒険者は伊達ではないのだ。


 ただ、この2人はまだ余裕を余している様で……レリアーレはアインに対し、言葉の応酬を掛けていた。

 アインは言い訳を返すも……正論で殴られ、次第に弱々しくなる……遂には口を閉じてしまった。

 レリアーレが、言葉の最後を伸ばして喋る口調は、彼女が本気で怒っている証拠……ここで言い返すのは、火に油。アインは本能で口をつぐんだのだ。付き合いが長いからこその行為措置だった。


 この計画性の無さで、本当に一流の冒険者なのか? と疑ってしまうが……


 しかし、アインの本質は天才気質。

 なまじ、戦闘面では類稀なる才気を発揮し、苦難を乗り越えてしまう為、なんだかんだでAまで昇り詰める結果となったのだ。


 それに対してレリアーレは才覚よりも努力気質の強さを持っている。

 彼女の幼少期はそれなりに努力を強いられる環境下にあったようで、現在の彼女の魔法の才覚はその積み重ねによるものだった。性格も幾分か真面目な為、ちゃらんぽらんなアインとはいいコンビとなっていた。

 


「まぁ〜いいわ……この件は、街に帰ってから〜よぉ〜〜くぅ…O・HA・NA・SI……しましょう……」

「——ッ! ——ッぇえ!!」

「…………ナニ? (ギロッ)」

「…………何でもありません……」

「………はぁぁ〜……でも、話し合い依然に…あの街は個人的に早く離れたいのよね……」

「——え? 何で? あの街景観もいいし……活気に溢れたいい街じゃん?」

「…………そういう事じゃ無いのよ(小声)」


 話の最中にレリアーレはどこか憂鬱そうな表情を見せる——


「……ん? それって……」

「……ほら、アイン…よそ見しない。魔物が見えたわよ!」


 

 話に夢中になっていると、いつの間にか魔物に追い付きつつあった。その証拠に魔物の姿を視認できる距離にまで来ている。



「アイン……あなたのスキルで、見逃さないようにして。きっと魔物も体力にも限界が来ているはず……ここで仕留めるわよ!」

「うん……分かった!」



 先程まで、説教モードだったレリアーレは気持ちを切り替え、アインに指示を出す。

 アインは所持するスキルによって“眼”が非常にいいのだが、その視力は【シーフ】の素早い戦闘に重宝され、敵を発見するのにも一躍を買う。

 そして今回は、その視力は魔物の姿を見失わないために……



「——スキル【鷹の眼ホークアイ】」



 アインは自身の能力……を行使した。



 だが、その時……



 アインの眼に、思いも寄らない事実が飛び込んできた。



「——ッ!! ヤバい! リア、がいる!? 魔物の進行方向!!」

「——ッ!? ……ッぇえ!? なんで? ここ森の奥よ!? 同業の……冒険者とかじゃなくて?」

「分からない。でも灰の——外套の二人組……? 武器の類は……見当たらない? 一般人? 背丈から……子供!? イヤ…女性か?」



 アインの眼には、魔物と……その進行方向のさらに遥か先。2人の黒とも灰とも取れる外套に身を包んだ人物を視認した。

 どうも、武器の類は所持していなさそうであり、冒険者ではなさそうだ。魔物の跋扈する樹海の中を、武器も持たず入り込むなど自殺行為……

 一般人にしては状況的に怪しさしか感じられない場面なのだが、いきなりのことでアインの心理は混乱に陥ってしまっていた。

 唯一、認識出来たのはうっすらと見えた顔……2人とも女性の様だと言う事だけであった。



「——ッまずい!! リア…ちょっと先に行く! 2人を助けないと!!」


「ちょっ……ちょっと!? アイン待って!! 何かおか………」



 アインは気づけば、レリアーレを置いて1人速度を上げてた。果敢にも2人の女性を助ける為に……

 レリアーレは何か言葉を発していたが、この時のアインの耳には届かない。彼の頭には『2人を助ける』ことしかなかったのだからだ。



 そして……アインは全速力で森を翔けた——



 魔物は2人の女性の直ぐ目の前まで迫っている。アインが間に合うかどうかは微妙なライン……このままではジャイアントマンティスの鎌が2人の命を奪わんと……



 (俺たちがモタモタしてたせいだ……だめだ!! それだけは! なんとしても助けなくちゃ!!)



 アインの脳裏では恐ろしい光景を想像してしまっていた。何としても、この光景だけは現実にしてはいけない……

 そう思う事で、更にアインは速度を上げた……



「……マスター……こ…は……ワタシ……が……」

「………イヤ……私……が…や……フィー……さが……て……」



——キシャァァァァァァァァァァァ!!



 森に魔物の奇声が響き渡る……


 もう……魔物と外套の女性が接敵してしまっている……

 2人の女性が、何事か話し合ってから……1人がもう1人を庇うかの様に前に出た。その前に出た人物が犠牲になろうとしているのか——?!



 「(だめだ!! 2人とも助けるには!!)——ッそんなのダメだぁぁ!! 逃げろぉぉぉおお!!」



 アインは堪らず叫んでいた。間に合わないと悟ってしまったために……仮に彼女らが全力で逃げていたのなら、アインは確実に間に合っていた。

 しかし……1人が犠牲になろうと前に出てしまった事が、間に合わない要因に繋がってしまった——


 


 そして……遂に魔物の鎌が……猛威を振るう——






 はずだった——






 



 

 

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