第24話 サマーソルトキック
新しい、1日の始まり——
遠方に見うる山間から日が昇り、一面と広がる樹海に曙光が差す。
遠くのほうで小鳥の囀りが聞こえると共に、空が次第に明るくなる。
まるで鳥の歌声が夜の終わりを告げているかのよう……
あたり一面に広がる樹海では木々の隙間より、光が地表に向かい流れ落ちる。陽光のカーテンが森の中では彼方此方で、陽が昇る動きに合わせて靡くかの様……形作り揺れる——
樹海は薄っすらと肌寒く、辺りに朝靄が微かにかかることで、光の乱反射が幻想空間を光景に映し出していた。
そして、この森の中に自然とは不釣り合いな1つの建築物が……
昨日まで存在しなかったそれ……
朝日が、かの建物に掛かるやいなや、中より2つの影が姿を表した。
「——準備オーケー! じゃあ…行こうかフィー……」
「了解致しました——マスター」
それは、全身を大きく覆う黒色の外套に身を包んだ2人の少女——
この世界に転生した転生者【カエルム】
そして、その彼女を支えるサポーターの【フィーシア】
その両名が今まさに『冒険の旅』に旅立とうとしていた——
あれからというもの——
大した事ではないのだが——フィーシアとは、もうひと悶着あった。
食事を終え片付けを済ませたのちは、今後についての作戦会議を始めた。
作戦会議といっても、今後の異世界では無難にゆったり生活したい旨をフィーシアに伝えて了承を得た後、フィーシアには昼間から今も絶賛稼働中の【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】……これの〈情報抽出〉を依頼し——
カエはカエで——2人の装備の見直しに勤む——
そして、それらがひと段落つくと、今日はもう就寝することにしたのだった。
この【セーフティハウス】はリビングルームが中心にあり、左右に何室か個室が設けられている。
内装は既に、浴室は確認済み、そして記憶が正しければ残りは三室。大きめの作戦室が一室と、自室と取れる部屋が二室。なお、この二室はハウジングが可能で、思い思いの部屋作りが可能。
ゲーム時代のカエは若干の拘りを持って、家具を並べていた。その甲斐あってなのか、実物を確認すると——これまたゲーム内のまま……見知った空間が目に飛び込んできた。
カエの自室は大きめな本棚が立ち並んだ〈書斎風〉の部屋となっている。しかし、決してゴチャッとした印象をなく、家具は最低限に……シンプルかつモダンがこの部屋のコンセプトとなっている。それがゲームのまま忠実再現されていたのだ——と、まぁ……お部屋紹介はいいとして、取り敢えず今日は夜も遅くなったので明日に向け就寝する旨となったのだ。もちろん、室内にはベットも置かれているので自室で休もうかな〜とした所——
『——ところで、フィー……君はどこで寝てるの?』
ちょっとした疑問をフィーシアに投げかけていた。
因みに、この“フィー”という呼び方は、彼女との仲良し計画の一環。フィーシアと少しでも関係がより親密になれればと、第一歩として愛称で呼んでみる事に……
ただ、フィーシアにも“マスター”呼びを止めてもらおうとしたのだが、目のハイライトが消え、口を紡ぎ、身体が小刻みに震えてしまった。恐らく一種の『拒否反応』だったのだろう……
あまり、無理をさせるのは彼女に悪いので、この件に関しては取り敢えず保留にした。時間は一杯あるんだ……ゆっくり彼女との仲を深めていこう——とカエは心に決めた。
『——私ですか? 私は部屋の片隅で結構ですので——』
フィーシアはそう言うと、1つの椅子と薄いタオルケットを引っ張り出してきた。まさか、椅子に座った状態で寝ようとしているのだろうか……?
流石に良くないと思ったカエは、彼女に一つの提案をした。
『いや……それはダメだよ……部屋が余ってるから、フィーはそっちの部屋を使うといいよ』
『——ッ!? いけません! 私なんかがマスターのお部屋をお借りするなど……それに、あちらのお部屋は——マスターが今お使いになられようとしているお部屋よりも広く……造りも立派なモノです。主より豪奢なお部屋の使用など……ありえません』
自室部屋が2つあるのなら、もう1つはフィーシアが使えば良いのでは——? と必然とも取れる提案だったのだが……彼女に血相を変えて拒否されてしまった。
もう一つの部屋は、書斎風の部屋に比べると広さが凡そ“倍”……コンセプトを〈リゾートホテル風〉にと、品の良い調度品や観葉植物が置かれたオシャレな空間を作り込んだ部屋となっている。
ここまでで感じたフィーシアの性格(設定)からすれば、当然の反応でもあるのだが……
『“俺”はどっちかって言うと、狭い部屋の方が落ち着くし……別にそんな事気にしなくて良いよ。だから、この話はこれでお終い! こっちが俺の部屋で…あっちがフィーシアの部屋……借りるとかじゃ無くて、好きなように使えば良いさ〜』
『ム〜……横暴です……マスター……』
『家族みたいに振る舞うと決めたんだから当然! それで……名前もぉ〜〜マスターじゃ無くて……普通に……カエって呼んでくれれば……』
——カタカタカタカタ……
『……ごめん……無理しなくて良いよ……』
と——昨夜はこんなやり取りがあったが、その後直ぐに二人して互いの部屋で就寝した。
フィーシアに無理やり部屋を充てがってしまったが、もしかして部屋のデザインが気に入らなかったとでも……? 広い部屋が嫌だ——とかなかっただろうか……だとしたら、悪いことをしてしまったか——?
だが……好きにして良いと言った為、気に入らない部分は自分で変えてしまうであろう……として……
食後のだいたいの詳細はこんなところであった。
そして今日は、いよいよ人が住まう区域を目指して行こうと思う。
カエの装備は昨日と、ほぼ同じだ。
装備に関して、変えるつもりはないのだが……この世界を基準としては、恐らくこの衣装は場違い……目立ってしまう可能性が大いにあると考えられた。
《剣と魔法の世界》に、《SFチック》の格好で放り込まれたのだ……当然といえば当然である。
よって現在、カエとフィーシアは全身を黒色の外套でもって覆っている。
これならば、取り敢えずは目立ちはしないだろうとの措置だ。それに……最悪、問題が発生した場合でも対処は考えてある。実は、この外套にはある機能が備わっているのだ。
一見、地味な色の外套だが、探知に使用していた装置と同じように、光学迷彩が搭載されている。
この世界の事情を把握しないことには、使用するかどうかはまだ判断に至れないが、状況によっては姿を消して問題をやり過ごす事も可能である。
見た目以上にハイスペックな装備なのだ。もちろん、同じように武器も迷彩により見えなくなっている……コレも外套の副次効果であった。
そしてフィーシアの装備はというと——
================================
-----装備-----
------メインシステム <main system>
>>> ミラージュ Lv.10
================================
------メインウェポン <main weapon>
>>> 狙撃銃 陽炎
《over the limit》Lv.10
┗アタッチメント <attachment>
>>> 貫通力強化装置 タイプーB
>>> 手ブレ補正モジュール Lv.3
------サブウェポン <sub weapon>
>>> 百“火”繚乱-紅桜
《over the limit》 Lv.10
┗アタッチメント <attachment>
>>> 軌道修正モジュール---軽微化
>>> サプレッサー
------付属装備 <Attached equipment>
>>> コンバットナイフ 〈鋭利化〉
>>> 光学迷彩搭載飛行型装置
〈探知〉Lv.3
>>> 外套〈黒〉光学迷彩搭載型 Mk3
================================
------戦闘服 <combat uniform>
>>> 支援者の服-戦闘 EX 白 Lv.5
┗スキル-プログラム <skill-program>
>>> 気配遮断 Lv.3
>>> 特殊会心 (強化率+85%)
>>> 弱点鋭利
------装身具 <personal ornament>
>>> 黒と白の髪留め〈華〉
>>> unequipped
>>> unequipped
================================
大体こんな感じなのだが……
文字面だけ見ても、第三者からしたら何がなんだか……としか言えないだろう。
全てを説明するときりがない為、詳細は省くがメイン武器を狙撃銃……要は、スナイパーライフル。サブにハンドガンの様な小銃と、付属として接敵を許してしまった時用のナイフを持たせた遠距離支援型……ゲーム時代のテンプレ的装備にしてみた。
カエ本人が近中距離に突出しているため、コンビと見れば相性はいいはずだ。
だいぶ説明を省いた解説だが……
とある女神の言葉を借りるなら、平均能力200の世界で100万だろうが101万だろうが強い事には変わらない。結局、スキル、能力を積んだところで、一撃で相手が絶命するのだから説明した所で無意味なのだ。
昨日の、散々たる結果をしてみればカエにはもう、身に染みて理解している事だろう。
まぁ……ゲームの癖? という訳でも無いのだが、能力的にも考えて編成してはいる。だがこの異世界には、どう影響するのかも分からない——
そこに関しては、移動しつつ手頃な魔物で試していくことにするつもりだ。
「じゃあー……昨日も話したけど、先導はフィーに任せるよ。最初に目指すのは抽出した情報にあった、街道と思わしき道に出る事。なるべく最短距離で移動するけど、道中……探知に敵性生物が引っかかれば無理のない程度に交戦。これは、装備に慣れるのが目的で、取り敢えずフィーにはサポートよりもアタッカー主体で戦闘してもらう。“私”は昨日、少し慣らしたし問題が無ければなるべく援護に回るから……宜しくね」
「——ッ了解しました。マスター」
昨夜、フィーシアに情報抽出を依頼したところ、ここより北西に位置する辺りに街道と思しき道を発見した。といっても、道と表現したものの、きっちり整備されたというよりは、何度も人が行き来を繰り返した事により、地面が踏み固められた名ばかりの街道。
それが、森の中央を一本の線でもって続いているのを発見したのだ。
まるで空を飛んで見て来たかの様な言い回しだが、事実これがほとんど適当とも取れる表現だったりする。
周囲の地形情報の獲得に使用した【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】。この装置にはカメラも搭載されている。これが基地やセーフティハウス内のモニターで確認する事ができるのだが……抽出による簡易マップを制作した際、木々が自生していない不自然な線が森の中央を通っていることに気づいた。そこで、昼間の記録映像を確認したところ、街道と思しき存在が発覚したのだった。
コレについては、人の気配が案外直ぐ側に感じられたことに、カエは至くホッ——としていた。これがもし、人里離れたはるか山奥だったら、どんなに大変だったことだろうか……
よってまずは、その街道を目指すことにしたのだ。そこからは、おそらく道なりに進めば、いつかは人が暮らす町か村に出るはず……そこで更なる情報を獲得にこぎ着ければ幸いと考えている。
そして、道中は索敵しつつ、フィーシアの戦闘能力を測ることも忘れない……
とりあえずの方針はこんなところ——っと言った感じに——
その後の事は……
まぁ——問題に直面してから考えていけばいいのではなかろうか——
「——はは……はぁ〜すごいね……フィーシア……」
「マスターに、お褒めていただき……恐縮です」
セーフティーハウスをインベントリ内にしまい込んでからというもの、森を進むこと暫く——装置のアラームが敵性生物……つまりは魔物の存在を知らせてくれたため、フィーシアにはその魔物の掃討をお願いした。
今回、戦ったのは狼の様な魔物……特徴としては全身苔と思える緑の毛皮に身を包んだ見た目であることが挙げられる。体長3メートルはあるのでは……? と思える程の大きな巨狼であった。
おそらくこの魔物は自身の毛色をもって周囲の森と同化し、獲物を狩るのでは無かろうか……? 一種の保護色というやつだ。
実際、素で確認すると見失いかねない見た目に驚いた……よくできた魔物だなぁ〜と感心する。
そしてつい先程、その狼が3匹……カエとフィーシアに襲いかかってきたので……交戦した……のだが……
ただ……
その戦闘も……イヤ——それは、戦闘と言っていいかも分からない程の瞬殺劇となってしまった——
カエは初め、フィーシア1人では厳しいのでは——? と考えていた。
狼というのもあって、昨日のゴブリン、スライムと比べると強敵なイメージが付きまとう。更に、フィーシアのメインウエポンはスナイパーライフル……つまりは遠距離型。視界が悪い森の中に、素早く行動する狼の魔物とくれば、そんな考えに至っても仕方ないだろう。
だが、杞憂であった……
緑の狼……仮に【グリーンウルフ】と呼ぶが……グリーンウルフは初め、正面から二匹、もう一匹が藪に身を隠し潜伏するといった攻め方でもって、フィーシアに襲いかかった。
いきなり三匹一斉に襲い来る事をせず、戦略を持って攻めてくるあたり、魔物にも知識を持っている事が分かる。
だが所詮——フィーシアの敵ではなかったのだが……
まず、正面より攻めて来た二匹のグリーンウルフは、フィーシアの初撃、追撃の2発の弾丸でもって、一撃のもと葬り去られる……驚く事に、寸分狂わぬ狙撃でもって急所を的確に撃ち抜かれて……フィーシアに接敵する間も無く、その命を落としたのだ。
次いで、潜伏するグリーンウルフなのだが……隠れているつもりでも【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】を装備したフィーシアには居場所が丸分かりだった。
仲間がやられたタイミングで、逃げていればいいものを……勇敢にも藪から飛び出て来た所を、グリーンウルフの顎の部分目掛けて、フィーシアは宙返ると同時に思いっきり蹴り上げた。
【
そもそもアレは実用性が有ったのか? 単なる見せ技なのかと思っていた。
しかもだ……フィーシアは蹴り技だけに留まらず、宙で体をひねると空中で蹴り上げた対象——グリーンウルフを、持っていた狙撃銃で撃ち抜く荒技まで披露して見せた。
(——彼女は猫か……?!)
異常過ぎる一瞬の出来事で、何が何だかもう頭が追いついて来ない……
転生特典で視覚が強化されているはずなのに……だ——
討伐タイム11.16秒……一頭あたり約4秒……あっという間の出来事だった。
「——マスター? どうか致しましたか?」
「——ッえ!? ッあ、イヤ……!! 何でもない、何でもないよ! アハハ……」
「……?」
カエが呆けていると、フィーシアは心配そうに顔を覗きこんできた……つい、後ろに大袈裟に飛び跳ね逃げてしまう。
カエ自身、フィーシアとは仲良し計画を実施中なのだが、この距離感はちょっと……カエにはまだ荷が重すぎた——
(——この子、色々と遠慮する割には……距離感近いんだよなぁ……)
カエは、女人化転生2日目……照れるのも、当然の結果でもある。
ただ、『やめて』と言えばフィーシアも、顔を覗き込まなくなると思うが……それはそれで、彼女の事を嫌っている感じがしてしまう。かといって、慣れるのも……時間がかかりそうだ……どうしたものか……
仲良くなるのも難しいな〜と感じるカエなのであった(そういう問題では無いのだけれど)。
と……その時、またしても……
((——ッ!?))
「——マスター……」
「うん……分かってる……」
装置に反応が……正面よりコチラに凄い速さで向かって来る生命反応を探知した。
しかもその反応は、狼と比べても遥かに……巨大な反応を示している。
——キシャァァァァァァアアア!!!!
その生き物は、森全体に響く程の鳴き声を轟かし、近づいて来る……木々の倒れる大きな地響きも響かせつつ……かなり大きな生物の様だ——
そして、目視で確認できる距離に……漸くその全貌を露わにした……
それは、とても巨大な………蟷螂の姿の魔物であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます