第26話 あの子が欲しい…!?

 ——事は、一瞬の出来事だった……


 それは、アインの想像を大きく外れたフェノメノン——



 巨大で鋭利な鎌を持つ獰猛な魔物【ジャイアントマンティス】……その凶悪な鎌の刃が、1人の女性を両断するのかと思った。


 しかし……現実は……黒色の外套を纏った女性が真っ二つにされる事はなく……



 寧ろ……両断されたのは……




 ——魔物の方であった。




 黒の外套の“少女”が手にしていた——



 大きく……


 青く……


 美しく……


 透き通った……




 異国の刀剣によって——







 アインは、飛び込んできた光景に目を疑った。

 

 外套の女性……顔しか見えなかったが、視認した彼女は思いの外、幼かった気がする。それはと言っても過言ではない位の容姿の……

 そんな少女が、魔物によって無惨にも斬り裂かれてしまう……アインは、そんな最悪のケースを想像していた。


 しかし……


 その予想は大きく覆されてしまった。





 少女は明らかに武装している様には見えなかったのは確実だ。

 

 だが……


 魔物の眼前に立ちはだかり、自身の外套を大きく靡かせた次の瞬間には少女は1つの刀剣を握り締めていた。


 刃が薄く、細い……水晶の様に透き通った蒼い刀剣……真っ先に思い至った感想は“美しい”……その一言でしか言い表せない造形の刀剣——

 型としては、異国のものだろうか……? 今までに見たことのない独特な雰囲気の業物だったのが印象的に残る。

 少女の身の丈はある程には長く、とてもこの細見な少女が扱うには不釣り合いとも思えた代物……だというのに、少女はそんな大きな刀剣をものともしない……軽々と魔物に対して横薙ぎに振り切ってみせた。

 

 そして、その一連の動作は、流麗で洗礼されし達人の域に到達している。


 アインは曲がりなりにもA級冒険者。それなりに技の見分けぐらいは付けられる。

 そんな彼にそこまで思わせた——彼女の技は一体? こんなに若い少女が、その域に到達するためにどれだけの研鑽を積んできたのだろうか——? 



 想像がつかない。


 

 そして、そんな少女の一刀は……



 ——お浚いだが、【ジャイアントマンティス】は巨大なカマキリで、その見た目にそぐわない程の、硬い外皮が驚異の魔物だ。

 特に硬いのは、その魔物の特徴を捉えた巨大な鎌。本来この魔物を相手するなら、魔法(特に火)・打撃・比較的柔らかい腹を攻撃する等……対象の方法は幾らでもある。

 あえて鎌を壊そうとする人物は、この魔物の特徴を知っているのであれば、まず実行しようとはしないだろう。そもそも、この鎌を直接加工してそのままの見た目で大剣として扱う冒険者も居るほどだ。

 と見て討伐にあたるのが当然となる………はずだった……



 少女の横薙ぎの一刀は……何物にも邪魔されることなく……



 振り切られる。



 それは、ジャイアントマンティスの鎌も例外ではない。

 


 初めは切った事にすら気づけなかった……

 少女が振り切ったあとには、彼女の振るう刀身の……その美しい色彩の一部を空間に残してきてしまったかのように、青い一筋の光が迸っていた——そして、一刹那の後に宙に輝きをまき散らしては消えていく……

 あれは一体何なのか? 魔法にも見えなくも無いその現象は……まるで、妖精が飛んだ後に周囲に舞散る鱗粉かの様な……はたまた無数に輝く夜空の星々の様な……幻想……

 


 その光景は、どこまでも美しく……凄く可憐で……綺麗……

 


 後に残されたのは、完全に動きを止めてしまったジャイアントマンティス。

 数秒の間を置くと……その巨体が真っ二つに……地面へと崩れ去っていった……

 驚くことに、硬い事で知られたジャイアントマンティスの鎌をも……両断して……



そして……



 気づけばそこには、もうの姿は無かった。









「——なにアレ? 光魔法? ——にしては青く光る光魔法なんて見たことないのよね……」



 アインは眼の前に起こった現象に、驚愕し呆けて固まってしまっている。

 そして、いつの間にか隣にはレリアーレがいた。アインと同じく、目の当たりにした現象に一驚し、思わず疑問を口にしている。今、起こったことに考察を巡らせる辺り、アインよりは冷静さは保てている。



「……それに、ジャイアントマンティスの鎌を両断って……どんな冗談よ……ん? ってアイン? 聞いているの? お〜〜い」



 レリアーレはアインに話しかけてるつもりであったが……アインからの返事が返ってkないことを訝しみ、視線を彼の方へと向けた。

 すると、アインは未だに心ここにあらず……といった感じに、ぼぉーっと魔物の亡骸を見つめているばかり……今、起こった事を考えると、彼の反応は分からなくも無い。

 だが、試しにレリアーレは自身の武器である杖……その先端の青い宝玉が嵌め込まれた部分を、アインの目の前でヒラヒラさせてみたが、反応はない。


 一回、頭でも叩いて正気に戻してやろうか——? と……レリアーレがそう思い始めた頃に……


 漸く……



「……あ……こ…しい……」


「…………?」



 やっと、喋ったかと思ったら……なにかブツブツと呟き出した。

 コイツ大丈夫か? と不安を感じる……次の瞬間……



———ガシ!!

————ッッッ!!?? 



 アインがレリアーレの両肩に、必死な形相で掴み掛かった。



「——ッ!? ナニ、ナニ、なにぃいー!!??」

「——俺! …………あ、あ、あの子が欲しい!!」

「……ヘ…………はァァァ嗚呼ああ!?」



 アインは、とんでもない事を言い出した。





「——ッちょ…ちょ、ちょっとぉお!? あなた…何言って………」

「——今の、あの子が……え〜と、凄く綺麗で…美しいって思って……あ〜その…兎に角、凄かった!! 俺……あの子に惚れちゃったんだ!! だから、つまり……彼女が欲しいんだよ!!」

「……ッ………………」




 レリアーレは、アインのまさかの発言に狼狽えてしまう。彼自身まだ言いたいことが定まっていないらしく、抽象的な物言い——しかし聞き取れる単語は聞き捨てならない。

 それにはレリアーレも思わずポカーンとしてしまう。開いた口が塞がらないとはこんな場面を言うのだろうか?



「あの子達……どこに行ったのかな? きっと近くの街に……」

「——ッちょちょちょちょっと……アイン? あなた何言ってるか分かってるの?」

「——? だから…あの子が欲しいって……?」

「それ……初対面の小さな女の子に言えば、あなた………変態よ……?」



 アインは言う……『彼女に惚れた』『あの子が欲しい』と……

 ——? と、レリアーレの思考には1つの仮説が思い至っている。

 しまいに、アインは今すぐにでも、先ほどの外套少女を探しに行ってしまいそうな勢いだ。

 それで実際に会えたとして、彼は一体どんな行動に出ようと言うのだろうか? もしその場で『君に惚れた! 君が欲しい!』何て……幼気な少女に言おうモノなら…… 


 レリアーレの身体に寒気が走る——





 A級の冒険者になってからと言うモノ……それなりに名前が売れたアインとレリアーレは、周囲から憧れの視線を向けられる事が多くなった……それと同時になんかも増えてしまうのであって……正直、レリアーレはこの事に嫌気がさしている。まぁ、今はレリアーレよりも、注目するのはアインの方……

 

 顔はそれなりに整っているし、冒険者としても売れた。そんな彼にも詰め寄る女性は多数いる訳で……

 アイン自体、女性には人気がある分類であろう——だが、全ての女性がそうとは限らない……もしアインを全く知らない娘だったとしたら……

 

 たとえイケメンだとしても、いきなり知らない男に『君に惚れた! 君が欲しいんだぁああ!!』何て言われれば……もう、恐怖でしかない……

 レリアーレとしても、それだけは何としても阻止したい……自分の大切な冒険者仲間に『変態』の烙印が付くのだけは……耐えられない……

 何としても彼を止めなくては……レリアーレに強い決意が宿った瞬間だった……が……



「——変態って? ………………ッあ!? あ、イヤイヤイヤ! そういう意味じゃなくて!! 俺たちの“パーティー”に欲しいって事ぉお!! 惚れたのは彼女の“技”!」

「——ッ…………はぁぁ〜〜〜……なによ……そういう事?」



 どうも、取り越し苦労だった様だ。気が抜けたレリアーレは深いため息をついた。

 どうも、自分たちのパーティーに誘いたかったと……そういうことらしい。

 今の変態発言は言葉足らずだったと……全く人騒がせなものだなぁ〜と、レリアーレは嘆声を漏らした。

 

 ただ、パーティーに誘う発言にだって、少しの問題はある。だが今のレリアーレにとっては、変態発言に比べれば全然可愛らしく思えてしまうもの……安心してアインと話し合える心境だった。



「でもね、アイン? 私達は既にAなのよ? 今から新規メンバーを加えるとなると……それに、あの外套の2人組が信用できる人物かも分からないし……あの実力なら……もう冒険者として活躍している子達なのかもしれんしわよ?」


「——う~ん…おそらく……それはないと思うんだ……もし冒険者で、あれだけの強さがあればA級は間違いない……いや、S級でもおかしくないと俺は思う……だけど、あんな青い刀身の刀剣使いは聞いたことないし……」


「——S級……女パーティーでS級というと【朱雀】の剣姫とか【白虎】の双子ちゃんとか……?」


「あの人達が、こんな山奥にいるわけないよ……それに、赤かったり白かったりで……あんな見た目ではなかったはず。そもそも青くない……」



 冒険者で実力のあるものは、自然と名前が世間に広まる。それは斡旋所の支部間でA級になった冒険者の情報が共有されることによるもので……職員達で話し合う内に、斡旋所を訪れた冒険者の耳にも入ってしまう。そこから噂が広がり、名が世間に知れ渡るのだ。したがって、上級冒険者で聞き及ばない人物は、まず居ないのである。



「……でも、無名だったとしても……信用できるかは別よ! 悪人かもしれないじゃない……」


「……いや…彼女は悪い人じゃ無いよ………」


「——? ……大した自信ね……何か理由があるんでしょうね?」


「…ふふふ………俺のカンだぁあ!! …………ッは!? あ、ごめん!! 冗談、冗談だから!! 杖で殴ろうとしないでぇーー! 地味に痛いのそれ!!」



 ただ、パーティに誘うにしても……悪人だったり、問題のある人物を入れる訳にはいかない。レリアーレは、そこを危惧してアインを問い詰めるも……彼はコレをはっきりと否定。

 『カン』だと言い出した時はどうしてやろうかと思ったが……彼にはハッキリとした確信がある様である。



「悪い人じゃ無いと思った要因は……“アレ”だよ——」



 アインが指を刺して示したもの……それは両断され……放置された魔物の亡骸であった。



「……あの死体がなんだって言うのよ」


「——魔物を仕留めたのはあの外套の少女だった……本来なら、ジャイアントマンティスの所有権は僕達にあって……傷を負わせてたし、逃げられたのを追ってもいた。依頼を受けていたのも僕たち……狩人なら、人の獲物を横取りするのはマナー違反だよね」


「だから……それが何だって言うのよ」


「でも……今回の場合だったら……普通、自分達に所有権があると主張しそうだよね——」


「………………」


「逃げられた? ——。傷を負わせてた? ——。私たちは襲われ——。私が倒した獲物だ——………こんなところかなぁ〜〜理由何て幾らでもカモフラージュできるし……今の状況で互いに主義主張を並べたなら、俺達の方が劣勢だったと思うよ……だって、倒した決め手は殆ど彼女の一太刀だったのだから……」


 つまり、あの魔物エモノは譲られたと……アインは言いたいのだろう……


「俺達の事にも気づいてたみたいだし……気が引けたのか? 気を使ったのか? 彼女がどう思ってたのかは分からないけど——ははは……律儀だよね~……冒険者からしてみれば富んだお人好しだね。そんな人が悪人に見えるかい?」


「…………だ、だからって………」



 確かに、今あげたアインの推理は、確信をついた予想であるのかも知れない……

 しかし、レリアーレにとっては、どうもまだ納得のいかない様子。

 眉間に皺を寄せ……否定的な形相を見せている。



「——それでも! 完全にあの2人が、いい人だって証明にはならないでしょ!?」


「——うん……それはそうだよ……」


「……え?」



 と、レリアーレの“否定”を彼は、さも当然だと言う様に“肯定”した。



「だって……」



 返ってきた答えに、彼女はたじろぐも……そんな事は気にも止めず、アインは話を続ける。



「……俺達は、まだ彼女の人となりを知らないんだから! ——だから、あの子達を知ろうとするし、気になったからこそ……また会ってみたいなぁ〜と思ったんだよ……他人を知ろうともしないで、悪人と決めつけるのは、彼女に対して失礼だと思うなぁ〜」

 

「——ムムム……アインのくせに……あなたって、普段は何処かヌケてるのに……やる気になった時だけは口がよく回るのね……」


「……ごめん………でも、あの子がパーティーに入ったら、絶対仕事がしやすくなると思うんだ。だって俺達、ジャイアントマンティスで、こんなに手こずってるんだぜ? 攻撃の要となる人が必要じゃないかなぁ〜?」

 


 アインは執拗に力説する……それ程までに彼は、謎の外套少女に魅了され心奪われてしまったのだ。どうしても、少女を探しに行きたくて仕方がない様子。

 


 でも……

 


「——でも……やっぱり私は反対……信用できるの何て………今までで…アインだけだったから………」



 レリアーレは不安な表情を見せてしまう。そんな彼女の手は杖を強く握りしめて……震えていた……



「——ッ!? ごめん!! リアをそこまで困らせるつもりじゃ………って、え? 何? 俺だけって……?」


「——ッ!! なでもないわ! 忘れて!!」



 ……と思えば、今度は頬を赤くしてソッポを向いてしまう。




 アインには彼女のこと(女心)がわからなかった。





 

 



 

 


 

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