第27話 歴史に刻むは軌跡

 何処までも広大に広がる、たおやかなる樹海に、木々のない部分が歪な線となってどこまでも伸びている。


 木々が自生していない理由としては、そこが“道”だということ……

 ただ“道”と表現したものの、特に整地された訳ではない……日々の人々の往来が、長年の年月をかけて出来上がった——歴史という名の筆が描いた一本の線。


 そして、その歴史の礎の一翼を担うかの様に、樹海の中を一台の荷馬車が道に軌跡を刻んで行く。


 荷馬車を引っ張るは一頭の馬……そして、馬に繋がる縄を握るのは初老の地味な衣服の男であった。

 荷馬車自体は木製で対して大きくは無い…所詮、馬一頭で引くに適した程の古めかしい造りの物で、なぜか所々に大きな動物が引っ掻いた様な跡が無数に存在する。

 そんな、一見ぼろい印象を受ける荷馬車の荷台には気持程度の積荷と……2人の黒の外套に身を包んだ少女が同乗していた。





「ごめんなさい、お爺さん。荷台に乗せてもらって……」



 少女の1人が、馬車を操る男に対して申し訳無さを匂わせつつ話しかける。


 その少女の正体は、この世界に転生してしまった【カエルム】ことカエであった。



「——ぁあ? ……あーイヤイヤ、いいって事よ! 寧ろ、謝んなきゃーならんわワシの方じゃ……助けてもらっといて荷台に乗せてやる事でしか、恩返しができん……嬢ちゃん達は、アレかぁ〜あ? 冒険者じゃないのか?」


「——ッん? あぁ〜〜……いいえ——ワタシ達は………ええッとぉ〜……ただの……そう! た、旅人です! ——別に私達も、同乗させて貰えるだけで十分ですので、お気になさらないでください」


「おぉー! そうかい、そうかい! ……がっはは!! 巷で聞くにゃあー冒険者ってのは高い金払って依頼しなきゃならんて聞いてのぉー……戦ってた姿見たら、てっきり冒険者だと思って、いくら要賞されっか気が気でなくてのぉ……生きた心地せんかった……嬢ちゃんにそう言ってもらえると助かるわい」


 

 2人は他愛もない会話を数回投げかけあった。

 荷馬車を操る男は、他所見をするわけにはいかない為に、風切り音で声が消えてしまわない程に大きな声で、前を見つつもカエに答える。


 そして、カエの隣に座る少女は……



「——マスター? ちょっとよろしいでしょうか?」

「——ん? 何かなフィー……?」



 カエのサポーターのフィーシアである。 

 カエとフィーシアは荷台にて、積荷の箱を背もたれに、並んで座っている。並んで……と言うよりはフィーシアの方がカエに、ピッとり——と引っ付く形でだが……相変わらず距離感の近い少女である。

 

 そして、そんな彼女がカエと御者の男との会話が一区切り付いたタイミングで、話しを振ってきた。



「……なんで私達は、この様な遅い乗り物に乗っているのでしょうか? そもそも、マスターは移動用の車両機をお持ちですよね? そちらを使用した方が断然速くて快適だと考えます……正直、この程度の速度なら自力で走った方が……私には全く理解が出来ません……非効率です……」



 せっかく荷馬車に乗せてもらっているというのに、フィーシアは失礼な物言いを平然と言ってのける。

 まぁ……あくまで隣同士で聞こえる程度の会話だ。馬の蹄の音や風切り音で、御者の男には聴こえてはいないだろう。

 


 そもそも何故こんな状況になったのか……?


 

 セーフティハウスを出てからというもの、適度に戦闘を繰り返しつつ街道を目指した(途中、変な場面にも遭遇はしたが……)。


 そして漸く“道”と思しき、土が剥き出しの部分が森の奥へと消えていくエリアに到達した。

 この時点で当初の目的である “街道へと辿り着く”……コレに関しては達成された。


 しかし、ここである問題に直面する。

 道の片側からこちらへ向かって来る複数の反応が確認されたのだ。



 目視しうる距離に近づいたそれらは、猛スピードで駆ける荷馬車と5体のグリーンウルフであった。

 こちらに近づいて来て居る為に、どうしても無視する訳にもいかず……結果的に見れば、魔物に追われた荷馬車を助ける形となってしまう。

 グリーンウルフ達は仲良くフィーシアの銃口を前に散っていったのだった。もしかするとだが、森の中で遭遇した個体とこのグリーンウルフ達は同じ群れに属していたのかもしれない。因みに、馬車の引っ掻き傷はこの時のモノであろう。

 


 そして……そんな荷馬車を操る御者の初老男性に、助けてもらったお礼にと、荷台に乗せてもらえる事となったのだった。この時、会話が無事に出来たことは僥倖であった。しっかりスキルとやらは機能しているようである。



 話しを聞く限りでは、どうもこの御者の男は近くの村から農作物を売る為に大きな街に向かう途中だったそうだ。


 では、なぜ——? 魔物が跋扈する危険な森を1人で……


 と思っていたのだが、聞くところによると、“魔物避けの鈴”と言う【魔道具】なる物が存在するそうで……コレを鳴らすことにより、魔道具の内包する魔力が……波となって…………魔物の……器官に……………と・に・か・く!! 

 

 個体にもよるが魔物が寄ってこないとの事。



 しかし、この魔道具は男の村に常備されていた代物で、なにぶん高価な物らしく、買い替えられずじまいで劣化……今日になり、効力が薄まって運悪く魔物に襲われてしまったそうな……大体こんな事情であって、魔道具やら魔力やら言われても全く理解が追いつかなかった。いずれは深く知る機会に巡り合えるだろうか……?

 


 ——まぁ……そこは置いておいて……そして今に繋がる訳だ。



 フィーシアの言う通り、カエの所持アイテム内には乗り物系統のモノもあるにはある。実際に出してみた訳では無いが、このパターンの事に関して言えば……どこぞの女神のせいで問題なく使用可能だという、謎の自信がカエにはあった。



 確かにアイテム内の乗り物の方が絶対快適であることなどわかっていた。そんなのこの荷馬車を目にした時点で……サスペンションなんか装着されている訳でもなし、実際乗ってみて身に染みて感じた……もう尻が痛いの何の……



 だけども……カエにとっての問題はそこでは無い……



「——あのね、“フィーシアさん”……こういうのは〜……“世界観”をねぇ〜……壊しちゃいけないんだよ〜〜〜」

「……世界観……ですかぁ……?」



 カエは、すごく遠い目で言葉を口にする。


 それに対してフィーシアは“分からない”といった感情を首を傾げることで示す。



「そう……私達は、この世界の事をまだよく知らない——そこで、前世の世界線との……考え方だったり常識、技術面、発展段階の点で齟齬が確実に出て来ると思う——で、あくまで“私”の見解なんだけど……この世界ってあまり科学技術とか発展してないんじゃない……? この荷馬車を見た限りだと……どうしてもそう考えちゃうよね」

「——はい……そうだと思います……」



 “私”とは言ったが結局はルーナ談の受け売りだ……

 ルーナによれば、この世界は“剣と魔法のウンチャラ〜カンチャラ〜”の世界であるそうで、科学よりは魔法の発展が著しく出ているのではなかろうかと、カエは推察している。ラノベなんかのお馴染みのテンプレといったやつだ。

 今乗っているオンボロの荷馬車と、魔導具だと言う“魔物よけの鈴”が仮説証明のいい例だ。



「そんな世界で、二輪車や四輪駆動……はたまた航空機なんて出したら目立っちゃうでしょう。この世界にはこの世界の感性があって、イレギュラーな私たちはそれに従って行動すべきだよ。それに……私はあくまでひっそりと暮らせる環境が欲しいだけで……」



 と、最もらしい理由をフィーシアに論しているが、詰まるところ『剣と魔法の世界でバイクとか車って世界観をぶち壊しじゃないかぁぁぁああ!』——というのがカエにとっての1番の理屈となっていた。


 要は『解せない』のである。





「——流石はマスターです………! 私ではそこまで深い考えに至れませんでした……」

「……ふぐ!? ……あ〜……そお? まぁ…分かってくれればぁ……良いんだよぉ……ははは……」



 フィーシアの無表情ながらも期待に満ちた双眸からの視線がカエに突き刺さる。深い考えなど微塵も存在しないが為にだ。



「——マスター……でしたら、今後の方針というと……」

「あ〜〜その事なんだけどね〜」



 ここでカエは、意識を一旦フィーシアから離すと再び御者の男の方へと移すと……



「そういえば、お爺さん……! この道の先って、大きな街があるんですよね?」



 カエは男に質問を投げかけた。



「ああ…そうだが……ってお前さんがた、そんな事も知らんで同乗したんか?」


「——ッへ? あっと〜〜えっと〜〜……私達にもいろいろあって……その〜当てもなく旅を〜してるの……ッで?」


「何で疑問で答えるんじゃよ………まぁ〜いいわい——この先にある街は確かに大きな街じゃ……と言っても、山岳地帯の街ってのもあるんか、都会の街さ〜比べれば小さい街なのかもしれんがの。儂ゃ〜ここの街と、自分の村しか知らん……そこは、お前さんらの方が詳しいじゃろ?」


「——そうかも、しれませんね……」


「じゃが……景観だけは、他の街に引けは取らんと思っとる。何てったって『金色(きんしょく)の街』じゃからの〜」


「きんしょく……? 金の? 色? 街の建築物が黄金でできているとか?」


「そういう事と違うのじゃが……そこは観てからの楽しみにしとるとよい。もうじき森を抜ける。そしたら嬢ちゃん達の度肝を抜かれると思うぞ! がははは!」


「ほう? それは楽しみですね……」



 男の話しでは、この先にそこそこの規模の街があるそうだ。


 カエ達が昨夜ハウス内で話し合った決定方針は、第一に……街道の発見。第二に……街の発見——となっている。そして、強いて第三を挙げるなら情報収集であろうか……? だが正直そこまでを今日中にとまでは考えてはいなかったが……

 

 だがよって、次のカエ達の次なる目的というのは……



「だってさ、フィーシア。だから、次の目的は街での情報収集かな? だからもうちょっと、馬車に揺られて、流れる景色でも眺めて、ゆっくりしよっさ……別に急ぐ旅でも無いんだし……」

「——了解しましたマスター」



 そう言うと、カエは身体の力を抜き仰向けに寝転んだ。同じくフィーシアも真似て直ぐ横で寝転ぶ……


 そして、目線状には木々の葉が埋め尽くす天幕がただひたすらに流れていき……その奥には、澄んだ青空が伺える。


 カエはそれを暫くジーと眺めていたが、次第に瞼を閉じた。

  


 木々のさざめき……


 小鳥の歌……


 荷馬車の軋む音……


 馬の蹄の音……


 視界を閉じて自然の奏でる演奏に耳を傾けて……


 何も考えない……



 カエにとって、意外にも落ち着ける感覚が自信のココロと身体を包み込む……


 転生前では体感したことの無い感覚……何てったって前世では仕事か……ゲームか……の二択しか無いインドアな男に、自然の素晴らしさに酔いしれ、森林浴なんて考えもつかない……全くの無縁的おこないだった。



 案外……悪く無いかな——とこの時のカエは感じていた……



 人間誰しも、リラクゼーションは必要なのかもしれない……




 


 そして、馬車に揺られること暫し——






「……お〜〜い! 嬢ちゃん! 森を抜けるぞ!! そろそろ、起きたらどうだぁ〜」


「——ッ……ふぅえ?」



 御者の男の声で、カエは目を覚ます。


 どうやら寝入ってしまった様だ。


 体を起こすと、既にフィーシアは隣に居らず、荷台の前方にて眼前の情景を見据えていた。



「——あ〜いたたたた……体…痛い……」

「おはようございます。マスター」

「おはよう〜フィーシア………あぁぁ、固い床で寝るもんじゃないねぇ〜……体が痛い……うぅぅ〜……」


「やっと、黒髪の嬢ちゃんが起きたかぁ……? ほら前を見てみろ……あの街が、金色(きんしょく)の街【エル・ダルート】じゃよ」



 森を抜けてそこに広がった風景は……



 どこまでも続く、広大で光り輝く黄金の草原地帯であった……






 木々が、ある地点を境に突然と途切れ、森のど真ん中にポッカリと草原地帯が広がる。それも眩しい位の黄金色のだ。


 黄金色の草原で思い当たるとすれば、麦畑が連想されそうなものだが……一面を覆う草は麦程の背丈がなく……精々、長めな芝生程度のものが果てなく続いている。

 

 そして現在、荷馬車を走らせている道は、緩やかな傾斜となっており——右へ…左へ…と蛇行するように坂道を下っている。


 この草原一帯は緩やかな傾斜の続く、すり鉢状の地形となっており、その中心となる場所に大きな湖——と、その畔に遠くからでも認識できる程に、高々とそそり立つ外壁に囲まれた街が確認できる。

 つまり、あの街が男の言っていた金色(きんしょく)の街【エル・ダルート】なのだろう。

 金色とは、一面に広がる草原地帯を指している事は、この光景を目にした者は誰しも理解に行き着くことだろう。


 草原を吹き抜けた風が草を揺らし、輝きを見せる様は、水面に波が立つかの如し——まるで、森の中に突如として現れた黄金の湖……そしてあの街が湖の真ん中に浮かぶ船かの様な……幻想風景……



「どうだぁ〜嬢ちゃん達……度肝——抜かれたじゃろ?」


「ええ……確かにコレは、絶景ですね」


「そうじゃろ! そうじゃろ! がははは——!!」



 男は何とも誇らしそうに話しかけてくる。まるで自分のことの様に……

 己が暮らす地が、来訪者に認められ褒められると嬉しくなるのだろうか? 分からなくは……ないが……カエ自信、そんな情熱が湧いた試しがない為、いまいち共感しずらい……カエの情熱は全てテレビ画面に消えていたから——


 と、どうでもいい思考を巡らせていた……その時だ……



「——! マスター……探知に大きな反応が掛かりました……」

「——うん……分かってる……」



 この風景に、心奪われ見入ってしまっていたのもあるかもしれない……

 

 装置に反応があるギリギリまで、カエ達は気づかなかった。あんなにも強大な存在であったにも関わらず……

 


「マスター? あの生き物は……トカゲ……ですか……?」

「——う〜ん……あながち、間違えではないと思うけど……多分、あれは……」



 その存在は、一見遠目にしてみれば鳥のようにも見える。しかし、その全容を拝めば、とても『鳥』などでは収まりきらない枠組みの存在だ。


 一瞬、カエ達一行の乗る馬車を影がすっぽりと覆い尽くす。それは、翳りを創り出す存在が巨大であることを物語った。




 その正体は……



「——ドラゴンだよ……」



 RPGゲームなどで知られる……最強の生物の一角——【ドラゴン】……





 まさに絵に描いた様な生物が、荷馬車の上空を通過し……

 



 そして、遠くに見える山の方へと消えていった。





 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る