第28話 始めての街『エル・ダルート』

 荷馬車の直ぐ上を飛び去ったドラゴンは、瞬く間と空の彼方へと消えていった。


 

 ドラゴン……俗にともいう存在……



 それは、数多あるゲームやアニメで、比類なき強さを誇り、絶対的強敵の代名詞とされる存在。


 間近で見た巨体は、王者としての風格が兼ね備えられ、見るもの全てに畏怖を与える……

 視界に捕らえたのは一瞬の出来事だったが、その迫力に圧倒されたカエは、暫くの間ドラゴンの消えていった方角の空を見つめていた。

 だが、そこには決して恐怖の感情を抱いていた訳ではない……表現として言い表わすなら“”に近しいのだろう。



「何じゃ、嬢ちゃんは竜を見たことが無かったのか——?」



 そして……その余韻に浸るカエを正気に戻したのは御者の男の声である。

 どうも、あまりにも不変的な姿勢のカエに、思わず話し掛けた——といった感じにだ。

 現在、荷馬車は一旦停止させられ、男は馬に声を掛けつつ首筋を軽く叩いていた。恐らくその行為は、馬がドラゴンに驚き暴れ出さないよう落ち着かせているのだろう。

 そして、その片手間にこちらを確認してきたところで話しかけた模様である。



「——見るのは初めてですね……私のでは、あんな生き物いませんでしたから……」



 その時、カエは男に対しての返しに、“故郷”と言葉を選んだが、コレは転生前の地球の日本の事を考えての発言。勿論、ドラゴンなど居ないのは当たり前である。



「…………そうかい——なら、エル・ダルートに暫く滞在するなら慣れとった方がいい。ここいらは飛竜の巣に近いからの……ちょいちょい近辺に現れる。いちいちビビっとたら心臓が保たんわい」


「——ッ?! ちょいちょい——って……あの街大丈夫なんですか?」



 ドラゴンや竜と言えば、人間の視点からすれば天災に指定されててもおかしくない生き物——カエの大雑把な想像では、そんな存在で有りそうなのだが……


 それが人々の暮らす街が目と鼻の先にあるにも関わらず、頻繁に出没すると……つい不安視したカエは、今見えている街の方角を指差し、沸き立った疑問を男に返した。

 


「嬢ちゃんが心配するのもわかる……じゃが、意外かもしれんが竜は滅多に人や街を襲うことは無いんじゃよ。竜というのは賢い生き物じゃ。街をさ襲えば、人は必ず報復に打って出る……たとえ街の人間を皆殺しにしたとしても、国から脅威となる者が送られてきて、結局は自信が狩られてしまうという訳じゃ……賢い竜はそれを知っているからか大きな都市には手は出さん。奴らにとって全くうまみがないからの〜……ただよっぽど竜を怒らせれば話は別じゃが……」



 人を多く殺せば面倒事の種を生む……竜とは、それ程の思考に至れるほどには賢い……どうも、そういう事らしい。



「じゃからの〜嬢ちゃんもそこまで怖がる……ことは………おまえさん? なぜ笑っとるんじゃ……?」


「——はは……いや〜〜……ぜひ戦って見たいなぁ〜〜と思いまして〜〜」


「——ッ!? な、なにを言っておるんじゃーおぬしはぁあ!! 怖がってたと違うんか……? あのなぁ〜竜と戦うとなると、国が討伐隊を組んで近衞騎士かS級冒険者を引き連れて倒すんじゃぞ。少数で倒そうとするのは絵物語の英雄か勇者位じゃ! そもそも嬢ちゃんは冒険者じゃなく旅人なのじゃろ!?」


「………ぶ……武闘派な旅人なんです……」


「————何じゃい………それは? 聞いたことないわ!」



 不敵な笑みを見せつつも放った無茶なカエの発言に、男は思わず指摘を飛ばす。


 昨日まで、この世界の状況を知って闘いとは無縁的でいたいと考えていたカエだったが……ここ最近、数回の戦闘経験を得てからか? 感覚が麻痺している傾向があるようで……

 結局、カエの本質はゲーム脳……“竜”と聞いてを擽られたか、うずうずしてしまったようだ。

 つまるところ、ロマンがカエの闘争本能を掻き立てていたのである。



「——全く、バカ言っとらんで……馬も落ち着いとるし、また走らすぞ。よく掴まっとれぇ〜」



 男はあくまでカエの発言は冗談として処理して、再び荷馬車を走らせる。

 あながち冗談でもないのだが……訂正する必要が無い為、カエは黙って頷き返すのみだった。ただ、SF武器を駆使して『竜退治』……だいぶシュールな光景が想像できるのだが……世界観を壊す死闘を現実にとは——果たしてカエの信念は痛まないのだろうか——? まぁ……この時のカエは、そんな考えに至れない程には興奮が抑えきれなかったのだろう。



 と、その時——



——————ットスン——


「——ッ?」



 荷馬車が動き出した瞬間……近くで何か乾いた様な聞き慣れない音を耳にした。

 

 気になって辺りを見回し音の出どころを探す……すると、荷台の床に見覚えのない1枚の小さい菱形の岩板が突き刺さっていた……

 

 とりあえず、カエはそれを引き抜いてみる。



「ん……なんだコレ?」


「ん〜ん? ッおお……珍しいのぉ〜!? それは竜の鱗じゃよ!」


「うろこ?」



 カエが手にした破片……それを目にした御者の男は興奮気味の声を漏らす。

 男によると、どうやらコレは竜の鱗であるらしい。

 赤黒く薄汚れている為、錆びた金属片にしか見えないが……



「恐らく、飛竜の古くなって抜けた鱗が落ちてきたのじゃろう……珍しい代物じゃから持っておくといい……」


「——ふ~ん……そうですか。でも、珍しいものだったら、お爺さんは……? いらないのですか?」


「——欲しいには欲しい代物じゃが……ワシはお前さん達に助けられた身じゃ。騙して奪う様な不義理は働けん……それに、気づいて拾ったのはお前さんじゃ。鱗は冒険者ギルドに持っていくと良いじゃろ……売ればそれなりに高く買い取ってもらえるそうじゃぞ」


(——ん? 冒険者ギルド? やはりあるのか……流石、異世界)


「わかりました。では、ありがたくいただきます」


「ああそうするとええ……人のことぁ〜気にしなさんな」



 竜の鱗とは偶然の産物ではあったが……ありがたく頂くとしよう……

 だがこの時……どちらかというと、カエは鱗の事よりも“冒険者ギルド”との単語の方に興味を唆られた。


 “冒険者ギルド”……先程の会話の中にも“S級冒険者”という単語も耳にした。そういえば、御者の男との出会った当初では、カエとフィーシアも男から冒険者と勘違いされてもいた。


 この“冒険者ギルド”と言うのがカエの知るものだとするのなら、恐らく依頼斡旋所の様なもの……なのではなかろうか?

 “世界を股に掛ける自由人の象徴”とされ——そんな“冒険者”は“冒険者ギルド”という組織に所属し——依頼を斡旋してもらう。

 カエのゲーム知識では、こんな程度の認識で……簡単に言うならば“何でも屋”みたいなものだろう。


 S級と聞く限りではランクなんかも設けられているに違いない。そして、その位に値した仕事とサポートが受けられると……簡単な考察ならこんなところだろう。


 実に、異世界転生のテンプレ的な設定だ。


 この世界の冒険者ギルドなるものが必ずしも今の考察と合致するとは限らないが……これについても、街に行けば追々わかることだろうか……?



「——ッマスター、マスター!」



 と、ここで暫くずっーと沈黙を貫いていたフィーシアが急に声を上げた。心なしかソワソワとしている。彼女にしては珍しい反応だが……一体……?



「マスターのお手を煩わせずとも、このフィーシアがあの羽蜥蜴を叩き落としてみせます。高く売れるのなら、丸々一頭を軍資金にしましょう!」



 と、豪く好戦的な発言が返ってきた。この娘は一体いつからこんなにも血気盛んになったのだろうか——? カエの知るフィーシアは何処へやら……



「フィーシアさ〜ん? あくまで戦いたいって言ったのはの問題だから、私の代わりに〜とか、素材目的に〜撃ち落とさなくてもいいんだよ〜……第一、目立つでしょ……それ? あと、って言わない……って呼んであげて……」

「……?」



 フィーシアはまたもキョトンと首を傾げる。知的な様でお馬鹿な面も覗かせる困った娘である。



 そもそも“軍資金”とは……? 



 彼女は一体何と戦っているのだろうか……?





 そして、荷馬車は再び進行を再開、目に映るエル・ダルートの街を目指す。


 動き出した荷馬車は坂道を下っているのだが、どうもこの道は主道では無いみたいだ。

 と言うのも、現在地から街全体を覗った次第では、街からに向かって大きな道が伸びている事が確認できる。

 このというのも、異世界に東西南北による方角の概念があるか分からない為、システムのマッピングを元に——初めてマップを開いたときの真上を仮に北と、カエの中で解釈したものだ。

 ここからだと、街の南側の外壁しか見えなかったが、大きな外門があり、そこを馬車や人々の集団が行き交うのが視認出来た……と言っても、ここからだと常人ではゴマ粒が動いてる様にしか見えないと思うが……馬車や人と表現したのも、カエの視力があってこそなのだ。

 

 そして、その南門から伸びる大きな道。それがある地点で脇に小道が逸れ、幾つもの曲がりくねりを経て、今カエ達の居る道へと繋がっているようであった。

 


「——さて……異世界の町並みとは、どんなものか……楽しみだね~」



 遠くの馬車がゴマ粒並に見える事からも、まだもう頃くは馬車に揺られることだろう。

 カエは異世界転生当初は、転生自体に不満に思っていたが、不思議と今は期待に胸を膨らませる自分がいた。


 冒険という単語に心を躍らせたというのか——? 


 新しいゲームを買ってきたワクワク感に似た感情というのか——?


 詳細は自分でも理解できなかったが……まぁ、どうせ折角の機会に巡り会えたのだ。



 ——なら楽しんだ方が断然いい。




 ただ……



「——何事も無ければいいのだけど……」
















「お嬢さん方……身分証はお持ちですか?」


「…………すいません……持って無いです……」


「身分証が無い……? では、何処からお越しになりました? この街には何をしに?」


「……え〜っと、ですね……」



 カエとフィーシアはエル・ダルートの街……その南門へと辿り着いていた。しかし……門を警備する鎧を着込んだ衛兵と思しき人物に止められてしまった。

 街を訪れて早々に問題発生……紛うことなきフラグ回収と言うやつだ。


 衛兵に身分証の提示を求められたが——カエはつい昨日、この世界に生を受けたばかりの転生者。しかも森のど真ん中に放逐された……身分証など持ってるはずがない……

 

 少しでも念頭に置いて、考えていれば門で止められる事の予想がつきそうではあったのだが、一時の興奮さめやまない感情が今の状況を作り出した主な要因であった。



(え〜と……どう説明する!? 変なこと言えば却って怪しまれそうだし……どぉぉうしよう! 全く思いつかない……!!)



 結果として、何も考えて無かったために、言い訳が思いつくはずも無かった。


 そして、隣のフィーシアはというと……



——マスターならこの状況をどうにかするはずです! なんてったって、私のマスターですからぁ〜!



 とセリフを口にしているかのようにドッシリ——と、おまけにドヤ——ッとカエの背後に控えている。

 チラッと顔を覗いてみたが……その彼女の眼は眩しいぐらいに期待に満ちた輝きを放っている。『目は口ほどに物を言う』とは言うが……幻覚だろうか? 

 借りにもカエのサポーターならこの状況をどうにかしてほしい……と思いつつも彼女の期待を裏切る事ができないほど、カエという人物はお人好しなため、自力でどうにかすべく脳をフル回転させるも……


 いい考えは一向に降りてこない……出直すか……また別の街か村を……



「どうしたんじゃ……嬢ちゃん達……?」


「——お爺さん……!?」



 カエが頭を悩ませていると、御者の男が様子を見に近づいて来た。



「んん? ——あれぇ〜“シュナイダー”さんじゃないですか? また街に野菜売りに来たんですか?」

「おお…今日の門番は“ラヌ坊”じゃったか……」

「“坊”はもうやめてください! 自分もう21ですよ〜…いつまで子供扱いするんですか!?」

「がっははは!! ワシから見れば、まだまだガキンチョじゃわい……ラヌ坊!」


「——シュナイダー……? ラヌ坊……?」



 御者の男に気づいた衛兵は、彼と気さくに話し始めた。どうもこの2人は顔馴染みであった様だ。

 しかし、シュナイダーとは? 名前を聞いてなかった為、“御者の男”と勝手に呼んでいたが(心の中で)……この爺さん、無駄にカッコいい名前をお持ちだ。名前と見た目が合致しない……



「シュナイダーさん……この2人とお知り合いで?」


「そこまで詳しく、この子らを知らんが……ここまで彼女達を乗せて来たのがワシじゃ……森で魔物に追い回されていた所を助けてもらってのぉ〜知り合いと言うよりは命の恩人じゃわい」


「本当ですか!? はぁ〜……だから言ったじゃないですか……早く“鈴”を整備に出せとあれほど……」


「そんな事、ワシに言っても仕方ないじゃろ〜……村の連中は金をけちるからの〜……野菜を売りに行くワシの身にもなってみろってもんじゃよ……それよりも、この嬢ちゃん達がどうかしたんか?」


「——ッ……話をそらしましたね……まったく…………ゴホン、この嬢さん達、身分証を持って無いそうなんですよ」


「身分証が無い……? んんん………ラヌ坊、ちょっといいかい……」



 そして、御者の男……改め、シュナイダーは衛兵の男を連れて離れた位置に誘導……どうも、こちらに聞こえない様に密談しているみたいである。

 森での救助話が出たために、衛兵の男への印象はいい傾向に傾きつつある。もしかすると、この状況をどうにかしてくれる可能性が……

 ただ……何を話しているか気になる為、マナーは悪いが会話を盗み聞きしようと思う。

 ではどうやって、盗み聞くかというと……【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】……要は、これの機能の応用である。

 この装置、カメラだけでなく、音声も拾う事ができる。よって迷彩を作動させつつ、ただ彼らの近くに飛ばせばいいだけだ。あとは、システムを伝ってカエの耳に届くというわけだ。


 果たしてどんな会話が為されているのやら……



『ラヌ坊や……あの子ら、もしかすると訳ありのかも知れん……』



 すると、何やら変な勘違いがなされているようで……



『貴族!? どうして……? えっとー……シュナイダーさん、何か根拠があるのですか?』

『——ここに来るまで、あの黒髪の嬢ちゃんとは少し会話をしたが、言葉選びが丁寧じゃった。それにもう1人の嬢ちゃんなのじゃが……黒髪の嬢ちゃんから離れようともせず。話しかけても……あまり返事を返してくれなくてのぉ〜恐らく心に傷を負ってるとワシはみた』

『——ふ〜〜ん……で、それの何処が貴族なんです?』

『考えてみるんじゃ〜貴族は素養があるから話し方が必然的に丁寧になる。まぁ、従者や仕えた家来全般もそんな傾向じゃ。それと、身分証を持っとらんかったのじゃろ? 貴族の身分証は家紋じゃ……持って無いことはこれで説明が付く。あくまで想像じゃが、没落貴族の元令嬢か……訳あって国を追われた高貴なお方なのか……? そんな過去があるとすれば、あの無口な子の説明も付く……大方、黒髪の嬢ちゃんはその子の元護衛……そんなところじゃろか……?』

『ふ〜ん……なるほど〜……』



 と、まぁ〜知らぬ間に壮大な物語が創作されているようで——短編小説を一本書けてしまうかというほどの……


 些か無理やり感があるのだが……



「—— 『なるほど〜』じゃないんだよ……ラヌ坊さんや……あなた街を守る衛兵でしょ、爺さんの空想物語を信じるかねぇ〜? この街の検問はザルかもしれない……」

「……? どうかしましたか……マスター?」

「いや〜なんでも……ときにフィーは、なんであのお爺さんと会話しなかったの? 話し掛けられたのでしょう?」



 とフィーシアに疑問を投げかけてみると……



「私はマスターのサポーターですから、いつ如何なる時もマスターのお役に立てる様に構えてなくてはなりません。ですので、有象無象との無意味な会話は致しません。そもそも、そのような命令はマスターより受けてませんから……」

「………………そ、そうですか……」



 人としてどうなのかと思うが……なんともまぁー彼女らしい答えが返ってきた。もしかしたら、人見知り? ——ってことはなかったようだ。


 ちなみにカエの口調についてなのだが、昨夜フィーシアとの会話では、一人称を普通に“俺”——っと言ってしまっていた。

 しかし、今のカエ自身は“女の子”の身体になってしまっている訳で……どうしても世に出て行くとなると、聞く人によっては引っかかる場面も出てくるのでは……? と思い口調について意識するように努めた。

 ただ、など意識した試しもなく、ついつい謙虚——? 丁寧——? 敬語チック——? な感じになってしまう。会社の上司、先輩に対しての話し方——というのか? まぁ……“それでもいいか”と考え、特に修正しなかったのだが……却ってそれが変に思われてしまってたのは誤算であった。


 これも追々…………て、思えば細かな問題が山積みな気がするのは気のせいだろうか? 何度、追々……追々……って……問題の先送りを——



 これって、もしや前途多難——? 



 と思考を巡らせはしたが、カエの取った措置は取り敢えず “保留”。


 一回思考に蓋をして、忘れることにした。前にも同じ思考に至った事があったが、果たしてソレで本当に大丈夫なのだろうか?

 


 やがて……


 二人の男は話しがまとまったのか、こちらに戻ってくる。


 カエはそれを遠い目で見つめつつも“当たって砕けろ”の精神で、まとまったであろう“話の結果”を待つのであった。


 

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