第29話 手荷物検査
その後は、何だかんだでエルダ・ルートの街への立ち入りは許可された。
大分端折られた説明だとお思いだが、なんだかんだは……なんだかんだぁ〜である。
コレについては差し当たり、特に気になる内容ではないので詳しい詳細は省く。
「では……お嬢さん達、一旦は街への立ち入りは認めたけど、あくまで仮の許可でしかないから……先ずは冒険者ギルドに行って身分証を発行してもらいたいんだ。紹介状を一筆したためておいたから、コレをギルドの受付で渡してくれ」
門兵の男……シュナイダーからは“ラヌ坊”と呼ばれていたが、本名は【ラヌトゥス】と言うらしい……
彼から2、3——質問を受けたのち手渡されたのは、お世辞にも綺麗とは言い難い古紙が丸められ、紐で括られた手紙の様なものだった。いや、紙ではなく羊皮紙……というやつか——?
どうも、それは紹介状らしく、彼が一連の説明を書き記してくれたものらしい。
カエとフィーシアは、それを手に冒険者ギルドへと赴くようにと言い付けられたのだった。
「——冒険者……ギルド、ですかぁ……」
「うん、そうだ! ああ……でも勘違いしないでほしい。別に冒険者になれって事じゃないから……冒険者の証明書も一応は身分証代わりにもなるんだが、冒険者ギルドは各国と提携して一般の身分証も発行しているだよ。だから、安心してくれ! でも嬢ちゃん達は、シュナイダーさんを魔物から助けたと聞いたけど……腕に覚えがあって、希望するなら冒険者でもいいんじゃないかな?」
「——う〜〜ん……考えておきます……」
聞く限りでは、この世界の冒険者ギルドは役所の様な役目も担っているみたいだ。
国と提携となると、結構な規模の組織性を感じる。
一般市民は出生……もしくは移住の際には冒険者ギルドを訪れ一般身分証を発行する。そうすればその国の身分として登録されるそうな……
しかし、冒険者になる選択肢もあるらしく……一見、カエは世界を見て回る予定でいる為に、世界を跨ぐ自由人の代表的……冒険者。この肩書きでも構わない気がする。だが……この世界での冒険者の役割や内容をまだ知らないのも事実……
その結果……どうしてもカエには“冒険者”に関して引っかかりがあった。
これについては、情報次第——
「それで……冒険者ギルドの場所だが……」
「ちょっとよいか、ラヌ坊……冒険者ギルドへの案内はワシに任せとけ……ギルドは大市場のすぐ隣じゃから、序でに連れてくわい」
「え? あぁ……では、シュナイダーさんにお願いします」
「おう、任せとけ——という訳じゃから嬢ちゃん達はまた荷台に乗りな……ギルドまで案内するぞい」
「え〜とぉ……ありがとうございます……」
「んな…気にしなさんな……」
この時のシュナイダーは軽く微笑みを覗かせる。
それは……どこか切なさを滲ませているような感覚に陥ったが……
カエがその答えを知ることは結局なかった。
男の荷馬車なのだが、ラヌトゥスとは他の衛兵によって積荷の検査がなされていた。といっても、荷物の誤りや危険物がないかの有無を確認しているみたいだが『シュナイダーは野菜を売りに来る常連』だと皆が周知しているらしいく、形程度のものでしかなかった為に、そこまで手間はかからなかった。
カエとフィーシア両名も、この時——手荷物検査と題して、所持品、装備等で怪しい所がないか調べられている。
勿論、外套の下の服装も見られた——
だが……まぁ〜しかし……
少し警戒していたカエだったが、杞憂であったようで……初めは物珍しそうな視線を浴びせられたが、〈異国の装い〉として受け取られた。
異世界で厨二病SFアクションキャラコスプレが認められた瞬間である。カエにとって、嬉しい様な悲しいような……どっち付かずな気分である。
一応は持ち物検査と称しているので、所持品も幾つか物色された。大したものは身につけて無かったが、強いて検査に触れたのは小型ナイフぐらいである。
ただこれも護身用だと言い張ると、すんなりと納得してもらえた。魔物がそこらに普通に生息している世界だ。当然の反応であろう。
しかしここで、『では、道中魔物を倒しシュナイダーを助けた時の得物は?』と不意に疑問が浮上した。
厳密にはカエとフィーシアの武器というのは、現在も背後か腰の辺りに浮遊した形で存在している。これを、スーパーハイスペックな外套により目視できないようにしているのだ。
全くの丸腰では、変に思われる——と考えたカエは、装備の1つ……何の変哲もないナイフだけは可視化状態にしていたが……これだけだと、“狼”相手には心許無く思われてしまった。
だがしかし、御者の男シュナイダーの熱弁によって、魔法を駆使(正確にはフィーシアの狙撃なのだが)して討伐した……というところで話は着地した。
先程の話も関与してくるのだが、国に仕える “貴族様”というのは大方、魔法の才覚に長けている者が殆どだそうな……
その理由として……魔法の才能は、この世界では人の格付けに大きな指標となっている。よって……
戦争で活躍した——
大きな魔力を所持している——
魔法の研究が国に大きく貢献——等々……
魔法により一定の活躍を見せた偉人達が貴族に召し上げられ、これらの事情が貴族=魔法のエキスパートとされる所以であると……
そして、魔法の適性は子に遺伝しやすく、昨今の貴族は魔法に長ける傾向なのだそうだ。これも全部、シュナイダーの熱弁談である。
因みに、一般市民ではほとんど見られないが、貴族社会では魔力量の大小で結構な差別意識があるらしい……まぁ、自分らには関係無いので勝手にやっててくれ——って話だ。
そして、フィーシアとカエは、元貴族令嬢と護衛と思われてしまっている。
これにシュナイダー談が加わった事により、ほとんどの衛兵を信じ込ませてしまった。最後に、フィーシアの事を『お嬢様……』と、“つい癖で呼んでしまった” 風にカエが次手と演出して魅せれば……もうイチコロである。
ただ……
この時のフィーシアは少しプルプルと震えていたが、何が彼女をそうさせてしまったのだろうか……? カエは少し困惑であった。
「では、お嬢さん方! ようこそエル・ダルートの街へ……そして、御二人方の今後の旅路に幸あらんことを……!」
こうして、全ての検査項目が終わり、いよいよ街中に進行を開始——また、しばし馬車に揺られる。
門から離れる際、衛兵のラヌトゥスは歓迎の言葉をもってカエとフィーシアを送り出してくれた。
それに対してカエは……
「——わざわざ見送ていただき、ありがとうございます。え〜と…ラヌトゥスさん……でしたよね? お勤め頑張ってください(ニコ)」
体裁を崩さない程度に軽い社交辞令と取れる返事を返す。愛想笑いを添えて……
「ドキッ———!! ッたぁあーーいえいえ! 旅の方を見送るのは僕の〜…その———ッ仕事!! そう、仕事ですから!! 当然のことをしたまでで……せっかく、街を訪れていただいたのですから歓迎はしますともさ!! ははは!!」
「おい、ラヌ坊? 顔が赤くなっとるぞ」
「あ…あああ、あ、赤くなってないっしゅ……!!」
「「…………?」」
「…………」
ラヌトゥスは顔を赤めて、早口で言葉を捲し立てる……おまけにシュナイダーにツッコまれ動揺したのか、噛んでしまった。
よくわからない態度に、思わずカエとシュナイダーは疑問に首を傾げた。
フィーシアは我関せずといった様子……と言うより興味がないのだろう。カエの隣に横目でジトーっとした視線で傍観しているだけだ。
いったいラヌトゥスを何がそうせしめたのか? カエにはよくわからなかった。いや……実際、純粋な乙女から見れば彼の態度にも気づく部分が有るかも知れないが……この場のカエは『野郎の愛想笑いで何故照れる?』といった勘違いの思考でしか判断できない為に、ラヌトゥスの心情に気づく事がなかったといえよう……
見た目が少女でも、中身はゲーマーの成人男性……それが今のカエなのだから。
そして、カエ達を乗せた荷馬車はエル・ダルートの街中へと進行を始めた。
門を抜けたすぐ先は、大きな広場となっていた。
そこには、門を警備する衛兵の駐屯所、馬車や馬を繋いどく小屋、荷物や物流品の管理・搬入が行われるであろう倉庫の様な建築物などが立ち並ぶ。広場の端では、多くの馬車が止められており、今も尚荷台より荷物の積み下ろし作業をする男たちで溢れていた。
ここではおそらく街へ運び込まれた荷物や品の管理をする場なのだろう。
その為に大きく広がったエリアが設けられているということか——っと納得がいく。
ただ、荷物の搬入だけがこの場のあり方か……と言われれば、それだけとは限らない。それら荷物の検査、中身の確認もこの場所でおこなわれるのだ。
先程のシュナイダーの荷馬車の確認検査も、ここまで馬車を引っ張って来て執り行われたものだ。
その為、この場にいる者は、荷物の運ぶ筋骨隆々とした男たち、荷物確認をする事務員、馬車を操る御者、商人らしき人物……そしてその他に鎧を着た衛兵達も数人確認できた。
何か事件性のある荷物が運びこまれた際は、彼らの出番ということなのだろう。やたらに、でかい駐屯所があるものだから、何か物騒なことでもあるものなのか? と思っていたが、単に衛兵の人手が必要だから……といった理由からなのだった。
まぁ、表からの防衛もあることだろうし、衛兵の需要が高いエリアなのだろう。
カエにとって異世界の街や村というのは、もっとこう……シンプルかつ簡略的なイメージが付き纏っていたが、案外しっかりと人と人との円環が築かれ、管理や役割が行き届いた社会が構築されている気配に、感銘めいた心情を与えられた……と一個人の意見としては烏滸がまし過ぎたかと思ってしまったので、この考察からは手を引くことに……
そして、この場の観察を続けたカエが最も興味を引いたのが……
「——身分証を拝見します……B級冒険者のレノさんと……そのパーティ御一行様ですね。積荷は……フォレストウルフ8頭でよろしかったでしょうか?」
「ああ……これがギルドの受注書だ」
「お預かりします………う〜ん………問題、ないですね……? はい、確認終わりました。どうぞお通りください!」
「うん……ご苦労」
カエ達のあとに、門を訪れた者達なのだが……その装いは、槍を背中に背負い込んだ者、フードを深く被った弓使いの狩人……挙句には、ど派手な鎧を着込み、刃渡り一体何センチ…? と疑問を口にしたくなる様などでかい大剣を帯刀する者まで……その錚々たるコスプレイヤーの一行にギョッ——として目を引かれた……
もしかするとなのだが、あの人達が話に聞く“冒険者”というやつなのだろうか?
一行の内の1人が引く簡易的なリアカーには、カエも見た事のある緑掛かった狼の死体が積まれていた。“死体”と判断したのは、その原形が生物としての物ではなく、既に素材へと解体済みとなった物が、覆い被さった布の端より覗いて見えたことからくるものだった……
「おい……フォレストウルフだってよ」
「はぁ〜すごいものだなぁ〜……それも8頭——? 流石はB級の冒険者様だ〜」
ただこの状況を観察していたのは、何もカエだけでなかった様で……周囲の荷運びをする男達の噂話が聞こえてくる……
どうやら、あの狼の魔物は“フォレストウルフ”というらしい……グリーンウルフではなかったようだ……
だが、あの狼の討伐はそんなに驚く事なのか? 正直、今日だけでもカエとフィーシアで10頭前後を狩っている。間違っても2人合わせて10頭ではない、個人で……10頭である。基準の判断が分からないので、彼らのやり取りだけでは何とも言えない……
そして、その冒険者一行は倉庫の立ち並ぶエリアには目もくれず、街の方へと消えて行った。
門での検問を通過した者が向かう先は、見たところ2つに分かれている。
一つは今、ちょうど横手に立ち並ぶ倉庫の様な巨大な木造建築が並ぶエリア……そして、もう一つが冒険者達が消えて行った街の奥へと進むルートだ。
この倉庫街は、大きな商会……もしくはこの街専用の倉庫……だったりするのか……? コレがカエの一応な見解なのだが……コレを証明するかのように、立派な造りの馬車や、大きな馬車は、この広場にて停留……そして、小さかったり、明らか個人所持の見た目の荷馬車や手押しのリアカーなんかは大凡……街の中心へと伸びている道へと進行している。
この事から、カエの考察はあながち間違いではないのかもしれないと思えてくる。
そして……
もちろんシュナイダーの荷馬車も、その者達に続く様に街の中心へと進行するのであった。
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