第30話 異世界の街並み
カエ達一行は、いよいよエル・ダルートの街へと進行を開始した。
門前の広場は、街の奥へと進むにつれて段々と窄まり、やがて一本の小さい道に様変わりする。だが、小さいと言っても荷馬車が2台行き来出来るスペースと、歩行者用と思える道が設けられる位には幅のある道だ。小さい——との表現は、先ほどの倉庫街広場の広大さからくるもので……比較した時の差が、そう錯覚せしめたのだった。
で、話が戻るが……現在、馬車を走らすこの道は、しっかりと石畳が敷き詰められ、立派に整地のされた道となっている。街の外……特に林道を突き進んでいた時と比べると雲泥の差と言えよう。この街の建設に携わった者の努力と情熱がコレだけでも感じられる。
そして、その立派ついでに、道の中央を馬車が通るエリアとその両サイドを歩行用と区画整理がされていた。馬車が移動手段程度の文明レベルにしては割としっかりとしている。強いて、引っ掛かる所としては、右側通行な所か? 日本の交通事情が身に染みている為に、カエには不思議な感覚である。
道の直ぐ端には2、3階程の高さの建物が道に沿った形で連なる。途中、小道が脇に逸れ、途切れ途切れの部分も見られたが、建物自体は隙間なくくっ付いている。イメージとしてはヨーロッパ? の様な街並み——と言えばいいのだろうか? 恐らく、その表現が1番しっくりくる。
建物の材質は殆どが石造り……木材のモノは殆ど見受けられない。木造建築であったのは門前の巨大倉庫位か……
一瞬、何故だろうか——? とも思ったのだが、その答えは直ぐ判明する事になったのでモヤっとすることはとくにない。
街の建築物の外壁なのだが、びっしりと蔦の様な植物が生い茂っていたのが所々で確認できたのだ。
だが、それは決して“汚い” ——っといった印象は受けない。寧ろ、その蔦は一種のアクセントに繋がり、味のある雰囲気が醸し出される。一種の街の魅力……とも捉えられなくもなかった。
この街がある地帯は、もしかすると湿気に富んだ気候なのかもしれない……
山岳に位置する街だと聞いたし、降水率が高いのか? あくまで想像でしかないのだが、これほどの高さの外壁を埋め尽くす程、蔦が生い茂る環境だ。カエの転生前の世界程技術力がありそうには見えない異世界だ……木造建築は劣化のことも考えるとあまり好まれないのかもしれない。
「どうじゃい……エル・ダルートの街並みは?」
カエが街並みをキョロキョロ観察していると、ここでシュナイダーが声を掛けてきた。
「——そうですね〜……道は、しっかりと整地されていますし……活気も溢れて、街並みも綺麗です——いい街だと思いますよ」
「そうじゃろぉー……まだここは街の外側じゃ、もう少し進めば大市場が見えてくる。そこは今以上に賑わっておるぞ~」
今、荷馬車が突き進んでいる区画は、位の高そうなお店が立ち並ぶエリア。街の玄関口ともあって、それなりに見栄と華がある印象を受ける。
そして、道の前方を見据えると、限りなく直線的。遥か先には今抜けて来た門とは別の巨大な門が確認出来る。恐らく、あの門は北門……つまり、この道はエル・ダルートの街の中央を真っ二つに分断するかの様に設けられたメインストリートなのだ。活気に溢れるのは当然。
道行く人々も多く、鎧を着込んだ衛兵……ローブ姿で杖を握る魔女っ子に……貴族様なのか——? どぎついピンク色で沢山のフリルやリボンをあしらったドレスの、派手な女性集団なんかも……ちらほら……
その光景はカエにとって、異世界だという事実がひしひしと伝わってくる。
そして、その事実を極め付けたのは……
「待ってにゃ〜〜〜お兄ちゃ〜〜ん! みんな〜〜」
「おい、遅いぞ! 今日は、秘密基地に集合して英雄ゴッコする約束だろ?」
「早くしないと……いい役取られちゃう〜〜から置いてっちゃうぞ〜」
「そんな〜〜! グスン……」
(——ッ!? マジデか!! ——ケモミミ!!)
人混みの隙間を器用に駆けていく子供達。その内の置いてけぼりになっていた小さな女の子……その子の頭とお尻に猫の様なケモ耳と尻尾が付いていた!
恐らく……あれがルーナが言っていた【獣人】という種族なのだろう……
ついカエは驚愕と興味から見入ってしまい、視線はついその子を追ってしまっていた。それ程、カエに与えた感動の衝撃は凄まじかったという事だ。
だがしかし——
それはあくまで【獣人】に興味を示した訳で、決してカエに幼女を舐め回す様な視線を向ける趣味がある訳ではない。
直ぐ、自身の行動の異常性に、ハッ——としたカエは直ぐに視線を外すこととなった——
よくよく周囲の観察を続けると、獣人っ子の他にも、耳の長く尖った女性や、角の生えた黒肌の男、背の低い厳ついおっさん、挙句には翼や鱗の生えた者まで……異種多様かつ、どの人物もカラフラーな髪色をしている。
「フム……流石は異世界……」
「マスター……私達の世界には、あの様な生き物はいませんでした。不思議ですね…………狩りますか?」
「生き物言うなって! そしてなぜすぐ狩ろうとする!?」
物静かなフィーシアまでも、珍しさから観察に加わる……が、彼女にはあの者達が人外に見えてるようで、怖〜い発言を不意に投げ掛けてきた。
いきなり『狩りますか?』って……今後、彼女の教育を間違えると取り返しの付かない事が起きる予感が……
フィーシアの狂気に満ちた思考への恐怖と、「考えを改めさせねばぁあ!」との必死さがカエの頭を痛くした——
と、その事は置いておいて……
荷馬車が街の中心に近づくにつれ、人々の往来も段々と勢いが増してくる。
そしていよいよ、中央のエリアに差し掛かろうかとした所で、門前とは違った雰囲気の広場へと出た。
ここは入口の高級そうな雰囲気とは正反対……高そうな服に身を包む者が見当たらなくなった代わりに、古めかしい衣服の一般市民と思われる人々を中心とし賑わいに溢れている——
広場には木材と古布で簡易的に建てられた屋台が広場一面にズラリと立ち並ぶ。
ここを訪れた者の目的は恐らくこの市場なのだろう——屋台自体は、前世の記憶にある祭り屋台の様な華がある感じでは無い。正直キレイとは言い難い、みすぼらしさまで感じるほどのモノだ。
しかし、それでも……人混みで市場の全貌をハッキリと認識はできないが、眺めた感じでは相当の広さを感じる。
綺麗な屋台でなくとも、広場いっぱいに敷き詰まる様は——まさに圧巻。
シュナイダーが“大”市場というのもよくわかる。
と——その時だ——
「——嬢ちゃん達……目的地についたぞ。あれが冒険者ギルドじゃよ……」
シュナイダーが市場の手前で荷馬車を止めると、カエ達の視線とは正反対——メインストリートを挟みその反対側を示して言を発した。
「——あれが、冒険者ギルド……? 凄く……立派な建物で……」
周りの建物は、どうあったって最高でも3階ほどの高さしか見当たらなかったにも関わらず。今、目にしているモノは5階分はありそうな程の立派な造りの建築物。
正面は大きな両開きの扉が3つ程横並びであり、複数人が同時に出入りしやすそうな玄関口を構えている。中央の扉の上にはドラゴンを模した鉄板の看板に『冒険者ギルド エル・ダルート支部』との文字が……それは、異世界の文字で書かれていたが、カエには不思議と読むことができてしまう。
これもスキルの恩恵なのか——? 無事発動しているらしく、何よりである。
その建築物は——全体を通して、立派で凝ったデザインがされており、直ぐ隣には馬車を止めるスペースと素材置き場を兼用した倉庫施設が隣接している。なぜ、素材置き場と判断したのかは……門前広場で見た冒険者達が今まさに、手押しリアカーと共に、そこへ入って行くのが見えたので、強ち……今述べた機能で間違いなさそうだ。
伺い知れたのは建物正面の外観だけではあるが、その情報だけでも冒険者ギルドという組織の大きさがはっきりと伝わった。国と提携して……と聞いたが、それだけの事があるなと……他の建物より一線を画した存在感を感じる。
そして——
ここが本日の仮の目的地……馬車の旅もここまでである。
「シュナイダーさん。ありがとうございます……ここまで案内して頂いて……」
「いや、そんな畏まらんでくれ……寧ろ、お礼を言わんきゃいけんのはワシじゃよ……“今”のわしにはコレぐらいしか出来んくて——それでも……『それでいい』と言ってくれた嬢ちゃん達には感謝じゃわい……本当に申し訳ないのぉお」
「——いえ……! そんなことないです。馬車に乗せてもらっただけで十分ですから。だから………ありがとう……ですよ」
「…………そうかい………こちらこそ、ありがとうよ……」
カエにとって、この御者の男シュナイダーから、何か“みかえり”を求めようとは露程にも考えていない。寧ろ、普段味わったことのない馬車旅を体験できて、少しの情報を貰えただけで十分である。
そして……
「じゃあ……ワシは行くでね……この野菜共を新鮮なうちぃ早よ売りいかんと、買い取って貰えんくなる…………それじゃ、嬢ちゃん元気でな……」
「はい! シュナイダーさんこそ、お元気で……」
「ああ………それと、隣の嬢ちゃんも……」
「……………」
カエはシュナイダーと軽く握手をして別れの挨拶を済ませたのだが……彼はどうもフィーシアの事が気になるらしい。その時、シュナイダーはカエの後ろに控える彼女にも声を掛けたのだ……しかし、フィーシアは……だんまりだった。
このまま、彼と別れてしまっても大して支障は無いのだろう……が……
どうも……お節介——? と言うのか……
「……フィーシア……ダメだよ! ちゃんと挨拶しなくちゃ——いい子だから……ね?」
「——ッ」
気づけばカエは、フィーシアに言い聞かせるかの様に叱っていた。
どうしても、フィーシアと前世の妹が重なって見えてしまって……というのか——? 兄が妹に対して諭すかの様に……静かに……優しい口調で……不意に言葉を発してしまっていた。
「…………ッ………ァ…あ、ありがとう……ございました……」
「——ッ……あぁ〜……それじゃあ〜の。フィーシア嬢ちゃん……」
しばしの間があったものの、フィーシアは軽い会釈と共に、ただ「ありがとう」とだけ……シュナイダーに伝えた。
フィーシアが初めて人付き合いが出来た瞬間である——
うちの子が成長した様で、カエは少し嬉しくなってしまった。つい嬉しさが溢れて、フィーシアの頭を軽く撫でてしまった程だ。
いささか大胆すぎたかと、ハッ——として直ぐ手を引いたが……そんな彼女は無表情ながらも何処か嬉しそうな柔らかな印象がした……気がする——
「それじゃあな、嬢ちゃん達……お主らの旅に幸あらんことを……」
それを見て、満足したのか……男は踵を返して去って行く。そして、振り返ることなく、大市場の騒音の中へと……
消えて行った——
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