第31話 ある男の過去 ある少女の未来に想いを

 ある日突然……男は不思議な出会いを果たす——



 何の変哲も……ない……事もない、二人組の少女達……


 


 森でフォレストウルフの群れに襲われたのは誤算であった。


 しかし、それがあったからこそ、その子達と巡り会えたのだ——



 おかしなことに、2人は全身黒い外套に身を包んでいた。


 まぁ……旅の者が外套を着込むことは、よくある話なのだが……


 ただ、こんな湿気に満ちた森の中では——不釣り合いである。

 

 この時点で、不審に思う所なのだろうが……男の目には、彼女らはというよりはという風に写って見えたと言う。




 だからなのか……




 その自分の認識を証明させるべく——好奇心と相まって、少し対話を試みる。

 


 すると、不思議……2人の少女を観察していると……何故だろうか——?



 いつの間にか、昔の事を思い出していた事に気づいた——

 


 姿、性格、クセ……



 どれをとっても該当するところが無い筈なのに……



 もう会うことのできない……大切な……



 を——






『シュナイダー……あなたにだけ話すわ。わたくし……この国を出ようと思うの』


『——ッ!! 何を言っておいでですか 貴女様は!? 本気なのですか?』


『ええ……このままここにいても わたくしは疎まれるだけ……最悪 一生を幽閉されたも同然の扱いよ……だったら……』


『ですが……なら には……』


には黙って居なくなるつもりよ……私と違ってあの子は魔力に恵まれておりますもの……心配要らないわ……どうせ会うこと叶わないなら ここに居なくとも同じ……』


『————ッ…………ッ……分かりました……ですが 1つ……お願いしたい義が御座います。どうか この私に……貴女様の護衛として付き伴うお許しを……』




——静かながらも 淡々と話を切り出す1人の女性。その話の節々からは諦めながらも 既に踏ん切りが付いたかの様な 彼女の覚悟が伝わってくる。

 男は その覚悟を汲み取るが……どうしても彼女を孤独にはしたくない。

 何故なら 彼女は恐らく『外』を知らないだろうから……

 このまま行かせてしまえば 無事に生きて行く事は無謀だと考えてしまった。

 それに……男は 彼女をまだ「お嬢様」と呼んでいた……小さき幼子の時から陰ながらも見守っていた。

 一家臣として……いや 親として……? もう 今の歳を考えれば 祖父が孫娘を見守るに近しい感覚で その女性を見守っていたのかも知れない……

 


 だから 男は「お嬢様」と共に国を出たのだ。







『——ねぇ〜〜シュナイダー! とっても風が気持ちいいわよ!! あら……アレは何かしら…………ねぇ〜聞いてますの!? シュナイダー?』


『あの〜……お気持ちは分かりますが……顔を出しては 馬車が揺れると危ないですので その〜……ジッ——としていただければと……』


『………もしかして わたくしの事 手の掛かるだとでも思ってまして?』


『いえいえ そのようなことは——ただ 貴方様を心配しているのです。それに 燥ぐのは淑女らしからぬと言いますか……』


『やっぱり子供扱いじゃない! 失礼しちゃうわ……でも あれが気になっちゃったのよ。あの空高く飛んでる……鳥……?』


『んん? あぁ……あれは おそらく飛竜と思われます』


『ヒリュウ? それってつまり……ドラゴン?』


『ええ そのとおりですお嬢様。今いるここは山岳地帯ですから 頻繁に竜が出没するのです。ですが 恐れることは御座いません。竜は人を襲う事は……』


『シュナイダー!! わたくしドラゴンと戦ってみたいわ!!』


『……? 何を言っておいでですか?』


『わたくしと あなたで 冒険者になるの! そしていつかは 御伽噺の英雄みたいにドラゴンを倒すのよ! とぉーーッてもいい考えでなくって? きっと楽しいわよ!』


『…………失礼ですが……それは……ちょっと………イヤ かなり難しいのではないかと——竜とは 生物の王者と言っても過言でない存在。討伐となると 一国規模で討伐隊を編成し 武の頂上たる御仁を引き連れて討伐にあたるものです。それに 冒険者自体も厳しいかと……そもそも 貴女様にはまりょ…く……が———ッ!! 申し訳有りません! 私とした事が 失言でした!!』


『…………ふぅ〜〜ん……別に〜〜ハッキリ言えばいいじゃない……「この魔力なしぃぃい!!」って——フン!!』


『気遣いが 至らなかった事は謝罪します。ですので どうか そんなイジワルを言わなでください……』


『ぷぅ〜〜……………フ…フフフ……アハハ〜〜——冗談よ! 子供扱いされた仕返し……ちょっとだけ あなたのこと揶揄ってみたくなったのよ!』


『——ッ……あ〜〜貴女という人は……』


『いい気味よ……フフフ………ッ!? …ッケホ…ッケホ………』


『——ッ!? どうかされましたか!?』


『——ケホ……大丈夫……少し咳き込んだだけ……どうやら風で冷えてしまったようね…………うん……あなたの言うように 大人しくすることにするわ……だから——大丈夫よ……少し 休めば……』


『そう……ですか……』





『…………』




——彼女は自身の手の平を見つめ……黙ってしまう。


 男は 心配はするものの 元気に振る舞って見せた姿と……



「——大丈夫よ……」



 ……その言の葉に甘え……追求する事はしなかった。

 


 だが——



 後の事を思えば……この時 彼女が見つめていたのは……



 咳き込み 口に触れていた方の手の平は……



 赤く染まった痰で……染まっていたのではないかと……





 思えてやまない——







『シュナイダー……ごめんなさい……恐らく わたくしは もうそんなに長くはないわ……』


『何故です!? 国を出る覚悟を持った貴方様が……たかがやまいに平伏し 簡単に諦めてしまわれるのですか?! まだ……ッ!! わたしが……私が!! ——私が 薬をどうにかしてみせます!! ですから……!!』


『ありがとう……シュナイダー。ですが その薬を工面する為に 貯めたお金は……どうか……あなた自身の為に……』


『——ッな……!? 何を言って……』


『シュナイダー……いえ わたくしの騎士様……あなたに………の……命を 伝え……ます……』


『——ッ!? 最後だなんて 言わないで下さい……!! ……どうか——ッ——ック……』


『騎士シュナイダーに……命じます。あなたは わたくしの事を忘れ どうか自由に……生きなさい……』


『……そ……そんな……』


『あなたには 悪いと思っているの……こんな わたくしの……我儘に付き合ってくれて……国から連れ出してしまって………あなたの 善意につけこんで………本当に……ごめん…なさい……』


『ッそんな!! 謝らないで……下さい……!!』




——段々と 声量が小さく……会話も途切れ途切れと……彼女が少しずつ病魔によって 弱っていってしまう……そんな彼女の状態が嫌でも感じ取れる。

    



 男はそれが堪らなく——怖かった—……




 お願いだからどうか……これ以上 無理して喋らないで欲しい——



 お願いだから……どうか安静に——



 お願い……だから…………「最後」って……言わない……で……



 お……願…い………諦め…ないで……



 ………私が…………薬を………





 男が彼女に伝えたかったことは 結局……取り乱してしまってか 頭で分かっていても 上手く言葉にできない。

 このもたついている間にも……彼女は 残る命の灯火を燃料に 会話を続けている——


 この時間が 彼には……とても——怖かった——



 この会話が終われば……



 火は消え……



 彼女は——





『今日まで……わたくしに仕えた……褒美を………今の……わたくしに……あげれるモノは………コレ……ぐらい……し…か…………』




——彼女は 残り全ての火を賭けて 床に伏せた身体を引き起こす————


 

 彼女は自身の顔を……男の顔へと近づけ……





 そして——……






 男は一瞬何をされたか分からなかった。



 意識がハッキリした時に あったモノ……



 それは——



 頬に 濡れた感触と……



 冷たく なってしまった。



 1人の女性の安らかな寝顔——


 







 それだけだった。


 







 そして、十数年の月日が過ぎ去る——


 男は、エル・ダルート近郊の小さな村に身を寄せ、祖国を出る時に連れ出した一頭の年老いた馬と暮らしていた。

 ただ、男の毎日は……毎朝、墓石に花をたむけるか、畑を耕すだけ……

 そして、時たま野菜を街に売りに行く……男の日常は至ってシンプルで、“ある時”以来、この日常を繰り返すだけである。

 

 

 そんな、何の変哲も面白味も無い日常に、突如と湧いたとの出会い。



 男はその2人に、どうしても思う所があって……必ずしも想像した様な事情が、彼女たちにあるとは限らないが……


 でも……



 せめて……自分が受けた様な………



 彼女らに、悲しい結末が訪れませんように……




 勝手ながらも、想いを向ける——





「——どうか、あの嬢ちゃん達の旅路に幸有らん事を……」





——そうですね! わたくしもそう想います!! わたくしの騎士様……




 市場を進む、男の独り言——

 


 その言に、何処からか……返事が返ってきた様な気がした。

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