第40話 しつこい男にご用心!!

「俺の事はコレから知ってもらえればいい……それより、ギルドでの——答えを聞かせてはくれないだろうか? 俺はもう君の——惚れてしまって、君自身が——欲しくてたまらないんだ! どうか、俺——モノになってくれないだろうか? そして、よければ君の名前を聞かせて欲しい……」



 再び、目の前に現れた告白男——正確にはA級の冒険者【清竜の涙】のアインと言う。

 男は、ギルドの再現とばかりに“愛の告白”を繰り出した。カエにとっての最悪イベント再来である。

 


「ええ……ッと——(まじで勘弁してくれよ!!)」



 それには、カエも困惑を大きく極めていた。それと言うのも、カエには告白に対して耐性が無く、どう対処していいのか分からないからだ。

 普通に考えれば、カエの中身(精神)は男である為、同性からの愛なんて「無理です」とストレートに断ればいい場面であろう。しかし、その機を逃したカエは現状脳内は混乱状態を再発していた。

 人生初の告白(前世含め)——男(気分的に同性)からの告白——降ってわいての告白——等々……と後頭には必ず『告白』と付く理由の数々のミルフィーユ状態が彼女をそう垂らしめるには十分。一体、カエは一日に何度パニックに陥ればいいのか……いい加減、救いが欲しくあった。


 そして、アインの告白は、観衆を焚き付けるには十分過ぎた。そこには、食事を楽しむ店の客の殆どが女性である事も関与しているのか——イケメンの告白を耳にして、観衆が返事の有無を興味深々に観察している。

 やはり、女の子というのは恋バナが好ましいモノなのか……? えらく食い付きが凄まじかったと見て取れる。

 よってか——そこで傍観の面前で盛大に振るなんて、残酷にも程があった。これも、カエが答えを出すのを躊躇った原因だったりもする。

 

 また、その恋バナ大好きな女の子には、先程食事を共にした“とある少女”も含まれており……



「——ッはわわ……!? カエちゃん!! どう言う事ですか!? A級冒険者からの告白だなんて——一体、アイン様と何があったんですか〜〜お話をKU・WA・SI・KU、聞かせてくださいよ〜〜……でゅふふ……」



 シェリーが、大いに食い付いてきた。実に楽しそうな所が腹立たしい……



「シェリーさん……あなた色恋には興味無かったじゃないんですか?!」


「自分の事には無くとも……他人のは大好物なんです。うぇるかぁ〜〜む!! ですです!! 腐腐腐……!」


「——ひ……人ごとだと思って……」



 本当に迷惑な性格をしてらっしゃるシェリー嬢……更に、周囲の期待に満ちた視線。カエは残りの理性をもって思考する。この状況でどうするのが正解かを……次の行動一つでカエの命運を分ける。そんな緊張感が彼女に纏わりつく。

 

 だが……それに対して、返事を渋る彼女にアインは追い討ちを掛けてくるのだ。



「俺は本気だ……! 一目惚れなんだ!! 聞かせてくれ——君の答えを……」



 アインはカエに近づくと、そしてギルドでの再現を見るかの様に……カエの手を——ガシッと掴んだ。



(——ッひぃい!!)



(((((キャァァーーーーーー!!!!)))))



 男の行動に周囲がざわつく……それと同時……思わずカエには、ゾワッ——と鳥肌が立つ……背筋が凍る……

 

 最早、最悪な状況に縺れ込んでしまった。


 カエは手を掴まれた事で、逃げる手段を封じられてしまったと言える。だが、今回に限ってはギルドで使用した光学迷彩での逃避は、こうまで周囲の視線が集中している場面では使用できない。この方法は、はなから選択肢にはなかったのだが……カエに少しでも思考を巡らす余裕があったのなら、迷わずその方法に走っていたのかもしれない。しかし、それももう遅い……

 思考は停止寸前……手を握られ、力ずく以外の逃避はほぼムリ。もう、穏便に場面を乗り切ることは不可能かと思われた……次の瞬間……


 

 男との間に割って入る人物が——



「私のマスターに気安く触らないで下さい……」


「——ッと!? き……君は?」



 その人物……カエのサポーターのフィーシアであった。


 フィーシアは男の手を、パシッ——と弾き、アインは驚くと共に蹌踉めき離れる。そこへすかさず、彼女が間に割って入ったのだ。



(……フィーシアさぁぁぁあーーーん!!)



 これにカエは心の中で高らかに歓喜した。


 救いようのない状況を自分のサポーターがどうにかしてくれたと——少なくとも割って入ってくれた事で、あまりお近づきになりたくない通り魔告白男から距離をおけた。これだけでも心に余裕が生まれる。

 ついにフィーシアがサポーターとして、最大限のサポート(救い)を与えてくれた——



「えッ、えッ、ええ〜〜!! フィーちゃん……まさか3角……3角なのね……そんな、女の子同士だなんて……!?」



 なぜかシェリーがうるさいが——そんな事よりもだ。


 折角のチャンス……逃す手はない……


 さっさと断って今すぐ逃げよう——と……した。 



 だが……



 そんな喜びも束の間——



「——フィー……フィーシア? ……………はッ!?」





 ここで1つ——ギルドでの出来事を思い返してみよう。


 あの時、カエに降り掛かった悩めるトラブルは大きく3つ。


 1つ目は……“竜の鱗”を巡っての強請り女に絡まれた件。


 2つ目が……今まさに対峙しているこの男。ギルドでも同様の手口で、カエに通り魔的告白をお見舞いし、大きく困惑させられた。



 そして、3つ目——



(あ……これ、まずい……)


 

 今、上がった2つの項目……そこに登場した件の男女に対して激昂した人物がいた。


 そう……その再来……


 カエの目の前の小柄の少女から唯ならぬオーラが溢れ……怒りに支配されしの再誕である。



 彼女の発するドスの効いた黒いオーラはフィーシアの怒りの現れ——だが、あくまでそれはカエから見た錯覚。

 周囲の観衆は楽観視していることから、仮にフィーシアが男との間に割って入った行動が……彼女の“怒り”を現しているモノだと気づいたとしても、オーラを可視化するには至らない事だろう。だが……


 カエには、見えてしまっていた……彼女の憤怒の焔が……


 それを感じ取ってしまった瞬間から、カエには告白の事や歓喜に沸いた事など、疾うに頭の中から消えてしまっている。


 今、脳内にあるのは迅速に彼女(フィーシア)を窘める——それ一択……


 早く、彼女を鎮めなければ、いつ男を手に掛けてしまうか分からない。それ程までに、フィーシアの怒りがヒシヒシと伝って……もうカエの冷や汗の大洪水が再び巻き起こる。

 そして、そんなプレッシャーを主に与えていると梅雨知らずのフィーシア——そんな彼女はピクッと反応したかに思うと……


 次の瞬間、身体が少し沈んだかに見えた。


——ッ!!??


 それを確認し、フィーシアが行動に移してしまうまで、もう既に秒読みに差し掛かっている事を悟ったカエは、事が起こってしまう前に彼女を止めるべく行動を起こす。

 考えがまとまるよりも先にフィーシアに掴み掛かろうとするのだった——が……





 事態は思いもよらない形で鎮静化する。





「コラーーーー!! 馬鹿ぁあ、アイィーーーーン!!!!」


 ゴォぉぉぉぉぉぉーーーん!!!


「——ッグゥッヘッ!!」

 


 突然の叫び声と共に、鈍い打撃音が辺にこだました。



「あなた!! 私を撒いて、一体何考えてるのよ!!」


「——ぐおぉぉぉおおお………」



 アインは自身の頭を抱え、呻き声を上げながらその場に蹲る。そして、そんな彼の後ろに、自身の身の丈は有ろう長物の杖を携え、アニメ帳の神官服に身を包んだ1人の若く美しい金髪ロングの女性が立っていた。その表情は眉間に皺がより、せっかくの美人が台無しに……どうもその娘は、アインに対し怒り心頭である事が伺える。



 端的に今……何が起こったのかを説明するとだ——



 神官服の彼女が、自身の持つ長物の杖をアインの後頭部目掛けて背後からフルスイング——思いっきりどついたのだった。

 周囲に響き渡った鈍い打音と蹲る男の様子から、振り翳した杖の勢いたるや、恐らく全力の一撃をお見舞いされたのでは——? と思わせる。

 彼女の持つそれは、嵌め込まれた青い玉の輝きが目を貼り明媚。しかし、先端部の形状が宝玉を包み隠すかの様に金属製の突起物が張りめぐったデザイン性は……


 あんなので、殴打されたら凄く痛かろうに……と考えずにはいられない。


 果たして、殴られた本人は無事か? そもそも、鈍器に使用された杖も、どう見ても高額そうな代物なのだが、本来の用途目的以外に利用して平気なのか? 


 そんな要らん心配がカエの頭に思い浮かぶ。



「——フン!! まったく…………ッと! そこのあなた——! 平気だった!?」



 突然、殴打と共に現れたその美女は、男の心配をするでも無くカエに憂慮の声を掛けてきた。



「あなたは……?」


「——ッあ! ごめんなさい……自己紹介がまだだったわね。私は レリアーレ……A級の冒険者よ。そこで蹲っているアインバカのパーティメンバーよ」



 彼女は告白男の冒険者 【清竜の涙】 のパーティメンバー。名前をレリアーレと言うらしい。

 カエ自身知ろうと意識していなかったのだが、フィーシアが記憶力のいい事に彼女について覚えていたのを思い出す。フィーシアの話を紐解くと、レリアーレと会うのはコレで三度目。一度目は森で……二度目はカエも記憶の端には薄らと存在していたが、ギルド入り口付近で床に手を突き項垂れていた彼女とすれ違った時。


 そして三度目、互いに認識し合ったのが今に当たる——



「コレはご丁寧に……私はカエルムと言います。どうか私のことは“カエ”とでも呼んでください」


「カエ、ちゃん……? え〜と……そ〜の〜……ちょっと聞くけど、この男に、何か酷いことされなかった?」


「う〜む……実害はとくに……まぁ、いきなりをされたとしか……」


「——ッ!! それは、本当にごめんなさい!! 嫌な気分にさせてしまったわよね? 同じパーティーメンバーとして謝罪します!! それに……そっちの子も……え〜とぉ〜……」


「…………フィーシア……です……」


「フィーシアちゃん……うちの馬鹿が本当ぉーーーーにご迷惑をお掛けしました……深く謝罪します! どうか怒りを鎮めてください!!」


「…………もう結構です…………今はもう気にしてません」



 レリアーレは事情を知るなり、カエとフィーシアにぺこぺこと何度も深々と頭を下げ謝る。そんな彼女を観察する限りでは、男(アイン)よりかは常識を持っていそうな人物である。


 それとこの時のフィーシアからは、既に怒りムードは引っ込みを見せていた。

 レリアーレの必死とも取れる謝罪と、男の頭を抱えて藻掻き苦しむ様を見て、どうやら満足したのか落ち着きを取り戻したようである。一度怒らせると何を仕出かすか分からない反面、誠実に訴えれば案外常識人であったみたいだ。フィーシアの意外な一面を知った。

 


「ぐぬぬぬぅ〜う! リ〜〜ア〜〜……いきなり杖でどつくなよ! 酷いじゃんか!!」


 

 ここで、アインが痛みが引いてきたのか……漸く復活の兆しを見せていた。彼から、恨めしい悲痛な声が溢れる。



「うるさい!! あなたが“勘違い”すること言うからでしょ!!」


「——んん? リア……“勘違い”って……?」


「……ッ? “勘違い”ってどういうことですか?」



 2人が言い争いに発展しそうな様子であったが……この時、レリアーレの「勘違い」の言葉に引っ掛かりを覚えたカエは、気づけば反射的に彼女にその事を問うていた。しかも、アインも同様な反応を示しているのでより一層気になわなる。



「あのね……この馬鹿のは、言葉足らずだったのよ! 彼は森で見たアナタのに惚れ込んでしまったみたいで——え〜〜と……簡単に言えば黒髪のアナタ(カエルム)の事をパーティーメンバーに勧誘したかっただけなの……」 


「…………それって……」



つまりは……


冒頭の男(アイン)の発言を捕捉すると……



『………そんな事より、ギルドでの《勧誘の》答えを聞かせてはくれないだろうか? 俺はもう君の《技に》惚れてしまって、君自身が《パーティメンバーに》欲しくてたまらないんだ! どうか、俺の《チームメンバー》になってくれないだろうか?』



 と、男は言いたかったらしい……何とも紛らわしい発言である。


 いくら何でも『言葉足らず』で収まりが効かないにも程がある。この男……興奮すると思いの丈が率直に漏れてしまい、周りが見えなくなるタイプなのか……? 傍迷惑な奴だ。


 と——それならそれで……


 『愛の告白』が勘違いならそれでいい。それを聞けて幾分か気分もマシにはなった事だし、謝罪もしてもらった。だったらここいらで逃げ出す事も可能なのでは……そう、カエには直ぐに思い至る。


 よって……


 

「勘違いならいいんです。私達はそんなに気にしてないので……謝罪は受け取りますから、ここらで失礼しますね」


「——ッえ……ええ、そう言ってもらえて嬉しいわ。ありがとう」


「では……シェリーさんも、また……」


「ちぇ……折角、4角目に発展しそうだったのに……つまんないの〜〜」



 再び、挨拶を述べ立ち去ろうとする。つまんなそうにするシェリーからは返事が返ってこなかったが……まぁ、彼女はほっといていいだろう。



 こうして……漸くどうにか穏便に立ち去る事ができそう……



「——ッちょっと待って欲しい!!」



 ——かに思えたが……ここで再び口を開いたのが例の男。


 カエは、本当に悩ましいと……いい加減、執拗いと……頭の中には瞬時に薄らとした怒りが滲みよる。

 ここまで、二度にわたって、探して追いかけて来た程の男。やはり、諦めが悪かった。

 『執拗い男は嫌われる』と女性の観点からの物言いをよく耳にするが、(精神が)男のカエでも『嫌だ』と感じてしまっている。そもそも、女の子を執拗に追いかけること自体犯罪であると思う。



「俺の言葉足らずで困らせてしまったことは謝る……悪かったよ!! だけど……再度!! 聞かせて貰いたい!! どうか、俺のパーティーに ……【清竜の涙】に入ってくれないか? お願いだ!」

「——ッ!! アイン!?」



 そして、投げかけてくるのは、本日何度目になるのか……既に数えるのもイヤになっている男の告白だ。その答えは……時既に決まっていると言うのに……実に熱心な男である。



(……ッチ! 素直に行かせてくれないか……思い出しやがって——! 根本からして冒険者って突飛にパーティメンバーに勧誘するのはありがちな話なのか? A級ともなると、要は冒険者としてはベテランだろ? 偶然目撃した人物を追いかけ回し熱烈な勧誘を仕掛けるのは、ベテランの所業と言えるのか? 信用にたるとも分からずに……? 不思議でしかなのだが……)



 そもそもからして、カエとフィーシアは冒険者では無い。


 この街を訪れる前から自身の肩書きはあくまで『旅人』だと語り……当面の目的の1つをフィーシアと共に世界を旅して回るつもり……と決めていた。

 それに、強いて冒険者を必要に迫られてもいないし、ギルドでシェリーに説明を受けた規約もカエの望ましいモノとは反していた。例え、どんなに必死に願い——懇願されようとも、カエたちは冒険者になるつもりは毛頭にないのだ。


 よってカエには『断る』……それしか選択肢は無い。

 

 ここは普通に断ってもいいのだろうが……


 果たしてこのアインと言う男、それで食い下がってくれるのだろうか?

 森での目撃以来、ずっと追いかけて来るストーカーだ。軽くあしらった程度では諦めてくれないのでは……?



 だとすれば……



 少なくとも、何か……別の……深い理由があるとすれば……



 諦めも付くのかも……しれない……



 なら、ここは一つ……理由をでっち上げ演じてみるのも一興か——



「——申し訳ありませんが……お断りさせて下さい」


「そっ、そそそ……そうよね……迷惑よね!! ほら、アイン! 残念だけれど……」

「ッあの! 理由を聞いても……!!」

「ッあ、アイン!!」

 

「……それは………ワタシは……ここに居られます“フィーシアお嬢様”をお守りする——使命があるからです!」


「「「「——ッ!!」」」」



 理由が必要なら……最もらしい事情を作ってしまえばいい。

 

 カエはこの街に着いた当初に耳にした、思い込みによる『勘違いストーリー』を利用する事を唐突に思い付いたのだった。




 そこから、カエの熱演劇が開演するのだが……第一声を耳にした……アイン……レリアーレ……シェリー………そして、何故か……フィーシアまでもが、驚きの表情を見せる。




 まさか、コレが“あんな事”に発展してしまうとは……カエは気づくべきであったと言うのに……


 

 自作自演の寸劇は止まらない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る