第41話 開演演目『A級冒険者と-白髪令嬢の渾身の一撃-』

「私は、嘗て……拾って頂いたお貴族様に仕えていた過去があります。しかし、ある理由からその御家に危機が訪れてしまい……今はもう……クッ——祖国には私の大恩あるお方の家名は既に存在していません。ですが……唯一、旦那様から託されたのが“フィーシアお嬢様”でした。国には戻れなくなってしまいましたが、お嬢様を託されたその瞬間から、私は彼女の騎士として使命を与えられたのです!」


 

 カエはアインを騙すべく役を演じる。人生でこういった経験は無かったのだが、意外なことに型に嵌まっているのでは……とカエは密かに、自身に対して驚嘆した。


 A級冒険者の勧誘を断るべく用意した演目 (理由)は『訳あって祖国を追われた令嬢と騎士』というストーリーとなっている。

 これは、この街に入る為に用意した筋書き……と言えばいいのか? 元はと言えば、同行していた御者の男シュナイダーが勝手に想像を膨らませ出来上がってしまった物語である。これには勘違いも甚だしいのだが、その時はスムーズな入門を許してもらうべく、敢えて否定こそしなかった。

 だが、丁度いい言い訳に出来た事には感謝であるのは確か——



——ッ!? マスター……な、何を言って……!?

——ごめんよ。フィー……お願い、話を合わせてくれ!



 唐突に開演した茶番劇に『お嬢様』と呼ばれたフィーシア本人から、チャットを回して驚きの声が飛ぶ。それもそのはず、コレは目の前に居る執拗なストーカー男を諦めさせるべく、即興で思い付いた自作自演。理由を聞かれその返しに困った時に、ふと想起したシュナイダー原作『令嬢と騎士の冒険譚』

 もちろん、フィーシアには相談も無しに唐突に語り出した事なので、彼女が驚くのもムリはなかった。



「お……お嬢様? と——き、騎士!?」


「はい——私はこちらのフィーシアお嬢様に仕える騎士です。と言っても、誰かに正式な任命を受けた訳では有りません……気持ち的な問題です」



 そして、カエの演技は続く。



「でも……俺たちの仲間になれないのと、どう関係して……」


「そもそも、私達は冒険者ではありません」


「え!? あれ程の剣の腕と技術を持っているのにかい……?」


「ええ……私の持つ技は、お世話になっていた先で師事を受けたもので……この力は、私に戦うすべを与え養って頂いた旦那様へご恩を返すべく、お嬢様をお守りする為だけに使うと決めています。私とお嬢様は現状、旅から旅への根無し草なので、路銀を稼ぐには冒険者は打って付けではあります。ですが、いつ命を落とすとも知れない方法は避けるべきと思い至りました。それにお嬢様を危険な場所にあまり連れ出したくはありませんし……街に1人残して行くのも忍びなく……」



 ——と……淡々と理由を連ねる。まず、アインには勘違いされているが、そもそもからしてカエとフィーシアは冒険者ではない。そこには、ギルドで聞いた冒険者の規定が面倒だとか、特に冒険者の肩書きを必要と迫ってないからと理由が挙げられるのだが、それを正直に言うのは忍ばれた。そこのところは『フィーシアを守る為』としておいて話しを進める。

 ただ……彼らとの出会いは、樹海のど真ん中であった為に「その子が大事なら何故あんな所に?」とツッコまれない事を願いたい。何故なら説明が面倒くさい。まぁ、その場合……「道に迷った」とでも言えばいいだろうか……?

 


「私としてはお嬢様をお守りすることで精一杯です。私の能力を買って、A級冒険者様にお誘い頂けことは誠に光栄では有りますが、その——お誘いは断らせて頂きたい」



 そして、最後はキッパリと断りを入れる。

 


 そもそもカエは、フィーシアと世界を旅して回らなくては行けないのだから……それだけで精一杯——

 いつかは何処か住みやすい地に腰を落ち着けるのも一考だが、そこで他人との関わりをもつのは、とっーーても面倒くさく、そんな暇は彼女には無いのだ。

 と、まぁ……断りたい事情はズブっずぶの私情なのである。また、他人との関わりを持ちたく無いのはカエが人付き合いが苦手だからとも言えることだが……しかし、カエの前世を思うと、こんなにも他人と会話が成立——まして、人前で寸劇を披露するなど考えられない程の珍事だ。現状多少ムリはしてはいるが、まさかここまで勇気のある行動を実行する日がこようとは……あの女神は転生特典に対人スキルでも忍ばせてあったのだろうか……? とカエの脳裏には変な疑問が浮かび上がった。


 そして……

 


「——ッ………そう、か……」



 カエが言葉を話し切ると、アインは一言呟き顔を伏せた。その様相はとても残念そうであると、カエには写って見えた。


 どうやら、カエの熱演が功を奏したようだ。


 やはり、ここまで深い理由(内容が嘘なので実情は中身がスカスカ)を連ねれば、ストーカー男も諦めがつくと言うもの。


 これで漸く、面倒ごとの種を1つ取り除けそう……



「ほら……アイン! 彼女達には相応の事情があるのだから〜あなたの我儘で振り回すのは……」

「——ッなら!! その『騎士』の一員に俺“たち”も加えてくれないか!!」


「「…………………はぁあ??」」



 と……思っていた時期は過去のこと——


 この男……かなりタチの悪い図太さをお持ちのようで、気を落とした態度を180度改め、トチ狂った提案をしてきた。

 思わず、耳にしたカエとレリアーレは間の抜けた声が口より漏れ出てしまう。

 因みに、シェリーは手紙を読んで事情を多少知っているからか、カエの寸劇には目もくれず、つまんなそうに食後のジュースを飲んでいる。恋愛が関与しない冒険者同士の勧誘には興味がない様子だった。



「アイン……何言ってるのか分かって……? それに『俺“たち”』って、私も含まれているの!? 隙をついて私を巻き込まないでよ!」


「——今の、話を聞いていました?!」


「——ああ! 勿論!! だから俺にもフィーシアちゃんを守らせてくれよ!」


「「………………ちょっと、何言ってるか分からないんだけど——」」

 

 

 彼の突飛な自論に、カエとレリアーレの意見がハモりを見せる。



「………」

「………」


 

 気づけば2人は自然と目が合い、互いに会釈を交わす。このレリアーレという女性は何かとこの男に苦労をかけられているだろうな〜と、その事でカエは彼女に憐憫の情を向けていた。いきなり気になった子に、勘違いに捉えられても可笑しくない『愛の告白』を観衆の面前で披露する男だ。普段から気苦労に事欠かないのが想像できてしまう。


 そんな彼女に共感した瞬間だった。



 しかしそれでも……



 カエがレリアーレに同情しようとも、気は休まらない……それは、アインの次に取った行動に問題があった。



「——フィーシアちゃん……でいいのか? いや、この場合は“お嬢様”と呼んだ方がいいのかな? 君にはそんな過去があったんだね。国に帰れない……家族に会えない……とっても辛いことだ……」



 アインはカエとレリアーレを他所に、許可もなくフィーシアへと近づき……そして彼女の目前で片膝を折る。



「——もし、自傷を齎す記憶の刃が、貴方の心を傷つけているのなら……どうか俺にも、その——ほんの一部でもいい。一緒に背負わせて欲しい」



 そして、断りも無く……無神経に……



 フィーシアの手を取り……



 その甲に口ずく……



「「「「「「——ッッ!!??」」」」」」



 その瞬間……周囲の観客が一斉に驚愕の表情を見せた。もちろん、そこにはカエも含まれている……



「その心の傷は消える事がないし……簡単には癒せないのだろう。だけど、和らげることは出来る。俺の冒険者パーティーに入らないか? 勿論2人……共に——その上で君の心を癒やし、君の身を守る事を約束する。だから——その担い手として、騎士として認めてくれないか? 俺にも背負わせてくれ……フィーシア嬢!」



 そして、男は飛び切り爽やかな笑顔を向けた——



「「「「——ッキァアアーーーーーー」」」」



 そして、周囲の観客からのスタンディングオベーションとばかりの歓声が上がる。


 爽やかイケメンが「君の心の傷を癒す騎士になろう」とセリフを吐きつつ女の手の甲に口付けをしたのだ。恋愛ドラマ好きにはたまらない萌えるシチュなのであろう。これが、ノンフィクション(周囲の観客の中では)さながらの状況なら尚のこと……

 このアインという男は……なんと女心を擽るイケメンで果敢な人物なのだろうかぁ〜……




——はぁぁ〜〜……



 ……果敢?



 イヤ……違う——



 こいつは……この男は『毒』だ——いや、または呪い……か?



——よくも……俺の大切なフィーに……手に触れて………



 ただ、そんな明るいムードが漂う現場を他所に、1人ため息を吐く人物が居た。


 カエである。


 アインがフィーシアの心の傷を癒すと宣言する反面……カエの心の表層には、ピキッ——と罅が入り、そこより黒い靄が漏れる。嫉妬という名の……



 昨夜の事になるのだが、カエはこの子——フィーシアを大切にし守る事を心に決めている。しかし、異性に向ける恋愛的感情とは違い、そこには決して他意はない……

 アビスギアをプレイしての愛着も勿論あるのだが……あくまで、フィーシアの事を妹の様に感じ、家族の一員として守ってあげたいと……そう考えたのだ。

 


 それはつまり……



 フィーシアに悪い虫が付いてしまわぬようにするのも含めて……




 

 アインがフィーシアに触れた瞬間、身の毛もよだつ悍ましい感情がカエの中で生まれた。

 まだ、カエ自身に絡むのは許せる。だが、フィーシアに触れ……況してや口づけを…………



——本来なら彼女の自由意志は尊重してあげたい——

 


——だが、こんな優男はフィーシアには相応しくない——



——今すぐ抹さ……“浄化”が……必要そうだ——



 等々……醜く、怖〜い発想がカエの脳裏で錯綜とする。結局、フィーシアが憤りを見せた事を諌めていたくせ……カエも同じ穴のムジナであったということだ。


 と、そんなカエが嫉妬心に駆られる一方で……



 少しおかしな事があるのにお気づきだろうか……?





 時に、



 という事実に……

 




 それには、唐突に気づく——


 カエは嫉妬心に駆られながらも、思考の一部はまだ冷静差を保っていた。

 ふと、視線上のフィーシアに意識が触れた瞬間……カエがもつ冷静差の一部がチクリ——と反応を示した事で、漸く状況が意識下に収まりをみせた。



(………………ッ——あれ? フィーシア……震えてる……?)



 フィーシアの身体が小刻みに震えてる——


 カエは当初、その事実は“怯え”からくるものと結論づけ、アインに対しての怒りが昂じかけるも——直ぐその考えは捨て去られる。

 あの、巨狼をも果敢に惨殺するフィーシアが、ポッ——と湧いて出た男一人に怯えるなんて有り得ないからだ。

 よって、彼女の身体の震えの原因は“恐怖”によるものでは無い。


 原因はもっと別にあるはず……


 では、一体何なのか……?



——フィ……フィーシア……?

——………ワタ……つか…え………

——…………?

——………私は……マスターの……サポーターで……仕える、がわたしで……なのに……マスターが、傅いて……お嬢様……って…………

——……う〜〜〜ん? …………ッあ……



 カエはチャットを通じて呼びかけるも——こちらの声が届いて無いのか……フィーシアは譫語のようにブツブツと何やら絶えず呟いている。

 だが、唯一聞き取れた一つ一つの単語を読み解くと——カエはある心当たりに行き着いた。それは、以前にも、フィーシアと接する事で遭遇していた——



(——ッあ! コレ……拒否反応だ!)



 昨夜のセーフティハウス内。フィーシアとの話し合い時にて——彼女のことを“家族”として接しようと決めたカエ。自身のことを名前で、それも敬称無しに対等に接してもらうようにと、強要した事があった。

 その時、フィーシアの見せた症状が……身体が小刻みに震えてしまうといった現象であって……カエはこの事を仮に『拒否反応』と密かに呼んでいる。


 そう……今まさに、フィーシアに現れている症状と一致する。


 彼女はそもそもからして、元を辿ればゲーム内のキャラクターである。ゲームではプレイヤーをサポートする仲間的ポジの存在で、ゲームの設定上……プレイヤーを『マスター』と呼び、従順に付き従う人物となっているのだ。

 そのせいなのか……彼女を再現して見せた女神ルーナは、無駄に忠実に凝った再現でもって、フィーシアを誕生させてしまった。よって、彼女はカエの事を至上の存在と捉え、従順に仕える事を喜びだと言わんばかりの態度を貫くのだった。

 したがって、カエがフィーシアに対し、『対等』や『上様』と冗談でも態度に出せば、今の症状を引き起こしてしまう。カエは慣れるまでの辛抱と思っているが、フィーシアにとっては、まだまだその段階に至るのは時期尚早なのである。



「——あれ……フィーシア“お嬢様”……?」



 ここで、返答の無い事を訝しむアインは、再びフィーシアの名前を呼ぶ……しかし、この時——彼は語尾に『お嬢様』と付けるべきでは無かった。


 拒否反応により、精神状態が不安定なフィーシアを、その様に呼んでしまえば……



——ゴォオオーーーーン……!!!!


「「「「「————ッ!!??」」」」」



 何が起こってしまうか、誰にも予想が付かないというのに……



「——ッフィーシアーーー!!??」


「——ッアインーーー!!??」

 

(((((ッず、頭突いたぁぁああ——!!??)))))



 フィーシアは我慢の限界が訪れてしまったのか……彼女は、そのままの位置で突然——腰を折り曲げ、目の前のアイン目掛け凄い勢いで額を打ちつけた。

 それも、アインは丁度片膝を付いた中腰の状態が運悪く、彼女の額のスイングの軌道上……最も勢いが増すであろうベストの位置に頭部があった為に打撃をモロに食うことに……



「アインーーー!! だ、だ、だ、だいじょ……うぶ……?! ッえ! もしかして死んで………あ? いや……生きてる!?」


「フィーシアちゃん!? ななな何やっているの!!??」

「………あ——マスター……? ……はッ? …………私はなにを……記憶の欠損が——ッあ、しかし気分はとってもクリアです」

「——っへ?! あーそれは、良かった………ッて、そうじゃ無くて!!」



 アイン、フィーシアの両名には、レリアーレとカエがそれぞれ駆け寄る。

 アインは打撃と共に気を失い、そのまま背中から地面に倒れ込む。レリアーレが彼の介抱をするが、確認した限りではどうやら命に別状は無いようだが——それにしても、先程の頭突きによる鈍い音は、聞いただけでコッチまで痛く感じてきてしまいそうな「明らかにヤバい音」だった。

 杖でも殴られていたが——彼の頭は果たして大丈夫か? と思わず思考が巡ってしまう。


 そして、フィーシアはというと、こちらは瀕死のアインとは打って変わり、至って普通にケロッとしていた。額が若干赤くはなっていたものの、彼女の表情は苦痛を一切感じさせない。寧ろ「スッキリした!」と言いたそうな印象が伺えた。

 フィーシアの頭は岩か何かなのだろうか……? 恐るべし——としか思えない。


 それでだ——



(………どうすんよ……この状況……)



 本人達の無事を確認したのはいいとして……周囲を取り巻く空気というのが——こう……何とも言えない複雑な雰囲気へと豹変してしまった。

 

 周囲の観客と取れる女性陣は、つい先刻までピンクな雰囲気で湧いていたが——頭突きを目撃した所から、顔面蒼白で状況の変化を心配そうに見つめている。まるで、事故現場を目撃してしまった観衆さながらの光景だ。

 そして、その事故現場——カエはコレを、どう処理すべきか? 再び困り果ててしまう結果に……

 


 そもそも、何故こんな事に——

 カエはただ寸劇を披露しただけであるのに——



 そうした考えを頭の中を巡らせはしたが……



 結局——



 そこから彼女の出した答えというのは……



(ああ……もう、し〜らない……)



 誰が原因か……? とあげようにも……答えは強いて悪者は居ないが妥当であろうか——?

 カエ的には、この場合は運悪い状況が重なった——と言ったような状況なのだろう。であるなら……もう「逃げてしまおう」と——この時のカエの冷静さを司る思考は提案を推奨しているが為に、本日二度目の逃避行を実行する事にした。


 もう彼女の精神は……この問題を解決する元気は、さらさらに無かったのだった。





「アイン——今、回復を……もう、全く! 男に迫られたからって頭突きする!? ねぇーアナタ達——って、どこ行ったのよ!? あの2人!!」


「あれ……居ないですね〜逃げちゃったみたいです〜カエちゃんとフィーちゃん……ッあ——そう言えば支払い!? って卓の上に……金、貨? ちょっとカエちゃーーーん!! コレ、もらいすぎですよぉーーお!!」



 レリアーレが、アインに回復魔法をかけ始めた最中……カエとフィーシアはもう現場から姿形が消えていた。

 後に残るは、微妙な空気と、妙な表情の観衆。

 そして、アインを必死に介抱するレリアーレと……

 “そうなる”と知っていたかの様に落ち着いた様子……いや、カエが慌てて置いて行った“金貨”に大慌てするシェリー嬢となった。





 こうして、カエ演じる『訳あって祖国を追われた令嬢と騎士』は——『A級冒険者と-白髪はくはつ令嬢の渾身の一撃-』と演題を改め、幕引きとなったのであった。



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