第39話 告白通り魔男—再来—

「——シェリーさん。情報提供、ありがとうございました」


「……いえいえ! “こんな事”でよければ、いくらでも話しちゃいますよ~!」


「…………こ、“こんな事”って……」



 シェリーとの食事会は、僅かに変な謎を残しはしたものの、有意義な話を聞く事ができた。

 カエが偶然手にした“竜の鱗”は、まさかここまで波紋を呼ぶ代物とは思わなかった。だが、この問題が大きく拡大してしまう前に事情を知ったことは大きい。

 内容が内容だけに、吹聴するのは危ない橋を渡るようなもの——だというのに、シェリーはわざわざ話して聞かせてくれた。

 カエはその事に感謝しかなく思う。


 が……しかし……


 そんな彼女はこの件を「こんな事〜♪」と軽くあしらっている。カエは、己自身の心配よりも、彼女の方が心配に思う。これは間違った感覚なのだろうか……?



「では、私たちはここでお暇します。今日の宿を探さなくてはならないので……」


「そう、ですか……もっと色々お話し〜していたかったです〜〜……ッあ!? それと、本当にここの支払いお願いして良いのですか? 私、あんなギルドで働いているとは言え——そこそこは稼いでるんですよ! 大丈夫なんですよ!!」


「いえ——ここは私が払います。コレは、話しを聞かせて頂いたお礼とでも思ってください」


「ムムム……なんか大したことはしてないのに、悪い気がしますぅ〜〜………じゃぁー……お言葉に甘えますかぁ〜……?」



 ここでの食事の支払いは、カエの奢りだと提案をした。

 店員にお会計の値段を聞くと、3人で大銀貨2枚と銀貨が4枚だそうで……市場でシェリーから手渡されたグリーンウルフの毛皮の買取額で十分に賄えると知って、彼女の分も払うと決めた。

 情報料だと思えば、これぐらい安いモノで……寧ろ情報の価値を考えると、昼食を奢るだけでは安過ぎるくらいにも思える。





 因みに、肝心のなのだが……





『は〜い!! お待たせしました。これが当店の看板料理“クチュクチュのピャピュルカ焼き”でぇ〜〜す!』


『……ッええ!?』



 カエは思わず、運び込まれた料理名に困惑した。


 メニュー欄にあった特質した珍名の料理が……まさかまさか、店の看板を背負う料理だったとは……

 1番選択肢にないなと思っていたモノを、気づかずオーダーしてしまっていた。

 果たして……『魔女っ子による魔法で “焼き” を入れられたクチュクチュさん料理』とは……



『これは………』


『ふふふ……今日もぉ〜美味しそうです〜 ♪ 』


『“クチュクチュのピャピュルカ焼き”です! 温かい内に〜お召し上がりくださ〜い!』


『——まるで………』


『マスター……これ………でっかい手羽先……』



 そう……


 フィーシアがカエの想像していたモノを代弁して口にしてくれたが……

 運び込まれた料理……それは、手羽先を何十倍にも大きくしたかのような“肉料理”であった。

 


『クチュクチュは、エル・ダルート近郊に生息する巨鳥なんです。それに、刻んだピャピュルカ草を塗して焼き上げた料理ですね』



 不思議そうに料理を見つめるカエとフィーシアに気づいた店員は、料理の説明を聞いてもいないのに自ずと話してくれた。確かに肉の表面には香草らしい物が刻まれ、塗りたくられている。店員は“まぶす”と言ったが、カエから見たら“ぬりたくる”との表現が正しい気がした。それほどまでに、“塗す”の範疇を逸脱した大量の緑が巨大手羽先に乗っかっており、香ばしい独特な香りが辺り一面に発していた。

 

 そして、肝心の味なのだが……



『カエちゃん! フィーちゃん! どうですか……? 美味しいでしょ!!』


『え〜と、ですね……』


『モグモグモグ………不味いですね……(ボソ)』


『……ふぅえ?』


『(——フィーシァァア!?)……あぁあーーとお!! 独特な風味ですよねえ!! 噛めば噛むほど……肉汁? が溢れて……え〜とぉ……ジューシー? ですかね……!』



 フィーシアが本音を呟いた。それを、すかさずカエはシェリーに悟られない様に、大声で食レポを繰り出す事で誤魔化した。

 全く……フィーシアは思った事を、すぐ口にしてしまうので困ったものだ。


 だが、正直……彼女の意見は正しいと言わざるを得なかったのだ。

 

 このピャピュルカ言う香草……簡単に言えばバジルを薄めたかの様な風味なのだが、その事を無しに考えると殆ど“草の味”しかしない……野生味に溢れた香りを口一杯に届けてくれるとんでも食材だった。

 それに、肝心のメインとなる鶏肉……これもまた一癖も二癖もあるシロモノで、どことなく独特な臭みが薄らと感じるのだ。おそらく、この臭みを香草で誤魔化してはいるのだろうが、完全には誤魔化しが効いていない。

 臭みが後味となって、捕食者の後を追いかけて来る……そんな情景を脳裏に思い描いた。

 それに……カエは『ジューシー』と表現したが、そこには語弊が生じている。

 この肉、実はやたらと油分が強いのだ。噛めば噛むほど、独特な風味の肉汁が途方もなく溢れ出て……もう、油を飲んでいる様な気分にさえさせてくれる。絶対に、胃に自信の無い人にはオススメしてはいけない……

 

 結論——


 この料理の総評を述べるとするなら……『不味い……が食べれなくはない』であった。


 が、しかし……コレはあくまでカエ個人の感想だ。こんな料理でも、この地域……いや、異世界の人々にとっては“御馳走”に当たるやもしれないわけで……実際、目の前のシェリーは美味しそうに無我夢中で肉を頬張っていたりする。

 また、カエにここまで感じさせた1番の要因……それは、『味が薄い』ところが挙げられる。料理を口にして、ここまで食材一つ一つの味の欠点をあげられるほどだ——それぐらいには薄味だったのが印象に残っている。

 仮に塩味が効いていれば総評は『普通に食べれる』になっていたかもしれない。もしかして、この街だけに限ったことかは知らないが……塩が大変貴重なのかとも思われる。

 そこら辺の異世界情勢をカエは知らない為……こんな状況下で『不味い』だの『味が薄い』だの、言ってしまえば『なんだコイツ!? お高く留まりやがって!!』と思われてしまうやも……知りもせず語るのは危険だ。


 よってカエは料理の感想を『敢えてコメントは控えさせて頂きます』とし、シェリーに感想を求められても、どことなく濁して置くに留めた。



 そもそも、この料理……店の雰囲気とまるで合っていないのだが——? 乙女がオシャレカフェ店で巨大手羽先に齧り付く……だいぶシュールな光景だ。

 密かに「大人しくパンケーキ出しとけよ!」と口にしてしまいそうになったのは内緒である。








「では、シェリーさん、これで失礼します。また、機会があれば是非また食事でも……」


「……ッ、またご飯……ご一緒していただけますか!? やったぁ!! ゼッタイ、ゼーッタイ、行きますぅ〜!! カエちゃん、今の言葉忘れないでくださいね!」


「ッえ!? えぇ……」



 食事はそんなものであったが、ついでだったので……そこはまぁーいい……

 ここは1つ、後日フィーシアに美味しいモノを作ってもらって忘れてしまおう……

 

 そして、シェリーに別れを告げ、いざ席を立とうとした。


 すると……



「——待って! そこの彼女……!!」



 すぐ後ろ……正確には少し斜めのストリートの方から、奇声が飛んだ。



(ん?……大きな声で……一体、誰が——ッ!?)



 一見……その声が誰に対して振られたものか、カエは分からなかった。しかし、周囲の喧騒とは違った——必至とも取れる声音から、ついその全容を把握しようと声の発生地点へと視線を寄越した。


 そして……




 理解してしまった。





「——ッげ!?」


「はぁ…はぁ……よかった……やっと見つけた! 俺の愛しき君……」



 その呼び止める声が、誰に向けてのものかを……



「はぁー……いや〜〜急に居なくなったもんだから焦ったよ。ギルドでは周囲の女の子に囲まれて見失うし……見つけられたのは運が良かった〜〜……ッは! コレはもしや運命!?」


「あなたは……ギルドで……(ッ告白男!?)」



 今、カエの視線の先には1人の男が息を切らして立って居た。そして、カエはその男に覚えがある。

 ギルドで“強請り女”に絡まれている場面に突如として乱入して来た冒険者……

 誰かが、彼の名を口にしていた気がしたが……カエはもう、その名を忘れてしまっている。しかし……その乱入直後の男のまさかの行動は……よーーーーく覚えている。



「——あの……私に何の様ですか……?!」


「ん…ああ……目的……ッそう! ギルドでは騒動であやふやになってしまったが……君に伝えた……(告白の)答えを聞こうと思って、探してたんだ!」



 カエは目を細め、怪訝さを露わにしつつ男に問いかける——が、男はそれとは正反対に、満面の爽やかイケメンスマイルを放ち対抗する。


 カエはこの男をよく覚えていた。いや、忘れるはずがない……

 あろう事が、この男……ギルドではカエの手を握りしめ、観衆の面前でいきなり『愛の告白』をかましてきた——とんでもない人物だったと言う事を……



「あの……答えも何も……私、あなたの事を知らないのですが……」


「ええ!? いや、そんなはずは………ッ!? ああ! そう言うことか!?」


(いや、どういうことだよ……)


「自己紹介がまだだったね。僕の名前はアイン! A級冒険者のアインだ! 巷では【清竜の涙】って呼ばれているが……君も聞いたこと、あるんじゃないかな?」


「……いや、知らねーよ」


「——ッええ!?」



 カエがこの男を“とんでもない奴”とたらしめる理由……それは、いきなり愛の告白をしてきた事もそうなのだが……1番は当初、彼の事を全く知りもしなかった事が挙げられる。後になって、フィーシアから補足を受け、森に居た冒険者だった事を知ったが、それでも男の人となりを知らない事に変わりないので……他人でしかない。

 ギルドでは周囲の女の子が「キャーキャー」言っていたので、そこそこ有名な冒険者なのだろうが……転生したてのカエには知ったこっちゃない。もう恐怖すら感じてしまった程……


 せっかく嫌〜な記憶を忘れかけていたのに、まさか追いかけて来るとは……より一層、この男への不快感が増長しそうである。



「——え? 【清竜の涙】のアインと言えば、A級の凄腕の冒険者じゃないですか……?」



 とここで、まだ席に着席したままのシェリーが声を上げる。



「シェリーさんは、彼をご存知なんですか……?」


「ええ……わりかし有名人だと思います。僅か半年かそこいらでA級になった2人組の冒険者。冒険者やギルド職員なら大抵知っていますね。ついた異名は【清竜の涙】〜〜と……」


「異名って………それ、自分達で語ってんですか? うわぁ……イタイタしい……」


「——ッいや!? 俺が自分で言ってる訳じゃないからね!! お嬢さん!?」


「はい……そこはアイン様の言う通りです。有名な高ランク冒険者は、異名が付く事が大半なんです。大体は、周囲の冒険者か詩人が盛り上がって勝手に付けてしまって……そこから噂が広がるんです。そして【清竜の涙】の由来は恐らく“童話”からの引用かと〜」


「——童話……ねぇ〜〜……」


「義賊を語る大盗賊と、奇跡の大聖女のラブロマンスを描いたものですね。呪いに瀕した聖女を救うべく——たった1人の盗賊が、魔王の城よりどんな呪いをも解くと言う清い竜の涙の結晶を盗み出す。そして、呪いが解かれた聖女と魔王を倒し……2人は結ばれて幸せに暮らすぅ〜的な……? 簡単に説明すれば、そんなありきたりな物語でしたかね。アイン様のジョブは【シーフ】そして、パーティメンバーのレリアーレ様が癒しの【神官】と——童話との類似性から付いた異名という事です」

 

「ふ〜〜ん……まぁー『だから』って感じですね……」


「はい、私も心底同感です」


「ええ!? そんな……ちょっとは興味持っても……」



 たとえ彼が有名な冒険者で、イタタな異名の有名イケメン君であったとしても、カエにしてみれば『だから何なんだ〜!!』としかならなく……赤の他人でしかない。



「興味? ……あなたに感じるのは、変態さん……? いえ、今は、ストーカーとしか思ってません」


「——ッはい?! 君は何を言って……?」


 

 先ほどから、どことなく変態(アイン)と話が噛み合ってないが、行きなり告ってストーキングして来れば……もう彼は変態として認識して間違えないだろうか……? そんな男には早急に帰って欲しく思う。

 それにカエ自身、してしまったとは言え、肝心の中身は男の精神であるからして、ある日いきなりイケメンに告白を受ける珍事に……不愉快以外何を感じろというのだろう……?


 そして、アインとカエの織りなす騒動はやがて、カフェテラスの女性客の目にも止まり、A級の冒険者の正体に気付いた女性が頬を赤らめ噂している風景が広がりつつあるテラス施設。

 カエもあんな反応を示せば一種の正解か……? と一瞬思考したが、そんな態度を出すことはありえないので……すぐさま、彼の行なっている問題行動(ストーカー)を、盲目的彼女らに説明してやろうか——? と悪意に満ちたものへとシフトする傾向へ……

 まぁ……そんなことはしないとして……彼の本当の目的は一体——? カエには何一つとして理解できない。


 愛の告白云々も……何か別の思惑も考えられるのだが……



(まったく、次から次に……どうして、こう——問題ばかり……)



 再び訪れたこの変な状況をどうするべきか……カエは大いに頭を悩ませるのだった。



 


 それと、話しが少し逸れるのだが……周囲の女性客の、このイケメンに対する反応が正しいとするなら……だ——



「あれ? シェリーさんは彼に対して普通なんですね? ギルドでもそうでしたが、周りの女性陣達が黄色い声をあげてたのに、シェリーさんは無反応ですよね? 有名人なら、お近づきに——とはならないのですか……?」



 えらく、アインに対して冷静で素っ気無いシェリーが少し気になった。



「——ッ!? えぇ……ワタシですか? …………あ〜〜と……私、正直冒険者さんって異性とか、彼氏に〜とは見れないんですよねぇ〜〜確かに、凄い人なんだなとは思いますけど……冒険者さんとはあくまで仕事上の関係。いつ、怪我や殉死するかも分からない、まして世界を転々とする方なんてゴメンです! それに、私は……ワ・タ・シ、自信の力で生きて——ワ・タ・シ、自身の“勘”を信じてたいんです。イケメンだからと言って、節操なしに男に飛び付いたりしませんよ〜〜だ」


「それは、またお考えで……」


「——いやいや……と言って欲しいです」



  彼女からは逞ましい回答が返ってくる。この子……不安感が絶えない様に見えて、案外1人で何処だろうと生きて行けるのでは……? ——凄くそう思えてならない。



 が……彼女の意見の一部には、カエも至極同感でしかなかった。








 


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