第38話 クチュクチュのピャピュルカ焼き
「カエちゃん、フィーちゃん、ここです、ここ!! ここが私のオススメのお店なんです ♪ 」
あれから、ギルド受付嬢シェリーに連れてこられたのは、エル・ダルートの街の中央を横断するメインストリート……から少し脇にそれた道にある——とあるお店。
脇に逸れたと言っても、メインストリートほどでは無いにしろ、馬車一台と人々が行き交うぐらいには広く、人通りもそこそこはある場所だ。
案内されたお店は、緩やかな傾斜の道沿いに軒を構え、店の前にはテーブルと椅子が幾つも並べられている。オープンテラスカフェをイメージすればわかりやすい。
「コレは……意外とオシャレな、お店ですね……」
「でしょでしょ〜! オシャレで可愛いですよね!! 私もそこがお気に入りなんです」
カエの想像する異世界の食事所というと……小汚い、古びた木造酒場——の様な勝手なイメージを思い浮かべていた。だが以外や以外、思ったより現代テイストなお店だった事に驚いた。
店の外は白を基調としたテーブルが並び、周りを華やかな植物で飾られている。店内も窓越しに伺う限りでは、外のデザイン性と統一し調和のとれた造りで、ファンシー……要は、女子ウケを狙ったかの様なレイアウトが施された飲食店だった。その証拠に、客の殆どが女性である。
結局、シェリーの提案を飲む事にしたカエは、何とかフィーシアを宥め、ここまでやって来ている。だが……フィーシア自身まだ腹の虫が収まり切っていないらしく……
「あなた……シェリーと言いましたか? すいませんが、私のことを“フィーちゃん”などと、馴れ馴れしく呼ばないでいただけますか……? 私の事を“フィー”と呼んでいいのはマスターだけです」
シェリーに対する態度は辛辣なままである。
「それに、マスターの事を愛称……況してや “ちゃん” 付けで呼ぶなど……無礼な女で……ムグ!」
「——はい、そこまで……フィー、ストップ! その辺にしておこうか………あぁーッと……シェリーさん、すいません。この子……人見知りなんです。どうか、気にしないでください」
長々と辛辣モードでマスター至上を貫こうとするフィーシア。カエは咄嗟にその彼女の口を手で抑えて、フィーシアの口舌を辞めさせる。
このまま放置すれば、いつまでもシェリーに苦言を吐き出し続けて居そうだったからだ。
この店に足を運んだのもシェリーから“竜の鱗” に関する話を聞く為で、その目的を優先したがゆえの行動であった。
「え!? そうなんですか〜? ……ああ! だからフィーちゃんって、あまり喋らないのですね———フフフ……そんなに緊張しなくていいですよ〜」
「——ッモゴモゴ……!(そうではなく、馴れ馴れしいと言っているのです!)」
「もう〜〜そんな照れないでくださいよ〜〜 ♪ ——あ! ……カエちゃんも、私の事“シェリーさん”って他人行儀じゃなくて“シェリー”とか“シェリーちゃん”とか“リーちゃん”って呼んでください!」
「え……いや、まだ会ったばかりで、そんな……」
「だから〜〜照れなくて良いんですよ〜! 私が可愛いからって♪ ムフフ」
「「………」」
(もしかしたら、俺はこの子が凄く苦手かもしれない……)
悪い空気を変えようとするつもりだったが……会話の空気は完全にシェリーのペースに飲まれつつある。いつの間にか「カエちゃん」と呼ばれているし……
彼女が放つ陽キャオーラと言うのか……? カエが黙ってしまうのには十分過ぎた。
もう、キャピキャピっとした雰囲気につい面食らってしまう。この性格は、女性に耐性の無いカエの苦手ベスト3にノミネートそうなタイプだ。
まぁ、感覚的にはそう悪い子では無いと思うのだが……キャピキャピについて行く度胸と元気はカエには存在する由もなく……フィーシアですら、呆れてか再び沈黙してしまう。
フィーシアを黙らすとは……シェリー、実に恐ろしい子。
「あれれ……? リーちゃん! いらっしゃい、また来てくれたんだ〜」
カエ達が店のテラス席に腰を下ろすと、店員と思われる給仕服に身を包む女性がシェリーに気付き話しかけてきた。
「今日は友達と一緒?」
「はい! そうなんです“友達”連れてきちゃいました~」
「へぇー……リーちゃん友達いたんだ……いつも1人で来るからてっきり……」
「私だって“友達”の1人や2人居ますよ~バカにしないでください! ぷぅ〜〜」
二人のやり取りを見る限りでは、シェリーはこの店員と顔なじみで、ここの常連のようである。人にオススメするぐらいだ。相当気に入って通っているに違いない。
しかし、会話を聞いていると……友達と……
カエはいつからシェリーと友達になったと言うのだろうか——?
それに「友達の1人、2人」と言っているが……もしや——
“1人2人”に該当するのは…………
と、そんなことを考えてしまうと悲しい思いになるので、あえてツッコミは入れない。これはカエの優しさである。
「で——今日はどうするの〜?」
「え〜と……いつもので!!」
「は〜い、は〜〜い……と、いつものね~……って、よく飽きないわね?」
「だって……美味しいんだもん。いいじゃないですか~」
「まぁ……うちの看板メニューだし、分かるけど〜まぁいいわ。それで、そちらのお2人さんは注文、どうします? まだメニューが決まらないなら、時間を開けて聞きに来るけど……」
シェリーがオーダーをぱぱっ——と決めるなか、次いで店員の意識がこちら向く。そして、自ずと注文を聞いてくる。
(——う〜ん……注文って言われてもなぁ……)
シェリーの食事の提案を受け入れここを訪れたのも、あくまで情報収集がメインであった。
したがって、食は……二の次だったりする。この時は、たまたま朝食以来何も食べておらず、丁度良い——とは思っていたが、腹が満たせれば正直カエにとっては別にどうでもよかった。
ただ、適当にオーダーするにしてもだ——
メニューらしきモノをチラッと見たのだが、料理名が異世界感満載過ぎて、ちッ——とも想像が付かないのだ。
例えば……
『クチュクチュのピャピュルカ焼き』
もう、異世界語翻訳がバグっているのかと疑ってしまう。
この名前を見て、どんな料理が想像できようか? まず“クチュクチュ”とは? 一体、何をクチュクチュするのか……お口の中をスッキリさせる“フッ素”的な何かか?
そして、後に続く“ピャピュルカ”って——? 魔法少女の呪文の様な響き……いかにもな魔女っ子が「ピャピュルカ…ピャピュルカ…」って唱えて“焼き”入れると……誰に? クチュクチュさんに——?!
そんなくだらない想像が巡ったが、そんなことはどうでもよくて……まぁ〜何が言いたいのかというと、想像の付かないメニューの項目からランダムで選ぶギャンブルをカエは躊躇しているのだった。
何も注文をしない訳にもいかないし……だったら、カエに思いつく行動の選択肢は2つ——
店員にオススメを聞くか、もうひとつ……
「——では、彼女と……シェリーさんが注文したものと同じものをお願いします。フィーはどうする?」
「——私も同じで……構いません……」
シェリーが最初にオーダーした“この店の看板メニュー”とやらにのっかった。そして、それにフィーシアもこちらの意図を読み取ったか追随する。
このオーダーなら、連れの注文に「同じモノを」と則る形となり不自然では無い。それに、しれっと店員のオススメを聞くでもなく看板メニューを選択できる。最も自然体で無駄の省けた完璧オーダーと言えよう。
「はーい! 承りました。では、ちょっと待っててくださいねぇ〜!!」
注文が出揃うと、そう言って店員の女性はお店の中へと消えて行った。
「ええ〜と……私と同じモノで良かったのです?」
「——ん? シェリーさんが毎回お店を訪れる度に注文する料理なんですよね? と言うことは、つまりそれ程に美味しいからですよね?」
「はい! それはもう〜!!」
「なら、それを信じましょう」
「——ッ!? ふふふ……それは嬉しいこと言ってくれますね ♪ 」
いくら何でも、オシャレな店の看板メニューであって、尚且つシェリーの様な女の子がお店を訪れる度に毎回食べているモノならば多分大丈夫。
それに、ゲテモノ的な変な料理は恐らく出てこないであろう。
どうせ、女の子の定番はパンケーキか……そこらが良いとこだ。
カエの反応を見て、シェリーは嬉しそうに微笑みを見せた。
「私を信じてくれた事、後悔させませんよ〜! ここのお料理、本当に美味しいですから〜他にも、オススメはありますが〜例えば、メニューのコレなんかが……」
「——あの!? シェリーさん? そこは料理が来てからの楽しみって事で……そろそろ、聞かせていただけますか? 竜の鱗について」
シェリーは嬉しさからか、続けて話に花を咲かせようとしたが、カエはコレに水を差す。
彼女にはちょっと可哀想な気もしたが、本来の目的は「竜の鱗」の話を聞く事。悪いが、先に本題を切り出させてもらおう。
「——そうですか……すいませんちょっと不粋でしたね。へへ……楽しみはとっておきましょう! それでは、料理が来るまでにお話ししましょうか“竜の鱗”について……」
「——ッはい……お願いします」
そう言って彼女は事の詳細を語り出した。
「まずカエちゃんは竜の鱗について、どう認識してますか?」
「えぇっと……あまり詳しくは無いですが、貴重なモノとだけ……ギルドに持って行くと高く売れると聞いたので、持ち込んだのが先の事です」
カエが鱗を入手した経緯は偶然である。カエの鱗に対する知識というのは、その時に居合わせた御者の男シュナイダーより聞いた「貴重」と「ギルドで高く売れる」この2点だけで、それ以上を知らない。
突然、降って湧いた様に手にしてしまった事もあって『貴重なモノ』だと認識が薄く……軽率にギルドカウンターで出してしまったのが今しがた。
それが、シェリーの豹変と、強請られてしまった要因に繋がった事で、こうしてシェリーに事情を説明してもらうに至っている訳だ。
「貴重……というのは強ち、まちがいでは無いです——が、半分は不正解と言った所ですかね……」
だが、カエの認識自体に齟齬、もしくは不足している点が存在している様だ。それはシェリーの言葉と、彼女の曇った表情が証明していた。
「確かに、竜の鱗は貴重です。ですが、ここエル・ダルートでは話が違ってくるんです」
「エル・ダルートでは……違う?」
「はい……まぁ、冒頭に“今の”が付きますかね」
その後、シェリーの話を要約すると——
ここエル・ダルートの街近辺は竜の巣が近い事で、街近郊では竜の鱗とは割りかし手にすることが多いそうである。
竜の鱗を入手する方法は主に2通り……“竜を倒す”か“抜け落ちたモノを拾うか”だ。しかし、竜と言うのは生物の頂点と認識されている存在で、コレを倒すには国単位で当たらなくてはならないらしい。よって、前者は一般人からしたら選択肢には無い。よって、この街にはよく鱗を拾う目的で冒険者が集まるのだとか。
だが、それと同時に横行したのが、竜素材を巡る強請や盗難であった。カエの遭遇した被害もこれに当たり、ギルドカウンターでシェリーが鱗を隠した行動もこれに起因していた。
「——でしたら……あの時、そのまま内密にギルドで買い取れば宜しかったのでは?」
ここまで説明を聞いて、カエ自身も口には出かかっていた疑問。それを隣に座るフィーシアが先に口にする。
「そう思いますよねぇ〜……ですが、あのまま買取を進めればギルドは“竜の鱗”を買い叩いていたと思います——と、言うよりは『そうしろ』と言われているんです」
「「……え?」」
「数年前に、エル・ダルート支部を管理する上の人間が変わってしまって……新しく来た室長……兼、受付嬢の総監督が“竜の鱗”を買い叩く様指示を出したんです」
ここまで聞いて漸く、カエには「やっぱりか…」と一つの疑問が確証へと変わることとなった。
冒険者が一般人に強請りをかけている現場を、ギルド側は仲裁をせずに傍観に務めていた。この時点で、カエはギルドが……全体かまではわからないが、少なくとも、ここエル・ダルート支部が強請り女とグル、もしくは容認しているのだと感じた。
それが案の定——
シェリーが言うには、他のギルドから移動して来た上司が、鱗の買い叩きを指示。そこで発生した利益分の差額を懐に入れているそうなのだ。
つまりは、竜の鱗が多く持ち込まれる事を利用した職権濫用と横領である。
「——それって……誰かしら反発したり、報告とかしないんですか?」
「無いですね~……その人、上に結構コネのある人で……若い子はクビにされるのを怖がって反発しませんし、ベテランのお姉様は自分に矛先が向かないよう、その件に触れないんです」
(だから、反応が二分していたのか……)
騒ぎを傍観していた受付嬢の反応は、“慌てた若い子”と“無視するお姉さん”と2パターンであったのが、コレで納得がいった。
「……ッあ! もしかして、その上司って……あの青髪の……?」
「ええ、そうですけど……カエちゃん、よく分かりましたね?」
「まぁ……手紙の確認に、その人の所に持っていったのを見てたので、もしかしてと思ったんです」
「なるほど……はへ〜〜、カエちゃんすごい推理力です〜」
ギルドでは殆ど観察しかしていなかったカエ。キャリアウーマン的青髪女性かつ手紙の確認者——と言う事で、その人物についてカエはよく覚えている。
まさか、そんな事をしでかす人物だとは見えなかったが……人は見かけによらない。
「そもそも……その人、杜撰すぎませんか? そんな事をしてたら、いつかバレると思いますけど……それにもし売りに来た人が、金額を聞いて渋ったらどうするんですか?」
「そこがですね〜〜カエちゃんもよ〜〜く知っているであろう人物が、登場するのですよ〜!」
「え……? ………ッあ、もしかして……!?」
「はい、もしかして〜〜で……正解だと思いますよ!」
仮に売却者が、売却をやめたとしても、そこに絡んでくるのが“強請り女”……つまり一部の冒険者がギルド上層とグルだと言うことだった。
鱗の所持者をギルドは情報として、協力者の冒険者に流し……相手の実力が低かった場合、強請りや強盗を図るのだとか。何とも恐ろしい話だ。この街、意外と治安が悪いのではないのか——?
中には、正しい適正価格を理解せずに売ってしまう冒険者も居るそうなのだが、早急に売ってしまったほうが、被害が少ないというのは皮肉な話である。
それに、これらの被害を仮に告発しようとすれば、ギルド、冒険者、双方から揉み消されてしまう。この世界にはカメラやボイスレコーダーといった文明機器があるわけでも無いので、闇を暴くのは現状……困難としか言いようがないみたいだ。
「……以上が大体の経緯です」
「——ッ……ッ〜〜〜———はぁぁ〜〜凄く、めんどくさい……」
ここまで話を聞いて、カエの率直な感想は兎に角「めんどくさい!!」……その一言に限った。
まさか異世界で最初に訪れた街が、こんなに問題を抱えた情勢だとは……本当に運がない。それに、カエ達はギルドで既に鱗云々で絡まれている事から、問題に片足を突っ込んでいる状態とも言える。
これは、さらなる面倒事を引き起こす前に、早急にこの街を出る事も視野に入れるべきであろうか——?
(しかし、逃げる選択肢がある分、まだマシとも言えるのか……?)
この段階で、事情を把握できた事は幸福であった。
ただ……把握したのはいいのだが……
1つ心配事が……
「——ところで……シェリーさんは、よかったんですか?」
「……ッ? 何がですか~?」
「こんなに喋ってしまったことがです。かなり闇の深そうーな件だと思うのですが、今日見知った相手に軽々しく話して大丈夫なのかと……?」
事情を説明してくれた事に関してはシェリーに感謝なのだが……このような大事な件を簡単に表に出して大丈夫なのだろうか——?
カエとシェリーは今日知り合ったばかり、要は赤の他人だ。信用できるのか、まだ
どうもカエには、シェリー自身の身を案じてしまう思いが付き纏っていた。
「え〜と……それは、多分大丈夫ですよ。私は、カエちゃん、フィーちゃんが信用していい人だと“分かって”ますし〜私には一切不利益にならないことを“知って”いますから〜〜ふふふ……」
シェリーは、そんなカエの心配をきっぱりと、吹いて捨てるかのように否定した。この子は一体ナゼ、これ程までに自信過剰に言えるのか——? 彼女の反応は却ってこちらを不安定にさせる。
抱える疑問が、1つ解消されたかに思えたが……現状、最も謎に満ちているのは……
「なんで……どうしてそこまで——確信を持って言えるんですか?」
「——ッはにゃ? ああ〜とぉ〜それはですね~~」
目の前の爛漫な1人の女の子——
「私の………『勘』で〜す!!」
シェリー嬢、その人なのかもしれない。
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