第37話 ギルド受付嬢 シェリーちゃん
エルダルートの街の中心地は大きな市場となっている。
広場一杯に所狭しと簡素な出店が立ち並び、周囲の店に目をやると、変わった果物や野菜、雑貨、古着などが売られた店々が点在。それらが、ざっと見た感覚では大部分を占めているのが分かる。
中には……
「——この、魔導具は従来の性能に比べ、魔力の変換率が……」
「——ドワーフ作! ミスリルを用いたショートソード!! この価格で、今なら解体ナイフも付けて……」
実物は詳しく知らないが、店主の呼び込む声を拾う限りでは、魔道具、武具を扱う店もあるそうだ……なんとも、異世界らしい。
そんな市場街は、道行く人々によって一定の賑わいと活気に溢れていた。
そして、その喧騒の中——
ギルドを脱出したカエとフィーシアは、その賑わった市場を……何もするでもなく、目的無しに歩いている。出店を営む店主に対して、冷やかし以外の何モノでもない行為だ。
目的も無しに——と言うのも、既に本日の目的を大方果たした事で“手持ち無沙汰になった”との表現の方が正しい気がするが……一応は、“今後の方針”について、1度整理したいとは考えている。
情報収集がメインになると思うのだが、なにぶん自称顔の広い強請り女から逃走を測った身なので、この街に長く滞在するのは居心地がいい気はしない。
恐らく、ああいった手合は粘着気質であろうし……鉢合わせはしたくなかった。
それに、どこにあの女の息のかかった目が潜んでいるのか。
これには、どうしたものかと……カエは頭を悩ませている。
「——マスター? ところで本当によろしかったのですか?」
「……ッ? 何のこと〜?」
暫くは何も喋らず——思考を放棄したかのように周囲の店にうつつを抜かして居ると、フィーシアの方から問い質す声が上がった。
おそらく彼女も——何処か思う事があるのだろう。
ギルドでの対応は、お世辞にも良い行いだとは言えなかった。カエ自身それは自認している。
フィーシアが触れてくるのは恐らく、そのこと——
カエは、惚けつつも彼女の声に耳を傾ける。
「素材の売却手続きはどう致しましょう? 査定結果を聞く前にギルドを後にしてしまいましたが……」
「…………………ッあ」
だが、フィーシアの語った内容は……いつの間にやら、忘却の彼方へと放り投げていた件であった。
「——すっかり忘れてた! 今、“俺”達って無一文じゃん!」
ギルドで遭遇した、あまりの出来事の数々。つい、その印象が頭の中を埋め尽くし、素材の買い取り依頼をしていたことなど……すっかりと忘れてしまっていた……それでか、カエは思わず荒らげた声を出してしまった。
それを耳にした出店の店主らに「何しに来たんだお前?」——といった怪訝な表情を向けられ、状況、行動共に“冷やかし”だと周知されてしまう。
だが、そんなことなど今のカエには見えていない。どうするべきか、思考を巡らせているからだ。
街中では、何をするにも金は付き物。可能なら、売った素材の金で、買い物や宿を取ったりして、この世界での暮らし振りなんかを体感してみたかったのだが……このままでは、目の前にある出店屋台の串焼きすら買う事ができない。
「マスター……それでしたら、今からでも私がギルドへ行って受け取りに……」
「——ッいや! それだけはダメだ——!!」
フィーシアより、「私が取ってくる」と提案をされるも、カエはコレを断る。どうしても彼女には、その提案を飲む事はできなかった。
今し方、ギルドから逃走を図って来たばかりで、恐らくギルド内の混乱はまだ収拾がついてはいない。そんなカオスな現場にノコノコ戻る行為自体ありえなかった。再び、目を付けられようものなら、洒落にならないからだ。
ましてや、フィーシアだけに向かわせるなど恐ろしくて……とてもとても……
燃え盛る建物の中を歩く爆弾を向かわせる様なもの……コレだけは、確実に選択できない。
光学迷彩を起動して、コッソリと——という手も考えたが、コレもあまり良い手段だとは言えない。
そもそも、迷彩は周囲に同化して自身の姿を見えにくくするもの……人で混雑する室内では意味をなさない。それに、受付ではどうしても姿を見せてやり取りをしなくてはならない為、光学迷彩の存在が人に知られてしまう可能性がある。
先程は、慌てて居たのもあって軽率に使用してしまったが、この世界で不釣り合いな技術力と言うのは、出来ればあまり周囲に知られるべきではないと、カエは考えている。
平穏な生活を志す身としては、過ぎた力を知らしめるのは御法度なのだ。世界の技術、情勢がどんなものかは知らないが、情報が少ない以上、その選択肢もカエには無かった。
「あぁ〜〜もお〜〜どうしようかなぁ〜〜この世界の通貨は欲しいけど、ギルドに戻るのはあり得ないし……後日取りに行く? いや〜でも、“アイツ”らが必ずしもいないとは限らないし……なら、代役を——今からシュナイダーさんを探して……って、この世界だと、どうやって本人確認するんだろ……?」
色々思案するものの、現状 『いい考え』と言うものは降ってこない。
太陽も既に真上を通り越し、昼過ぎへと差し掛かっている。今日という日を有効に使うには、そろそろ考えをまとめたいところだが。
最終手段——今から街の外に出て、人のこなさそうな所でセーフティハウスでも……と……
思って居た時である。
「ああ〜〜!! 居たぁあ〜〜!! おお〜〜い! フィーシアさ〜ん、カエルムさ〜ん!!」
市場の喧騒に負けじとする、2人の名を呼ぶ声が離れた所より上がる。
そして、声の出所へと視線を向けると……
通路の奥、こちらに向かって駆け足に、高く上げた腕を大きく振りながら、赤ワンピ制服の1人の少女が近づいて来て居た。
「はぁ…はぁ……よかったぁ〜〜みつかってぇ〜〜」
「——ッ!? 君は……シェリーさん?」
その人物は、先程ギルドの受付で対応してくれた、ゆるふわなブロンズロングヘアーの女性……受付嬢のシェリーであった。
「——ハイ!! あなたの街の看板ギルド受付嬢!! シェリーちゃん——でぅぇす!」
カエが彼女の名前を呼ぶと、それに反応して何故か可愛らしいオーバーリアクションなポーズと共に自身の身分を高らかに紹介してくる……正直、ウザい。
受付で応対する彼女からは想像が付かない変わり身だ。
「シェリーさん……あなた、そんなキャラでしたっけ?」
「……それって、受付嬢の私と比べてますぅ〜? そんなの営業上の体裁を作っているに決まってるじゃないですか〜お仕事ですモン! 四六時中そんなの肩が凝っちゃいますよ〜」
「そうですか……」
今のシェリーからは、明るく元気な印象を強く感じる。淡々と受付嬢に準じる彼女とは違い、こちらが本来の彼女であるようだ。
ただ、そのことよりも「見つけた」と叫んでいた事から、どうもシェリーはわざわざカエ達の事を探しに来てくれたみたいだった。
「それよりも……どうしたのですか? お、れ……わ、私を探して居たみたいですが……」
取り乱し、先ほどから一人称がつい“俺”となってしまっていた事を訂正しつつ……彼女にその事を問う。
「どうしたも、こうしたもないですよ〜!! 受付カウンターに戻ってきたら、お二人共居なくなってるじゃないですか! しかも、凄い騒ぎでしたし……」
「——あぁ〜………それについては、事情があって……」
「ふ〜〜ん……そうですか…………まぁ〜〜大体、予想は付きます………鱗………ですよね?」
「——ッ!?」
喜怒哀楽がコロコロと変わる彼女が、鱗の話を出した途端真面目な表情へと様変わる。
シェリーの豹変した表情……それは端から、カエに起こり得る面倒事が分かっていたかのように……
「君は最初から……ッ——シェリーさん……ギルドでの説明の続き、聞かせてもらえますか? 外でなら問題無いと思いますが……それとも、話せない事情でも……」
「あッ、あ、あ……ちょっと待って下さい! 説明の前にコレを——!」
核心に迫ろうとすろカエ……しかし、それを慌てた様相でシェリーが遮る。
そして手渡されたのは小さな袋状の包……袋は小さいながらも、手にズッシリとした重さがある。それに、中身はジャラジャラとした金属質な音が……
「どうしたのか〜〜についての答えはコレです! フォレストウルフ毛皮2頭分、締めて金貨二枚となりました。その買い取り額です」
「え……わざわざ、コレを渡しに?」
「はい! ちゃんと渡せて良かったです♪ 素材を受け取ってる反面、売主が行方知らずぅ〜なんて……あとから、色々と面倒ですからね。ギルドがあんな騒ぎではカエルムさん達、逃げ出して戻ってこないだろうな〜と思って、わざわざ探しに来てしまいました! イヤ〜〜本当に見つかって、良かった〜良かった〜!」
シェリーは買取り料金を届ける為に、わざわざ探しに来てくれたみたいだ。カエにとっては、まさに直面していた問題だけあって、ありがたくはある。
「ありがとうございます。丁度、どうしようかと困っていた所だったんです。だけど……金貨2枚? にしては多く入っているような……」
「そこは〜ですね……金貨って大きいお金って〜使いづらいかと思いまして、1枚を大銀貨9枚と銀貨10枚にしてあります!」
受け取った袋の感触はどう考えても硬貨2枚だけではないと思っていたら、両替までしてくれていた。
今の話から……貨幣価値は銀貨が10枚で大銀貨1枚……大銀貨10枚で金貨1枚になることが想像が付く。
これが、どれ相当の価値に値するかまでは分からないが……『金貨』となれば結構な価値に値しそうだと思うが……これは、追々調べるとして……
その事を考えるよりもだ——
ひとつ……疑問と言うのか? 懸念と言うのか? 気になる事が……
カエは再び、目の前の受付嬢の少女へと意識を戻す。
どうして彼女に注目を向けたかというと……どうもカエには彼女が不思議に思えてならなかったのだ——
悪意……? といった分類のモノは、感じはしないのだが…………この“シェリー”という少女は……
些か、『勘が良過ぎる』と思えるのだ。
『彼女は、わざわざ買取り料金を届けてくれた』これだけを聞けば「親切な人だな」で終わるのだが……
目を離した隙に居なくなった人物を、表に出て来てまで探しに来るのだろうか?
——わざわざ——?
——見つかる保証は無いのに——?
彼女が料金袋を持っていたことを鑑みれば、シェリーはカエ達を完璧に見つけられると確信していた——としか思えてならない。
仕事上でのお金のやり取り……それをあろう事か、仕事の管轄外のギルド外に持ち出す——カエがしっかりと受け取っている為、問題は無いが……シェリーはそのまま、そのお金を自分の懐に仕舞う事だって出来る。これって“仕事”と念頭に置けば、かなり危ない行為でしか無い。
カエにお金が渡る前に、本人がギルドに取りに戻っていたら? 所在が分からなくなれば、下手をすると自分が疑われてしまう。
それに……仮に本人にお金を届けたとして、その買取り額に納得できなかったとつき返されたら? シェリーは再びギルドに素材を取りに行くとでも言うのだろうか? これはどう考えても二度手間な行為で、他人のカエでさえ「それって面倒臭いのでは?」と思えてしまう。
で、極め付けが…… “両替”である。
それは、まるでカエが無一文であって、細かい銭も欲している人物だと知っていたかのよう。
——カエの持ち合わせが間に合っていたら——?
——ギルドの『銀行機能』を利用する場合だったら——?
あくまで、並べた疑問の数々はカエの想像でしか無く、たまたま偶然…必然…が合致したのやもしれないが……ここまで、カエにとって都合の良いことが重なるものだろうか?
そう考えると、カエには目の前の少女が不思議に思えて仕方がなかった。
一時は強請り女とグルだとまで疑った。しかし確証は無いが、カエには何故かその可能性は低い気がしている。
ハッキリとしないが、シェリーからは不思議と悪意は感じないのだ。
この件については、カエの考え過ぎなら……それで良いのだが……
【受付嬢シェリー】彼女は一体……何者なのか……
「あの〜〜さっきからカエルムさん……私の顔をジーっと見てますけど、何か付いてます? ——ッは! もしかして、カワイイ私に見惚れて!?」
「——ッ!? あ、イヤ違います。そんなつもりはなかったです!」
「——グフッ! ……こ、言葉のツルギがぁ〜……私の胸に突き刺さる〜〜ハッキリと否定しないで頂けますか? 傷つきますぅ〜」
「…………すいません」
カエは訝しみを抱いていると、無意識のうちにシェリーを睨んでいたみたいだ。もしかして、怖い顔でもしていたか……?
正直、カエは人を疑ることは好きではなく、どちらかといえば苦手だ。表情に出てしまうのは反省すべき今後の改善点であると思ってしまう。
「あ! そうだ、カエルムさん。この後、お時間って……ありますか? 私実は、お昼休みを利用して出てきていまして……ここで立ち話も何ですし、一緒に食事でもどうですか? そこで先程の鱗のことも説明します」
ここでシェリーは1つの提案をしてくる。
彼女とは、市場の中で話し込んでしまい、ぶっちゃけ道行く人の妨げになってしまっている状況だった。
こんな人の混雑するガヤガヤした場で足を止め話し込むより、1度落ち着ける所に移動するのは理に叶う。
彼女について思う事は多々有りはするが……ここは一つ、そのことを端に置いて、情報収集に努めようと動くのも手だ。
ちょうど朝から何も口にしておらず、お腹も空いてもいたことだし……
それに、シェリーの“竜の鱗”を目にした時の態度——その説明も聞かせてもらえるなら——
一石、二鳥にも……三鳥にもなる提案……カエにそれを断る理由など無かった。
の、だったが——
「マスター……この女が信用できるとは限らない段階で、話を聞いても無意味です。信憑性がありませんので断りましょう」
シェリーが話かけてきた時から、沈黙に徹していたフィーシアが急に待ったをかけた。
「フィー!? どうしたの……いきなり?」
「私は最初から反対だっただけです……怪しいです……」
ギルドでもそうであったが……フィーシアはシェリーに対して辛辣だ。怪しいと言うが、彼女の何が気に入らないのだろうか?
まぁ、彼女に限らず……今日一日フィーシアを観察していたが、人との会話にあまり加わろうとしない彼女。クールが板についたキャラクターであるのだが……ここまで疑り深いと、人間不審にならないかが心配になってくる。
「——あれ? フィーシアさんが喋った!?」
フィーシアの声を聞いたシェリーは……その辛辣さよりも、フィーシアが話した事に驚いていた。何故、フィーシアが喋れないと思い込んでいたかわからないが……いや、もしかしたらシュナイダー経由でラヌトゥスの手紙に何か書いてあったのか……?
「別に……私は必要と思ったことしか会話を成立させませんので……喋れない訳ではありません」
「はぁ〜〜そうなんですか。私てっきり嫌われているのかなぁ〜と思ってましたよぉ〜」
「嫌ってはいません……ただ、“警戒”しているだけです」
「嫌われてないなら……良かったです! フフフ」
「いや……よくはねぇーだろ……」
“警戒”って……嫌われてる以上にヤバいフレーズだと思うのだが……ついカエはツッコミを入れた。
シェリー嬢は勘がいいのか……抜けているのか……彼女の事がよりわからなくなる。
フィーシアが初めて、人との会話が出来たことに喜ぶべきか……?
コントの様な一幕を笑えばいいのか……?
複雑な感情がカエの中で渦巻いたのであった。
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