第36話 ギルドからの逃避行 愛の告白は女の嫉妬を紡ぐ
「——はあぁ〜〜〜……酷い目に遭った」
「——ッ全くです! 最後に入って来たあの男……マスターの手に触れた挙句、自分のモノにしようとは……ほんとうに、ほんとぉぉに許せません!」
「フィー……その辺で落ち着いてくれないかな〜〜?」
ただ身分証を手にするためだけに立ち寄った冒険者ギルド。だがそこで、タチの悪い連中に絡まれ……ナンパ男にも遭遇する始末。ほんと、散々な目にあってしまった。
だが、そのトラブルからは、何とか逃げ出す事には成功。憔悴し、ため息を吐くカエと、怒りの収まり切らないフィーシアは現在……ギルドの向かいにある大市場の中を並んで歩いている。
あれからいったい、何があったかというと——
ギルドに突如としてやって来たA級冒険者の男——アイン。
彼が突然カエの手を取り、理解し難い事に、いきなり愛の告白をかましてきた。
『俺は君の立ち居振る舞いに、妖精が舞っているかの様な印象を受けてしまった。もう、ひと目見ただけで……自分の世界が覆されたと言うのかな? 君の輝く魅力に取り憑かれた? あぁーと……つまり、君の美しさに惚れてしまったんだ! だから、君が………俺は、欲しいんだよ!』
と、歯の浮く様なセリフを淡々と告げてくるA級の男——
カエの思考回路は、この時既に困惑と疑問が入り混じることでショート……頭の中真っ白し〜ろ、で——
男の話など——殆どは聞き取れていない。
まず、その眼の前の人物は全くもって知らない者である。
一方的に愛の囁きを呟かれても、初めて出会う場で告白って——とても『一目惚れ』で片付くレベルではない。寧ろ、恐怖すら感じる。
前世含めて、人生で初めての告白がまさかの“野郎”……と言うのにも納得がいかなく——ひとつたりとも理解出来ない状況に、カエの頭がパンクするのは当たり前であった。
思わず、そのままの体勢で直立不動で立ち尽くし硬直してしまう。
そして、その告白現場は、別の意味での阿鼻叫喚な現場へと様変わりに……
『何でA級冒険者様が、あの意味の分からない外套女と……!』
『嘘よ〜〜!! 私の推しのアイン様がぁぁぁああ!! グスン……』
『何なの? あの子達は何なの!? あのガキンチョ……気に入らない!!』
『嘘でしょ!!』
『はぁああああ〜〜〜ムカつくわ。私の方が相応しいわよぉお!』
『私も、あんな告白されたい……』
周囲を取り囲む女性陣は、皆が悲鳴にも似たカエに嫉妬する悲痛な叫びを吐き出していた。
目の前の男は、冒険者として有名人。顔立ちも整った美青年で、前世で言うところの“アイドル”と言っても不思議でないほどの容姿の整った人物だ。カエから見ても、そりゃぁ〜モテるよな……と感じ取ってしまう程のイケメンではある。それも相まって
だが、カエからしてみれば〈同性からの愛の告白〉〈女の嫉妬〉と——2つの意味で嫌悪感を請け負う構図に……
カエに集中した視線——それは、一時は霧散したかに思えた。しかし、それが冗談だったかの様に、再びカエに突き刺さってマウントを取ってしまう。
それも、憎悪マシマシで……
(あぁぁ……もう……勘弁シテクダサ〜〜イ………)
カエの思考は、もうまともに機能しなくなりつつある。よって、この状況を打破するのは最早困難か……と、思えた次の瞬間——
まさかの人物に救われる事になる。
『——ッ、ちょっと! あなた、どきなさいよ!』
——強請り女Aである。
彼女はいきなり、カエのことを横合いから突き飛ばた。そして、その衝撃で握り締めた手が解けると……空になったアインの手を女は図々しくも握りしめる。
『あの! A級冒険者【清竜の涙】のアイン様ですよね!?』
『——ん!? あ〜〜えっと……そうだけど………君は……?』
『あたし、この街で冒険者やってますぅ〜 C級冒険者の“レミュ”っていいます! 以前からアイン様のお噂は予々……なんでも、僅か半年でA級まで上り詰めた歴代最速の冒険者! もぉ〜そんなの天才なんてモノじゃないですぅ〜よ〜伝説って言っても過言でない存在のお方!! あたしぃ〜〜大ファンなんですぅ〜〜もし良ければぁ〜手取り、足取り、アイン様の技術の一端でも御教授〜〜頂けませんかぁ〜〜〜?』
『——ッんん!? あ……え〜と……俺って、そんな“天才”とか“伝説”だなんて——そんな、大それた者じゃ無い——というか……………最近、上には上が居るって……見せつけられた? って……いうのか……ゴニョゴニョ……』
『え〜〜何ですかぁ〜〜? よく聞き取れないですぅ〜〜』
アインは、強請女レミュに詰め寄られ……段々、小声に——
ただ、これは女性に詰め寄られた事での羞恥よりも、つい最近味わった彼の挫折がそうさせた……ヘリスの褒めちぎる世辞に罪悪感を覚えての事だ。
ただ、その挫折が関係して、アインはこのギルドへと足を運んでいるのだが……
((((((——ッぁぁああーーーー!! 先を越された!!??))))))
周りの人間は、他人の事情など知った事かと言うように……
『まだ、間に合うわ! 私の魅力をアイン様に伝えれば……ワンチャン……?』
『レミュさんに先を越された!? ………C級? そんなの関係無いわ! レミュさん何て、誰にも媚びるビッチだもの——私の方が清楚で相応しいに決まっているのよ!!』
『せめて、握手を………! いえ、サインは貰わなくちゃ!』
『A級冒険者と知り合うチャンスを……』
一人の人間がアインに詰め寄った事が切っ掛けとなり、周囲のファンが一斉に男へと押しかけ出した。
『アイン様!! 私ともお話し良いですか!?』
『私……握手を求めま〜〜す!!』
『すいません……私の魔杖にサインして下さ〜〜い……』
『あたしも手ほどきを……!!』
『——っチィ……あたしが先に、話しかけたのよ! 後にしなさいよ!!』
まさに、阿鼻叫喚……ギルド内は一人の男を求めて、揉みくちゃなカオスな現場に……
『ちょっと! 君たち!? 悪いけど、俺……あの子に用があって——って、どこ行ったあの子!? まだ話が……』
爆心地の中央の男は、そんな状況でも自身の目的を果たそうとするが……彼に取り入ろうとする女達に妨げられ、それも無謀な状況下へ——
恐らく探して居る人物とは、先ほどの一幕から、カエの事なのだろうが……素直に、それに応えてやる義理もない彼女は、千載一遇のチャンスを利用して、建物内からの逃走を決意。
周囲の意識が男に集中しているその隙に、すかさず外套の機能【光学迷彩】を起動した。
——フィー行くよ! 今が、チャンスだ!!
——了解しました———ッあ……マスターは先に外に出て居て構いません。私は、あの
——バカァァア!! そんな事したら、取り返し付かなくなるでしょうがぁぁああ!! てか、まだ諦めてなかったの? しかも、対象が増えてる!?
——と……止めないで下さい……マスター……! これも、マスターの為を思って……
——“俺”の事を思うなら素直に来るぅうう〜〜!!
今にも、血迷いそうなフィーシアを羽交締めにしてでも、無理やりに建物外に連れ出そうとする。
この困難極めた脱出ゲームを逃げ出すには、この好機は絶対に逃せない……
カエには、もうゲームで言う【逃げる】のコマンド選択しか存在しなかったのだった。
しかし、必死に逃げ出したので、この時のことをよくは覚えて居なかったのだが……ひとつ気に止まったのが、逃げてる最中に入り口付近で床に手をつき、落ち込んだ様子の……
“シスター服——?” いや……“神官服——?”
の女性が居たことに目が止まった。
『——うう〜〜……遅かった……あれほど、言葉には気をつけて……って言ったのに……アインの……バカ〜〜……』
服装の例えが定まらないのは、彼女が青だか……白だかの……アニメ調の服を着ていたため……だから印象に残っているのだと言えたが、流石は異世界と言うべきか? 痛々しい服装の人だな〜と思いつつ、彼女の横を通り過ぎ建物外へと出た。
まぁ、カエが言えた義理では無いのだが……そこは考えない様にした。
大体の事の経緯は、こんな感じである。
そして、今は大市場を散策しているのだが……
現状カエは、異世界観光だとか、とてもそんな気分ではいられなかった。それは、嫌な連中に絡まれた——とか、変な視線を向けられた——と、複数原因は思いつくが……
1番は、やはり……あの男——
「——でも、あの人って一体誰だったんだろ〜? この世界に来て、まだ2日目だって言うのに……いきなり告白されるって意味がわからなすぎる。知り合いって言えるのって、シュナイダーさんか、ラヌトゥスさんぐらいだぞ?」
歩きつつ、再度その時の状況を思い起こしてみたが、考えれば考えるほど『謎過ぎる現場だったなぁ〜』と思えてならないカエ……あれから、冷静さは取り戻しているはずなのに、思い当たる節が全く無い。
それが、尚のこと気持ち悪く気が滅入ってしまう。凄くスッキリしない……
だが、不意に漏らしたカエの独り言を拾ってか、すぐ隣を歩くフィーシアが “謎告白男”に対しての答えを話してくれた。
「——マスター? 覚えていますか、マスターが森で討伐されました巨大な蟷螂を……」
「——? ああ……たしか、居たね〜そんな生き物。それが、どうしたのフィー?」
「その時、蟷螂を追ってなのかは定かで無いのですが、2人の人物が迫って居ました。その内の1人があの男だったと記憶しています」
「——ッ!? そうだったの?」
「はい……間違いないかと……」
あれは早朝、森での肩慣らしの最中、急に突っ込んで来た巨大蟷螂の魔物をカエが切り伏せた時の話だ。
あの時、フィーシアから、2人組の人物が近くにいる事を報告されてはいた。もしかしたら、その人達はこの魔物を追って来た狩り人なのでは——と、頭に浮かんだカエ——
それは、第一異世人の発見ではあったが「俺たちの獲物を奪う気かぁあ!!」と苦言を呈されても困るので、文句を言われる前に姿を眩ませる事にした。それは斬り伏せた後に気づいたこと故——既に手遅れだったのだ。
フィーシアは恐らく、そのことを言っているのだと思う。
「——で、そこで目撃されて惚れられた——と……? 外套で姿がハッキリしてなかったと思うのだけど……なんで……?」
「——それに関しては分かりかねます。しかし、あの男との接点は、その時としか……」
「まぁ……フィーに聞いても分からないよね〜〜」
「——ッ……申し訳ありません」
「ああ〜別にフィーを責めてるわけじゃないよ。気にしないで……」
「………………」
「ああ〜と——ッ! そういえばぁ〜! その時ってもう1人居たんだよね? それはどんな人だったか覚えてるフィー……!」
別に、フィーシアを責める気は無かったが、思わずカエの口にした言葉で彼女を突き刺してしまう。
申し訳なさそうな表情を向けられ、居た堪れなくなったカエは、慌てて話しをそらした。そもそも、これしきで落ち込むのなら、ギルドで暴走しかけたことの方を反省してもらいたいものである。
「……はい…勿論、記憶しております。その人物も、先程ギルド内で確認しました」
「ッえ……居たの? あの場に……?」
フィーシアはコクリと頷く。
「ギルドを出る際、入口付近で床に手を付いてた人物に見覚えは——?」
「……ッん? あ〜……居たね〜」
「はい……アレです」
「あ〜〜……アレかぁ……」
カエはその人物には、凄く覚えがある。あんなアニメの世界の聖女を引っ張り出して来たかのような人物……忘れろ、と言う方が無理な話だ。
あの入口で項垂れた様子の女性が、アインだとかいう男の連れであったと……フィーシアが言うにはそうなんだとか……
「————ッん……?!」
と、ここでカエには小さく引っ掛かることが……
あの、女性が男の連れだったのはまだいい。だが、カエにはそれが少し面倒なストーリーを……醸し出している気がしてしまったのだ——
男女、二人ペアの冒険者——
男による、突然の見知らぬ少女への愛の告白——
その付近で目撃する、意気消沈のパーティーメンバーの女性——
なんだか、トライアングラー……な“関係”を連想出来てしまう気が……
「……そんな事……あるのかな……?」
カエの考え過ぎならいいのだが……
面倒案件な予感……
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