第35話 新たな問題発生?!

 カエは現状、それなりに面倒くさい状況に陥っている事実に気づいてしまった。


 それには、恐らくことも含めて……





「——ちょっと、あなた!? さっきから、なに黙ってるの? いい加減、早くを出しなさいよ!」



 どうするべきかと考えを巡らせはするも、その間の沈黙は目の前の女達の痺れを切らすには十分だったらしく、声を荒げて催促してきた。


 それに対してカエは……



「——ッすいませんが……渡せません……」



 キッパリと断りを入れる。


 こう言った手合いは、一度でも承諾してしまうと味を占め、何度でも集りに来る。それが分かっているからだ。

 正直、渡してしまってこの場を凌ぐのも手ではあったが、それではカエ自身が面白くない。

 そもそも何故、自身の所有物を他人に無償で譲渡しなくてはならないのだ? コレには理解に苦しむ……

 それに貴重なモノだと聞いていた為、安易に渡すのも二の足を踏む思いであったのだ。

 


 だから、否定した。


 それには女達も、頭に来たらしく……



「はぁぁあ!! 何? あたし達に逆らう気? へぇ〜いい度胸ね?」

「そんなに、私達と仲良くしたくないのね? ねぇ〜〜みんな聞いて〜!! この子達、私たちと仲良くしたくないそ〜よ〜!! 酷いと思わなぁ〜〜い!!」



 と、言った具合に周囲にも訴えるかのように好き勝手、声高らかに叫び出す。本当にコイツらは、いい性格をしていらっしゃる——

 

 それに対して、周囲の反応は……



 『可愛いそう』『嗚呼はなりたくない』などの憐憫の眼差しを向ける“者”……


 『クスクス』と、笑い出し『強請り女に同調』し、嘲笑する“者”……

 


 このことからも、カエにとってこの場の空気というのは本当に、最悪なものへと成り下がってしまった。



 (——何でこんな面倒くさい事に——!? ほんとうに、は狡猾だ! 群れて精神的に追い込むのが得意で、ジワジワと獲物を襲うのだよ!!)



 と、なんとも非常に偏った考えを持つカエ……

 

 と言うのも——

 

 カエの前世で、学生時代だったか——? そんな現場を目撃した事があって、女の怖さを身をもって体感する事件があった。それからトラウマなのか、女性にはあまり近づこうともしないし、それがカエの女に対する耐性の無さに繋がっていたりもする。

 学生時代の人間関係に恵まれず……イジメられこそしなかったが、誰とも連めずに……対人スキルが身に付かない——


 その結果——ゲーマー陰キャなんかになってしまうのだ。


 関係良好は妹だけであったし………と、思考が変な道にそれ、心にダメージが……自分で自分の首を絞めるカエであった。

 まさか異世界で、そのトラウマが呼び起こされる機会がくるとは……

 全くもって、“女”って恐ろしい生き物だな〜と、深く……深く……刻み付けられて……そんなカエの女性に向く苦手意識がより一層増してしまう。



 と、その一方で——



 この時……淡々と燻りを見せる存在を……





 忘れてはいけなかった。




 

 『女は恐ろしい』——と、そう……カエは示したが……


 なにも、この時……彼女が本当の意味で『』なのは、目の前の“強請り女”や、周囲の“女子おなごらの傍観”ではない……


 そう……すぐ隣……



——ッッッ…………ゴゴゴゴゴ………!!


「——ッ! ふぃ……フィー、シア………?! (やばい! 怖くて見れないんですけどぉお!!)」



 そこで、怒りに満ちているであろうフィーシア……その人であった。


 ここまで、自分の主が散々と罵声をブチかまされた挙句、所持品を強請り取ろうと脅されているのだ。マスター至上主義フィーシアが怒り狂うには十分な事案なのは明白——


 女達の小馬鹿にする口調だけでも憤っていたのに、更に命令口調と公衆を巻き込んでの誹謗とくれば……

 もう、彼女の中で燃える憤怒の焔がどれほどのものか。カエには、想像がつく様でつかない。

 いや、既に彼女から漏れる殺気で空気がピリついてるのなんのって。怖くてフィーシアに視線を向けられず躊躇ってしまう。

 この場の空気と、殺気のピリ付き……2重の意味でカエの精神を圧迫。彼女の胃がキリキリと締め付けられ、最早吐きそうな程に……

 こんな状況を被るぐらいなら、素直に竜の鱗を渡してしまえば良かったと、今更ながらに後悔をしてしまう。

 状況を考えるに、この『強請られた件』については、何か裏が有りそうなのは薄々では感じていた。だがそこに、暴力で訴えようものなら、確実に話は拗れる。


 そんなことは、絶対にあってはならない……と、思えど……

 

 「もう……どうにでも、な〜あ〜れ〜♪」と今すぐにでも匙を投げたい心境が、カエの心理の大半を占めてしまっている。

 カエの思考回路は、はち切れる寸前——せめてもの救いは、こんな最悪な場面で、その動揺を表に出さなかったこと。自分自身を褒めてやりたい程だ。



 だが、トラブルと言うのはカエを許してくれないらしい……



 この時——



 更に、別の案件が……



 彼女達に、近寄って来ていたのだ。



 






 カエが強請り女に絡まれている最中、それは突然……訪れる。



 そう、まさしくが近寄ってきている。カエが既に忘れているであろうが……



 いや が——





「おい……アレって……」

「まさか……A級の……」

「凄い……何? あのモンスター?」

「マンティスの……鎌が……ッぇえ!?」



 カエがトラブルに見舞われている最中……どうも、ギルドの表では騒ぎになっていたらしい。


 それが原因か——今までギルド内でカエ達に集中していた視線が、次第に入口の扉へと奪われ始めていく。

 カエがこの事に気づくのは、カウンター前のこの場所まで、表の騒音が聞こえてくる段階まで至ってから……この時既に、ギルド内の視線のほとんどが入口の扉へと奪われている。


 そして……


 ——ッバン——!! とギルドの扉が勢いよく打ち開かれる。

 それは、完全にギルド内全ての視線を集めきるには十分過ぎる出来事だ。

 扉の打音を皮切りに、その反響のみを残してギルドは僅か数秒の静寂が支配するのだが…… 


 やがて——


 各視線の先に存在するある人物。その者の正体に気が付いた最初の女性が、息を呑んだ事で引き金となって、瞬く間にギルド内がざわめきだしたのだ。



「ねぇ……あの人って……」

「深緑の外套に……2種類の魔玉の短剣って……ええ! もしかして、あの噂の!?」

「【清竜の涙】のアイン……!? それって、半年でA級になった冒険者の? なんで、こんな辺鄙な街に居るの!?」

「——ッ嘘!? 本物……?」



 視線の集まる中心に居たのは、。濃い緑のマントに、左腕に鈍い輝きを放つガントレットと、腰には業物と見て取れる二本の短刀が目を引く……

 全体の身なりを見れば、冒険者であることは一目瞭然の人物がギルドの入口に立っていた。



「——えっと〜〜……ギルドに来れば、居るかとも思ったんだけどなぁ〜……」



 そして、その男は頭を掻きつつ室内へと足を踏み入れると、辺りをキョロキョロ……

 その動きはまるで……“誰か”を探しているように見えた。



(——ッ今度は何だって言うんだよ! A級——? だか知らんけど……有名な冒険者か? 変に問題に直面したくないって思ってたのに……どうして、こうも特殊なイベントに遭遇するかなぁあ?!)

 


 今日、カエがここに至るまでの出来事というのは多彩を極めていた。


 ・森では、巨大な魔物が突っ込んでくるわ……


 ・道に出れば、魔物に襲われた者を救出……


 ・草原地では、頭上を巨体のドラゴンが通過していき……


 ・やっと、辿りついた街のギルドでは……品の無い女から強請られている。


 そして……


 周囲の女性達の反応を見るに……入り口の男はで間違いはないのだろう……

 『A級冒険者【清竜の涙】のアイン』……耳に入ってきた内容ではそんなである。

 異名らしきモノも聞こえてきて、何とも人物だ(イタイタしくはあるが……)。


 ここまでで、聞いた中では最高ランクの冒険者である。Sは特殊だとシェリー嬢が言っていたが、多分実質上1番上の階級と言ってもいい……であるなら、有名人でもおかしくはないのだろう。

 

 それでだ——


 ギルド内は彼に向けての歓声が上がるまでに様変わりしつつあった。まるで、ある日突然、街中で有名俳優を目撃したかの様な状況……それが、五月蝿いの何の……

 利点としては、カエに向けての突き刺さる視線と、場の空気が180°切り替わった事だろうか。そのことに関しては、あの男には感謝しよう。


 だが……そんな、スーパースターが出没する現場に立ち会う——とくれば……


 本日の、カエのイベント遭遇率の高さが、もう呪われて居るのではないかと思えてならない。

 で思い出せることと言えば……ステータスの内訳にあった【女神ルーナの加護】だが、もしやコレの所為ではないだろうか——? 

 だとするのならば、ルーナには神聖な場所に行けば会えると言っていたし……今すぐ教会にでも行って、頼み込めば、この加護(呪い)を解いてくれやしないだろうか……? 本当にあの女神は碌でもないとカエは心底呆れる。


 だが……


 事今回に限って——“コレ”が必ずしもなイベントかと聞かれれば……そうとも限らないのかもしれない。


 寧ろ……これは……



(……ッあ——もしかすると、これはチャンスなのでは!?)



 と……カエはふと、そう思考していた。


 今現在、突如としてギルドに現れたA級冒険者には、周囲にいる人々は誰しも釘付けだった。

 それは、カエに突っかかってきた強請り女も例外ではなく……



「姐さん! あの人ですよ。ここ最近、エル・ダルートに現れたって噂のA級冒険者! 【清竜の涙】のアインです~」

「ええ!? あたし……聞いていないのだけれど!? 何で、早く言ってくれなかったの!!」

「ええ〜……だって、姐さん——レノ様一筋〜〜って言って全く聞く耳持たなかった………って、もう聞いてない……」

「はぁ〜〜〜ん……ア・イ・ン・さ・ま〜〜〜♡」



 もう、件のA級に意識が行ってしまっている。どこまでも自己中で自分勝手な連中であった。だが、今はそれが救いにも思える。

 

 別方向に意識が向いているのなら……この隙に逃げ出せるのでは——


 行動するなら “今” なのではないだろうか……!?



——ッフィー! フィーシア!! もしもぉーーーし!!

——………………? ッは!! マスター?! って、あれ……私は、今まで何を……?

——今がチャンスだ! 今のうちに逃げるよ!

——……うん? はい、了解致しました…………と——ですが、その前に……

—— ——ッん?

——あの小娘共に一撃いれてきますね?

—— ——ッ!? ッいれんくてよろしぃいーーーー!!



 フィーシアを何とか正気(?)に戻し、今すぐこの建物内からの脱出を図ろうとした。しかし、それでも彼女の怒りは完全に鎮火した訳ではないご様子で——その事で、少しもたついて居ると……



—————ッ!! 


……………ッ?



 不意に入り口付近に視線が向いた一瞬……例の、Aと目が合った気がした?


 それは、なんて事のない……偶然に近い一瞬の出来事——


 その事には、カエ自身……であると思い、気にも留めなかった——だが、その一瞬が、チクリ——と嫌な予感として……

 ごく僅かにだが感じ取っていたのだと……後になって思い起こす事になるとは……





——と……止めないでください——!! マスター! これはどうしてもやらなくてはぁあ……!

——だから! そんな暇無いからぁあ!! 今のうち、なんだって……!!



 とチャット内で、押し問答を繰り広げて居ると——



「——ねぇ? お嬢さん……ちょっといいかな? ねぇーってば!」

「——ッうるさいな……! 今それどころ……じゃ………え?」



 カエは急に話しかけられ、それに反応してしまった。そして、思わず声のする方へ振り向く……


 すると……


 いつのまにか件のAが、目の前に居たのだ。



「……もしかして……私に…………話し掛けました?」

「……うん、そうだよ! 君を探してたんだ!」



 男はそう言って見せると、眩しいぐらいにほころんだ笑顔を向けてきた。

 その表情からは、人違いで話し掛けているのではなさそうな事が伺える——が、カエにはこの男との面識がない為、内心困惑を極めてしまっていた。


 それに……男に話しかけられた事によって……



「嘘!? 何で、あの女に……!!」

「アイン様に話しかけられて……何者なの?」

「ふざけないでよ! 何であんなのと?!」

「信じられない……」



 等々……またしても、周囲の注目を受ける羽目に……

 

 これには、『この男、勘違いだったとしても許せない!!』と、フツフツとカエの怒りが沸いた。



 だが……



 その怒りも、次の瞬間には吹っ飛んでしまう。


 この目の前の男の言葉によって——



 「良かった! 会えて……嬉しい!!」



 そう言って男は……突然、カエの手を取って握りしめたのだ。


 そして……



 「——ッ? ッは!? ッえ!!?? ッな!!!??? (ッえ!? ……なになにッ何ッ何ッナニィーーーイ!!!???)」



 そこからはカエ自身、当時の事をあまり鮮明には覚えていない。女性達の悲鳴に似た声が飛び交っていた様な……遠くから「アイン!! 待ちなさい! 早まらないで!!」って叫び呼びかける声が聞こえてた様な………





「俺……君の事が欲しいんだ! どうか、俺のモノになってはくれないだろうか?」

「…………………………はぁ?」



「「「「「「ッえ? ええええええええええ!!!??」」」」」



 

 いや……悲鳴は、確かに聞こえてた——? のか……??

 



 


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