第34話 腐敗

「……ごねんなさい……説明はしてあげたいの——でも、事は複雑で今は———ですが、カエルムさん! あなたの為にもコレは一旦仕舞って下さい」



 受付嬢シェリーはそう言って鱗を、周囲の者に気づかれないように、そーッと……カエに手渡し、自身の手で包み込むかのように握らせる。そんな彼女の手は少し震えていた。

 事情は知らないが、彼女のその取り乱した様相からは唯ならぬ理由があるのだと、ひしひしと伝わってくる事だけはわかった。



「カエルムさんはなるべく、竜の鱗を持っている事を隠して下さい。私は何も見なかった様に振る舞いますから……良いですね?」

「——ッわ…わかり……ました……」


 

 ただ指示されるままに返事をしてしまったが、彼女からは人を騙そうといった態度は感じられない。ここは一先ず、彼女を信じてみる事に決めた。



「——ではぁ〜あ! フォレストウルフの毛皮の買取でぇ〜すねぇ〜! 一旦、コチラの素材を預からせていただきまぁ〜すぅ〜。鑑定、査定致しますのでぇえ〜⤴︎暫くお待ち頂けますかぁ〜あ〜?!」


「…………はい…よろしくお願いします」



 そして、シェリーは毛皮を持ってバックヤードへと入って行った。“何事も無かった様に”……と言った割には、実に不器用。声が上擦り、ぎこちなくはあったが……かろうじて誤魔化せていただろうか……?

 会話を聞いた周囲の者は疑問符を浮かべているかに見えたが、直ぐに何事も無かったかの様に自身の日常へと帰って行く——


 竜の鱗は……見られては……なさそう——


 しかし本当に、が何だと言うのだろうか? 確か、シュナイダーの話しではだと言っていた記憶があるのだが、こんなに過剰反応を示すほどの代物だったとは……ギルドに持って行けば高く買い取ってもらえるのではなかったのか——?



「マスター……あの女、怪しいです」

「え? フィーにはそんな風に見えた? まぁ、確かに挙動不審ではあったけど、何か理由があるんじゃないの? 知らんけども……」

「マスターは甘いですね……私にはわかるのです。そう、彼女は何かを隠しています!」



 「そんなことは、俺にでもわかる」とツッコミたい気持ちはあるが、自信満々のフィーシアがあまりにも可愛らしかったので、カエは敢えて黙った——いわぬが仏……



「——ちょっと! そこのあなた達。少しいいかしら?」



 と、フィーシアの可愛らしさで、モヤッ——とした気分が和んだ所だったが、不意に背後から女性の声が聞こえた。

 振り返ると、そこには若くて気の強そうな2人組の女性が……身なりは、帯刀している様から冒険者であると主張してる。

 カエはその2人を見て、記憶に新しい感覚があった為……思い起こしてみれば、先程ウザ絡み男に媚びへつらっていた人物だった事を思い出す。

 カエは、その内の1人から声をかけられたのだが、このタイミングで話しかけて来たということは、面倒な予感がしてならなかった。



「あなた達、今ギルド登録していたようね……クヒヒ、新人の冒険者さんなのでしょ? 変な外套なんて纏っちゃって〜ちょっとしたおのぼりさんなのかしら〜?」



 気持ち悪い笑い方のする女は、カエとフィーシアを見定めるかの様な視線を巡らせつつ近づいて来た。そんな彼女の声音からは、どうも人を小バカにしたかの印象を感じる。正直……聞いていて気分の良いモノでは無い感じだ。



「あの……失礼ですが、あなた方は——?」


「え? あたし達のこと知らないの——? はぁ〜コレだから浮かれた新米は無知で嫌なのよ……でも、まぁーいいでしょう。教えてあげる! あたしはC級冒険者のレミュ! そして、こっちが……」

「——ヘリスよ! よ〜く、覚えておくことね!」


「………はぁ……それで、そのC級の冒険者様が何のご用件でしょうか?」



 彼女達はやはり冒険者であった。それもC級……つまりは中級者(カエの勝手な指標)ってところか?

 ただ、そのC級冒険者が何の用件で話しかけて来たのかが分からず……聞き返してみた。



「はぁあ!! あなたバカなの? 頭がおかしいのではなくて!? ねぇ〜そう思わないヘリス?」

「ええ〜全くです。レミュ姐さん! 私もそう思いますぅ〜……理解力のない困った後輩ちゃんですねぇ……」



 しかし、次の瞬間には彼女達は語気を強め、コチラを罵倒してくる。

 気づけば、その声を聞き何事かと確認する周囲の視線を集めていた。

 カエにとって頗る居心地の悪い状況だ。



 コイツらは一体、何だというのだろうか——?



「いいこと! あたし達は破竹の勢いでC級に登った期待の天才少女。B級に上がる日も近いとされるベテラン冒険者なの! それに、この辺ではと〜ても顔が広くてね、名が知れた冒険者でもあるのよぉ〜……新人は、そんなあたし達に挨拶の一つや二つも無しに、どういうつもりなのかしら?」



 つまりは、この2人は有名か何か知らないが、新人が先輩に対し挨拶が無いのか〜と苦言を言いに来た——要は、が目的であったと……

 カエ達は冒険者に登録してない為、上下関係は成立して無いのだが、どうも、勘違いされてしまった様だった。

 本当にめんどくさい奴に絡まれてしまった——カエは思わずため息を吐きたくなってしまう。


 できることなら、面倒ごとは起こしたく無かったのだが……


 異世界の冒険者ギルドと言えば……『小物感溢れる巨漢の男』に絡まれるのがセオリーではなかったのか(カエの勝手な思い込み)? 何故に、こんな小娘に絡まれるのか……ねちっこい女に絡まれるのは恐ろしいと聞いたことが(前世の妹談)あるが……まさしく、それに直面してしまった心持ちに陥ってしまうカエ。


 しかし、穏便に済ませたい彼女は……取り敢えずは、下手に出て「話し合い」で解決できないかと行動に移す事にした。



「それは……そんな有名な方とは梅雨知らず、挨拶が遅れて申し訳ありません。なにぶん私達——この街に着いたのがつい先程でして……遠い異国の地から来たのもあります。貴方方のお名前をしかりと心に刻みますので——それで、どうかご容赦願えないでしょうか?」



 と、丁寧に謝罪もおり混ぜて……

 どこか状況説明みたいにはなってしまったが……そう返答を返した。



「ふ〜〜ん? まぁ、いいでしょう! 特別に許して差し上げますわ」


「謝罪を受け入れて頂き、感謝します。あと、一つ訂正しますが私達はではありません。諸事情により身分証が無かったもので……身分証発行の為に冒険者ギルドを訪れたのです」


「「——冒険者じゃない……?」」



 そこは“冒険者”でない旨も、伝えとく事を忘れない。先輩風をふかし何かと絡まれる事を防ぐためにだ。

 この世界の“冒険者”は、聞く限りでは世界規模の公的機関性を感じていた。

 したがって、あくまで「私達は一般人です」と表明すれば少なくとも、チョッカイをかけてくる事はないとの考えたのだ。

 つい、丁寧な返しをしてしまったので……それに相手が勘違いし、コチラを下に見て麁雑そざつに扱う態度を示して来る可能性も考えられたために、慌てて訂正したとも言えるが……

 まぁ……そこは、偉ぶった冒険者でも流石に一般市民には手を出さないであろう……と……





 思っていた時期がカエにもありました。





 彼女達は、「冒険者じゃない」との部分に反応を示し、小声で話し込んでしまう。

 それを、どう返答が返ってくるのかと、カエが見守っていると……


 ここで……



 何やら、カエの隣から——いや〜〜な気配? いや……最早、『殺気』と言っても過言でない——黒〜〜い? の様なものが漂って……



「………ッん!?」



 それに気づき、恐る恐る問題の方向に首を向ければ……それはどうもフィーシアより発せられているではないか……?

 そもそも、カエの隣に居るのは1人しか考えられなかったので、確認するまでもなく、殺気の出所は彼女だと思い至りはしたが……



——ふぃ……フィーシアちゃーん? どッ……どッ、どッ、どうしたのかな〜〜??



 カエは、怖くはあったのだが……フィーシアの唯ならぬ気配を問い詰めぬ訳にもいかず、気づけば彼女に何事かを訊ねていた。


 ただ……この時「訊ねる」と表現したが、実際に声を掛けた訳ではない。コレは、カエの能力……メニュー項目にもあった【チャット】機能を使用してのモノだ。

 【アビスギア】のゲーム内ではオンライン上の相手と“チャット”でやり取りする機能がある。恐らく、その機能をこの世界仕様にアレンジした能力なのだろうが……フィーシアとだけ、脳内で思い浮かんだ言葉で会話が出来る——といったモノだ。これは、メニューを散々弄って分かった結果の1つだった。

 イメージ的には、フィーシア以外をミュートにして、VC(ボイスチャット)を繋いでる感覚に近しい。

 つまり、この能力を使ったことで、今のカエの声は目の前の2人の女には聞こえていないのだ。


 

 そして、肝心のフィーシアはというと……



——マスター……私に…5……いえ、頂けないでしょうか——?



 カエが質問を当てたにも関わらず、帰ってきた返答はまさかの問い掛け……彼女の言う、“3秒”とは……一体……?



——3秒〜? ハハハ……それは、一体何の数字〜かなぁ〜?

——ご安心ください……3秒あれば、この娘共の首を斬り飛ばせます。

——ッッッフィーーシアちゃーーん!!!???



 と、フィーシアはなんとも恐ろしい事を言い出した——!


 そしてそんな彼女の手は既に、懐のナイフのグリップ部分を握り締めており、カエが「いいよ!」と言えば、ものの3秒で阿鼻叫喚な地獄絵図の現場が完成してしまうことだろう。過剰に言いすぎているようにも聞こえるが、緑のわんちゃん数頭で「キャーキャー」言っている連中だ。フィーシアは本当に3秒で始末を付けてしまうであろう。そう、考えるとカエの冷や汗が止まらない……



——フィーシア! 俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、そんなことしちゃダメ!! ——ッね?! いい子だからッッッ——! ラブ アンド ピースだよ!!

——この……娘っこ共……私のマスターになんて言いました? バカ……? 頭がおかしい……? フフフ……どうやら、生きる価値のない方達の様です。

——だから! ダメだってぇぇ!!



 必死にチャット内でフィーシアに訴え掛けるも、彼女の耳には届いてないご様子……既に、彼女の瞳は獲物を見つけた猛獣かの様に冷たく鋭いモノとなってしまっていた。

 『ああ〜コレはもうダメかもしれない』……と思いつつ、カエの脳内はパニック状態に突入。それでも精一杯、彼女を止めるべく、2人のチャットは大いに荒れた。


 だが……


 目の前の2人の女は、そんな事になってるとは知りもしない為。自分達の話がまとまったのか知らないが……


 空気を読まずに、話しかけてくる——



「——ねぇ……あなた! ッて、話を聞いてますの!?」


「——ッふえ?! ッあ、その……すいません。今、立て込んでいる……と言いますか……」


「はぁあ!? なに言っているの? ただ、突っ立っているだけじゃない? あなた、本気で頭がおかしいのね?」


「そ、そうですか……はは……すいません……」


「ふん……キッモ……」


(お、お願いだから! もう、それ以上喋らないでくれぇぇぇ!!)



 何故、自分に罵声を飛ばしてくる奴を庇っているのか? そんな不思議な状況に陥りながらも、カエはこの場が事なきを得る様……それでも、最善を尽くしたつもりだ。

 

 しかし、そんな彼女の努力虚しく……


 失礼極まる2人組は、そんな事はお構いなしに、火に油……いや、火に爆弾を放り込むかのような提案をふっかけてきた。



「まぁ〜そんな事はどうでもいいのよ……そ〜れ〜よ〜り〜あなた、さっきカウンターで“竜の鱗”……突き返されてたでしょう? それを、挨拶代わりの品として、あたし達によこしなさい。そうすれば、特別にこの街でのあなた達のを、保証してあげましょう♪」


「………………は??」



 一瞬、何を言われたのかカエは理解が追いつかなかった。

 コイツらは、を寄越せと……確かに、そう言った様に聞こえたが……思考が追いついてこない——



「ちょ……ちょっと、何を言っているかわからないのですが——?」


「だから! 竜の鱗をよこしなさいと言っているのよ! それとも何? 逆らうの!?」


「え……や、しかし……」


「困った子ねぇ〜……レミュ姐さんの言う事、素直に聞いた方が身の為よ! 最初に、姐さんが言ったように♪ この街では私達、それなりに顔が広いのよ。あなた達、街に居づらくなるのは〜い・や・で・しょ♪」

「そう……だから、早く鱗を渡しなさい〜〜……ね? ヒヒヒ……」



 まさか、こんな暴挙に打って出るとは思わなかった。鱗を見たシェリーが取り乱し、突き返して来た原因に多少納得がいった。


 いや……“納得”はしたくない。“理解”がいった——の方が適当か?


 おそらく、この2人にはギルドのカウンターでのやり取りを監視されていて、運悪く“竜の鱗”を見られてしまっていたのだろう。

 よって……本来の目的は、なんて低次元の話ではなくて、が目的だったと……考えたくはないが、下手をするとシェリーも共犯の可能性もあるのか——?

 受付嬢が素材買取を拒み……仲間が奪う。本来なら、後輩から巻き上げる構図を目論んでいたのだろう。だから、目の前の彼女達は「冒険者でない」との部分に引っかかっていたのだ。

 だが、この2人は一般身分であるカエから、強行奪取を選択したらしく今に至った。こんなところか……

 しかし本当に、一般人から巻き上げようとは、本気なのだろうか——? コレだけ、管理されている冒険者がギルドでの問題行動に打って出る。マズイ行為なのは明らかだろうに……


 だから、カエは助け舟を求めるべく、受付の方に視線を飛ばしたが……



 ここにも問題が——



 見える限りで受付担当をしている娘達を観察すると……どうも、彼女達の態度は二分している事がわかった。

 一つは、若い新人の受付嬢——見るからに、「どうしよう〜」と言った具合にアタフタしてしまっている。

 そして、もう一つが……恐らくベテランの受付嬢——「はぁ…またか?」と言った、ため息混じりの態度に……出来れば問題に触れたくないのだろう。初めこそ、横目にチラチラと伺っていたが、数秒後には“我関せず”と自身の仕事に戻って行ってしまっている。



 もう、この時点でお分かりだろうが……



 何も、問題なのは目の前の狂った二人組だけではない。




 このギルドも——



 “腐っている”のでは——? と、気づいてしまった瞬間であった。


  



 

 

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