第33話 一般 or 冒険者

「大変お待たせ致しました。許可がおりましたので、身分証の発行を致します」



 カウンターに戻って来たシェリーの開口一番がこれである。

 結果がどう転ぶか気遣わしくはあったのだが何とか無事に話が通ったようで一先ず安心だ。



「まず、初めに確認しますが……——どちらをお求めになられますか?」



 そして次に出た話は“一般”と“冒険者”の二つの選択肢……コレが門でラヌトゥスの話しに出た2種類の身分証明の事であろう。

 この選択は、どちらを選んだとしても身分証の取得にはなる——そうなのだが……


 その前に聞いておきたい事が——



「あの〜その前にについて、少し説明してもらってもいいですか?」


「——ッええ、勿論です! 冒険者というのは……」



 そう……冒険者の内容について——


 これには、カエが薄々感じていた“冒険者”への引っ掛かりにも関係してくることだった。



 そして、シェリーの話によると——


 冒険者とは、冒険者ギルドに登録した構成員のことを指すらしい。冒険者ギルドは冒険者を管理し、民間や国から受けた依頼を斡旋、仲介をする組織で……ギルドは仲介料を貰う代わりに冒険者をサポートしてくれるそうだ。

 主な依頼内容としては、“魔物の討伐” “民間の雑事” “素材採取” “護衛依頼” “盗賊の駆逐”などなど……が挙げられる。


 要は“何でも屋”……と言ったところだ。


 ここまでは、カエの知るゲーム知識とは、ほぼほぼ類似していると言えた。

 しかし……気掛かりを抱いているのは、何もこのことではない。本題は別だ。

 


「——冒険者には階級が御座いまして……E〜A級までの区分に分かれています。また、その上にS級の階級もありますが……こちらは少々特殊なため、今は説明を省かせていただきますね。冒険者登録をしていただきますと、誰しもが1番下の階級——E級からのスタートとなります。そこからは、依頼達成の貢献ポイントで階級が上がっていくのです!」



 シェリーは、ハキハキとした口調でマニュアルに準じたかのような説明を続ける。

 冒険者が階級制度であることも、カエの予想通り……と言うよりも、テンプレだと言うべきか? このRPG設定にSF装備のカエにどう向き合えと言いたいのだろうか? あの女神は……


 と……ふと、思い出したくも無い女の顔が、ついつい思い浮かんでしまう事案である。



 そして、カエの最も気になる部分……その問題となるのが次の内容に掛かってくる。



「初級となるE級は免除されるのですが……D級以降の階級になりますとが発生する事がございます」


「…………?」


「はい、強制依頼……です! 街の防衛や、緊急を要する依頼が発生した場合、該当の冒険者は強制参加となるモノになります。コレはよっぽどの理由が無い限りは必ず招集には従っていただかなければなりません。もしコチラを反故にしてしまいますと……重いペナルティや、場合によっては犯罪者としての奴隷落ちとなるケースも御座いますので留意しておいて下さい。でも、ご安心を……! それはあくまでよっぽどの不義理を働いた時の話です。命の危険が関係してきますと、冒険者の判断が尊重されますので、過度な心配は無用です。命あっての物種ですからね〜! 尚、この事での依頼失敗の違約金は発生しませんので安心して下さい」



 と、いう事らしい——


 つまるところは、強制束縛を喰らうという事だった。

 冒険者を選択すれば、一定の拘束性が発生する事になる。コレは、組合に属する訳なので、組織の管轄下に入ることを示唆している。従っては、強制的な指示を受けるのは当然で……ある程度の責任も付き纏ってくる。

 カエにとって、この世界ではあくまで自由に生きる事が第一な為、縛られる事がどうしても引っかかってしまった。そこが、薄々は感じていた冒険者の不安的要素であったのだ。


 したがって……


 カエの答えは既に決まっている——



「大まかな説明は以上となります……この事を踏まえてもう一度お聞きしますが、“一般身分”と“冒険者”どちらをお求めになられますか?」



 そして、シェリーが冒頭と同じ質問を投げかけてくる。


 

 カエはそれに対し……



「——では、“一般”でお願いします……」



 “一般身分”を選択した。


 決め手はやはり、組織に縛られたくない……ただそれだけで、そこに躊躇はなかった。

 カエの目的は、ゆったりと生活ができ世界を見て回ること。まぁ最終的にはどこか落ち着いた地に腰を据えるのも考えているが……取り敢えず、現状では冒険者の肩書を得るよりもと語る方が丁度良い。

 別に、異世界転生だからって……必ずしも冒険者に~ってテンプレに則る必要などないし、カエの性格は大分捻くれてる為、主流には乗らないのだ(そもそもカエはSF装備であるわけだし……)。


 第一に目立つことは避けたい。


 カエには転生特典なる力を授かっているわけだが、正直この力は常軌を逸している。これは、森での検証は物語っていた。

 そもそも、カエは力をひけらかすつもりもないし、出来るならこの力は隠しておきたいと考えている。

 冒険者と言うと……やはり「強さ」を求められる職種。強すぎる力は隠蔽が困難な事だろうし、いつかは必ずボロが出る。それは絶対的に面倒事の種に繋がると思えた。 

 先程の冒険者の説明の中には、低ランク冒険者は月に1度必ず1つは依頼を受けなくてはならないという制約があった。つまり、依頼を全く受けなければ……とはいかないのだ。それに強制依頼を引っ張り出されれば、有無を言わさずに参加が確定してしまう。

 もう、これでは隠すなんてムリ——面倒を被るぐらいなら、そんな肩書なんていらないであろう……



「そうですか……でしたら、一般身分証を発行致しますね。あの〜失礼ですが、お名前の方をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「あ、はい……私の名前はと言います。そして、この子が……」

「——ッ…………フィーシア……」


「カエルム様と……フィーシア様ですね。承りました。では、こちらに手を翳して頂けますか?」



 そう言うと、シェリーは受付の下より大きな青い本を取り出した。



「こ……これは?」


「コレは、【賢者の書物パルデンスノート】と言いまして〜魔道具なんです。コチラに触れて頂きますと、その者の魔力を読み取って、この魔書の中に記録されます。そして、この後ろに見えますに自動的に情報を共有、保存されるのです」


(………何だそれ?)



 先程から特に触れなかったのだが、カウンターの奥に巨大な青色の本が置かれているのにはカエも認知はしていた。てっきりオシャレなインテリアとばかり思っていたが……

 それが、彼女の言うところのなるモノなのだと……

 よくよく観察してみれば、本の表面には青白い文字列と幾何学な模様も浮かび上がっている。魔導具——魔書——と言うのにも頷けるのか……?



「この本は、された賢者様の技術が詰め込まれた魔導具と言い伝えられてまして〜各冒険者ギルドにそれぞれ完備、情報の保存や魔書同士での情報交換が出来る凄〜い魔導具なんです! 凄く便利で〜私も……」


「——ッあのぉ〜……凄い事は分かったので……これに手を翳せばいいんですか?」


「あっ……! 私ったら……フフフ、失礼致しました〜♪」



 シェリー嬢が興奮冷め止まない勢いで、話し出したものなので……カエは、反射的に話しの節を折ってしまった。

 聞きもしてないのに、よくもまぁ……喋るモノだなぁーと思ってしまったがために——


 ただ……



(……ん? ……? それって……)



 少し、気になるフレーズが引っ掛かった——


 『異界より召喚』——これはカエの他にも、この世界に別の世界からの来訪者が居ると言うことなのだろうか?

 少し、気にはなったのだが、話しの節を折ってしまった手前……聞き返すのは忍びなく、その場は聞き返す事はしなかった。






「お待たせ致しました。おふたりの魔力情報の登録が完了致しました。そして、コチラが身分証になります」



 それから、差し出された魔書に手を翳したカエとフィーシア……

 シェリーが魔書を開き何事か作業をするのを確認し、暫らく待つと手渡されたのが一冊の手帳のような小さな本だった。



「……ッコレが、身分証……?」



 その手帳を受け取ると触れた瞬間、仄かに発光を放ち……少しして光が収まると表紙の下の方に「カエルム」と小さく異世界の文字で名前が浮かび上がっていた。



「はい、その小さな本が身分証なんです。身分証の開示が求められた場合、その本を提示して下さい。例えば、街に入る時や、国境を越える時とかですね。また、国境を越える際には本の中に渡航履歴が記録されます」



(つまりは、身分証兼、パスポートの様なモノか?)



「それと、他の機能としましては、冒険者ギルドではお金を預ける事も出来るのですが、その預金額の記録も身分証で確認できます」



(そして、預金通帳でもある……か……役所だけでなく銀行も請け負っていると? 冒険者ギルド……多機能過ぎでは……? まぁ、身分証が手に入った事には変わりないし、多機能に越した事は無いから……まぁ、問題はないか)



「身分証発行は以上となりますが……他に、ご用件はございますか?」



 取り敢えず、身分証発行は終了したため、シェリーは他の用件が無いかと続けざま確認をしてきた。

 カエの目的は身分証だけであったが……


 今しがた“お金”の話が上がった事から、カエにはもう一つ用件があった事を思い出す。



「あの〜魔物の素材の買取は冒険者でないと、して頂けませんか……?」



 森で獲得した魔物素材の買取をして貰えないのかと考えたのだ——


 だが……正直、カエは今のところお金には困っていない。この世界に転生したばかりで無一文にも関わらずにだ。

 と言うのも……カエは現状、何も持っていない様に見えて生活面では〈衣・食・住〉全てが備わっていたからだ。

 衣服はアイテム内に大量にあるし、食はセーフティハウス内の食品庫に大量に備蓄され、美味しい料理を作ってくれるフィーシアがいる。居住に関してはセーフティハウスで十分。それどころか、どこだろうと設置が可能(問題を挙げるとすれば目立つのと——場所を取ることぐらいか?)でハウス内の設備は完璧。

 

 最早、勝ち組——これには、ルーナにグッジョブと褒めてやりたい。いや、寧ろ、これぐらいしてもらわなければ、あの女神を許すことはできないであろう。


 カエにとって異世界生活はヌルゲーでしかなかったのだ。当初、森を彷徨いサバイバルに怯えていた彼女は、もう存在しない。と、少し自惚れ傾向にあるカエである。この思考がフラグにならなければ良いのだが……


 その事は置いておくとして……では、なぜ素材の換金を求めたのか——?


 それには、特に深い考えはなかったが……この世界の通貨をいくらかは所持していた方がいいかな〜との、もしもの時の蓄え的なモノでしかない。そんなところだ。

 

 ただ、買取がダメだと言われれば——



「はい……大丈夫ですよ!」



 と、心配していたが、特に問題はなかったようである。



「ただ……冒険者であれば多少色が付くのですが、一般ですと通常買取となってしまいます。それで宜しければと……」


「はい、そちらで構いません」



 どうやら、冒険者である方が買取料金が上増しするみたいだが……まぁ、別に今は良いだろう。

 結局、この世界の貨幣価値を知らない身としては、現物を入手し把握しないわけにもいかないので、そこは妥協しようと思う。



「——承りました。では、そこまで嵩張らない物であれば、今この場で出して頂いても構いません。モノを拝見しても……?」


「分かりました。では、コレを……」



 そう言うと、反応を示したのは隣のフィーシアである。その彼女が取り出したのは、少々小汚い麻袋。その中からフォレストウルフ2頭分の毛皮を取り出して見せた。


 この麻袋は、馬車を降りてからフィーシアに持って貰っていたものだ。

 本当はカエが持つつもりでいたが……『マスターに荷物を持たせる訳にはぁあ!!』と必死な形相で奪い取られてしまった。

 実はこの麻袋、門での手荷物検査で手ぶらをカモフラージュするために用意したものの1つだった。中には一応、魔物素材や道具を幾つか詰め込んである。

 因みに、麻袋はシュナイダーに貰った。



「コレはもしかして……フォレストウルフの毛皮ですか!?」


「……ええ、そうです」


の素材ですよ……コレ?! し…失礼ですが……コチラは、どういった経緯で入手を……?」



 そして、少し疑った様子でシェリーは質問をしてくる。

 

 門でフォレストウルフを8頭討伐した冒険者に対し、驚きの声を上げる民衆を目撃した事から……このフォレストウルフという魔物は、一筋縄ではいかない魔物なのだとは思えていた(カエ自身、そうは思わないが……)。

 C級がどの程度か知らないが、感覚的には中級が均衡——上級が片手間——で討伐するぐらいだろうか? だとすれば、無名が狩っていいものではなさそうだ。それに、カエとフィーシアは幼さを感じさせる少女……疑うのも当然か——?


 しかし……こんな事もあろうかと、しっかりと“言い訳”は用意してある。



「実は、この街に来る道中、魔物と対峙していた一行を目撃しました。そこへ私達が加勢し……その時のお礼にと、この素材を頂いたんです。大した助力はしていないのですが……どうしてもと……」



 という筋書き……


 “言い訳”と表現はしたが、一応事実に基づいて考えられた内容ではある。

 魔物に襲われた一行とは、シュナイダーと馬車を引く馬のこと……そこに、加勢し……素材も『討伐したのは嬢ちゃん達だから』と全て貰っていた。「大した助力はしていない」と言ったのもフィーシアが瞬殺してしまったので、意味合い的には正しくはある。

 それと、提出した毛皮が“2頭分”だけにしたのは、大量に持ち込んだ事で、驚愕されても困るからだ。

 多少、語弊、誇張はあれど嘘は言っていない。



「なるほど……そんなことが……(う〜ん……一行ってレノさん達のパーティーの事かな? さっき、隣のカウンターで報告上がってたし……)」 



 そして無事信用してもらえたようだ。



(フフフ……ちょろいな! 計画通り!)



 相手を騙すコツは、話に事実を織り交ぜ話しの一部を暈すこと……そうする事で、相手は勝手に推測し思い込む。こちらとしても嘘は言っていないので態度や表情に不信感が生まれ難いのだ。

 今しがた、フォレストウルフの素材を持ち込んだ冒険者(ウザ絡み男パーティー)が居たため、より推測が現実味を帯、信用されやすくなっていたことだろう……と、少し詐欺師めいた感じにはなったが、悪い事はしてないので、良しとしよう。

 



「——ッあ……あとこれも……」


 

 そしてカエは毛皮と、もう一つ……赤黒い金属片の様な物をポケットから取り出した。そう、ドラゴンの鱗である。シュナイダーからギルドに持って行けと言われたので、一緒に売ってしまおうと思い至り、卓上へと置いた。


 の、だったが……



「コレは……もしかして …………ッ——!?」



 次の瞬間——シェリーは、卓上に置かれた欠片を目で凝視、漸くその正体に気付いたかと思えば……大慌てで竜の鱗に、ガバッ——と覆い被さった!



「ちょちょちょ…ッと……カエルムさん! カエルムさん!! (小声)」



 そして、彼女は前のめりで鱗を隠しつつ、カエに対して手招きをする。

 

 それはどうも、近くに寄れとの事の様である。


 だが、女性の顔に自身の顔を近づける——と言うのは、些か女性に免疫のないカエには困難を極めてならない……

 しかし、小声ながらも慌てた様相の彼女からは、何か重大な事を伝えたいと訴えかけている……我慢——と表現してしまえば彼女に失礼だが、それでも……意を決して彼女に顔を近づけた。



「な……な、何か“問題”ありました……?」

「カエルムさん! 悪い事は言いません。コチラ(竜の鱗)を……この場で売るのは止めて下さい」

「……え〜と…それは……り、理由を聞いても?」

「え〜と〜……その〜……」

 


 理由を聞いても、彼女は何故か歯切れが悪い……

 


 一体、何だというのだろうか——?



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