第82話 迷子の迷子の子猫ちゃん

 と——そんな風にミューリスと楽しい一時を送っていたカエとフィーシアの2人だったが……


 そもそも街へと舞い戻ったカエ達が、何故真っ先に『宿屋』を目指したのかと言うと——それは“蔓延した噂”が原因だった。


 【飛竜の住処】では、ギルド特殊監査官であるシュレインから、噂の抹消には可及的速やかに取り掛かると約束を取り付けた。それでも、あれだけ早い噂の広がりをみせたのだ——噂による影響が完全に終息を見せるには、それなりの時間がかかると予想ができる。よって、一旦は【孫猫亭】を目指すことで宿に引き籠もり外を出歩けるまで待とうとカエは考えた。

 宿屋の方には事前にラヌトゥスが事情を説明してくれるとのことだったのでミュアンの了解は得られる。そして問題は宿代であるが、カエの懐にあるのは大銀貨が5枚……カエとフィーシア2人で【孫猫亭】一晩分の料金にしかならない。ただ、例え噂の収まりが遅かったとしても、明日にはラヌトゥスが宿を訪れる。なら彼にカエの持ち得る魔物素材を渡して、代わりに換金してきてもらえないか頼む予定だった。勿論、手間賃は彼に支払う。それに、例えラヌトゥスの予定が噛み合わなくとも、宿代の代わりに“魔物素材”を肩代わりにミュアンに掛け合うつもりであったが……

 しかし……この『宿代』についての心配は、シュレインのお節介によって解決した。更に、『噂』についても彼の迅速な行動で終息の兆しを見せつつある。それは【孫猫亭】近くの路地で鉢合わせた2人の女冒険者の様子から一目瞭然だ。


 ただ、それでも……


 カエは本日の方針については既に変える予定はない。それはカエ本人の気分が乗らないからで、今日ぐらいは引き籠もる気満々である。カエは前世含めゲームばかりのヒッキーなインドア気質。カエの性格上、この判断も致し方なかったのだ。それに宿代もギルドから【孫猫亭】へとタップリと支払われているそうで、なんと一月分……『金』の心配は要らないにしろ、いくらなんでも多すぎた。シュレインはカエ達がこの街に何泊すると考えているのか些か疑問である。



 そして……



 結局、部屋で寛ぐ予定は、ミューリスとの『英雄ごっこ』を興じる事で消えてしまう——が、“寛ぐ”と言っても特にやることなど無いカエは、ミューリスと遊ぶ事は嫌ではなかった。それは昔に——自身の【妹】と遊んであげた記憶がそうさせてくれるから……



 ただ……



 この『きゃくほん♪』は……いくらなんでも、どうかと思うところだったが……





——コンコン……!!


「「「——ッ?」」」



 しばらく部屋で『英雄ごっこ』を楽しんで(?)いるとだ。突然、部屋の扉をノックする音が、少女3人の耳に届く。



「……お寛ぎのところ、すいません。カエさん、フィーシアさん。いらっしゃいますか?」


「——ん? ミュアンさん?」

「——ッビク!?」



 そのノックは、宿屋女将のミュアンによるものだ。この時、カエの隣にいたミューリスが体を跳ねさせて驚いていたようだが——心做しか、猫耳少女の耳と尻尾の毛が逆だったようにも伺える。



「ミュアンさんどうしましたか?」


「あ! カエさん。よかった……いらしてくれて……」



 カエが、声を張って扉越しにミュアンへ答えると、表情は見えないものの彼女からは安堵に似た反応が返ってきた。



「実は、カエさんにお伺いしたいことがありまして……」


「……? 伺いたい事? ミューちゃんの行方とかですか?」


「あ〜〜……えっと……そこも気になるところですが、別件になります」



 カエはミュアンの反応に、てっきり娘のミューリスを探しているものと思い込んだ。


 それは……



——カタッカタッカタッ……



 先程から、震えて縮こまっている1匹の子猫の態度が、そのように語っているからだ。



「あれ? もしかして、あの子の行方を知っていますか!? おそらく家の中にはいると思うんですけど……今日外寒いですし……」


「あ〜〜とぉ〜〜……」



 ここでカエがミューリスを視界に捉えると——上目遣いで「助けて!!」と訴え出る少女の姿。それに外は寒くとも、彼女の体の震えは寒さからくるモノではない。この子猫……どうも母に内緒で遊び歩いているようだった。



「…………え〜とぉ……ミュアンさん。すいません」


「——ッえ?!」


「実は今、フィーシアに“おつかい”を頼んでまして……」


「“おつかい”ですか?」


「はい——それで、お店の場所を通り掛かったミューちゃんに聞いたら、案内してくれると——そこで彼女を少しお借りしてしまいました」


「——ッ!? それで……見当たらないのね」



 あまりにも助けを懇願する少女に根負けしたカエは、仕方なくミューリスの“見当たらない理由”を作り話で誤魔化した。アイコンタクトでフィーシアに訴えれば、彼女は事情を察知したのか、口を紡ぎ——泣き出しそうに震える子猫は、カエの会話を聴くにつれ、満面を思い出したかのように微笑みを見せ始める。



「どうもすいません。大切なお子さんを勝手に連れ出して……どうか、彼女は親切心で申し出た事ですので、あとで怒らないであげてくれませんか?」


「ええ……そこは、別に……うちの娘がお客様のお役に立てたのなら、何も問題ありません。怒るどころか、後で褒めてあげますよ」


「はは……そう言ってもらえて良かったです」

「——ありがとう! カエおねーちゃん!! だーーいすき!!」(小声)

「——ぎゃ!! コラッ——くっつくな! ミュアンさんにバレるでしょうが!!」(小声)


「——ッ!? どうかしましたか、カエさん!!」


「……い……いえ、なんでもありませんわよ……オホホホ……」


「——?」



 少しヒヤッ——としたオネエ口調のカエだったが、ミュアンは信じてくれたようだ。



「と……ところで、本題は何ですかね? 私を探しに来たみたいですけど?」


「——ッあ!? そうでした! 私ったら……」



 そして、微かに残る怪しさを隠す為か——カエはすかさず話を逸らす。と言うよりも、本題はコッチでミューリスへの助け舟はついでの話題である。



「カエさん今お時間大丈夫ですか?」


「——時間? ええ、大丈夫……ですけど……」


「実は……カエさんに、お客様が来てまして……」


「——ッ!? 客?」


「ええ……カエさんに合わせてと言う人がロビーに……おニ人の根も葉もない噂が出回った後ですし、素直に通していいかも分からず。カエさんにはまず遠くから相手を確認して頂けないかと——もしマズイ相手なら、私から2人は居ないと伝えますので……わざわざご足労願うのは、お客様にご迷惑であることと重々承知なんですけど……」


「ああ……そういうことか……」



 まさかの『客』との話に警戒するカエだったが……続けてのミュアンの提案を聞くと、カエは全ての状況を理解した。


 今『客』と聞いて、カエ達が警戒しなくてはいけないのは『強請り女』の2人組だ。今朝方、謝罪をしてくれた2人の女冒険者が言うには『強請り女』には降格及び謹慎がギルドより言い渡されたそうだ。これで、逆恨みで押しかけてこられても非常に迷惑。『強請り女』と面と向かって会話をしたのは昨日のギルドの数分のことだったが……それでも、押し掛けて来そうな雰囲気は醸し出していた。

 つまり、ミュアンはそう言った手合いだった場合を想定して、こうして申し訳なさそうにカエを呼びに来ているのだろう。それに、対処方まで提案してくれるミュアンの配慮にカエは感謝しかない。



「分かりました——今、支度をして行きます」


「ええ……では私は一先ず玄関口のカウンターに行ってますね。カエさんのお客様は昨日と同様、食堂の方で待っていただいてます」


「了解です」



 カエが了解を示すと——ミュアンは戻る事を告げて、部屋の外からは床の軋む音が鳴った。そして、だんだんと軋み音は離れて行く——どうやら、ミュアンは入り口カウンターへと戻ったらしい。



「じゃあ、ちょっと食堂まで行って来るけど……フィーはどうする?」

「当然、マスターにお供します」

「うん……そう言うと思ったよ——で、ミューリスちゃん? 君は……別にココに居てもいいけど、あまりお母さんを心配させちゃダメだよ」


「——ふにゃ? うん! 分かってるよ!」



 この時、カエが優しい口調でミューリスを嗜めるも……彼女は、母親の心配がなくなったことに安堵したのか……ベットに寝転がり「きゃくほん♪」を手に楽しそうにしていた。カエに返した少女の返事の即答ぐあいは、本当に反省しているのか、甚だ疑問である。



「じゃあ、フィー? 行こっか」

「はい、ただいま」



こうして、カエとフィーシアは部屋にミューリスだけを残して食堂を目指した。



「てか……昨日もこんな事あったよね? まさか……まただったりして……」



 この時——カエは昨日の事を想起して、ある男の顔がチラついていたが……


 ただただ、再びなストーカー被害を受けることが無いように——と、それだけを願いつつ廊下を歩く。



「まぁ……アイツだったら、ミュアンさんに追い返してもらおう」

 









——食堂——



「…………ッ!? キミは……」



 カエは、食堂の扉から、中を覗き込む。すると、そこに居た人物に驚き、そのまま扉を開けて『ある人物』に声を掛ける事になった。





 そこに、居た人物とは——


 

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