第81話 英雄ごっこ
『2人とも災難でしたね……』
ラヌトゥスを見送り、宿のカウンターへと視線を戻すと、すかさず宿屋【孫猫亭】の女将ミュアンが声を掛けてきた。彼女の言葉を拾う限りでは大方の事情を知っているみたいだが、おそらくラヌトゥスが事の説明はしてくれていたのだろう。
『ええ、本当に……事が大事にならなくてよかったです。ところでミュアンさん、部屋は空いてますか? 一晩、お願いしたいんですけど……』
カエは、そんなミュアンの心労の言葉に
『はい、大丈夫です——実は、昨日の2人の部屋をそのまま開けておきましたので、そちらをお使いください。はい、こちらが鍵になります』
『——ッえ……それ、ほんとうですか?』
すると……カエが泊まった部屋をそのまま取って置いてくれていた事実がミュアンより告げられると、同時にカウンターテーブルの上には、コトン——と金属の鍵が置かれる。
『ミューリスが、「今日もおねーちゃんが泊まるから」と聞かなくて……』
『あ、ああ……ミューちゃんが……』
“部屋がそのまま”というのに少し驚愕したカエだったが……これはどうもミューリスの采配だったようだ。彼女はこの宿屋の娘であり、昨日は再び【孫猫亭】に泊まる事を約束していた。それがミューリスの我儘へと繋がり、こうして部屋を残して置いてくれたのだと。1日遅れとなってしまったが、迷惑になってないかだけがカエの心労へと繋がった。
『あっと……じゃあ、宿代を……』
しかし、部屋があるのはありがたく、すぐさまお金を納めた袋を取り出したカエ。
だが……
『お代は結構です』
『……え?』
まさかのミュアンから、お金の受け取りを断られてしまう。
『既に払われてますから』
『払ってある?』
『ええ……』
「既に払われている」との言葉が、カエの頭をさらに混乱させた。
『先程の門兵の方が宿代を置いてったんです』
『え!? ラヌトゥスさんが……彼が支払って——?』
『あ! いえ……彼はただ料金を届けただけのようですよ? なんでも、ギルドからだとか言ってましたが……』
『——ッ!? ギルド?』
彼女の口から「門兵」との単語がでたことで、てっきりラヌトゥに払わせてしまったのか——と思いきや……次に『ギルド』と聞いてすぐ、カエの脳裏には「〜〜っス!」と独特な語尾の青年の姿が思い浮かんでいた。
つまり——
(絶対、シュレイン君の計らいだろうなぁ……これも保証の一部って事か?)
と——カエは考えた。
これには「カエちゃんはお金は要らないとか言ったスけど……これぐらいはギルドから支払わせてもらうっスよ! ははは〜〜……」とでも喋ってそうなシュレインの生意気な笑い声が聞こえたような気分であった。おそらくラヌトゥスを通じて宿代を届けたのだろうが……
しかし……だとするとだ——
(なんで、私が泊まる宿が分かったんだ?)
シュレインは、この短期間でよくカエの宿泊していた宿を突き止めたものだ。それに、戻ってくるとも限らないのにピンポイントで宿泊費を孫猫亭まで届ける徹底ぶり——手の上で転がされているような不快感がカエに降りかかる。まるで、特殊監査官たる情報網の凄みを見せつけられているようだった。
だが……
『癪だけど……まぁ、宿泊費に免じとこう——無理やり金を渡された気分で腹立たしいけど——』
『——? カエさん……何かおっしゃいましたか?』
『あ、いえ〜〜なんでもないで〜す』
文句を言ったとて、憎たらしい“ペコ男”はここにはいない。探すのも億劫な為、誠意は大人しく受けることにした。
こうして、カエとフィーシアは宿【孫猫亭】へと戻って来ていたのだ。
そして……今——
カエは宿の一室で1枚の木の板を少女から手渡され困惑している。その板には可愛らしい丸みを帯びた文字で「きゃくほん♪」と書かれている。何故、『可愛らしい文字』と判断したのかは、街中で見かけたモノを比べた時に、丸みを帯びた大きく大雑把なタッチの字体だったからだ。だが転生特典のお陰でカエは普通に読めている。
「——でね。この主人公は大切な親友に裏切られて命を落としちゃうの!」
「……へ、へぇ〜〜そうなんだ……」
そして、カエは板の差出人【ミューリス】から、板に書かれた無慈悲物語の解説を、求めていないにも関わらず聞かされている。
と——何故、こんな事になったかと言うと……
数分前……カエが部屋で寛ぐ算段を整えているとだ。突然、ミューリスが押しかけてきた。そんな彼女はどこか怒り心頭で……
『カエおねーちゃん! フィーシアおねーちゃん! なんで昨日は泊まってくれなかったの!? 約束したでしょ!!』
と——いきなり怒られてしまった。ここで軽く『変な疑いをかけられて追いかけ回されたから、街の外まで逃げていた』っと、ニュアンス的にそのような説明をしたのだったが……
『分かった、なら許してあげる』
『ありがとうミューちゃん』
『……でも……』
『……ッえ? でも?!』
『おねーちゃん達には“英雄ごっこ”で、い〜〜〜ッぱい! 遊んでもらうんだから!!』
『……ッ? 英雄ごっこ??』
そう言われ、彼女から叩き付けられる勢いで「きゃくほん♪」を渡されたのだ。
「そして、主人公は1000年後に転生するの!」
「——ッん!? て……転生?!」
「うん、転生! カエおねーちゃん“転生”って意味分かってる? 記憶を持ったまま生まれ変わるって事なんだって!」
「——ッう……あ〜と……うん……よく、し、知ってるよ……(身に染みてね)」
そしてカエが、ざっと「きゃくほん♪」を読み終えると、ミューリスは物語構築の説明を始めた。突如、「転生」との単語が飛び出したのには、カエは思わず反応してしまう。なんてたって身にしみて体感してしまってるからだ。
ただ……
子供のお遊び『英雄ごっこ』事情が、“コノヨウナモノ”だとは——「転生」との単語とは別に、カエの心情は愕然としてしまっている。
「でね——1000年後では主人公は凄い力を手に入れてね。第二の魔神王になって世界を牛耳るの!」
「……お、おう……」
「そして、自分を裏切った男の先祖108人の末裔をみ〜〜んな、やっつけて復讐を果たすんだ」
「……う……うん……」
『英雄ごっこ』との言葉を聞く限りでは、てっきり正義と悪役にでも分かれて絵物語の真似事にでも興じるものと思い込んでいた。遊び1つでミューリスの心が晴れるなら、それぐらい付き合うのも
だが——実情は……
「でもね……それでも心が晴れなかった主人公は、どうしても過去の「親友」の事を忘れられなかったの」
「……うん……」
「だから……自分の強大な魔力で、時空の魔法を使って過去に飛ぶんだ」
「……う、ん……」
「そして、過去の「親友」を◯して、遂に復讐を完璧に達成するの!」
「…………」
「——ッ!? カエおねーちゃん、聞いてるの?」
「……うん、きいてる、きいてる……」
始め「きゃくほん♪」を渡されると——「子供の遊びにしてはしっかりしてるな」と感心する思いだったが……蓋を開ければ、この「きゃくほん♪」——驚くほど、子供の演じる演目にしては強かが過ぎていた。
「だけど……主人公が復讐を果たす瞬間を、自分の大切だった人……聖女様に見られちゃうの……」
「……うわぁぁ……」
「それで……最後は、“過去の自分”と“聖女様”に倒されて【おしまい】なんだ」
「…………」
「カエおねーちゃん? 聞いてる?」
「……ウン、キイテル、キイテル……」
無慈悲が過ぎる——これがカエの結論。冒頭を読み終える辺りで、既に呆れを通り越し茫然自失としてしまう。
「この話の大切な部分は、『過去の自分』と『未来の自分』がいるところなんだ。転生した未来から来て、転生前の過去の自分に殺される。これって可笑しな事だよね? だから、主人公は未来の自分の魂は本当に自分のモノなのか——過去の自分が本当に『自分』なのかって葛藤するんだけど——ッおねーちゃん? ここまで理解してる?」
「うん……してる、してる」
「でね、こう言った時間が関与した“
「うん……わかる? わかる?」
見て分かる通り——先程からカエは同じ事を繰り返して発音するボットへと成り下がる。それは、子供らしくない脚本への脱帽の念もそうだが……意気揚々と物語を語る幼い猫耳少女——姿は可愛い筈だが、口から出る的確な考察は可愛らしくない。この時のカエの頭にあるのは「異世界の子供の英雄ごっこ怖ぇ〜〜」だけである。ミューリスの話の殆どが聞き取れていない。
「でもね……この魔神王になった主人公は、それでも死を受け入れていたの。だけど彼は満足してたと思うんだ。目の前には、かつて夢見た未来(魔神王に挑む自分と聖女)が視界に写ってるんだから……」
ミューリスは考察を語り尽くした。
すると彼女の表情には泣きそうながらも優しい微笑みが伺えた。
そんな彼女に、堪らず——
「ねぇ、ミューちゃん? “英雄”って一体なに?」
と、カエが問うと——
「……? う〜ん……英雄って——誰かに与えてもらう称号じゃなくて、誰かの為に全力で事を成す人を言うんだと——私は思うな! 例え、それが誰にも認められなくとも、真実では“大切に思う人を救っている”。だから……きっと、その世界の女神様が自分という英雄を見ていてくれるんだよ!」
「ミューちゃん? 君、いくつ??」
と、彼女の率直な感想はカエの心を大いに抉ってみせる。いくらなんでも子供にしては達観しすぎている。一体彼女の母ミュアンはどんな教育を施せば、ここまで感受性豊かなお子さんになるか不思議でならなかった。前世含め、カエは今までの人生総動員したとしても、彼女ほどの達観ぶりはおそらく発揮できないのではないかと思えてならなかった。
そして……
「じゃあ、カエおねーちゃんは“主人公”の役ね。フィーシアおねーちゃんは“親友”の役〜!」
そしてミューリスはカエのツッコミや放心状態にはまったく触れる素振りを見せず、すかさずキャスティングを決めていく。
「……ん? それじゃあミューちゃんは? なんの役なの?」
「私はね。聖女役〜〜!」
「——ッえ!? それこの脚本部分だと表立って登場しないけど……いいの?」
「うん! 私はね、ただ見てるからいいの!!」
「それ……意味ある?」
とここで——
「ちょっとまってくださいミューリス!」
先程から部屋の模様替えをいそいそと勤しむフィーシアから“待った”がかかった。これは、フィーシアのキレの良いツッコミが聞けるのか——と、少し気になったカエは思わず耳を傾けた。
が……
「それだと冒頭で私がマスターを“刺す”ことになります。配役をマスターと交換してください!」
「……フィー……なんソレっスぅぅ……」
思っていたツッコミと違った。
カエからは不思議と、とある青年の口調を真似たツッコミが出てしまった
「私は、マスターに刺されるなら……本望です(ニコッ!)」
「あ〜〜……愛が重いよ……フィ〜〜……」
そんな彼女に、カエはただただ脱帽するしかなかった。
「てか……一体、誰がこの脚本を書いた……の……って…………ッ!? あ、あなたでしたか……」
ふと、カエは「きょくほん♪」を再び凝視すると……板の端——そこに小さく……
——ミュアン——
とサインが刻まれていることに気付いた。
「ミュアンさん……あなた、おそらく教育を間違えておりますよ……ホント……」
まさかの事実にカエはそう呟くことしかできなかった。
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