第88話 光よりも透明

「光魔法って——もっと、ドッカァーーン——ってできないの?」


「えっと〜……それは、できないことはないけど、ここじゃ見せてあげられないし——他の属性の魔法に比べると“ドッカァーーン”って程じゃないかな……」


「ええ〜……つまんない」


「——ッつ……つ、つまらない?!」



 ミューリスの『魔法』に求める魅力とはどうやら「派手さ」に注力が置かれているようで……確かに、レリアーレの魔法は一見綺麗に輝きを放っていたが、ミューリスの御希望とは違ったらしい。そんな少女は、関心が失せてしまったのか、耳と尻尾を垂れ下げて気落ちしてしまった。その様子にレリアーレはよっぽどショックだったのか、固まって膠着してしまう。


 しかし……



「——ッで、でも……光魔法は使える人少ないし貴重で珍しいのよ?! 他にも傷を癒す回復だってできちゃうんだから!!」



 そんな気落ちする少女の期待に応えようと、レリアーレは少しの間を置いて大人気なく声を荒げて光魔法のアピールを息巻く。魔法マニアな彼女はどうしても自身の魔法の能力を認めてもらいたいようだ。


 だが……



「でも……地味……」


「——ッ地味?!」


「カエおねーちゃんの、“消える”魔法の方がすごいよ」


「——ッ!? ミューちゃん?? しれっと……喋っちゃうの?!」

「……はい〜? 消える……魔法?? カエ……ちゃんの??」



 ミューリスの子供ながらの物怖じ一つない「地味」との発言のあと——カエが『秘密』だと言った筈の「光学迷彩」を示唆する発言を、まるで息をするようかのように猫耳少女は平然と暴露してみせる。すると、これを聞いたレリアーレは顔が振れるそぶりなく、機械のように首を動かしてカエを視界の正面に捉える。



「——ッヒィ!?」



 この時のレリアーレの視線は瞬き1つせず……妬ましそうに睨むさまは実に恐ろしかった。


『あなた、まだ力を隠していたの?』


『子どもの寵愛を1人じめしやがって!』


 彼女の瞳からはそんな言葉が読み取れそうである。これに、思わずカエの口からは恐怖に慄く乾いた悲鳴が瞬間的に放たれた。カエの精神は、転生を果たしスキルとやらで強化されてるはずだが……この感情(恐怖)とは一体——ここ最近の出来事を思い返してみても、果たして本当に強化されてるのだろうか、甚だ疑問である。



「……で、でも私は光魔法——いいと思うなぁ〜〜き、綺麗だし……それに……えっとぉ〜〜ッあ!? 回復!! 傷を癒すとかすごいことだと思うなぁ〜〜“回復魔法”とか言うのかな? それって、どんなモノかな? リア?」


「——ッ!? そうよ! 回復よ!! ミューちゃんに、光魔法の魅力を教えてあげるんだから!」


「——うみゃ??」



 そして、居た堪れなくなったカエは、しどろもどろ慌てながらもレリアーレの口にした『回復』との単語を拾って意識を誘導。すると、レリアーレの目に生気が宿ると、すかさず息巻いてみせた。

 その時、自分の名前が呼ばれた事で驚いたミューリスは、レリアーレへと注目する。


 ただ……


 レリアーレはこの後、スタンピートにむけて物資の調達に急ぐと言っていたが、果たして目的を忘れ、こんな事をしていていいのだろうか——?

 しかし……このことを指摘すれば、再び先ほどの鋭利な視線を浴びる羽目になり「消える魔法」とやらの言及がありそうなのは容易に想像がついてしまう。そんなのは懲り懲りなカエは黙ってこの状況を傍観した。取り敢えず、レリアーレの好きにさせてあげることにしたのだ。


 それで……


 ここで疑問なのが——

 

 レリアーレは『回復魔法』とやらを披露するつもりらしい。だが一体、どうやって魔法を見せつけるつもりなのだろう? 怪我をしてる人間を探すにしても、そう偶然に居合わせるとは思えないし、ましてや『回復魔法』を披露するためだけに、わざと怪我をするのもどうかと思う。



「え〜〜と……どうしようかしら……」



 案の定——買い出しそっちのけなレリアーレは、辺りをキョロキョロと思案を巡らすように披露方法を探る。

 ここ食堂には、カエとフィーシア、ミューリス、そしてレリアーレの4人しかいない……当然怪我人は1人としていやしない。


 だが、一見困難と思えた披露方法だが……


 レリアーレは、しばし周囲を見回して……



「——ッあ! ちょうどいいモノがあったわ!」



 とあるモノに視線を止めた。


 それは、窓辺に置いてあった一輪挿しの花である。木材を加工した簡素な筒に、赤い花弁の一輪が刺さっているのだが、茎は筒の縁で折れ曲がり、花弁は水分を失ったかのように萎れてしまっていた。

 レリアーレはその一輪挿しを小走りで持ってくると、カエたちの目の前のテーブルに、ドンッ——と置いた。



「それじゃ、よ〜〜く見ててね。これが光魔法の真骨頂“回復魔法”よ! 【癒しの光ヒーリング】」



 レリアーレは萎れた花に手を翳し、祝詞を唱えると彼女の手のひらからは仄かな光が溢れ出した。とても柔らかで見ていて暖かくなる青白い発光だ。

 やがて、花に光は吸い込まれていく。すると忽ち、萎れていたはずの花弁は瑞々しいまでの色を取り戻し、折れた茎は天を目指してのびのびとしてみせた。



「ふふ〜ん♪ どんなものよ〜! スゴイでしょ!!」



 この現象を引き起こした本人は、胸を張って誇らしげである。


 少し大袈裟なように自慢を語るレリアーレだったが……それ程までに『回復』とは非常に魅力的な能力ではある。

 観察した限りでは魔法は「ヒーリング」と唱えられた瞬間——僅か数秒の間に「回復現象」を引き起こした。

 例えば敵に『回復魔法』を使う者がいるとすれば、戦いの場で手傷を負わせても瞬時に回復されてしまうと、せっかく苦労して与えたダメージはムダとなってしまう。これでは自身ばかり傷を負う羽目となり——回復される様を見続ければ、精神にもかなり応えそうだ。

 対処法としては、回復術師を先んじて倒してしまうか——回復が間に合わない速度で傷を負わせる。もしくは一撃のもとで葬り去るか——ただ、花の復活速度を見た限りでは、ちまちまダメージを与えるやり方は最善とは思えない。『回復』がどこまで適応内かが分からないが……人間だけでなく植物にも適応される結果から、応用が効きそうで——『回復魔法』とは、あまねくポテンシャルを秘めていそうである。

 カエにとって、この世界での脅威となりそうな能力を知れる思いもよらない機会だ。実に有意義な体験をした。レリアーレは見事に『回復魔法』の魅力を伝える事には成功したようだ——少なからず、この時のカエはそう思っていた。


 だが……


 この時——彼女(レリアーレ)が真に魔法の魅力を見せたかったのは、カエに……ではなく、純粋無垢な1人の子猫……



「どう? ミューちゃん。これがおねーちゃんの力よ! カエちゃんの“消える魔法?”とか目じゃないんだから〜!」



 そして……肝心の子猫はと言うと——



「う〜〜ん……」


「ドキドキ……」


「やっぱり、地味〜〜♪」


「ガァーーン」



 レリアーレに向かって地味ハートブレイクの言葉を言い放った。



「お花さんを元気にするなら、お水をあげれば済む事だし……傷だってポーションを使えば治しちゃうよ? ピカピカで綺麗ではあるけど……やっぱり、地味〜〜もっと、ドッカァーーン——てのが見たかったなぁ〜〜残念〜〜」

「ミューちゃん? ミューちゃん!?」

「ふみゅ? 何、カエおねーちゃん?」

「あの……光魔法の感想はその辺にしてあげて……」

「……え〜〜?」

「彼女……泣いちゃってるから……」


「…………グスン……泣いてなんかないわよ!! ……グスン……」



 この後——


 レリアーレの機嫌が治るのに、カエが必死に慰めても尚……優に30分以上は有した。














——30分後——



「ぷぅ〜〜ん」


「あの……リア? そろそろ、機嫌直して——ね?」


「機嫌……悪くなんて……なってないですけど……」


「〜〜ッ——り、リアの光魔法は十分スゴイから——回復魔法なんて驚いちゃって……」


「驚いた〜〜?? 全然……そうは見えませんけど〜〜」


「ええ……」


「カエちゃんは〜〜ミューちゃんから好かれてて〜〜余裕があるもんだから〜〜楽観的にそんな事が〜〜言えるのよ〜〜もう楽観的過ぎて——ゼンッゼン——驚いてるように〜〜見えませ〜〜ん。はぁ〜い論破ぁ〜〜あ」

 

「…………め、めんどくせぇ〜〜……」


「——ッッッ!!?? め、めんどくさいって言ったぁああ!! カエちゃん私の事、めんどくさいって言ったぁあああーーーー!! もっと慰めてよぉおおお!!」


「…………」



 と——まぁ……30分立ってもごらんの有様——慰めて欲しいなら憎まれ口を叩かなければいいものを……



 ここから更に30分が過ぎてゆく……



 結局——1時間……レリアーレはスタンピートの準備をしなくて大丈夫なのかと思えてならない凄く不安な一時が過ぎ去ってしまった。







——1時間後——



「はぁ……それじゃ、カエちゃん、フィーちゃん……私行くから——くれぐれもスタンピートは私たちに任せてちょうだいね! 絶対に宿から出ない事——いいわね!」



 と——セリフを粗暴に吐き捨てたレリアーレをカエとフィーシアが宿のエントランスで並んで見送る。この時のレリアーレの顔は目頭を腫らせ若干の鼻声であった。散々にいじけて泣いた後なのが原因である。



「まったく……マスターに散々に気を使わせて——本当にめんどくさい女で……」


「あの、すとぉ〜〜ぷ! フィーシア? それ以上言わないで——と、リア今のはほんの冗談で……って、手遅れか……」


「…………フィーちゃんも……私のこと……めんどくさい……って言った……グスン……」



 ただ……フィーシアがそんな彼女に苦言を呟くとレリアーレは入り口手前の壁に手を凭れ掛かると再び啜り泣く。今の彼女は精神状態がとても脆くて繊細なのだ。フィーシアがトドメを刺した瞬間である。

 カエはそんなフィーシアを止めようとしたが、後一歩遅かったようでレリアーレの耳に届いてしまった。カエはこれ(一時間)以上、彼女を慰めるのはゴメンであるため、もっと早く気づいて止めるべきであった。

 ただ……この時——フィーシアはカエの背後に隠れる素振りを見せていたが……まるでレリアーレを避けている様子にカエはすごく疑問に思ってしまう——まるで彼女(レリアーレ)を恐れているような——?

 まぁ、そんなことはありえないため、カエはこの想像は早急に鳴りを顰め引っ込めた。だが、実際そうだったとしてもカエを盾にして言うぐらいなら鼻から言うなって話であろう。それで良いのかサポーター……



 そして……





 レリアーレは去っていったのだが……最後——彼女はこんな言葉を残していく。





「カエちゃんはドラゴンの事は気にしなくていいからね」


「……? なんのことです?」


「あれ? 私言ってなかったっけ? カエちゃんがドラゴンを倒してしまったことで、魔物の分布事情でおかしな群れの動きが発生してるの。それもあって、魔道具の発見が難航してるんだって」


「………ッ……それって——」


「でも、カエちゃんの所為じゃないから、あの時助けてもらわなければ私たちは今頃生きていなかった。人命を優先したことだし、こうなるとは誰も予想してなかったもの仕方がないわ。だからカエちゃんたちは、全然気にしなくていいから。シュンちんもそこは責めるつもりはないって言ってたし……」


「……そう、ですか——」


「それじゃあね。カエちゃん、フィーちゃん——またね」





 そしてレリアーレは孫猫亭をあとにした——





 カエはこの時、しばしレリアーレが出ていった入口扉を睨み付けていた。


 何故か動こうとせず、ジッ——と……だ。


 カエの次の行動とは、部屋に戻りただただ堕落を謳歌するだけ……ミューリスと『英雄ごっこ』に興じるでも、フィーシアにお茶を入れてもらうでもいい……迷う必要のない簡単な行動選択が思考内に並べられている。


 だというのに——カエは動かなかったのだ。


 というのも……彼女の思考の一部では——



 “気にしなくていい”



 その言葉が靄のように停滞している。



「いかが致しましたマスター?」



 当然、不動の主人の姿にフィーシアからはカエを心配する声があがった。



「……ッ——あ、うん……大丈夫だよ……何も問題ない」


「先ほどのレリアーレの言葉が気になりますか?」


「う〜ん……まぁ、若干?」



 カエは、正直レリアーレの発言は特に気にしていなかったりする。それは……【飛竜種イグニス】を倒した目的とは——あくまで人命を優先した行動だから……その後、いかなるアクシデントやトラブルが舞い込もうとも知ったことではない。そして、皆が口を揃えて『咎める気はない』『気にするな』と言うのなら……喜んでそれを享受するだけのことだからだ。



 カエの精神状況からは、その選択を容易く選ぶ準備があった。



 それなのに……



 この気持ちはなんなのだろう——胸を奥底では……罪悪感……と言うには、そこまで、禍々しさは感じ取れないが、何かシコリのようなモノが燻った感覚がカエに残っていた。


 彼女には、いまいちこの感情が理解できない。



「——ッ!?」



 そんな可怪しな罪悪を抱えたカエ……そんな彼女の右腕に突然、フワッ——とした感触が触れる。



「カエおねーちゃん、どうしたの? そんな、ぼぉ〜として?」



 気づくとそこにはミューリスが居た。少女は不意にカエに近づき、頭をカエの腕に擦りつけていた。



「ん……ああ、別にどうもしないよミューちゃん」


「ふみゃ〜本当に……?」



 一瞬、少女の奇行には驚いたカエだったが、上目遣いでこちらの顔色を伺う少女の顔を眺めたカエは、心配するミューリスに返事を返し、少女の頭を撫でる。すると、彼女は嬉しそうにカエの手に頭を押し付けてきた。その姿は、まさに猫……愛くるしい姿に思わずカエは微笑みを見せる。


 そんな時だった……ふと、少女の口にした“ある言葉”がカエの記憶に蘇る。





——英雄って——誰かに与えてもらう称号じゃなくて、誰かの為に全力で事を成す人を言うんだ——



——例え、それが誰にも認められなくとも真実では“大切に思う人を救っている”——



——だから……きっと、その世界の女神様が自分という英雄を見ていてくれるんだよ——





 今まさに——カエが撫でる少女の言葉だ。



「…………ミューちゃんはさぁ……私のことどう思ってる?」

「……? どう思ってるって?」

「さっきは私がどうにかしてくれるって思ってたみたいだけど? 私はミューちゃんが思うような英雄とは違うと思うけど……」

「う〜ん?」



 カエは思わず、少女の頭に手を置いた状態でミューリスに質問をしていた。何故——こんなことを聞いているのか分からなかったが……カエの胸に残るシコリが、少女の答えによっては救われるような気がしていたのだ。


 すると……



「え〜とぉ〜……分かんない!」



 そう、彼女は破顔して元気よく答えた。しかし……



「でもね。なんとなくね、おねーちゃんが強くて悪い魔物さんを倒しちゃう気がしたの! それにカエおねーちゃんは、あたしのことを思って遊んでくれるし、いっぱい笑顔にしてくれるから——あたしには英雄なんだよ!」

「…………」



 この言葉でカエは大きく動揺した。一見子供の戯言に等しい少女の発言は胸の内に潜むシコリを大きく抉ってみせた。



「ああ……ここまで言われるとなぁ〜……こんな小さな子の言葉が、胸に突き刺さるなんてね」

「……? カエおねーちゃん? 何か言った?」

「ううん、なんでもないよミューちゃん」

「キャ〜〜くすぐったぁ〜〜い♪」



 この時、カエは彼女の頭をワシャワシャと撫でるペースに勢いが増した。ミューリスはくすぐったそうにカエの手から逃げ出して距離をとったが——決して嫌そうではなく、面白おかしく逃げ出したとの表現が正しかった。



「フィーシアちょっといいかな?」



 そして、そんな無邪気な少女からカエは、すかさずこの場に居るもう1人の少女に意識を移した。



「なんでしょうマスター」

「——うおッ!」



 ただ、そんな彼女の距離感は思いの外近くにあって……白く輝く髪が特徴のフィーシアの頭がカエの目の前に……



「ああ……はいはい……フィーは甘えん坊さんだこと……」

「——ッ〜〜で、マスター要件は?」



 仕方がなくカエはフィーシアの頭を撫でると、満足したのか……彼女は瞳をキリッ——とさせ、要件を問うてくる。



「フィーシア……実は……」



 すると、気持ちの整理がついたカエは……



「力を貸して欲しい……」


「……何かをするのですね」


「うん……英雄なんて柄じゃないんだけどね」



 胸の内のシコリを取っ払う為——フィーシアに協力を求めたのだった。



「ちょっと……を目指してみようと思うんだ」


「……?」



 再び、カエは猫耳少女の顔を眺める。その時、彼女と偶然目が合ったのだが……ミューリスは、キョトン——として見せている。



 カエの目的とは……きっと……



 こんな無垢な少女の笑顔を守る——ただそこだけにあるのだろう。

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