第87話 子猫ワールド

「カエちゃん実は……」



 レリアーレはカエの質問に真剣な表情を作り正面に向き直ると言葉を口にする。当然カエにも緊張が走った。


 だが……



「あなた達には、スタンピート防衛にもらいたいの!」


「…………え?」



 それも、一瞬のうちに霧散して散ってしまった。

 てっきりカエは、戦いに参戦してもらいたいものとばかりを想像していた。だが、レリアーレが口にした言葉は……



「参加……しないでって……」


 

 一瞬、耳を疑った。だから思わずカエはすぐに聞き返す。



「うん……カエちゃん、フィーちゃんは戦いに参加しないで。スタンピートは私たちだけでどうにかするわ」



 だが、聞き間違いではないようだ。レリアーレの語る内容はカエ達の不参加を示唆するモノしか感じ取れない。



「私が言うのもなんだけど……いいの? てっきり参加してもらいたいのとばかり……」


「私だって、カエちゃんたちには参加してもらいたいわよ。そうすればスタンピートなんてドラゴンと比べると簡単に退けちゃうと思うし。でもね……2人は力を知られたくないのよね? だから、それなのに頼るわけにはいかない。命の恩人ですもの私たちだけでどうにかいなくちゃ!」


「……そう言ってもらうのは、私としては嬉しいけど……大丈夫なの?」


「ええ……大丈夫よきっと! それに、竜を単独討伐出来っるって言う“シュンちん”もいるし大丈夫な筈よ!」


「…………シュンちん??」(まさかシュンレイン君の事か??)



 どうやら、レリアーレはカエの事情を汲み取る姿勢ではあるようだ。


 一部、残念そうに語る場面も見せていたが……それでも力強く「私たちだけでどうにかするんだ!」と荒げて喋る彼女の姿は、決して冗談で提案しているわけではないと分かる。

 確かに、カエは力を知られたくない事からも、『スタンピート』と聞いた時から、これ以上面倒ごとに首を突っ込みたくないと考えていた。ただ……スタンピートと言えば、ゲームなんかで大量のモンスターが溢れ出す現象と知っているが……この世界で言うスタンピートとゲームのモノがイコールであるなら、カエにとって少なからず良心の呵責に触れる部分がある。

 したがって、彼女が自信満々と豪語する発言はカエにとって最も喜ばしい提案の筈なのだ。


 だが……



「でも……おそらくですけど、『巫女姫』とやらの予言って……私たちの参戦の有無が大きく関わっていると思うんですけど……」



 そう……カエの心配はそこにある。


 仮に『巫女姫』とやらの予言がホンモノであるなら、カエの参戦の有無が大きく事を動かす恐れがある。今でいうと、確実と言っていい程に『参戦』するのが尤も被害を抑えられる選択であろう。


 だが……レリアーレ自身、このことに予想はついてるだろうに、このまま無視してもいい話なのだろうか——?



「それは当然、私も考えたわ。でも私は、これ以上カエちゃんとフィーちゃんに迷惑をかけたくない。それに、その『予言』とやらは少し胡散臭く思ってるの。何が『思っている通りの行動をして欲しい』よ……だったら、予言だぁ〜なんだぁ〜って言わなきゃいいじゃない! 余計に、怪しく思っちゃうでしょうが!」



 だが、この事でレリアーレは憤るように『予言』を否定してみせる。



「それに……もしかしたら、ここまで見込んで『予言』の可能性もあるのかも……」


「……? どう言う事?」


「カエちゃんたちが参加しないってことで……身を引き締めて戦いに集中できるってことよ」


「そんな解釈を? 無理があるような……」



 巫女姫の予言とは、『謎』であり『不理解』で『無意味』な未来予知……どこまでを予言の範疇かを測り兼ねてしまう今——レリアーレからは突拍子のない解釈までもが浮上する始末……

 先程の話にあった、シュレインの発言だが、確かに『思いのままに——』なんて予言を予言と言っていいのだろうか? わざわざ話して聞かせる内容とも思えない。


 だからなのか……



「それでしたら1つ不可解なことが……そもそも、あなたがそのつもりだったなら、私たちに会いにこないで黙っていれば良かったのでは——? 予言と同じように、わざわざそれを伝えにくる必要はなかったと思いますが?」



 ここで疑問について補足を追加したのは黙ったまま一部始終を聞いていたフィーシアだった。確かに、カエとフィーシアのスタンピート攻略への不参加を願うなら、そもそも話自体聞かせなければいい筈だ。それなのに、こうして会いに来て、不安要素を聞かせた挙句に——『でも、心配ご無用!! 私たちだけで大丈夫だから!!』と聞かせられても『なら……何で来たの??』と思えてしまう。


 フィーシアの疑問も当然なのだろう。


 しかし……



「いや……遅かれ早かれ、いずれは2人の耳にもスタンピートの話は届いたと思うの……だから私はこうして事前に知らせに来たのよ。それにね、これは予言とやらを聞かなくても、カエちゃんたちを探して伝えるつもりだっの。スタンピートの話を聞いた時には既にそう決めていたわ」



 スタンピートまで2日——それだけの猶予があればカエの耳にも実情が届いていたかもしれないと危惧して、レリアーレは伝えに来ているのだと言う。

 ギルドでは『作戦』とまで話に上がり、慌てて対応する冒険者で溢れかえってるそうだが、そんな状況であればカエの耳に届くのも時間の問題だったのはまさにその通りだったかもしれない。



「だからカエちゃん? こっちは何の心配もいらないから、任せてちょうだい。気にしなくていいからね」


「…………」



 レリアーレはそんな状況下でカエが下手に行動に移してしまう前にと、ギルドの現状とカエの力(ゲームパワー)を当てにしない旨を伝えに来た。

 そこには……全くの情報が無い状況よりも、経緯を説明してからの方が抑制には効くと考えられてのこと。ここまで説明を口にしたレリアーレは、ここぞとばかりに再度「心配はいらない」と口にする。


 これにカエは……



「………まぁ、不安要素(予言)はあるけど、ここまで言われたなら……分かりました。なら、私たちはこの件では動かない。リアたちに任せます……精々、宿にでも引き篭もってますよ」



 スタンピート攻略への不参加を表明した。不安はあれど、参戦はカエの望むところではないのは事実だからだ。



(少し懸念もあるけど、探知機でも飛ばして様子見といこう)



 こんな考えを巡らせつつ、カエは椅子に深く座り直してため息をつく。



「——ッ! うん、それでいいわ。ここはにドンッと任せなさい!」


「…………おねーさん……?」


「ん? ナニか言った?」


「いやッ——別に……」



 そして、レリアーレはカエの返事に満足がいったのか、胸をドンッと叩いて鼻息を荒く漏らしてみせている。カエの精神からくる引っかかりもあったが……レリアーレの目が怖かったので、カエは大人しく口を噤んだ。



「じゃあ、いい返事も聞けたし私はこれで失礼するわね」


「え? これだけ……?」


「——? これだけよ。本当はもう少しカエちゃんたちとお話しでもしていたい気分だけど……スタンピートの準備もあるし、実はアインに頼まれた買い出しもまだ終わってないの。だから急がないと——」



 そして……レリアーレは言いたい事を言い終えたのか、椅子を引いて席を立った。彼女の目的とはただカエに要求を伝えるだけにあったようだ。

 そんなレリアーレの目的が達成された今——彼女がこの場でゆっくりしている暇は存在しない。また別の目的のために【孫猫亭】を後にするだけである。



 ただ……彼女が机に手をつき、腰を持ち上げた時だ——



「じぃーーーー………」


「……ッ? ふむ、この感覚は……」



 カエは自身に一条の視線が突き刺さっている事に気づく。



「……? どうしたのカエちゃん?」



 この時のカエの可笑しな発言に席を立ったレリアーレが反応を示す。ただ、『発言だけに』と言うよりは辺りをキョロキョロとして周辺を伺う素振りからも彼女が心配するのは当然だった。


 だが……


 カエはこの感覚に覚えがあってこの反応を見せている。何と言っても“この視線”を受けたのはこれで3度目なのだから……



「……ミューちゃん、隠れてどうしたの?」



 カエは予想しうる視線の持ち主の名を口にした。



「ふみゃ!? すご〜い!! カエおねーちゃん、何で分かったの?」



 すると……食堂の1つのテーブルの陰から1匹のかわいらしい子猫が顔を覗かせた。


 その正体はこの宿屋の娘のミューリスだ。



「あら? 可愛い子猫さんだこと!」



 その姿を捉えたレリアーレは、顔を綻ばせその通りの率直な感想を上げた。アインが言うところでは、レリアーレは人見知りだそうだが……子供であるミューリスはその例外であるようだ。



「何してたのミューちゃん?」


「えっとねぇ〜かくれんぼ!! カエおねーちゃんに気づかれないようにしてたの! でも見つかっちゃった。やっぱりカエおねーちゃんはかくれんぼが得意なんだね!」



 そして純粋無口であるミューリスは、カエに近づくと満面の笑みを伺わせる。ミューリスのことは(カエの宿泊した)部屋に置いてきたはずだが、いつの間にやら食堂にまでやってきていたようである。



「ところでカエおねーちゃん?」


「……? どうしたのミューちゃん?」


「“すたんぴーと”って何??」


「……え?」



 だが……そんなミューリスの笑顔は急な収まりを見せると、キョトンとしてカエに質問を投げかけた。この質問から察するにミューリスはだいぶ前からこの食堂に居て、レリアーレとの会話を盗み聞きしていたのだろう。



「う〜〜ん……えっとねぇ……」



 ただ、急な質問を受けたカエは困惑した。それは、『唐突すぎる質問』や『質問の答えが分からない』と言った理由があるわけではなく——正直に答えていい内容なのか悩ましいかったからだ。

 つい困ったカエは、咄嗟にレリアーレへと視線を向けるとその顔色を伺う。この時、彼女にはカエの言いたい事は伝わったようだが……次の瞬間、レリアーレは肩をすくめて見せたことで『カエちゃんに任せるわ』——とでも、言っているようであった。

 その反応には困ってしまうが……「まぁ、いいか……」とでも思ったのだろう。



「えっとねぇ……スタンピートって言うのは——悪い魔物さんが、い〜ぱい襲ってくること……かな?」



 カエはニュアンスこそ柔らかく整えるとして、ミューリスに説明してあげることにした。スタンピート当日は街の中であっても騒がしくなる。いくら子供とあっても他人事とは言えないだろう。



「……悪い魔物さん? ふ〜ん……」



 ただこのことで、猫耳少女の反応は至って淡白極まりないものであった。少しは怯えてみせるかとも思ったがそんな素振りは一切感じさせない。



「ミューちゃん……怖くないの?」


「——ん?」



 思わずカエはミューリスに聞き返してみるが……



「ぜんぜん……だって私、魔物とか言われても見たことないから分からないもん」


「ああ……そうなの……まぁ、確かにミューちゃんぐらいちっちゃな子なら、知らないのもムリはないのか?」



 ただ、その答えも子供ながらの無知故に——な理由だった。街の中で暮らす市民にとっては外の世界がどうで——魔物ってどんなものかも分からない。ましてや、ミューリスのように小さな子供なら尚更——絵物語程度の存在としか思っていないのだろう。だからそんな彼女(ミューリス)の反応も楽観的となっても仕方がないことである。


 しかし……



「それに……」


「……?」



 そんな、魔物の存在を歯牙にも掛けないミューリスは、魔物を怖く感じてない理由に——



「その悪い魔物さんは、カエおねーちゃんが倒してくれるんでしょ?」


「——ッえ?」



 と——口にする。


 少女のこの時のセリフに、カエは言葉を失った。どうもミューリスは『すたんぴーと』との言葉が気になっただけで、事の経緯までは良く聞いてなかったのだろう——カエはたった今不参加を表明したが、ミューリスは当然とばかりにカエが参戦する事を思考していた。この反応は彼女の勘に基づいたモノだろうか——?



「……ごめんねミューちゃん。実はおねーちゃんはね……戦いには参加しないの」


「——ッえ!?」


 

 これには勿論、カエはすかさず否定を口にした。するとミューリスは飛び跳ねるように驚く素振りを見せる。彼女にはカエの本当の力を知られていないはずだが、どうしてこうも自信満々と『参戦』を思案するのだろう——子供の感覚は時に鋭さをみせるモノだが、大人の感覚では分かりずらい何かを機敏に感じ取っているのかもしれない。



「でもね。こっちのが魔物をみぃ〜んな、やっつけてくれるそうだから安心して」


「——んん? こっちの、おねーちゃん??」

 


 だが……それでも、ミューリスを心配させまいとカエはレリアーレを指差して示す。するとミューリスはカエの指先をなぞって視線を移動させ、やがてレリアーレをその瞳に捉えてみせた。



「ミューちゃん? でいいのかしら……私の名前はレリアーレって言うの、よかったら“リアおねーちゃん”って呼んでね! 私は冒険者で、カエおねーちゃんとはお友達なのよ」



 レリアーレはミューリスの意識が向いたのに気づくと、自己紹介と共に軽く手を振って少女の気づきに応えた。心なしか、この時のレリアーレは嬉しそうにしている。



「じぃーーーー………」



 だが……そんな微笑みを見せる彼女を、子猫の視線が突き刺した。まるで吟味しているような鋭い視線をだ。これには直前まで微笑んでいたレリアーレの表情にも次第に動揺が混入し始める。



「あの〜ミューちゃん? そんなに睨んでどうしたの? おねーちゃんの顔に何か付いてる??」


「う〜〜ん……リアおねーちゃん?」


「ッん? 何かしら?」


「リアおねーちゃんは何ができるの??」


「——え?!」



 自身に向かう視線に耐えきれなかったレリアーレ。思わず聞き返せば、返ってきたのは率直な“疑問”——探っているようなミューリスの発言は、レリアーレの心を大いに掻き乱す。



「……え、えっとね〜私は光魔法を得意とする【神官】なの」


「——光魔法?! それってどんなの?」


「あら、ミューちゃんは魔法に興味があるのかしら? 光魔法はね、こういうのよ——」



 レリアーレはなんとか平静を装い自身の特技を口にすれば——猫耳少女は“光魔法”との言葉に食いつきを見せる。それは、跳ねるようにピンッ——と立った耳と尻尾が物語。これを確認したレリアーレは得意げに人差し指を手前に突き出す。


 すると、指先からはキラキラと輝く、小さな光の玉やガラス片が飛んでみせた。



「おお……魔法って初めて見た」



 この時——この世界に転生して初めて魔法を目にしたカエは、思わず感嘆の声を漏らす。正直、自身の力——システム【ダイヤモンドダスト】と比べると、見劣りはするものの……異世界現象【魔法】についてはゲームをこよなく愛する者として凄く興味がそそられたのだ。



「ほら……ミューちゃん。光魔法だって……すごいね!」

「ふふふ……光魔法って使える人って少ないし、覚えるのが難しいんだから!」



 これに踊る気持ちを隠しきれずにカエとレリアーレが反応を見せる。カエは魔法に『ワクワク』して——レリアーレは得意げに『フンスッ』と鼻息荒く……2人は楽しげな空間を形成しつつあった。


 が——



「…………ええ〜〜……地味……」


「「…………え?」」



 ミューリスの素直な感想に、カエとレリアーレは言葉を失った。




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