第86話 ——って、ことなのよ!

「——って、ことがギルドであったのよ!」



 【孫猫亭】の食堂——そこにあるのは3人の少女の姿。1つのテーブルに左右2組にわたって座っている。


 カエとフィーシアは2人並んで四角い木製の長テーブルに着席しているが……宿の食堂を訪れていたのは、宿屋女将より「客が来てる」との呼び出しがあったから……ここまで足を運んでいた。


 それで、肝心のカエを訪ねてきた『客』の正体だが……



「それでね。その後あった会議なんだけど……アインは“遊撃隊”の『隊長』に任命されるし、私なんて“医療班”と“魔術隊”の兼任よ? アインほど責任重大ではないけれど、すごく忙しそうで……って、カエちゃん? 聞いてる?」


「——ッん!? ああ……聞いてる聞いてる……」



 冒険者【清流の涙】の『神官』レリアーレ……今朝、朝食の後にセーフティハウスを出てからストーカー男共々撒いてきたはずだが、そこから“終日”がたとうとしている。そして、カエにとって彼女はまさかの来訪者であった。

 昨日は、変態が宿へと押しかけてきたが……彼女もとなると、パーティーでもって押しかけてきた事を意味してしまうが……この時、思わずカエはとある猫耳少女にあてた反応と酷似した返事をレリアーレに返している。



「……ところで、リアは何しにここに? 何故、この場所を知ってるの? 目的は? その——『スタンピート』とやらを伝えにきただけとは思えないのだけれど……」



 カエは彼女の来訪理由が気になって思わず質問を飛ばした。まず、この場所(孫猫亭)にカエが居るのを知っているのもそうだが、『スタンピート』とやらを伝えにきた事実も、裏には何かがありそうでしかたがなかった。カエの質問理由も当然のことわりだ。



「えっとね。カエちゃん、フィーちゃんがこの宿に居るのは、シュンち……ん……じゃなくて、シュレイン君に聞いたの」


「——ッ……ああ、なるほど……」



 続けて語られる事実の一つに、シュレインの名が上がったことで、居場所がバレた理由に納得がいく。シュレインからは内緒で宿泊代を払ってくれていたことで、彼には居場所がバレていることはカエは知っていた。先ほどの『スタンピート』の話では、何度もシュレインの名が出ていた事からも、彼から聞いたのならレリアーレがこの場所を知っていてもおかしくはないのだ。



「でね——私がここに来た理由なんだけど……」



 そして……レリアーレは、カエの疑問に答えるべく淡々と——会議の“後”にあった【孫猫亭】を訪れるきっかけを話し出した。



「実は……」













 数刻前——



 ギルドの会議室では一定の話し合いの後——重役とスタンピート攻略作戦の隊長クラスだけが残され、作戦についてより綿密な話し合いが始まろうとしていた。



「じゃあ、リア。俺はもうしばらく話し合いに参加するけど……アイテム類の買い出しは頼んだよ」

「うん……分かったわ」



 会議では、魔物の進行ルートや作戦の立案などが飛び交ったが、その内容の中には部隊の発足に部隊長の割り当てなどがあった。そしてアインはスタンピートに対して先陣を切る遊撃隊——その隊長に任命され……レリアーレは光魔法のエキスパートとして魔法部隊と医療班の掛け持ちが言い渡される。ここエル・ダルートの街に現在A級冒険者はアインとレリアーレしかいない。したがって彼らに言い渡された役職も、それ相応に重要なポストであった。


 そして……アインは隊長に任命されてしまった為に——最後の詰めとなる話し合いには強制参加——レリアーレはここで一旦アインと別れてスタンピートに向けて、物資やアイテムの買い出しのため大市場に向かう予定だった。



「アイン……私、急ぐわね!」

「——ッ……リア? 急ぐのはいいけど、そこまで慌てて飛んでかなくても……スタンピートまではまだ2日、買い出しにそこまで走らなくともいいんじゃないか?」



 この時——レリアーレは、アインにそそくさと別れを告げ、急いで会議室を飛び出そうとしていたが、アインはこれを怪訝に見た。『スタンピート』とは確かに脅威的な災害に等しいことだが……物資の買い出しに慌てる要素が感じられない。確かに準備は急務ではあるが、慌てることで怪我や失敗をしては本末転倒。この後、アインも合流して2人で支度に取り掛かればいいだけの話だが、レリアーレの浮き足だった姿勢がどうも彼女らしく無い行動に思えたのだ。



 だが……



「まぁ〜いいんじゃないっスか、アイン。彼女にも、いろいろやらなきゃならないことがあるんスよ。きっと……」



 そんな時に割り込んできたのはシュレインだった。

 彼は、会議室の上席に座り、離れた位置からアイン、レリアーレに話しかけてきた。



「そうっスよね? レリアーレ?」


「…………まぁ、そんなところよ」


「だ、そうです——アイン。少しは女性に気を使うべきっスね〜〜君は〜〜」


「そ……そういうものなのか?」



 シュレインがレリアーレに答えを求めれば、彼女は少しの間を置いて返答を返す。それをそのままシュレインはアインにぶつけるかのようにバトンパス。戒めるようにおちゃらけた。



「私、今度こそ本当に行くわよアイン?」


「ん!? ああ、分かったよ。気をつけてねリア」


「はいは〜い」


「…………」



 そして、レリアーレは今度こそ会議室を後にしようと出口に向かうが、彼女の発した軽い返事は、やはりアインにとってはどこか不安だったという。



「——あ! ちょっと持つっスよ。レリアーレ」



 だが……そんな急足のレリアーレを、今度は何故かシュレインが声をかけ、足を止める。



「なに……シュンちん? 私、急ぐんだけど?」



 これにレリアーレは不機嫌そうにシュレインを睨む。ただ実際、シュレインはギルドの特殊とされる監査官であるため、そんな彼を冒険者の立場では無碍にはできない。よって、例え急いでいるとしてもレリアーレは足を止めざるを得なく、振り返る彼女の表情は鋭く目を尖らせる。



「まぁ〜まぁ〜そんな不機嫌そうにしないでくださいっスよ。ここは僕の話を聞いといた方が賢明っスよ?」


「何が賢明っていうのよ」



 ただ、シュレインはそんな視線が刺さろうとも物怖じひとつせず、微笑みを見せている。

 レリアーレはそんな彼の反応とセリフに不信感を覚え、目頭の鋭さを研ぎ澄ませるように細くした。


 だが……



「いや〜君を止めたのはちょっとした助言——というよりを伝えるためっス」


「——予言??」


「うちの“巫女姫さん”が言う『事がうまくいく』ようになる予言っス。聞いといて損にはならないと思うっスよ」


「「……はぁ? 巫女姫??」」



 シュレインのこの時の発言に、レリアーレは目の尖りを緩め驚きを露わにする。と、言うより……彼女の驚愕の感情に次いで加わるのは疑念である。

 『巫女姫』との登場人物は彼女の頭を大いに混乱させ、思わず抜けた声を漏らしたが、横でやり取りを聞いていたアインまでもがレリアーレの声と重なりあって同じく呟きを溢した。


 そして……



「巫女って確か……未来を予言する力の持ち主のことだよな。シュレイン君——君の(監査官の)チームには、そんな凄い人も居るのかい」



 この事にすかさず質問を飛ばしたのはアインだった。


 この世界で“巫女”とは未来を見通すとされる『スキル』の持ち主の事を言う。本来、巫女はその特殊な力から貴重な存在とされ、各国、はたまた神殿などに囲われて一般には出歩かない人物である。そんな存在が、まさかこの近くにいるのかと、アインは思わずシュレインに問うのだ。



「まぁ……巫女と言っても未来を完全に見通す訳じゃなくて、巫女っぽい『スキル』を持ってるもんで“巫女姫”と呼んでるだけっスけどね。そんな感じの子が、うちのチームにいるんっスよ」


「ふ、ふぅ〜〜ん……じゃあ、その“巫女姫”様——とやらが、私に『予言もどき』をしたってこと?」


「う〜〜ん……まぁ、簡単に言えばそんなところっスね」



 そして、シュレインが語るのは、巫女もどきによる予言もどきな語り——



「君……この後、つもりっスよね?」


「——ッ!?」



 だが……“もどき”と言えども侮ることはできない。それはレリアーレがシュレインの話に身体をビクッ——と跳ねさせ反応したことから一目瞭然……



「ああ……別に、それを咎めたり止めたりするつもりはないんで、そこは安心してっス。むしろ……」



 シュレインはそんな彼女を安心させるべく、レリアーレの行動を否定こそしなかった。だが……彼女が驚いたのはそこでなく『誰かに会いに行く』——この発言が事実だからなのだ。



「むしろ……って、なによ。その、あなたのチームに居る巫女姫の力がホンモノだったのは分かったわ。でも、私になにを求めて……」


「——孫猫亭……」


「…………はぁ?」


「そこに、君の会いたい人がいるっス。で——肝心の予言っスけど……今、レリアーレが思っている通りの行動をして欲しいっス」


「なにそれ……それが予言?」


「そうっスよ。そうすることで全ての『事』は上手く行く——そう彼女の『勘』が告げてるらしいっスよ」


「意味がわからないわ」



 シュレインの話した『予言』だが……とてもそれは予言と言っていいのか判断のつき辛いモノだった。レリアーレは当然とも取れる不理解をシュレインに投げたのだったが……



「僕に分からないだの何だの言われてもダメっスよ? 僕はただ、彼女(巫女姫)から君(レリアーレ)に、そう伝えるように言伝を預かってるだけっスから……」


「…………」



 その謎の答えは、分からずじまい。彼の反応からは、これ以上シュレインを突っついたとて明確な答えを返してはくれなさそうだ。当然これにレリアーレの表情は曇って見せる。



「と——言うことで、僕からは以上っス! 何か質問はあるッスか?」


「いえ……別に……分からないことだらけだけど、聞いたところで教えてもらえるとも納得できるとも分からないから——聞かない!」


「そうっスか……ん? なんか僕、信用されてないっスか?」


「…………」


「もしも〜し?! レリアーレさ〜ん??」


「じゃあ、アイン。私行くから、また後でね」


「——ッ……ああ、後で……」


「僕は、無視ッスかぁあ!!」




 そして、レリアーレはシュレインのツッコミに触れず会議室を後にした。





 という……














「…………なにそれ?」


「いや、『なにそれ』って言われても……私だって、その巫女の予言は不気味に思ってるのよ? でも、実際こうしてカエちゃんと会えてるから、そのなようでじゃなかったってことなの」


「モドキ、モドキで——え? なんだって??」



 だが、こんな話を聞かされても、カエにとっては全くもって答えになっていない。 

 『巫女姫』と言う、シュレインの監査チームの一員には少し思うところはあれど、結局——レリアーレ自身がカエを探し求めて来た回答とは違うからだ。


 ただ……今の話の中にも少し気になる点が……



 『巫女姫』との存在——



「流石は……そんなのまでいるのか……」


「……? 異世界??」


「ああ……こっちの話です。気にしないでください」



 カエがここ【孫猫亭】に身を寄せている事実をシュレインが早期に知っていたのは、もしかすると『巫女姫彼女』の存在が大きいのかもと思えてならず——スタンピートについても、シュレインは既に『巫女姫』の予言によって解決の糸口は既に掴んでいるのかもしれない。



 だが……



「でも、だったら尚更——リアは何しにここに? もしかして……私たちにも、そのスタンピート攻略作戦とやらに参加しろと?」



 余計に気になるのは『レリアーレがカエ達に求める事』だ。


 その『巫女姫』の力が本物なら——おそらく、今こうしてレリアーレがカエを訪ねて来ている事は、巫女姫彼女にとって思い描いた予言シナリオ通りなのだろう。

 なら、その予言が思い描くスタンピート攻略の鍵となる最善策が……カエ達だと言う事になる。

 カエとフィーシアに備わる化け物ゲームパワーを盛大に当てにされている——そうとしか思えない状況が、今この場に形成された。

 だからカエは、眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌そうな表情でレリアーレに質問を飛ばす。

 

 自身の力を知られたくないカエにとって——それはあまりにも不本意だからだ。


 シュレインには、この事で約束を取り付けた筈だが……まさか彼は、約束を反故にしようと? ここへレリアーレを使わせる事自体が裏切りに値すると容易に気付けそうだが……何故、彼女(レリアーレ)を止めなかったのかが謎——


 場合によっては、今後の身の振り方や方針を考え直す必要性も……


 だから……カエは次のレリアーレの発言に身を引き締める思いで耳を傾けている。


 

 しかし……



 次の瞬間——レリアーレの口から放たれた発言はカエの想像とは違った。



 

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