第78話 うら飯や〜
ピッ——ピッ——ピッ——……
カエがキッチン手前のカウンターテーブルへとやってくると、ちょうどその時……キッチンから小さなアラームが鳴り響いた。
「マスター……パンが焼き上がりました。今すぐお持ちしますので、先にテーブル席に座って待っててください」
どうやら、朝食用のパンが焼き上がった音だったみたいだ。フィーシアがオーブンを開け、掴み手袋を手に鉄板を引き抜く姿が目に止まる。
「分かったよフィー。ありがとう」
フィーシアからは、先にテーブルに着く事を提案され、カエはコレに謝意を伝えるとカウンター席に視線を向ける。
すると、カウンターテーブルの左端には、隣り合わせに2人分の朝食セットが並んでいた。いくつもの品数が並んだ様は、さながら高級ホテルの朝食メニューを彷彿とさせてくれる。ただ、その品々の中で唯一空の小さな丸皿が一枚。おそらくここにフィーシアが焼きたてのパンを持ってきてくれるのだろうと想像がついた。
「うわ〜……凄く美味しそう」
「喜んでいただけて何よりです。左から失礼します」
「ん? ああ……ありがとう」
カエは料理の数々に言葉を漏らすとテーブル向かって左側に腰を落とす。すると、フィーシアがトングを片手に空の皿にパンを2個置いた。形状がオーソドックスなロールパンだ。
「本日の朝食メニューは、“ほうれん草とベーコンのエッグベネディクト”をメインとした構成とさせていただきました」
「えっぐ……ベネ……何だって?」
「エッグベネディクトですマスター……どうぞ、温かいうちにご賞味ください——ッあ、パンのおかわりはありますので、ご要望でしたら言ってくださいね」
「うん……分かったよ。それじゃ、いただきます」
フィーシアから料理の名前を聞いた後に、カエは正面に向き直った。
そして……彼女は、まず——何から手をつけようか悩みはしたが、ここはフィーシアがメインとしてあげた『えっぐべねでぃくと』なる料理にカエは手に持ったナイフを向ける。
見た目は丸いトーストの上にドーム状に膨れ上がった物体、黄色いソースがかけられ表面が焦げている。カエは思いっきってその真ん中にナイフを突き立てる。すると、中からは卵の黄身が半熟の状態で切り口より溢れて出し、卵の下に引かれたほうれん草とベーコンのソテーに絡まってみせた。すかさず、カエは黄身の絡まったソテー、そして土台のトーストを一口サイズに整え、口に運ぶと……バターの風味とクリーミーな香りが口一杯に広がってみせた。ただ……不思議とシツコクはなく——上にかけられたソースの微かな酸味とベーコンの塩気がいい仕事をしていた。さらに、そこに加わるほうれん草の苦味もいい具合に加わるところが心地いい。そして……口一杯のふわふわ——トロトロ——は、この上ないほどにカエの感情を揺さぶってくれる。
したがって……彼女の口よりもたらせれる言葉は……
「うん! おいしぃぃいい!!」
ただ……コレだけである。
「流石はフィーシア! 君が作った料理って絶対的に美味しすぎるよ!」
「マスターに褒めていただき恐縮です」
「フィーシアも食べなよ! こんなに美味しいんだから、冷めたら勿体無いよ……ね?」
「はい……では、私も……」
思わずカエは必然的に絶賛した。ただフィーシアは、反応が薄かった。しかし、カエはこの感動をフィーシアと分かち合おうと、ただただカエの食べる姿をジィ——と見つめ続けていたフィーシアにも食をすすめると、ようやく彼女も席について食事に手をつけ始める。
フィーシアはカエが「よし!」と言うまで、手を出さない悪いところがある。やはり彼女の中の『主様至上主義』を払拭するのは難しい。いつかはよりフレンドリーに、“主様”との関係が薄まればともカエは思っているのだが、慣れるまでにはまだまだ時間が必要であろう。そもそも……いつまでも、ジィ——と見つめられては、食べるものも食べずらいと言うもので、カエはたまらずフィーシアに声をかけたとも捉えられなくはない。まぁ、フィーシアの見つめ続けた姿勢には、無反応ながらも彼女の中には「美味しいかどうか心配」との感情があるのだとも思える。
が……この事に関して言えば、料理はとても美味しい為。彼女は何も「心配」する必要はないであろう。
そんな、彼女(フィーシア)が食事に手をつけた姿を嬉しく見つめたカエは、少し間を置いて自身の食事に向き直ったのだった。
ちょうど、その時だ——
——ジィトォ〜〜——
「——ッ? うおッ!?」
カエの視界の端に気になるモノが写り込み、その正体を探ろうとフィーシアとは反対、テーブル左端の方へ視線を向けると思わずカエは仰天してしまった。
そこにはカウンター席の端っこにしがみつき、顔の鼻より上部をテーブルの上から覗かしていた、レリワームではなく……タオルケットから脱出したボサボサ髪の毛のレリアーレが、ジィトォ〜〜と睨みつけていた。どうやら、カエの事を見つめ続けていたのはフィーシア1人だけではなかったようだ。
そんな彼女の瞳は輝きを失い、その視線は恨めしそうにカエの顔と料理とを行ったり来たりしていた。
「ど……どうしました? レリワ……じゃなくて、リア? そんな冷たい視線して……」
この時カエは、レリアーレの予想しうる感情を分かっていながらも、しどろもどろと聞き返していた。すると……
「……すごく……おいしそう……ズルい……」
片言ながらもレリアーレの口からは、素直な欲求が放たれた。
「言っときますが……あげませんからね?」
カエは、そんな彼女を突っぱねるかのように言葉を吐き捨てる。
アインとレリアーレの2人をセーフティハウスに泊める条件は『寝床の提供』だけで、それ以外は一切関与しないと伝えてある。“お風呂”と“タオルケット”はサービスだが……コレ以上は面倒見る気はカエにはない。
美味しそうに朝食を頬張る姿を見せつけるのは、生殺しもいいところだが……あまり無償で施しを与え続けて、要求がエスカレートしても困る。
ここは心を鬼にする思いで、カエは一言を返したのだ。
「…………分かってるわよ。命を助けてもらって、泊めてもらった挙句に“ご飯”までたかったりしないわよ」
ただ、レリアーレも不躾が過ぎると分かっているらしく、流石に『くれぇえ!!』とまでは言わない。が、ただ……彼女は唇を尖らせ料理を鋭く睨みつけている。発言と態度がまったく噛み合っていない。
「と、言うか……この料理は何? カエちゃん達って、やっぱり貴族だったりするの? この魔道具の建物だってそうだし……食べてる食事まで超一流って……うう〜〜……ズルい〜〜……私なんて、硬いパンと、乾燥肉しかないのに……グスン……」
レリアーレはカエの生活環境と、自身の現状を比較するかの様に言葉を吐き捨て、最後には悔しそうに啜り泣く。よくよく観察をすれば、ソファー前のテーブルには、おそらくアイン、レリアーレのモノであろう荷物が広げられている。
その一部に……
黒くて硬そうなパン(?)の様な固形物と、赤黒く乾いた厚切りの肉片が、お皿がわりの布の上に置かれていた。おそらく、あれが2人の朝食なのだろう。
「リア! わがまま言っちゃダメだろ。カエちゃんに迷惑がかかる」
ここで、アインが優しい口調ながらも叱りつけるかのようにレリアーレに苦言を呈していた。昨日の彼の行動(変態発言、ストーカー、他人の迷惑を顧みない、等——)を考えると珍しい姿である。
「分かってるわよ——もうッ!!」
そんなアインの叱責に、苛立ったようにレリアーレは返答すると——
——ぐぅぅ〜〜……
彼女の腹の虫が鳴った。
「…………」
すると……その事実に不貞腐れたのか。ソファーへと歩いて行くと、朝食に向き直るでもなくボフン——と倒れこむ。そのまま微動だに動かなくなってしまった。ただ……そんな彼女は静まる事を知らず、無意識に『グゥ〜〜』と、虫の音だけを一定間隔で鳴らしていた。
「…………ああ、まったく…………フィーシア? 確か、パンのおかわりがあるんだよね?」
「ふぁい……ほはいマフは……ほははひヒマふファ? (はい、ございますが、おかわりしますか?)」
カエは呆れつつレリアーレの姿を目で追った後、フィーシアに「おかわりパン」の事について聞いた。ただ、その時のフィーシアはレリアーレの状態に目もくれず。無我夢中で食事を楽しんでいる真っ最中であった。彼女はロールパンを頬張りながらもカエに返事を返している。行儀は悪いが、ここはそんなフィーシアが可愛かったモノなのでカエの中では彼女を許す姿勢が瞬時に出来上がった。この時、何を言っているか分からなかったものの……カエには、何となくで、言ってる事は理解できる。
すると……
「おかわり……じゃないんだけど……ちょっと、そのパン貰うね」
「ほうほ、ほヒヒうひ(どうぞ、ご自由に)」
カエは席を立つと、キッチンへと向かった。そこには、鉄板の上にパンが放置されたままだったので、カエはその残りのパンに手を伸ばす。そして、キッチンにあったナイフを使ってパンに切り込みを入れた。
「よし、じゃあ〜あとは……コレとソレを……」
そして、次にカエは朝食の一部の食材をパンに詰め込み始め……そして……
「はい、完成。“なんちゃってドッグ”」
グリーンレタスとソーセージに、気持ち程度のケチャップをかけた簡易的なホットドッグを作り上げた。
で……それを……
「はい、どうぞ。もしよかったらコレ食べてください」
「「——ッ!」」
ソファー前のテーブルの上に4つのホットドッグが乗ったお皿を置いた。すると、アインは勿論の事……ソファーに顔を埋めたレリアーレも飛び跳ねる様に起き上がり、テーブルの上の皿を凝視した。
「え!? カエちゃん、良いの?」
「良いもなにも……あんな恨めしそうに睨まれた後に、メシなんて食えるか」
——と、この時のレリアーレの疑問にカエは理由を答えた。あながち今のセリフも間違った事を語ってはいないが、なんだかんだ言ってカエは優しい人間であったのだ。
「どうぞ、温かいうちに食べてくださいな……」
「……——〜〜ッカエちゃん! ありがとう!! だーーいすきぃい!!」
「——ッ!? げ、現金だなぁ……」
カエが、念押ししてホットドッグを勧めると——次の瞬間には疑問顔だったレリアーレの表情が、グラデーションのようにゆっくりと破顔して見せると大声を上げる喜び様を見せた。これにカエは照れくさそうに頬を掻く。
「ほら、アンタも……2人分作ったから食べるなら食べちゃってください」
「——ッ……ああ、ありがとうカエちゃん。ありがたくいただくよ」
そして、カエはカウンターテーブルに踵を返す最中、アインにもついでとばかりに声を掛けた。すると彼は少し驚く素振りを見せると、やがて微笑を浮かべて謝意を口にした。
「アイン! アイン!! 早く、食べましょう。このパン見てすっごくフワフワ〜〜♪」
「うん、今行くよ」
レリアーレは待ちきれないとばかりにホットドッグ片手にアインの名を呼ぶ。これにアインはカエから視線を外すと、無邪気に燥ぐ彼女の元へと向かっていく。
「マスターはお優しいですね」
「そう? 少し優しくし過ぎかな。とんだお人好しだよね俺って……」
「いえ、それがマスターの良いところですよ」
「——ッ……うん、ありがとうフィーシア」
カウンター席へと戻ると、パンを飲み込んだフィーシアが、声をかけてきた。そこでカエは彼女に対して自分自身を卑下してみせる。
だが……
フィーシアはそんなカエの『優しさ』を認めてくれていた。彼女からそんな反応が返ってくるとは思わず、少し驚く様相を見せたカエだったが……その言葉は彼女にとって何よりも嬉しい一言であった。
そして気を取り直すカエは、途中だった食事に戻ろうと再びナイフを手に持った。
すると……その時だ——
「「なにコレぇぇええ!!」」
背後から、男女2人の叫びが上がった。
「なにこれ、美味し〜い! パンが、すっッッッごくフワフワ〜〜信じられない! 今までこんなの食べたことないわ!」
「ああ……それに、このパンに挟まれた肉は何だ?! パリッと弾けて、中からは肉汁が溢れてくるぞ」
アイン、レリアーレはパンにかぶりつきオーバーな反応を見せていた。そんな2人からはまさかの賛美が飛ぶ。
カエにとっては、至って普通で想像通りの『
2人が用意していた“硬そうな固形物”と“乾いた肉片”……そして、街で食した“雑草まぶし”をしてみれば、この世界にとってゲームを忠実に再現するために用意された食材は、高級食材に匹敵するポテンシャルを持っていた様だ。
「驚いたわ——カエちゃん。こんな美味しい料理をありがとね!」
「これには上等な食材が使われてるに違いないなぁ……すごく、悪い気がしてきた。ほんと恩に着るよ」
この時の謝意は、おそらくカエに向かって放たれたモノだろう。
2人の叫びには初めこそ気になって後ろを少し振り返ってみたが、まったく問題を感じないのを悟るや否や、すぐさまカエは自身の食事に戻った。この時、彼女の背には視線が注がれていたのかもしれなかったが、カエは振り向く素振りを見せることなく、2人の礼賛に片手をヒラヒラとさせ簡素に反応だけは示した。
カエはこれでも、謝意をしっかりと心に受け取っていたのだった。
「さて……じゃあ、もう一つ食べようか……な……アレ? ッ!!?? 無い!!」
「モグッモグッ」
「——ッは!? まさか、リア? 君……3つも食べた?」
「モキュモキュ…………ッ…………は、はへへはいほ(食べてないよ)……」
「いや……その膨らんだ頬で言われても説得力が……」
「——ッはへへはいお(食べてないの)!!」
「…………」
こうして、朝から騒がした朝食会は、各々が満足する形で幕を閉じる。
ただ……
「あの〜……カエちゃん? さっきのパン……もう一個くらい作ってくれても……」
「……フィー! このパン美味しいね!」
「気に入っていただけてなによりです。なんせ焼きたてですからね。パン生地はまだまだ食品庫いっぱいにありますから、また焼きますよ」
「へぇ〜〜他にどういったパンが……」
「え〜とぉ……クロワッサンとかですかね?」
「クロワッサン!? 大好き!!」
「なら、明日の朝食はそれと致しましょうか」
「——やった!」
「……き……聞こえてない…………」
1人を除いて——
「はぁ……ほ、干し肉でも食べるか……」
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