第21話 彼女の為に…
『彼女は一体、誰なのか——?』
確かに彼女は、まごう事なき【アビスギア】のサポートキャラである。
しかし、“誰”とはなにも“サポートキャラ”のことを指して言っている訳では無かった——
カエはこの世界に転生を果たす前は別の世界の住人であった。
地球で何かしらの神の悪戯にあい、不幸にもその命を落とした。それを……この世界の神——“女神ルーナ”が贖罪も兼ねて、“俺”の魂をこの異世界に転生させた——しかもゲームのキャラの姿で……コレが現在の【カエルム】ことカエなのであるが……(女神ルーナ談)
では……【フィーシア】とは一体——何処から現れた存在なのか……?
女神ルーナの話を信じるのであれば……今のカエというのは、別の世界から引っ張って来た魂に、体を与えた存在……? その原理は分からないが、多分そんな感じで生まれ変わったのだろうニュアンスで、カエは理解に留めている。
なら、フィーシアは——?
彼女はゲームのキャラだ——カエの場合は地球の魂がこの異世界に来た存在だが、彼女は一体何処から来た存在なのだろうか——?
ゲームは言ってしまえば“架空”の世界になる。つまり、彼女はある日いきなり神によって生み出された人物……という事——
それは、創造なのか——?
何処ぞの魂を引っ張って来て、架空の記憶を植え付けたのか——?
全く想像が付かないが……
まぁ……そもそもが……神の力を、たかだが人間に理解しようとすること自体、烏滸がましいのかもしれない……
(そう考えると、俺の記憶も本物なのか疑わしいな……ゲーマーな俺って本当に存在したのか? ただ架空の記憶を植え付けただけの存在だったりして……うん———あぁあーーやめやめ! こんな怖い話、考えるのはやめぇえ! 大切なのは、過去がどうあれコレからをいかに楽しむか! ……うん、そう思うことにしよう!)
想像を膨らませ過ぎて、つい恐ろしい仮説まで出てしまったが……今のカエが、この事を深く考えた所で、答えにたどり着くことは無いのだ。
よって考えることをやめて……一旦忘れることにした。
結局、分かった所で『だから?』——な話だ……
と、ここで……
「……マスター?」
「——うん? ——てッ!? ッぅあッヒャッイ——!!」
紅い綺麗な瞳に、色白の肌の美少女の顔が——いつの間にか、触れてしまいそうな程の至近距離に……
考えごとに気を取られ、声を掛けられるまでカエは気づかなかった。
どうも、黙り込んだカエを心配してか……フィーシアが覗き込んできた様子だ。思わず、カエは驚きから素っ頓狂な声を上げて後ずさってしまう。
そもそもカエの中身は成人男性、しかもゲームばかりしているインキャだ……彼女がいた試しもなく、女性に対する耐性もほとんど無い(唯一の耐性は前世の妹ぐらいか——?)。
顔の整った少女と、顔が触れてしまいそうな程の至近距離になど……カエには耐えられる筈がなかった。
「マスター……大丈夫です!? 何処か具合でも……」
「うん?! え……あ、イヤ……だ、だだ、大丈夫! ちょっと驚いただけだから……」
「——? そう……ですか……」
カエは冷静を取り繕うと必死だった。その様子を、フィーシアは首を傾げ訝しでいる。
「——と……と、ところでフィーシア? 1つ君に聞きたいことがあるのだけれど……良いかな?」
「はい……何でしょうマスター?」
「フィーシアはその…………どこまで……知って…いるのかな?」
そして、どうにか質問をすることで動揺する自分を誤魔化した。
尚……このカエの言う「どこまで」というのは、この異世界についてだ。
神に生み出されたであろう彼女の立ち位置を確認する意味も含まれているが、先程の疑問が少しでも解ければなと、咄嗟にでた問答なのだが……
果たして——この
「——? 申し訳ありません……質問の意味が分かりません……」
「(う〜ん……抽象的過ぎたかな?)あ~……なら、いつからここに……?」
「……それは……待機命令の事ですか?」
(……待機命令?)
カエにとって、聞きなれない単語が出てきた。
『待機命令』……軍人でもなければ聞けなさそうな言葉だ。
「旧市街地305地区における《ニブルヘイム》討伐作戦にて、後方支援を勤めたのち、ハウス内での待機命令を受けていました。いつからの問いには、待機命令を受けてから今に至るまで……になります」
(……ッ! あ〜なるほど……そういう設定ね……)
今の彼女の答えで、カエには1つ分かったことがある。
《ニブルヘイム》討伐作戦とは、【アビスギア】のゲーム内での話だ。確か、数日前だったろうか——? そんな項目の依頼任務を受注した記憶がある。
つまりは、フィーシアの記憶(設定)とは、“ゲーム内のモノ”ということなのだ。
彼女自身を何処から持ってきたかは分からない……しかし、フィーシアの記憶はゲームの登場人物——
ルーナがそう仕向けたのだろうが、それには些か面倒な関係を築かれてしまったな——と、カエには思えてしまった。
「マスター? ご希望に沿える回答でしたでしょうか?」
「ん? あ~うん、大丈夫! ——ごめんね……変な質問しちゃって……」
「いえ……この程度でしたら、いくらでもお答え致します」
フィーシアは、また黙り込んでしまったカエに、首を傾げて『満足のいった答えだったか——?』と聞き返してきた。その、キョトン——とした仕草は何とも可愛らしい……
そして、次にカエは……そんな彼女に——
「——フィーシア……ちょっと聞いてもらいたい事があるんだけど……」
「——はい……何でしょう? 拝聴いたします」
思い切って、異世界転生について話すことにした——
もちろん、『地球からの転生』だとか、『ゲームのキャラに〜』といった事を省いて……
これらを含めて説明すると、ややこしくなった上、説明にも時間が掛ると思ったからなのだが……
あくまで、カエ自身も [ゲーム内の世界から、この異世界に転生した] っといった設定で——
ある日突然、森で目を覚ましたこと——
女神ルーナから受けた説明——
これまでに目撃したゴブリン達との死闘(?)——
そして今に至る……と——
ここまでをザックリではあるが、掻い摘んで説明した。
「————そのようなことが………事実……? なのですよね?」
「そう、残念ながら紛うことなき事実……何だよねぇ〜……」
フィーシアは顔色を変える事なく説明を聞いていたが、話を聞き終えてから暫く俯いて黙ってしまった。無表情で一切の動揺は見受けられなかったが、多少の衝撃は受けたのだろうか……?
やっと言葉を口にしたと思えば、やはり動揺は感じていたみたいだ……全ては受け入れられていないといった様子を呈する。
フィーシアの挙動からは、彼女は女神によって生み出されたものの、実情は知らなかったみたいだと理解がいった。
「——では……これからの方針は……? 情報収集を円滑に進める必要がありますし、脅威となる敵性生物——周辺国家の情勢に——環境も視野に——装備の見直しも……」
「ッ——ちょ…ちょっとまって……!」
「——ッ?」
そして……
フィーシアは、今後の行動について淡々と捲し立て始める。が……そんな彼女に、カエは待ったをかけた——急に話を止められフィーシアはキョトン顔である。
なぜ彼女の言葉を遮ったのか——?
それは今後の方針以前に、カエにはどうしても聞いておきたかった事が……
「今後の事なんだけど……この世界は前の世界程、混沌とした環境じゃない……無理して戦う必要の無い世界だ」
「…………はい……」
「あ〜……つまりは、何が言いたいかというと……この世界ではサポーターの義務は無い!」
「——ッ!?」
「無理にオ、レ…ぁ……私になんかに仕えなくても良いんだ。フィーシアさえ良ければ自分の好きな様に生きて……」
あくまで、彼女は彼女——ゲームキャラとしてでなく、一個人として——
フィーシアを見た瞬間から……もし彼女が、やりたい事があるとするならば……
その意志は尊重したい——
この今いる世界はゲームの世界なんかじゃ無い。それなら彼女は、“サポートキャラ”でいる必要もないし……だったら、フィーシアのしたい様に自由に生きて欲しいなと……
これは所詮、カエのエゴである——だが、彼女の生まれについて考えた瞬間には……彼女を
女神ルーナは気遣いで彼女をあてがってくれたのかもしれない。実際、仲間が居てくれるのは嬉しい。
だが……こんな“俺”なんかを敬って、尽くす人材の必要性は……それに、若干の罪悪感だって——
これは、
しかし……
「——ッ申し訳ありません——!!」
「———ッ!? ……ッえ?」
突如、フィーシアが急に声を荒げ……謝罪の言葉を口にする。
「——ッ私……何かマスターを怒らせてしまったでしょうか!? 私は……要らなくなったのですか!!」
「え!? あ……そういう、訳……じゃ……」
「私はマスターのためなら、何だって出来ます!! 私の命を賭す事だって構いません…………マスターは……わたしの、全てなんです! 私はマスターにお使いする事が……私の価値で……お願い、です………マスター…………わ、たし…を……捨てないで下さい………おね、がい……します……」
彼女はカエに迫りつつ懇願する。
その必死とも取れる声音からは、先程まで無表情で感情を表に出さなかったフィーシアを感じさせない……
そんな彼女の今の表情は、色白な肌色と相まって……この世の終わりに直面したかの様な、激しい絶望感で塗り染められている。
彼女の気迫に押されて、遂には壁際に追い詰められ凭れるカエ……そんな彼女の胸にフィーシアは顔を埋めて……
捨てないでと——
彼女の懇願は続いている。
そんな、フィーシアの声は段々と勢いを失い続け……遂には、消え入りそうに……
彼女に服の端を強く握り締められ……その態度からは、主人と離れたくはないのだと——この時の彼女の強い意志を感じる。
そして、その固く握られた強さと比例して、カエの罪悪感も増すのだった。
(——これは……若干どころじゃない罪悪感がぁぁ……)
カエは前世も含め、人生で初めて女の子を悲しませてしまった……その罪悪感は計り知れない……
女性に寄り添われたこの状況——さすがのカエでも、この時は……いくら女性慣れして無いとは言え、流石に突き放すことは出来なかったと言う——
羞恥以上に罪悪が勝った瞬間であった。
「——ッごめん……君が要らなくて、こんな事を言ったんじゃないんだ……君には、自由に生きて欲しくて……」
「私はマスターのモノです! マスターに使えるためだけに生きています! 好きに生きるのでしたら……私はマスターのために生きたいです……」
「——ッ……“俺”なんかにそこまで……(ルーナ……オマエを恨むぞぉぉ……)」
最早、崇拝レベル。フィーシアがここまで狂信者だとは思っていなかった——愛が重い。
カエは彼女に自由を謳歌して貰いたかっただけ……しかし、当初から考えてた様に、彼女の意思は尊重したい——
まぁ……そこからは……葛藤の末——だ……
カエは決心した。
「——分かったよフィーシア。君が“俺”と一緒に居たいなら……これから、宜しくお願いするよ……」
「———ッ!? はい! 喜んで!! 何時迄もお仕え致します!!」
そう言うと、フィーシアは顔を綻ばせて見せた。
一体……彼女のどこが“無気力クール系キャラ”だと言うのだろうか——?
普段がいくら無表情だとしても、この短時間で見せた喜怒哀楽。彼女は十分、感受性豊かな良い子である。
こんな“俺”なんかを慕ってくれるのだ——
そんな彼女の気持ちを大切にしよう……
この瞬間カエは、そう心に強く刻んだ。
女神ルーナのゲーム再現率は、呆れる程の完成度を誇っていたが、これ(フィーシアの再現)に関しては……失敗したのだと言えよう。
凄く、良い意味で——
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