第22話 お風呂に入りたいだけなのに!?

「——申し訳ありません、マスター。私としたことが、マスターをハウスの入り口で足止めしてしまって……」


「いや、いいんだ。“俺”も、色々な事が立て続けで、気が動転してたんだと思う……だから、謝らないでよ。おかげで君と面と向かって話ができたし」


「はい……では、改めまして——お帰りなさいませ。マスター」


「あ〜……うん……ただいま……? で、良いのかな?」



 ようやく彼女との話をまとめ、この世界で初めての仲間ができた。

 正直……ある日いきなり転生して、森の中を彷徨って……右も左も分からないまま、この先どうなるのか不安でしかなかった。


 だが、【セーフティハウス】という拠点があって、事実を共有出来る仲間ができた……それには、なんとかこの世界でもやっていけそうだと思える位には、カエの持ち合わせた不安感を和らげてくれる。



 それ程までに、カエが得たモノは大きかった。



 目の前に居る少女——フィーシア……この子は本来【アビスギア】のゲーム内でのプレイヤーをサポートするキャラだ。

 このサポートキャラもまた、プレイヤーごとにキャラメイクがなされ、個人によってはその見た目が変わってくる。カエの場合は全身が真っ白の不思議な雰囲気の少女であった。

 そんな彼女……先程は動揺して取り乱す場面に直面したが、最後には笑顔を見せてくれた。

 その時はつい、カエも思わず、ドキッ——としてしまったのは、気恥ずかしいので誰にもナイショである。


 カエは彼女を制作時、性格を“無気力クール系”に設定した。

 その事が影響してか、すでに彼女からは笑顔が消え、凛とした立ち居振る舞いへと戻ってしまっている……少し残念……


 それと、彼女の記憶はゲームキャラとしてのモノだ。

 話に辻褄を合わせ、カエ自身もゲーム内の世界観からの転生したことにしてしまったが……彼女の認識に齟齬ができないよう、この先意識しておいた方がいいだろうか……?



 ——で、そんな意識を向けられている事を梅雨知らずの彼女は……



「マスター? この後は、いかがしますか? きっとマスターは、凄くお疲れだと思います。ですが、ご心配には及びません! この私がて頂きます」


「………はい?」


 

 訳の分からない事を言い出していた——



 いや、彼女の言う通り、カエは確かに疲れている。主にに——

 しかし、“全力”で“癒す”とは……? “全力”と“癒し”とは正反対な力関係にありそうな言葉なのだが……

 それにだ……あまり甲斐甲斐しく接されても、申し訳なさから気が休まらない。

 

 そこでカエは、遠慮しようかと彼女の方を向くと……


 ダメだ……フィーシアの顔は無表情のままのはずだが、何故か見えてしまう。



(——オレ、疲れているのかな? はぁぁ……疲れているんだろうなぁ〜)



 疲れによる目の幻覚……? では無いのだろう——

 彼女は既にカエを“全力で癒す”気満々で居る。


 無気力——? 


 クール——??


 何処が——????


 何だか+αでが混在していやしないか……? 思わず、ちょっとアホな子に見えてきてしまった。



「では、マスター。にしますか? ご飯にしますか? それとも〜ワ・タ・……」


「——ッ!? 何ぃー! があるとぉお!!」


「……ムゥ…そこで話を区切るなんて……マスターは意地悪な人です……」



 だが、カエの気掛かりは、ある言葉によって消し飛んでしまう。


 この時フィーシアが、〈帰ってきた旦那さんに奥さんが言う決め台詞〉めいた言葉を口にしていたみたいだったが……カエの意識は、そこには一切向いていなかった。

 後に……『あのセリフの続きは——?』『もし、それを聞いてどうなっていた——?』と当時を思い出したカエが苦悶する事となるのだが、それはまた別の話である——



 と、それよりも……カエはフィーシアの言葉を聞き逃さなかった。


 “お風呂”と……確かにそう聞き取れた。



「フィーシア……? え……? このハウスって……があるの!?」


「マスターは忘れてしまったのですか? 勿論、ありますよ……? あちらになります。既にいつでも入浴できる準備は整っておりますので、宜しければどうぞ」



 そして、フィーシアが示したのは一つの通路だった。


 だが……記憶が正しければゲームでのセーフティハウス内には浴室なんて無かったはずなのだ。

 今、示された通路も直ぐ突き当たりに扉があるのみ……ゲームの時では開かない扉だ。

 しかし、記憶をよくよく漁って見ると作中のストーリーに、そんな描写があった様な気もしなくも無いが……だが結局、実物を拝むことはなかったのは確かである。


 そこで、カエがなぜ——に反応したのかというのも、何も記憶の食い違いを訝しんだからでは無い——


 転生してからというもの、ここまで半日程度しか経っていないのだが……とある人物に大変な苦悩を強要されるは——攻撃的な未知の生き物を叩っ斬るは——挙句は森で遭難するは——で、変な汗を掻きまくってしまった。

 さらにこの森……湿度が高いのか……? やたらジメジメしていたのを体感している——


 もうカエの服の下はベトベト……気持ち悪いったらありゃしない。


 精神的、身体的にカエ自身は我慢の限界が近かった——


 正直ここらでリフレッシュしたい……



 お風呂……?



 大いに結構——! 



 風呂は……ここいらで心身共にサッパリしてしまいたい……前世では特に風呂好きだった訳でもないが、カエがそう思うのも必然だった。



「では、マスター……先に、行っ…待っ………」


「じゃー早速行って来まぁす! お風呂〜〜!」


 思い立ったが吉日——


 フィーシアが何事か、呟いていた気がしたが……

 そこには気にも止めず、カエはただ“お風呂”を目指す。









 ここまでは、よかった——ある問題を残して……












「………………ど、どうしよう?」



 カエは、困惑していた。


 ただこれは何も、浴室に対しての不満があったなどの、クレーム関係の話ではなく……寧ろ、浴室に関して言えば、満足を通り越し困惑とは別の驚きがカエを襲っていた。





 通路の突き当たりには、やはり一つの扉があった。本来ゲームであれば、この扉が開くことは無いのだが、近づけば自動にスライドし、カエの来訪を拒んだりせず、しっかりと扉の役割を全うしていた。

 扉を潜った直ぐの部屋は、大きな鏡の洗面台。衣類を入れるであろう籠とバスタオルが幾つか収まる棚——と、見た感覚で言えば脱衣所……? と思わしき光景が広がる部屋だった。


 デザインはシックで機能的な感じ——どこかおしゃれな入浴施設の脱衣所を連想とさせてくれる。

 

 フィーシアの言葉を疑ってた訳ではないが、確かにセーフティーハウス内にが存在したようだ。

 更にカエは確信を深めるべく、脱衣所を通り抜けて奥に見えていた曇りガラスの扉を開ける。


 すると……



「———ッ!? えッ!? なに……外ぉお? …………何これ?」



 そこには、一部の壁と天井が取り払らわれた露天風呂となっていた。

 自宅用とは思えない空間とシンプルな浴槽……ただそれ自体も、足を伸ばしてもお釣りがくるほどの広さがあった。


 しかし、その側面が……本来、壁が有るであろう位置には壁がなく……



 そこに——

 


 見晴らしの良い山間の美しい景色が広がっていた。





「これって……どうなって…………ッ……あ? …………あ〜〜なるほど、そういうこと……」



 どうも、その景色に嘘くささを覚えたカエは、そ〜と外に向けて腕を伸ばす。

 すると……


 風景に触れられた……? いや、それはおそらく壁に触れたのだ。



「プロジェクションマッピング? もしくは、スクリーン? 何、この無駄な技術風呂?」

 


 そもそも、最初っからおかしかったのだ。森の中にハウスを設置したのに、山岳風景が広がるのは……

 そこに疑問を抱き、そして判明したのが……壁に風景を投写した露天風呂っぽい浴室だったというわけだ。呆れることに、室外の風までもが空調のようなもので再現されている。

 “呆れ”に関して、思い当たる節といえば……女神ルーナアイツであるが……?

 


(——ッ、この浴室は彼女の趣味か……?)



 あの再現マニアだ。どうもそんな気がしてならない。露天風呂を室内再現——? もし地球で、これを再現しようものなら、果たして、いくらかかるのだろうか——?


 まぁ……そんなことよりもだ——



「まあ良いや! お風呂が凄いことは分かったけど、呆れることよりも……入ってしまおう!」


 

 この凄まじい再現を考察するよりもだ……カエは何の為にここにきた? 

 彼女の本来の目的はお風呂に入る事……その目的を思い出したカエは、それを享受させる為、脱衣所へと戻り服を脱ごうと手を掛けた。その時……



 



「…………ッあ……俺、そう言えば“女の子”の……身体……………ど、どうしよう?」



 そして冒頭の困惑するカエに戻る——




 

 転生を果たした自身の身体はゲームキャラだ、それも“女の子”の身体……


 お風呂に入ろうと、自身の着ている服に手を掛けた瞬間、胸の膨らみが視線に写り……思い出してしまった——


 目まぐるしく襲いくる驚愕情報も起因しているだろう。しかし、どうしてこんな大切な事実を忘れていたのだろうか?


 カエにとって最も驚愕し……落胆とした——問題を……


 

 脱衣所の大きな鏡の前に立つ。そこには長い黒髪で頭の高い位置を、藍色リボンでポニーテイルに結んだ、少し幼さを感じる“美”少女が映り込んでいる。

 転生してからというもの、現在の自身の容姿をマジマジと確認する事は “初”……控えめに見ても少女の前に“美”と付けたくなってしまう容姿だった。

 これが自分なのか——? と疑ってしまうが、その疑りが増す程カエの困惑にも拍車がかかるというものだ。


 

「——風呂には入りたい……入りたいのだが……果たしていいのだろうか? いや、自分の身体なのだから見たって……それに……」



 今の自分は——


 そのことが、カエにとって罪悪感と羞恥をもって襲いくる。


 ただ、いくら女人の身体といっても、あくまで身体は“俺”のものだ。

 それに、今後この事で毎回悩んでいるわけにもいかない。

 何処かで必ずや慣れなくては……と思うものの、カエの脳裏では自問自答を繰り広げるばかり。



 ……しばらくして……




「えぇぇい!! が、いつまでもウジウジしてられるかー! 今はだけどなぁあ!!」


 

 ついに、決意を決めた——!




 そして……



 見てしまった——







「———はい……そうですよね……そう…ですよね〜……わかっちゃいたけど……女の子……ですよねぇぇぇ———はぁぁ……泣きたい……」



 色白の肌に、スラッと伸びた手足、2つの丘は大き過ぎず小さ過ぎずの全体を通してバランスのとれたスリムなスタイル。勿論、以前あった“モノ”は無い……


 その事実に罪悪感——そして、羞恥心——に苛まれる。


 一瞬だけではあった。しかし……鏡越しには、女人のあられも無い姿が……




 カエは思わず手を顔に当て、天を仰ぐ……



「何かの間違いだとか……そんな事なかった……ははは……もう無理……」



 カエの脳はキャパシティオーバー……精神崩壊にピリオドを打つ一歩手前まで来ていた……人間誰しも、許容を逸脱した事象を叩き込まれ続ければ、いずれはこうなる。

 短い期間で遭遇した衝撃事実が、カエにとっては尋常ではなかったのだ。



「——はあぁぁぁ……もう、とっととシャワーだけでも済ませて出よう……」



 カエは長いため息の後に、目を瞑ったまま、手探りで近くの棚からバスタオルを引き抜くと、他人に見られるわけでもないのに、自身の身体を隠してから浴室へと向かう。なるべく下を見ないように……

 そして、入室後は真っ先に向かうはシャワー……もうここでの行動は必要最低限。さっさと身体を洗って、軽く湯船に浸かり、風呂本来の目的を迅速に終わらす。既にカエの頭にはそれしかなかった……のだったが……



 その時だ——



「…………マスターーー」


「ッひにゃぁぁぁぁーーーー!!!!」



 突然、後ろから発せられた声に驚き、急いで振り向くとそこに……



「……ふぃふぃふぃ、フィーシア、さん? って、うぁああ!!」


「——もう、マスター。待っててくださいと言いましたよね?」



 そこには、フィーシアがいた。

 

 しかもだ……今の彼女は先程まで着ていたブカブカだったコートを脱ぎ去り、下はショートパンツ、上は薄着姿。長かった髪は頭の上でお団子に、それでも余った分を片口から手前に垂れ下げている……恐らく彼女なりに濡れてもいいような格好なのだろうが……正直、中身が男のカエからしたら、目に毒な格好をしていた。


 そして、カエ自身は裸姿……無論、カエに動揺が走る。



「どうしたのですか? 変な声を出して? それにダメじゃないですか……」


「……なな、な、何が——!?」


「髪をそんな乱暴に洗ったらです。マスターの綺麗な黒髪が傷んでしまいます」



 どうも、彼女はカエの髪の毛の洗い方が気に入らないらしい……

 そもそも、カエは長い髪の洗い方など知らない。

 確かに、洗い始めてからやりづらいとは感じていたが、『まぁーいいか?』と普段どおり、気にせず粗暴に洗っていた。



「そもそもフィーシアさん? 何でここに!?」


「……マスター? その“さん”付けやめていただけますか? 何だか、むずむずします。私に敬称はいりませんよ……もう〜〜…………私はマスターを全力で癒すため、お背中を洗って差し上げようと思ってましたが……予定変更です。マスターの髪の毛から全身にかけてワ・タ・シ・が、洗って差し上げます」


「——ッはぃぃい!!??」



 そう言って、フィーシアは手をワキワキさせながら、カエに近づいてくる。

 それには、カエも必死に抵抗するのだが……



「——い、い、いいから!! じ、自分で……洗える、から!!」



「——ダメです……私のマスターは完璧でないといけません」



「いや……でも……」

 

「ダメデス」


「えっと……その〜」

「ダ・メ・デ・ス……」

(ッて、近い近い近い……!!!!)



 次第に近づいてくるフィーシア……ついには逃げ場を失い彼女の顔が直ぐ目の前に……

 そんな状況で、どうしても見えてしまう彼女の瞳からは、可愛い顔には似つかわしくない程の重圧を感じる……


 蛇に睨まれた蛙とはこの事か——?


 恥ずかしい筈なのに彼女から目を離すことができない。



「マ〜ス〜タァァ〜〜ア?」

「……ッ………………はい……おね、がい……します……」

「——ッ勿論、お任せを(ふんす!!)」



 カエはついにフィーシアの圧に負けてしまった……先ほども言ったが、カエはもう限界であったのだ——




 この後……


『ちょ!! そんなところまで!?』や


『もうーやめてぇぇ!! 自分で洗うからぁぁ!!』と……


 浴室に悲鳴が響き渡るのだが……後になって、何故かこの時の記憶がカエには無かったそうだ。



 ただ……身体には不思議ととした感覚だけが残っている。





 実におかしな話もあったモノだ——


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