第105話 バイバイおねーちゃん!!

「……で、は、いつも通り隊長の付き人っスか?」


「おそらくは……セレーナ殿は真面目故、隊長殿の面倒は投げ出さないと思うでござるよ」


「……そうっスよね。隊長に彼女が付いているなら……とりあえず大丈夫。まぁ〜いっかっス。いや、良くはないけども……」



 そして……


 会議室を訪れていない人物で——最後に取り残された【セレーナ】だが……シュレインは彼女をあまり悪く思ってはいなかった。

 というのも、彼女もまた特殊な人物である為……というより、彼女は性格上……いや、正しくは隊長のお目付け役を担った人物だと認識しているからだ。よって、セレーナという人物は、いつも隊長とセットで考える。だからこそ、最後まで彼女の話題に触れていなかったのだ。つまり隊長不在の時点で彼女(セレーナ)が見当たらないことにも当然シュレインは納得していた。

 ここは……彼女の奮闘で、1分1秒でも早く隊長である【ナナ】をギルドに連れ戻してくれる事を願って——これが、彼女に向けるシュレインの唯一の念である。



 因みに——隊長に付き従う(と、言うよりお目付け役。目を離せない妹を見守る姉のような存在)セレーナだが……監査隊としての役目は、モミジと同じく諜報と斥候の——サブ要員のような人物だ。そして、弓矢を極めたを担っている。

 また……情報精査、管理も得意とする為、ついたあだ名は『秘書ちゃん』。大体、シュレインが報告書作成に煩わしさを感じた時——決まって、全てを秘書ちゃんに丸投げする。その方が適材適所——効率はすこぶる良いのだ。ただ……今回は隊長の落書きが確認されたので、彼女には気の毒だが後でシュレインの説教である。

 


 頑張れセレーナ——負けるなセレーナ!!



 と、ここで——



「もういいっス——会議が始められない事は、一旦置いておくとして……」



 シュレインは、話題に一旦区切りを付けた。


 話し合いが始まらない以上、いつまでも愚痴をこぼしていても仕方がない。グチグチと悪態を並べたところで、不在の3人が、今すぐこの場に現れるわけでもないのだから……


 シュレインは皆をまとめる副隊長として、それぐらいの見識は持っているのだ。



「——モミジ隊員に1つ聞きたいことがあるんスよ〜〜」


「——ん? なんでござろう。シュレイン殿——?」



 気分を切り替えるかのように眉間の皺をとっぱらったシュレインはモミジに話しかける。シュレインはどうも早急に聞きたい事があるようだ。



「時に——君に監視を任せてた2人の少女は、どうしてるっスか?」


「……と、言うと……『オニキス』と『クリスタル』のことでござろうか?」


「オフコース——彼女達、どうしてるかなぁ〜って——あ?! 変な意味はないっスよ。気楽に報告して欲しいっス。いつものようにね……」



 それは報告書にも、その記載があった2人の人物の現状だった。


 彼女達は、エル・ダルートを騒然とさせ、街の外——南方面を灰の大地に変えた犯人だった。ギルド特殊監査官はそんな人物を野放しにするわけにいかず——当然、監視者(モミジ)を置いていた。

 とは言え——監査チームとしては、2人との仲はより良いモノである事を望んでいる。



「できれば『冒険者』をやってもらいたいものっスけど、あの2人には困ったものっス。彼女達の求めてるモノは秘密であって、報告書を纏めるのにも偽名(オニキス、クリスタル)を使わないといけない。本当、面倒くさい……」



 シュレインの目の前に投げられたシワの寄った紙(報告書)に書かれた——オニキス、とクリスタル。コレは、本人達が内密な事の解決を望んだが為に用意した偽名だ。それぞれの髪色にちなんでセレーナが適当につけた。

 本部への口頭説明では当然本名を明かすが、記録を残すのなら偽名とした。彼女達の情報の漏洩を少しでも減らす措置である。



「報告……でござるか? まぁ、拙者もその事を談合の場で伝えようと考えてたでござるよ。先に報告しても……?」


「——ん。どうぞっス」


「……では……ゴホン——」



 モミジは少し、目を見開きキョトンとして見せたが、再度シュレインの許可を耳にすると、咳払い1つ——シュレインにとってまさかの報告が語られる。



「……オニキスとクリスタルの両名は……今朝方、でござるよ」


「ふむふむ…………ん?」


「えっと〜〜……だから、2人は街を出て旅だったでござる」


「…………?」


「…………シュレイン殿??」


「——ッ!? ッふえぇええーーーーっス!!??」


「——ッ!!?? ど、どうしたでござるか?!」

「——ッビクン!! シュンちん! うるさいなのぉお!! 惚けたナスさんなの!!」

 


 シュレインは突然絶叫した。



 彼が注視していた少女2人は知らぬ間にエル・ダルートを旅だった後だったのだ。













——今朝——





「2人とも、もう行ったしまわれるのですか? こんな早朝に……まだ日も出てないというのに……」


「ええ……ちょっと状況が変わったんです。周りの人に迷惑が掛かる前に私たちは街を出なくちゃね」


「……そんな。迷惑だなんて……」



 宿【孫猫亭】の入り口の扉を開くと、黒とも灰色とも取れる外套を纏う2人の少女が月明かりが一切ささない路地へと出た。それもあってか、この時2人の外套は漆黒へと変貌し、路地の暗闇に吸い込まれて消えてしまいそうだった。

 そんな2人を追って宿の女将ミュアンが顔を出す。だが彼女は扉が空いてるにもかかわらず、そこに不可視の障壁があるかのように手前で立ち止まった。

 ただ憂いを内包する瞳で、まだ幼い2人を見つめる。

 この時、ミュアンの持つランタンの明かりは、周囲の朝靄に乱反射し、彼女達を暖かく包み込んでいた。



「私は、そんなこと思っていません。まだ宿の宿泊費も残っていますし……」


「ありがとうございます、ミュアンさん。ですが、私達は行きますよ。コレは決めた事なので……宿泊費は、貰っておいてください。迷惑料だと思って……」


「…………」



 黒い外套の少女の1人、黒い髪のカエは、ミュアンの憂いを払拭するように、振り返って歪な微笑みを見せつつ優しい口調で彼女に答えた。当然、それは作り笑いだ。ミュアンを心配させないようにと、そんな必死な彼女の心の内が見え隠れする。



「では、行きますね。あまりゆっくりしていると日が登ってしまいますので……」


「……そう……ですか。お2人方ともお元気で——どうか、良い旅路を——」


「——ッはい。お世話になりました」



 ただ……カエは、ミュアンの表情が晴れない事を悟り、居た堪れなくなって足早に会話を打ち切った。すると、ミュアンは別れに対しても不誠実であってはならないと思ったのか、無理矢理と作り笑いを形成してカエに答えた。

 流石は宿屋の女将——形成した笑顔がカエの何倍も上手である。



 そして……カエは踵を返す。これに、彼女の隣——もう1人の外套少女、白髪のフィーシアはミュアンに丁寧な会釈だけを交わし、主人の後に続く。2人は路地の暗闇に溶けて行くか——といった……



 そんな時——



「ふみゅ〜〜? あれ? おねーちゃん達……何処行くの?」


「「「——ッ!?」」」



 ミュアンの背後の方から声が響いた。


 そこには、目を擦り、眠気に揺れる声の猫耳少女ミューリスの姿が……



「ミューリス……こんな朝早くにどうしたの?」



 この場に居た3人は、すぐ彼女に気づいた。母であるミュアンは、しゃがんでミューリスの肩に手を当てる。フラフラと歩く彼女を見て不安になったのだろう。自ずと口からは、早朝だというのにミューリスに起きてきている理由を聞いていた。



「えっとね……トイレ……部屋に戻ろうと思ったら、明かりが見えたから……」

「そう……なら、良い子だからまた、おやすみなさい」

「……ん。でも……おねーちゃん達は? 何処に行くの??」

「——ッ!?」



 この時、ミュアンはミューリスに再び眠る事を勧めたが、少女はカエとフィーシアの状況に疑問であるようで、それどころではないようだ。



「——おねーさん達は、ねぇ……」


「……みゅ、ミューちゃん?! 実は……おねーちゃん達はね。これから旅立とうと思ってるんだ」


「…………え?」



 母は、子供のミューリスを誤魔化そうと、声は震え辿々しかった。だがそこに、カエはその声に重ねて大きな声で真実を明かす。母親に残酷な役目を任せまいと気を使っての行動である。



「…………ふ〜〜ん。そうなんだ……なら……バイバイ、カエおねーちゃん! フィーシアおねーちゃん! 元気でね!!」


「——ッ!?」



 ミューリスは一瞬考える素振りを見せると、盛大に顔を綻ばせて元気よく見送りの言葉を口にする。



「…………ミューちゃん。結構キッパリと別れを口にするんだね?」


「……う〜〜ん? だって私、宿屋の娘だよぉ〜〜お別れなんて一杯してきたもん」


「はぁ〜〜強いんだね〜〜」


「当然だよ——えっへん!!」



 カエはそんな少女の姿に、思わず聞き返すと、少女は胸を張って豪語した。カエは少なからず「泣かれてしまうかなぁ〜」と思っていたため、彼女には内緒で居なくなる予定だったが……考えすぎだったようだ。至ってミューリスらしい反応が返ってきたものだ。



「じゃあ、私また寝るね〜〜夜更かしは……びよう? の天敵なんだって。私、知ってるんだから!」



 そして、ミューリスは振り返る。トテトテトテ——と部屋へと駆けていく。なんとも忙しない少女だ。


 だが……



「——ミューリス!」


「「「——ッ!?」」」



 ここで、彼女の名前を呼んで、足を止めさせたのは、まさかのフィーシアだった。



「マスター……誠に申し訳ございません。お手数ですが、1つお願いを聞いていただけますか?」

「……ッへ? お願い?? い、良いけど……何かな?」



 カエはあまり声を張り上げない彼女に驚いて、視線は驚愕を貼り付けてフィーシアに向けていた。すると……これまた珍しく彼女から懇願が飛んだ。カエはあまりの出来事に声を振るわせ動揺を隠せずに2つ返事を返したが……別に、これに関しては否定はない。滅多に我儘を言わないフィーシアからの頼みだ。それなら、荒唐無稽でない限り叶えてあげたいとカエは思っている。


 さて……そんな彼女が、果たしてどんなお願いをするのか?


 カエはフィーシアの次の言葉に耳を傾け身構える。


 だが……



「では……大変恐縮ですがマスター」


「…………ゴクリ……」


「まずしゃがんでください」


「しゃがむ? こう??」


「ええ……そうして腕を軽く広げて……」


「広げて……?」


「その状態をキープしてください」


「キープ??」



 フィーシアからの要求は、カエにはよく理解できなかった。宿屋の扉に向かって跪き、腕を広げて何かを受け止めるような姿——カエは心底疑問を頭に支配された。



「——では……ミューリス!」


「……え?!」


「良いですよ」



 そのカエの姿に満足したのか。ついでフィーシアは、ミューリスの姿を視界に捉え彼女の名前を呼んだ。



「……え? 良いよって……なんのこと? 私は……別に……」


「——ッミューリス」





 ミューリスは、最初こそドッシリと身構えていた。





「私は……宿屋の娘だよ? 何かして欲しいとか……寂しくなんてね……」


「——ミューリス」


「そ、そんなに名前呼ばないでよ……フィーシアおねーちゃん!! ……私は……!?」


「……ミューリス。良いんですよ? 我慢しないで……」





 しかし、フィーシアに見つめられ、淡々と名前を呼ばれる度、耳と尻尾がピコッ——と反応した。





「ワタシ……我慢なんてにぇ……して……」


「…………」


「シャビシク……にゃんて……にゃい……ん、だから……」





 次第に言葉を詰まらせ——目頭には熱い液体が溜まる。


 ついに……





「……ッ!? ミューちゃん?」


「——ッッッ!!」





 目頭から溜め込んだ涙を溢れさせ、少女は全速力で駆け出した。





「——ッうお!?」

「——ッ〜〜〜〜ッう……うわぁああ〜〜〜〜ん!!!!」





 ミューリスはカエの胸に飛び込んで——



 顔を埋めてただ泣いて……叫んだ。



 乾いた路地の空気に声は鳴り響く。


 

 コレでもかと……叫んで、響き渡る。



 叫んで叫んで——悲痛に訴えかける。



 その声はまるで「行かないで!!」と——



 一生懸命に語っていたのだ。



「……ッッッ……ごめんね。ミューちゃん。私、酷い事しちゃったかな? 黙って出て行こうとして……」

「ううう〜〜グスん〜〜おねえ〜ちゃん〜〜グスん〜〜うわぁああ〜〜ん!!」



 カエはそんな彼女を優しく腕で包み込み——頭を軽く撫でる。この時ばかりは『ロリに触れてはいけない』——そんな野暮なことはなしだ。

 これは少女の選択で、少女の求めた結果——ここで彼女に報いて受け止めてあげなくては一体誰が彼女を優しく支えてあげるのか……?

 気づくと、カエの視界の奥からは「あらあら〜」といった様子のミュアンの姿——この状況は母親公認の合法であることが証明された瞬間だった。



「……フィーシア? よくミューちゃんのこと分かったね? 我慢してるって?」

「そんなの当然です! マスターに向く思いは何でアレ——簡単にわかりますから!」

「…………フィー? 何それ??」



 この時、横目でフィーシアを捉える。彼女はミューリスの感情を読み取ってこの状況を作り出したのだ。

 泣かれてしまったにしろ……後で、知らぬところで泣かれてしまうより、胸の中で盛大に泣かれた方が、結果としては良かったのではないか? 


 カエはフィーシアの事を(一部を除いて)感心した瞬間だった。









 そして……



「グスん……ヒック……うう……」

「……大丈夫? ミューちゃん?」

「……ヒック……大丈夫にゃように……グスン……みえりゅ?!」

「……あ〜〜……あはは……」



 漸く、カエの胸から離れたミューリスにカエは優しく問う。「大丈夫?」と聞いたものの、赤く腫らした顔は大丈夫だとは思えなかった。間違えた言葉のチョイスにカエは乾いた笑い声で誤魔化した。



「う〜〜ん? そうだなぁ〜〜……ッあ! なら、ミューちゃんにこれをあげる。だから……元気だして?」

「……ふみゃ?」



 カエはインベントリから1つのアイテムを取り出す。


 『煌々とする赤の守り手』という、1つの髪飾り——何の効果もないただの装身具の1つ。赤い宝石が嵌め込まれた金の細工が目を見張る逸品。豪華な色合いの髪飾りだが、見た目はシンプルと、主張はそこまで激しくはなく。赤みの帯びたミューリスの髪の毛ともよく似合いそうだ。

 カエは空中にポンッ——と、髪飾りを出現させる。始めはこれにミューリス、ミュアン共に、突然のイリュージョンに体を跳ねさせ驚いていたが……数秒後にはトリックだとでも思ったのだろう平常心に戻っていた。


 と……カエは、それをミューリスの頭につけてあげる。



「——ッえ!? なに〜なに〜〜? ——ッ!? ふぁ〜〜!!」



 すると……ミューリスは、頭をブンブンと振り回し、頭に付く物体の存在を確かめる。そして……ミュアンの持つランプのガラスに、薄らと反射する赤い輝きを見て飛んで喜ぶ。



「——ねぇ〜ねぇ〜ママ! 見て見て〜〜カワイイ?!」

「……ッえぇ……でも、カエさん? こんな高価そうな品を娘に……? このような品、いただくわけには……?!」

「——ッピャあ!!??」



 ただ……ミュアンは、少女の頭の赤い輝きを恐々と見つめる。突き返してしまいそうな勢いだ。ミューリスはこれに飛んで驚いている。


 

「——ッえ? ああ……いえいえ、そこまで貴重ではありませんよ。簡単な素材で作れるモノですから……」


「——ッそ、そうなんですか?」



 だが、カエにとって『煌々とする赤の守り手』というアイテムはそこまで貴重ではない。これはアビスギアで簡単に手に入る素材でクラフト可能な装身具——同じものが100近くインベントリに入っているし……作ろうと思えば1000は作れる。ミューリスに記念としてプレゼントしてあげても、全く問題はない。


 しかし……


 これはあくまで、カエの認識だった。





 後に——





『この髪飾りの石……コレ、ルビー紅玉ですよ?』

『——ッえ!?』

『この留金も純金では——?!』

『——ッぇえ!?』

『金属の細工も見事だぁ〜そもそも宝石の細工はどうやって? 硬い原石にどうやってここまで細かい細工がぁ——!? あの、女将さん? これは、宝石の加工品としては、世界屈指の一級品ですが——!? このような品をどこでぇええ!!』

『……え、えっとぉ〜〜』



 ある時——宿を利用した商人の目に留まり、『煌々とする赤の守り手』の価値を知ってしまう。


 一時……


 ミュアンはこの髪飾りを物入れの奥へと仕舞い込んで隠そうとしたが……ミューリスはそれを嫌がり、無理してでもつけようとする。

 仕方なく表明を簡素なリボンで宝石部分を隠す手を講じた。



 そして、ミューリスはこの簡素なリボンの髪留めをこよなく愛し——



 赤い輝きは表立たないものの……



 彼女の髪には確かに……



 無垢な輝きはいつまでも存在し続けるのだった。


 



 



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