第122話 盗賊——それは伝説の生き物

「——ッいやァア!! ッ助けてぇえ!!」

「——ッお願い!! 殺さないでぇえ!!」



 森の中の街道——



 普段は風のせせらぎと、それに擦れる樹葉の葉擦れの音だけが存在するこの場で——人々の悲鳴が混じり気をみせる。


 また、それと同じく……



「——オイ!! ウルセェ!! 静かにしてろ!!」

「殺されたくなければ、ジッとしておくことだな?」



 手に湾刀を持ち、品行のカケラも見せる事のない血走った鋭利な眼光の男の集団が、女、子供に罵詈雑言の脅嚇を吐き捨てる。



「テメェ〜ら! 抵抗する奴は殺してしまえ!! 女、子供は無傷で生け取りにしろ! あとは、金目のものを全て奪ったら……荷馬車を壊せ! 魔物の仕業に見せるんだァア!!」



 男どもは、金品を奪う。


 荷馬車が横転し……女、子供は集められ……集団はこぞって下卑た笑顔を見せつける。それは手にした刃の金属光沢をちらつかせながら……


 この場の空気は……恐怖と、怨み……優越と狂気が混在し——険悪の温床である。









 と——











 そこより少し離れた茂み——



 そこでは、ピョコッと狂気の現場を覗く4つの顔が存在した。



「——なんですか? あの連中は……」


「——あれは……盗賊よ」

「——うん……盗賊だね」



 4つの覗く顔の正体……そのうち1つは髪から肌まで全身真っ白のフィーシア。彼女は、平然と強奪を繰り返す男達を視界に捉えてその正体を尋ねれば……彼女の隣より、冒険者であるレリアーレとアインは答え合わせをするかのように正体を口にした。



「盗賊? なんですかそれは?」


「え? フィーちゃん盗賊って知らないの? えっとねぇ〜盗賊って言うのは、旅者や商人を襲って金品を強奪する者のことよ!」


「あぁ……“アウトロー”のことですか。なるほど……」


「あうとろー? が、何かは知らないけど……つまり悪者よ!」


「あの〜リア? フィーシアちゃんに解説するのはいいけど……今、それどころじゃないだろ? 早く、助けないと……」



 疑問顔のフィーシアに我が物顔で『盗賊』についてのレクチャーをするレリアーレ——しかし、今は目の前で残虐非道な強奪行為の真っ只中。だというのにこの落ち着きよう——アインが、叱責を口にするのも仕方がなかった。



「ほら、ふざけてないで……リア、盗賊討伐行くよ!」


「——ふ、ふざけてなんてないわよ! ちょっとフィーちゃんに盗賊について教えてただけじゃない。——もう!」


「ごめん。カエちゃん。旅路を急ぎたいところだとは思うけど……冒険者として盗賊は見過ごせない。ちょっと待ってて……と言うよりアイツら蹴散らすのを手伝ってもらえると助かるんだが……」



 アインは気を切り替えた。彼の視線はレリアーレ、フィーシアを飛び越え……そして、その先——茂みから覗く4つ目の顔……カエへと声を飛ばして助力を願う。


 4人は旅の最中——突然森の中で盗賊を目撃する。今は茂みの中から様子を伺っていたところだった。


 アイン、レリアーレだけであっても盗賊ごとき簡単に仕留めてしまえたが……カエの手を借りれば盗賊など、赤子の手を捻るかのように鎮圧はさらに容易くなる。アインはその事がわかっていて彼女に声をかけたのだ。ただ、カエとは無闇やたらと力が知れ渡る事を嫌う——だが、人として非道なおこないを見過ごすのも道徳に反する。なので、アインはカエの良心に訴えかけるように話を振ったのだ。


 しかし……



「…………」


「……ん? カエちゃん?」



 アインがいくら待っていようとも彼女からの返答が帰ってこない。



「もしも〜し?! カエちゃん聞こえてる?」



 聞こえてなかったのか——と思いアインは再び、先ほどの声量以上の声音でカエを呼ぶ。騒ぎ立てれば、盗賊にこちらの存在がバレてしまう可能性はあったが……アインはどうしても疑問(カエの沈黙)を払拭せずにはいられなかったようだ。これにつられ、レリアーレとフィーシアも振り返っては視線をカエへと注いだ。


 だが……



「…………」



 カエは沈黙を貫いた。彼女が答えを吐くことはない。



「……?」



 ここで、アインはカエへと近づく、そして黙りな彼女の顔を渋々と覗きこんだ。


 すると……



「——ッ!?」



 喜色満面に盗賊を見つめるカエの姿があった。



「……か、カエちゃん??」


「——ふわぁ〜〜盗賊さんだぁ〜〜♪」



 ここで、漸く声を口にしたかと思えば、声音は黄色を帯び——そんな彼女の瞳は、純粋無垢な子供かのような輝きに満ちて盗賊に熱視線が注がれている。



「実は私、盗賊って初めて見たんだよ」


「は、初めて……?」


「てっきり『盗賊』って、絵本の中だけの【伝説】の生き物だと思ってた」


「いやいやいや……ドラゴンと同じ括りじゃないからね、盗賊って——? カエちゃん……君はそこまでの箱入り娘だったのかい?!」



 そう……カエは本物の盗賊を見た事がなかった。


 それもそのはず……カエの転生前は、ごく普通の日本人だ。盗賊なんていう中世を生きた存在や、ゲームや漫画の中だけに登場するカノ者を知るはずがなかった。


 それに……


 カエはゲームをこよなく愛するゲーマーだ。盗賊を見てみたいと焦がれるのも頷けるのだ。

 それは、簡単に表現するなら……【街を歩いていて偶然的に有名アイドルと出くわした】のと同義。

 それが盗賊だっただけのことだ。



「これが、本物の盗賊か! もっと近くで見てみたい!」


「あの、カエちゃん?! そんなこと言ってる場合じゃ……」


「だって、盗賊だよ!? これが、興奮しないでいられるかぁあ?」


「——ちょっと?! カエちゃん声を抑えて!」



 カエは呆れるアインに、激しい剣幕で声を荒げた。



 ただ……これだけ騒がしくしてしまうと……




「——ッオイ!! そこに居るのは誰だァア!!」

 


 盗賊の1人が叫びをあげる。

 4人は見つかってしまったらしい。



「——クソ! リア、戦闘準備だ! 即興でいくよ!」

「わかったわアイン——援護は任せて!」



 これにアインは舌を鳴らすと、レリアーレに指示を出して茂みを飛び出す。するとレリアーレは杖を力強く握りしめ、彼について飛んでいった。



「野郎ども——敵だ! おそらくは冒険者だ——油断するなよ!!」



 これに盗賊陣営からも警戒の声が上がる。集団は武器を抜き、アイン達に視線を向ける。



「オイ! 女がいるぞ? グヒヒ……商品追加だ。前にいる男は殺していいが……魔法使いの女と……後ろの小娘2人は捕まえろ。上玉の女だ。傷つけるなよ」



 先頭で指示を出す盗賊の男は、アインを覗く少女達を視界に捉えると目の色を変えた。

 レリアーレ、フィーシア、カエは——控え目に見ても顔の整った美少女達だ。これは盗賊にとって思わぬ収穫となったのだろう。もし仮に、彼らに捕まってしまったなら……その先の未来は碌でもない事だけは分かるだろう。



 そして……



 盗賊と冒険者が剣を構え、場の空気が張り詰めた。



 この瞬間——



 緊張感の欠片もない少女が1人……



「ほぉ〜〜これが盗賊かぁ〜〜。ゲームと比べると小汚いんだね。やっぱり相当美化されてるんだなぁ〜〜」

 

「——ッ!? な、なんだコイツはッ——!?」


「「——ッか、カエちゃん!!??」」



 睨み合っていたはずの両陣営の間に、いつの間にかカエがいた。彼女は目を細め盗賊先頭の1人をマジマジと観察している。



「——ッこの、ガキィイ!!」



 すると、カエ近くの盗賊の男は、突然出現した少女に驚きはしたが、反射的に掴みかかろうと腕を伸ばした。


 しかし……



「……ッ? おっと、危ない……」

「——ギヤァア!!??」



 カエは伸びた男の腕を掴むと、高速で身体の横を抜け足払い——と、同時に手首を捻ることで男を回転させて投げ飛ばした。



「——グゥ……クッソォオ——!! オイ! 弓だァア! 矢で射殺せぇえ!!」



 男は一瞬、苦痛に唸るが、地面に叩きつけられながらも仲間に指示を飛ばした。その胆力は天晴れだ。

 先ほどはカエ含めた少女達を生け捕りにする命令が飛んでいたが……一連の動作から男はカエを脅威だと認めたようだ。もう四の五の言っている余裕はない。


 すると……遠方から、問答無用に矢が射られる。その数、約十数本——カエに鏃が高速で突き立つ。


 かに思われるが……



「——ん〜〜よぉッと!」



 カエは身体を捻るように跳躍する。地面より1メートル弱の低空で回転すると……飛来する矢と矢の隙間を縫うように切り抜ける。

 ただ一本——カエの顔面に飛んで来る矢が——だが、カエは回転途中でも反射的に矢を捉え、それを掴むと地面へと見事に着地した。


 無数の矢の鏃が一本たりともカエに触れることはなかった。



「ねぇ〜おじさん? この矢って鏃に毒でも塗られてたりするの? テンプレだったらやっぱり先っちょに毒は塗るよね〜〜♪」



 ここで、カエは手に持った矢の先を凝視しながら地面に伏す男に話しかける。今の彼女は自身の知的好奇心を満足させるのでもちきりのようだ。



「——ど、毒なんて……塗ってるわけねぇ〜〜だろ! 商品を殺したら意味ないだろうがァア!!」

「ん〜〜? あぁ……なるほど……」


「か、カエちゃんは一体誰から享受を受けてるのよ!?」



 そのカエの身体能力に驚く場面ではあるが、レリアーレにとっては落ち着いて盗賊から享受を受けるその姿勢に驚いて、思わずツッコンだ。



 しかし……



「——グゥぅッッッ——オイ! 小娘ぇえ——!! 馬鹿にしているのかぁああ!!」



 地面に転がった男は侮辱行為だと思ったのか、唸り、声を荒げ怒鳴った。



「少しは、武に心得があるようだがなぁ……これだけの人数を相手にたった4人でどうにかできるとでも?! こっちには人質もいるんだぞぉお!! ——ッフッハハァーーア! 小娘、オマエはこの俺が引ん剥いて辱めてやろう! 覚悟しろぉおお!!」

「——ッぉお!! 凄く盗賊っぽいセリフ!? こ、コレが本物かぁあ!!」



 ようやく起き上がり、少女から距離を取ったかと思えばコレを吐き捨てた。


 男のセリフはどこまでも卑下しており、カエを陥れる気しか感じられない。 だが、カエがこの時、やたらと嬉しそうにしていたが……唯一、アインとレリアーレが顔を顰めていることからも、カエのこの反応は非常識であるようだ。


 しかし……


 その男の発言や——カエの非常識な反応に触れる前にだ。


 この時——





——ドォッーーン!!!!





 1発の発破音が林中に鳴り響いた。



「「「「——ッ!?」」」」



 当然、この場の者全てが驚き飛び跳ねる。



「——ッえ?! ふぃ……フィーシア、ちゃん??」



 そして、全員が音の出どころに視線を向けるのだが……そこに居た人物の正体をカエが疑問を貼り付け呟いた。



「——ッッッギャァアアアア!!!! お、オレの腕がァアアア!!!!」



 だが、その発起人も気になるところだが……発破音の後、数秒後に断末魔が上がる。その正体は、カエに悪態を吐き捨てた盗賊の男——気づくと、怒声を張り上げたタイミングで、カエを指差し突き出していた右腕——その手首より先が無くなっていた。男はこれに気づいて悲鳴をあげたのだ。


 突然の発破音……音の出どころに立つフィーシア……そして、盗賊の無くなった右手。


 全てに関連性がありそうだ。



「フィー? ど、どうしたの?! いきなり、ライフル発砲して……」



 カエは、恐る恐るフィーシアに理由を聞く。今の彼女は、不穏な空気を纏い——気づくと桜色のライフル銃を抱えている。銃口からは、薄らと煙を吹いてる事からも……フィーシアが男の手首を撃ち抜いたのだと思われる。カエだけが知る現状だ。



「…………」



 だが……フィーシアは黙りだ。ゆっくりと歩み、やがてカエの横を通り過ぎると右手首を押さえて蹲る男に銃口を突きつけた。



「……ねぇ……アナタ……」


「——ッヒィイ!?」



 この時のフィーシアはただならぬオーラを放っており、口から発した声の震えは……可憐な少女から発したとは、俄には信じられないほど震撼させられる。銃口を突きつけられる男は、少女が何をしたのか理解できないにしろ、その剣幕に思わず瞬間的な悲鳴を溢した。



「今……なんて言いました? マスターを“引ん剝く”? アナタ……死にたいようですねぇ〜〜?」



「フィ、フィーシア!!??」



 フィーシアは、憤っていたのだ。盗賊のセリフは、彼女を怒らせるのには十分——大切な主を『辱める』との発言がフィーシアの逆鱗に触れてしまったのだ。



 眠れる魔王を呼び起こした。



 そして……



「——ッマスターをッッ……マスターをッッッ——マスターを引ん剝いていいのは“私”だけです!!!!」



 と——フィーシアは叫び、盗賊の集団に果敢にも飛び込んでいく。



「——ふぃ、ふぃ、フィーシアちゃぁあああん!? そ、そんな恥ずかしいこと、お外で言っちゃダメぇええ!! てか、君も引ん剥いちゃダメだからねぇええ!!??」



 これにカエは赤面して絶叫した。彼女の羞恥はマックスに上昇したのだ。



「——か、カエちゃん?! あ、あなた達って……そ、そんな関係だったのぉお??」


「——ッちッッッがぁあーーーーう!!!!」



 ここでレリアーレは口に手を当て、驚愕的事実に驚きを禁じ得なかった。カエは彼女に全力で無実を訴えた。



「ていうか……これ俺たち要らなかったな? フィーシアちゃん1人で片付けてしまいそうだ」



 アインの言う通り——フィーシアは大暴れで、盗賊の集団を蹂躙し始めた。その姿は、宙を舞う白い死神——この時、見事なのが致命を避けている点だ。絶妙に死なないギリギリを攻めている。


 ただ……それであっても、盗賊にとっては地獄に他ならない。


 このまま、数刻しないうちにフィーシアは全ての盗賊を鎮圧してしまう事だろう。


 だが、ここで——



「——お前らぁあ!! そこまでだ!!」



 突然離れた場所から声が飛んだ。






 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る