第91話 衝撃

「オイ!? なんだよ……あれ……!!」



 アインの耳は——遠くから響く驚愕の声を拾った。


 彼の周囲は乱雑と箱が積み重なり、周辺を見渡す限りでは大した情報を拾うことはできない。ただ……突如として上がった声は、アインの気を引くのには十分で——気付けば声の出所へと振り返っていた。するとちょうど木箱の頂点に小さな人影が……おそらく、その人物は城壁上部でも別段高い位置にいるようだが、この時……アインの視線上には、木箱の頂点と声の主の足元の床が重なって木箱の上に小人が佇んでいるようにも見える。

 アインはその小人をよく観察する。見た目は至って普通の男の冒険者だが……高台に一人身を置く姿からは、その人物は観察眼に優れる監視者の役割を任せられていると推察できる。ただ……アインが気になったのは、そんな男の役割以前——そこには大きな気づきが2つ——


 1つは、遠くにいるであろうその人物を、アインの目がとらえていると言うこと……

 ほんの数分前までは、数メートル先ですら見渡せないほどの霧があ辺り一面に蔓延していたのが……数十メートル先にいるであろう男を捉えるまで、視界は回復しきっていた。


 そして、もう1つが……その男の挙動——


 必死に何かを指差し、そして振り向く姿は、仲間に何か重大な情報を共有しようとでもしているような——これにはアインも、その『重要な何か』が気になり、彼の視線は男の指先をなぞった。そこは、城壁の外側……この街が「金色」と呼ばれる由縁である黄金の草原が広がっているであろう場所だ——霧はまだ周囲に漂って見せていたが、早朝からの時間経過はだいぶ進み、この時朝日が登り陽光による光がアインを襲っていた。霧と黄金の絨毯の乱反射がアインの目頭に深く皺を築き……光に鬱陶しさを感じれば、感じるほど、皺の濃さが増す。

 だがアインは、反射光に目の痛みを感じながらも、これに耐えて瞼を持ち上げる。

 すると……高所に吹き荒れる風のイタズラは止まることを忘れ、漂った霧は次第にそれに嫌気をさしてか、逃げだした。


 そして、霧の合間からは徐々に黄金の絨毯が覗き見えてくる。


 しかし……



「——ッ!? なんだ……あれ??」



 アインは遠くで聞いた男の驚愕と全く同じセリフを口にした。


 彼は白の隙間に黒い箱を見た——前日、草原は事前確認としてザッと眺めていたアインだったが……その段階では、あんな『異形の物体』は間違いなく存在していなかった。そもそも、あんなものを見ていればまず忘れる筈がない。しかし、今は街から遥かに離れた位置に横並び——霧がその姿の一部を隠しているため、全貌は把握できないが、軽く10を超える箱が並んでいるのがわかる。

 アインはその正体に検討はつかないものの……それなのに、彼自身——何故か『既視感』を覚えていることに気づいていた。





 俺は、前にもこんな感覚を味わった事があるような——?





 デジャヴ——としてアインの感情を揺さぶる『不安感』……その正体は何なのか? 確証はないにしろ、アインには1つ——思い当たる節が……



 アインは一瞬、草原から視線を外し、近くにいた黒い外套を纏う白い少女を視界に捉える。この時、アインが想起していたのは、ガラス板を凝視して何か作業をする少女が『マスター』と呼んでいた人物——その彼女が手にした“白い戦斧”を見た時……それに、彼女たちが拠点としていた“せーふてぃはうす”なる建築物を消して見せた時の——感覚……


 あの黄金の絨毯の上に並べられたおかしな箱からは、彼女たちの所持するおかしな装置の数々と酷似している気がしてしまう。


 そして……現在エル・ダルートの街には時期とスタンピートで溢れた魔物の群れが衝突する。


 この2つの考えがアインの脳内に想起された時——あの黒い箱は……



 


 開けてはならない『パンドラの箱』のように思えてしまったという。




 

 と、ここでアインが考察を巡らせていると——



「——ッ今度はなんだ!?」



「——ッ!?」



 またしても叫び声が飛んだ。


 アインは、一瞬声に引っ張られ反射的に振り向こうとしたが……すぐ、声の原因がある方向はそっちではないことに思い至る。よって、動きを瞬間で止めると、再び街の外に視線を向けた。

 気付けば周囲は霧が完全に晴れ、目の前に広がる風景は澄み切っていた。黄金の絨毯はすでに高く上がった太陽に照らされ風に煽られて波打っている。遂に四角い黒い箱は全貌を露わにし、その数24——だがその他に分かることは……

 視線を黒い箱を飛び越え——草原地帯と森の切れ目を捉えると、そこには無数の影……いや、アレは魔物の群れ——スタンピートの魔物の群れの先頭が差し迫っていた。おそらく群れはまだ森の中へと続いているのだろうが……現段階で確認できる魔物の数はおよそ1000体——事前の会議では、この群れの総数は3000と聞いている。よって今見えるだけでも群れの1/3に当たるわけだ。そして、その陰は一直線にこっちに……と言うより、この街を目指している。遂にスタンピートが街に到着するのだ。



 だが——



 先ほど唐突に上がった驚嘆の声だが……その持ち主が驚いたのは……



 『魔物の群れ』に——?



 違う……その人物が気にしたのは、魔物の群れの手前に控えた黒い箱の列——と言うより黒い箱に変化があったからだ。

 この距離では詳しい変化までは確認が難しいが……明らかここでも分かる変化、いや現象が……

 24もの並んだ黒い箱より、無数の煙が立ち込める。それは線状に真っ直ぐと魔物の群れを目掛けて伸びていく。アインもその現象を捉えているが……声に出るほど驚くとすれば、それしか考えられなかった。


 そして……


 やがて煙は魔物の群れの中に……


 すると——





 閃光が上がった。





 煙1つ1つ……地表に着弾した瞬間に眩い紅色の光と炎が立ち込める。





 爆炎が上がったのだ。




 

「——はぁ?!」



 アインはこれに呆気に取られ、目を大きく見開き硬直する。予想だにしない現象に思考が追いついていない。


 一体なにが——


 アインは魔法による爆発現象ぐらいは目にした事がある。だが……今の輝き、その大きさと威力、物量は……今まで見てきた魔法では類を見ない脅威を内包するものだ。それが24もの箱の中より……更に言えば1つの箱から複数もの魔法が放たれたように見えた。この死の煙は、魔物の群れ一面に降り注ぎ、朝日に負けず劣らずの閃光を発生させる。


 アインはそんな炎の花を我を忘れて見つめ続ける。





 ………あ、の………



「…………」



 ……すい…ま、ん……お……



「……ッ…」


 

「あのぉ……聞いてますか?!」


「——ん!? ッへぇ??」


「衝撃がきます。頭を下げて身構えることを推奨しますよ」


「……ッえ?! 衝撃……!?」



 ただ、そんな惚けたアインの意識を冷まさせたのは、近くにいた白い少女フィーシアだった。アインは驚いて彼女を捉え、上目遣いで睨む少女の顔が視界に飛び込んできた。すると、すぐさま彼女の発した言葉について思考を傾けるのだったが……


 次の瞬間……





——ドゴォオオオーーーーーーーン!!!!



「——ッ!!??」



 アインを耳が劈く爆発音と強風が襲った。



 その衝撃は凄まじく、周辺に乱雑と置かれていた荷物の山を等しく崩し吹き飛ばす。



「——ッうわぁあああ!!??」

「——ッキャァァアア!!??」

「——ッイヤァアアア!!??」



 遠くからは複数の冒険者の悲鳴が響き渡った。



「嘘だろ——!? ここまで、この衝撃……一体どれほどの威力の魔法を?」


「魔法じゃありません。単なる“ミサイル”ですよ」


「はぁ?! みさ、え……なに!?」


「ミサイルです……って言ってもあなたに説明してもわからないですね」


「その口ぶり……フィーシアちゃんは、アレがなんなのか知って……——ッ!? もしかして、カエちゃんが見当たらないのは……」



 衝撃が収まると、アインはあまりの出来事に堪らず疑問を叫び散らかす。すると……フィーシアが声を拾って反応してみせた。アインには、彼女の口にした“みさいる”と言うものがなんなのか皆目検討がつかないが、直前にみせた火柱を考えれば碌でも無いシロモノとだけを知った。だが、この時——アインはあの爆発の正体以前に、とんでも無い考えを想起してしまう。

 この目の前の少女と共だって行動していた黒髪の少女カエの存在が見当たらない事と、爆発について知っているフィーシア、更にアインの抱えた既視感から導き出された衝撃的な事実——



「カエちゃんは——もしかして、あそこにいるんじゃないよなぁあ!?」



 アインは爆発現場の方角を指差し、そう叫ぶ——



 

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