第90話 霧の中の戦闘準備(カエ、フィーシアの場合)

 霧が立ち込める黄金の草原地帯——



 エル・ダルートの街の近郊には、黄金の草原地帯が広がる。それはこの街が「金色(きんしょく)の街」と呼ばれる由来を担う美しく広大に広がりを見せる草原だ。

 この地は山岳の地とあって、基本毎日強い風が吹く——金色の草原は強風を受け、日々——草の音をコーラスとして奏でるのだ。


 ただ……


 早朝は話が別——風はなりを顰める。


 広大なコーラスもそれに釣られて静まり返ってしまうと……そのかわり、あたり一面に現れるのは濃い霧だった。

 せっかくの黄金の絨毯を覆い被さり隠してしまうほどの濃霧に見舞われるのだ。ここ周辺の地形は、山々にかこまれたすり鉢状になっている。普段は強いはずの風は早朝になると勢いを失い、その影響ですり鉢の中は放射冷却によって靄に覆われる。すると黄金の草原はエル・ダルートの街含めてすっぽりと隠されてしまうのだ。



 現在——早朝の【黄金の草原】では、弱々しい風に煽られ、草音は精々鼻歌程度の勢いにしかならなく、真っ白な空間に溶けて消えるのみだった。



 が——



「ピュッ〜〜♪ ピュ〜〜♪ ……」



 立ち込める濃霧の中からは——草の鼻歌に混じり、口笛が鳴り響いていた。



 黒い戦闘服姿のカエは——口笛を吹きつつ濃霧の中の草原を歩いている。ただ、その姿は闇雲に歩いているわけではなく、目的を持って一直線にある地点を目指していた。この時の彼女は、自身の力の一部【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】(名前が長いのでカエは『探知機』と呼んでいるが……)この装備アイテムとシステムを繋ぐ事で、濃霧の中を迷う事なく歩くことができている。そして、口笛吹きつつ陽気な彼女の左右の手には黒いコードの先が数本握られていた。カエの後ろには引きずられたコードが草の根を掻き分け伸びているのだが……そのコードが一体どこから伸びているのか……その先が気になるところだが、あいにく、霧と背の高い黄金の草によって、コードの先がどこからきているのかはカエのいる地点からは確認ができそうになかった。



「…………お! ここだ、ここだ!」



 そしてカエは、目的地に着いたのか……口笛を吹くのをやめ、地面のある一点に視線を集中させる。そこには草を押し潰すように四角い装置のようなものが置かれていた。



「さてと……じゃあ、このコードを〜〜と、ここに繋いで……」



 すると……カエは装置に近づき、手にしていたコードを装置へと繋ぎ始めた。





 【アビスギア】のゲームでは、プレイヤーキャラが装備する武器や武具の他に——多種多様な装置が登場する。それは敵を攻撃する砲台だったり罠だったり……基地やセーフティハウスに付属させる周辺機器だったりと多岐にわたる。ただ、その装置一つ一つはあくまでアイテムとしてプレイヤーが制作をし、そしてプレイヤーの手によって『設定』や『繋ぐ』という作業が存在した。なんと【アビスギア】——普通のゲームでは片手間で設置するようなアイテムの類を、現実を忠実に再現するあまり、一つ一つをプレイヤーの手で一から設置や設定……作業をさせる鬼畜仕様なゲームであった。

 カエの使用している「探知機」や、【飛竜種イグニス】にフィーシアが放った「麻痺罠の筒」と簡略として使用できるアイテムも当然存在するのだが……コレらはあくまでレアリティの低いアイテムで、威力や性能は低めの分類である。そして、コレよりも強力で便利な装置や兵器となってくると、製作に費やす素材、時間、手間等は、当然——威力、性能が上がるにつれプレイヤーに求める労力は比例して尋常ではなくなってくる。


 例えば……


 カエのアイテムに存在した【セーフティハウス】だが、コレは言うなればプレイヤーの労力の集合体である。

 始めは建物の『側』の制作が求められ、『部屋の増設』『キッチン設置』『作戦室完備』『部屋のモニター』『家具』『防衛機構』『探知機の抽出機材』『武具改造ユニット』『アイテムとしての持ち運び適応』等……を素材をかき集め制作——おまけに設置までしなくてはならない。

 では……更に『部屋のモニター』を例に深追いして解説をしていこう。部屋のモニターとは、フィーシアが操作をし、入り口前のアイン、レリアーレの2人を映し出していた時に使用していたものだ。この例で言えば……モニターを形成する『プロジェクター装置』『モニターメインシステム』『外付けカメラ』と……大まかに言えばこの3つのアイテムを制作しなくてはならないのだが……この他にも機材を繋ぐ『コード』や『設置台』、『固定金具』と細かいアイテムまで存在する。更に言えばコレらアイテムは設置場所や性能、機能を考えると1つだけ作ればいいと言った話ではなくなってくる。『プロジェクター装置』にしても『画面』『キーボード』『コントロールパネル』だけに3つ必要となってくるし、それらを固定する『金具』『設置台』システムに繋ぐ『コード』も3つ必要となり、外の『カメラ』とそこに繋ぐ『コード』をさらにもう一本……カメラに操作の機能をつけるのであれば『モニターサブシステム』と『カメラ操作機材』と『専用極小コード』『特殊金具』……カメラを増やしたければ同じアイテムを増やす分だけ……機能を増やせば機能を増やしたい分だけアイテム制作が求められてしまう。


 コレだけ聞けばお察しだろうが……『部屋のモニター』1つでコレだ——【集合体】と表現するのもお分かりいただけるだろう。


 アインがセーフティハウスを攻撃しようとした珍事件があったと思うが、そこで彼の奇行を止めたことに安堵したカエとフィーシアの姿も……『防衛機構』の摩耗と機材故障を危惧した部分も人命以外にも少なからずあったからだ。慌てるのも無理はない。

 もし、仮に——セーフティハウスに特大の砲弾でも落ち、木っ端微塵にでもなろうものなら、プレイヤーにとっては発狂ものであろう。カエの【セーフティハウス】にしても、彼女は今のハウスを形成するのにも軽く100時間は費やしているのだから……その労力が崩れさったとなれば泣き叫びたくもなるってものだ。





 と——そんなことよりも、話を戻そう。





 カエが現在、コードを繋いでいるのは『とある装置』と『システム制御装置』兼『操作パネル』を繋ぐためのものだ。



「…………ん? なんだコレ? あれ? 繋がらない……」



 当然、その『装置』とやらもゲームを忠実に再現するあまり、制御装置へはコードを引き接続はプレイヤーの手で……ただ、ここは実際のゲームではなく現実世界である為、プレイヤーとの部分は“カエ”と置き換わり、人力で準備に勤しんでいた。

 この世界に転生させた女神は、やたらと『忠実』との部分に裏切りがない定評ある人物だったが、まさかゲームの鬼畜仕様まで再現されてるとは……誰が予想できようか。ただ……カエはこの事を諦めながらも、意外と文句ひとつなくセコセコとコードを繋いでいた。ここまでコードを引っ張ってくる最中の口笛は——そうでもしないと気が狂いそうだったがために、気を紛らす防衛行動の一つとも捉えられなくない。

 だが……ここへきて、装置とコードを繋ぐも——コレが中々と上手くいかず……

 

 遂には……


 

「クソ!! 何だよコレ——ッッッ〜〜もぉ〜!! ぁぁああ〜〜やだぁ!!」



 カエは我慢の限界を迎え、コードと装置を地面へと投げ捨てた。ゲームであれば、『コード』と『装置』を選択して「繋ぎますか?」との返答に「YES」と答えるだけで済む話が、現実ではアナウンスもなければ機材もインベントリからポイッ——と地面に投げ出されるだけで説明1つとして無いのだ。

 カエの人生経験を振り返っても、機械弄りなんて一般人レベルもいいところで、そこまで詳しくもない——結果、配線コードの順番も説明書無しにいきなり『やれ!』と言われても無理があると言うもの……カエが短気を起こすのにも致し方ない。


 そんな時——



『——〜〜ッッ……ッま……マスター!』

「——!? フィーシア?」

『こちらフィーシア……ただいま配置につきました』



 唐突……カエのサポーターであるフィーシアの声が近くで反響した。しかし、この場には、あの真っ白な彼女の姿はなく、ただただ霧が立ち込めるだけの空間しか存在しない。霧との保護色で彼女が見えない——とも思われる場面だが……そんな事はなく、実際にこの場にはフィーシアは居なかった。


 そのかわり……


 カエの近くには小さなガラス板——いや、画面が浮いている。そこには、白くて可愛い顔がアップで写っていた。この場から離れた位置に居るフィーシアの姿が通信によって写しだされていたのだ。ただ、彼女の背後が霧で白かったものだからか、カエはフィーシアの顔を見て思わず、クスッ——と笑ってしまうのを必死に怺えている。



『マスター……何かお困りのようでしたが、どうかしましたか?』

「——ん?! ああ〜……えっとぉ……」



 フィーシアは、そんな笑いを堪えてみせるカエには触れる素振りはなく、主を心配する声を画面越しに掛けてくる。どうも、先ほどのカエの癇癪をフィーシアに見られていたような反応だ。カエは、フィーシアの真面目に心配する声を拾うと、嘲笑していた自分が恥ずかしくなったのか……思わず気恥ずかしくなって視線を画面から逸らした。


 そして……



「……こ、コードのね……繋ぎ方が……上手くいかなくてね……」

『コードですか?』



 それでも、自身がなぜそんな短慮な行動に出たのかを、ボソボソ——とカエが語ると、フィーシアは声を漏らし問題の“コード”を視界に捉える為か——宙に浮く画面の向きが装置の方へと変わる。



『ああ……それでしたら、今刺さっているコードのうち“3番”と“8番”のコードを抜いて、“23番”のコードを“3番”が刺さっていたところに……“8番”が刺さっていたところには“Energie”と書かれたコードを繋いでください』

「え? 何だって??」

『そうしましたら“3番”のコードをそこより6つ右隣に繋ぎ、それから……』

「フィー!? ちょっと待って!!」

『——ッ? どうかしましたか、マスター?』

「もう一回最初っから言ってもらっていい?」

『……ッ……了解しましたマスター。では“3番”と“8番”の……』

「……ふむふむ……」



 すると彼女は、現状を素早く読み取ってみせると、間違った箇所の指摘を口にする。ただ……“何番”のコードを、抜いて〜刺して〜と捲し立てられても、カエの脳は処理に追いつかず多少困惑こそした。だが、フィーシアはそんなカエの状況を悟って、もう一度最初からゆっくりと説明を喋る。

 そしてカエは、なんとか装置とコードを繋ぎ終えるのだが——おそらく、この時のフィーシアの解説が無ければ、こうして無事に配線を完了することはできなかっただろう……カエは、ホッ——と胸を撫で下ろす心持ちであった。

 まさか、フィーシアから配線説明アナウンスが聞けるとは……これなら初めから彼女から詳しく話を聞いていれば、作業は早急に終了していた事だろう——

 だが、そうなってしまったのも“ゲーム”と“現実”との食い違いが、コードを引っ張り出す前のカエには全くもって想像していなかったものだから、仕方がないのだろう。

 フィーシアは実に良いサポーターである。そもそも、彼女はカエと違ってゲームのキャラクターであるのだから——こういった作業に関してはお手のものなのかもしれない。


 だから——と、いうわけでもないが……


 こうして、フィーシアをサポーターとして、カエがのは正しい判断だったと——カエは自身で感じいっている。



「さて……次は〜〜とぉ……」



 最後のコードの配線作業を終え安堵するカエは、その場に立ち上がると周囲を見渡凄す。そして、次なる行動へと思考を傾ける——まずは、フィーシアと再び連絡を繋ぎ、について、再度確認を——と、宙に浮く画面を探し始めた。


 だが……その時——



『……誰かと思えば……あなたでしたか……』


「……ん?」



 カエは、フィーシアの可笑しな発言を耳にする。


 カエはその声を拾って、次の瞬間には画面を再び視界に捉えていた。ただ、その画面からは何やら話し声が……



『……何かご要件…………?』

『——ッあ…………要…………けど……』

『そうですか…………今すぐ立ち去っ…………おそらく邪魔……ので……』

『……うう……凄く……だ………』


「なんだこれ……フィーの近くに誰か居るのか?」



 声音を聞く限りでは、どうも2人の人物による会話が画面から響いてきている。

 1つは当然フィーシアのモノだ。それは、先ほど通信によって画面越しに顔を確認したことからもフィーシア以外考えられない。おそらく彼女は通信先の画面の目の前にいるはず——したがって、カエの耳は辛うじてフィーシアの声を拾うことができていた。

 ただ……もう1人の声は上手く聞き取れない。おそらく『男』ではあるようだが……その声は遠く、ボソボソとしていて上手く聞き取れない。


 コレに、カエはすかさず画面に近づき……耳をすませる。


 すると……



『あの……話が聞こえてますか? ジロジロと、どうしたと言うんですか?』



 この時の会話を聞く限りでは、通信先の状況を把握する事は難しい。だが……フィーシアの声音からは明らかな嫌悪感が感じ取れる。これには彼女と対峙する『男』が原因であると思い至るのは当たり前。


 で——



「……ッフィー? ッフィーシア?! どうしたの! 何かあった?』



 カエは、何かトラブルに見舞われたような……そんな彼女が心配になって、画面を覗き込むように大切な妹の名前を口にしたのだ。


 すると……



『…………マスター?! 申し訳ございません。ご心配をおかけして……少々、不足の事態に直面しまして……』


「不足の事態ッ——て……だ、大丈夫だったの!!」



 すかさず、フィーシアから通信の返答があったが、彼女の口からは不安な言葉が——当然、カエは慌てて詳細を求めフィーシアを心配する。


 そして……



『……ッあ。ご心配には及びません。作戦実行には何ら影響のない些事ですから……』


「ほ……本当に?!」


『ええ……通りすがりのに遭遇しただけですので……』


「……ッあ、な〜んだ……通りすがりの変態に……って——ッと、ッと、ッ通りすがりの変態!!??」



 次のフィーシアの発言でカエは驚き叫びを上げた。



『……違う違う! 俺だ……ッ俺! アインだよ。かえちゃん!!』



 すると、続けて飛んできた変態の声で——フィーシアを困惑させる男の正体が判明する。



「——ッまたぁ〜〜——オマエかぁあああ!!」


『——ッえ!?』



 これにカエはブチ切れて画面に怒声を飛ばした。



「テメェエエ!! うちの、フィーシアちゃんに手ぇえ出してみろ! ただじゃおかないからなぁああ!!」

『ちょっと……カエちゃん?! 落ち着いてくれ!!』

「これが落ち着いてられるかぁあ!! フィー! ちょっと待ってて……今からそこに言って、悪い虫はおねーちゃんがブチのめして——!!」



 と——カエは大荒れで画面を叱責する。まさかのエンカウント率を誇るアイン変態に対しての怒りも勿論だが——フィーシアの発した『変態』との言葉。そして、大切な妹と“変態”が2人きりとの状況が、カエの逆鱗に触れてしまった。

 すると……この後のことなど気にせずに、カエはフィーシアの元に飛んで駆けつける勢いで言葉を捲し立てるのだったが……


 ここで——



『マスター! 大丈夫です。私は問題ありません!』

「——ッ!? フィーシア?」



 フィーシアの声がカエの奇行を止めるべく割って入ってくる。



『先ほども言いましたが……これは私にとって些事ですよ』

「ほ……本当に?」

『ええ……それに、この変態が何かしてきたとしても、一瞬にして返り討ちですので問題ありませんよ』

「確かに……そっか、なら大丈夫か」

『はい、大丈夫です! 安心してください』

『いや……待ってくれ……これのナニが大丈夫なんだい? 俺が全然安心できないんだが……』



 カエはフィーシアの「大丈夫!」との言葉に一体は『アイン変態』のことは忘れることにした。もし間違いがあったとしても……フィーシアの力なら、変態の1人や2人を血祭りに上げることなど造作もない。なら、ここは1つ——彼女がやりすぎてしまう未来だけは訪れないように——とだけを願いを込め。『』に集中するだけである。



『マスター……時期に霧も晴れます——準備を……』

「わかったよフィー……それじゃあ、いっちょやりますか」



 気づくと、カエの周囲は流れるような霧の動きが目視できていた。次第に草のコーラスも激しさを増している。


 すると……一瞬……


 霧の向こうに黒い四角い影が——



「システム——操作パネルを展開……DM装置を起動!」


------システム>>>装置パネル接続展開

>>>DMーーーー装置にコネクト……

>>>接続成功>>>許可申請をシステムに開示



 カエが空間に言葉を発すると……草原には機械音声のアナウンスが呼応して流れる。

 すると……突如としてカエの近くに落ちている装置が動き出し……すぐ目の前には大きな画面が展開——そこには幾何学な模様が浮かんでいた。



「続けてDM発動申請を許可……一号から二十四号まで——!」


------システム>>>声帯装置>>>マスターを感知!

>>>許可申請------申請中------申請中------……

>>>許可を受託——OK——



 そして、カエはアナウンスに合わせ宣言を口にしつつ、画面の表面を触り作業を進める。



「全機、発射シークエンスに移行!」


------システム>>>全機に告ぐ

>>>発射シークエンスに移行

>>>OK>>>

——マスター準備が完了しました——


「よし……じゃあ、『ゲーム』を始めようか。フィーいける?」

『はい……私はいつでもいけます』

『——え?! いけるって……君たち2人は何を……そもそもカエちゃんは一体何処に居るんだい?』



 これで、準備は整った——



「『ゲーム』開始だ!!」

『ちょっと?! 俺の質問にも答えてくれないかい??』



 そして、霧が晴れるとカエの左右には24機もの機械の箱が立ち並んでいた。




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