第142話 もしかして これ?
「では改めて、よく来てくれた。私はここ冒険者ギルド、シール支部の副ギルドマスターをしている“ディラン”だ。よろしく。この度は急なお呼び立てをしてしまってすまなかった」
ここ冒険者ギルドの副ギルドマスターである【ディラン】は4人とは反対の椅子に腰を落と、改めて挨拶を口にした。
「いや、気にしないでくれ。清竜の涙パーティーのリーダーを務めているアインだ。こちらこそよろしく」
これにアインが代表して答える。2人の男の手が自然と卓上で結ばれた。
「では、早速で悪いんだが、本題に入らせてもらう。実は君たち呼んだのは依頼があってのことなんだ」
「なるほど……そうではないかと思ってたが、やはり……」
そして、2人が深く座り直し、椅子が軋む音を皮切りに、ディランは口を開く。案の定——清竜の涙を探していたのは依頼についてだ。この第一声を聞いた時……カエは「あれ? 私とフィーシア要らなくね?」と思っていたが、突然フィーシアが頭を擦りつけ甘えてきたので、撫でることに注力して特に文句は口にしなかった。
「依頼とは言ったがな……実は私個人からのお願いあってのことなんだ」
「ディランさんの?」
「あぁ、騎士団をかえして呼びつけて、職権を乱用したみたいで大変心苦しいのだが……どうしても時間がなかったんだ。本当にすまない」
「頭を上げてくれディランさん。俺たちもたまたま居合わせたとあるので、特に迷惑だと思っていません。我々にお役に立てることがあれば言ってもらいたい」
「アイン殿——ありがとう。恩に着る」
と……男2人、話に花を咲かせているが、『迷惑? ぶらり街散策しようとしてたところを無理矢理連れてこられたんだけど〜〜凄く迷惑なんだけどな〜〜?』と——思いを馳せるカエ——一応は空気を読んで口には出さないが少しイラッとしていた。
「なんか、めずらしく話してる。この男……」
「……アインてね。たまに饒舌になるのよ。興奮してる時とかね。頼られて嬉しいんだと思う」
「あぁ……お調子者で、お人好しだからね」
「うんうん……そうそう〜♪ なんかムカつくのよね?」
「ちょっと君たち、何か言ったかい?」
「「うんん、何もぉ〜〜」」
「…………」
アインの横に居た少女2人だが、ディランとのやり取りを全てアインへと押しつけ、この時の状況に好き勝手なことを言っている。アインは横目で苦言を挟むが、カエとレリアーレはケロッとしていた。
「そこで……肝心の依頼なのだが……」
「……ッ!? 拝聴します」
だが、アインがこの事に呆れはするも、今は副ギルドマスターとの会合の場だ。声を大にして文句を言う訳にもいかず、アインはディランへと向き直る。
「実は“情報”が欲しい」
「情報? 依頼とは情報収集?」
「いや、そういう訳ではないんだが……まぁ、今は最後まで話を聞いてくれるか?」
「……えぇ、分かりました」
ディランの口にした『情報』——アインは疑問に思った。我々に冒険者としての依頼をしたいのではなかったのかと……だが、ディランの真剣な表情から、冷やかしでこれを言っている訳ではないとすぐさま気づいた。ここは大人しく彼の言葉に耳を傾ける。アインは疑問に思いながらも一旦は引いて次の言葉を待った。
「実は……私の娘が重度の病気にかかっててな。特殊な薬がいるんだ」
「……薬?」
「あぁ……この街に居る領主お抱えの医師に特別に診てもらったんだが、そのような答えが返ってきてな」
「では……依頼とは薬の材料集めを?」
「まぁ、そういうことだ。ただ、その殆どの材料は在処はわかるんだ。いくつかは低ランク冒険者に依頼しても簡単に手に入る。だが……最後の1つ……『ユグドラシルの葉』だけはどうしても手に入らん。というより在処がまったく分からんのだ」
「——ユグドラシルの葉?」
アインは首を傾げる。
「リア。ユグドラシルって……何か知ってるか?」
そして、すぐさま隣にいた彼女へと視線を移してこれを聞く。薬といえば、回復。回復といえば光魔法。光魔法といえばレリアーレ。連想ゲームのような思考は、アインの隣にいた彼女へと行き着いた。
「とても貴重な薬効成分のある神聖な木のことよ」
「さすがリア。物知りだ!」
「だって、ユグドラシルは神樹のことよ。聖職者としては知識がないとダメだし、光魔法は神聖なモノとの結びつきが大きいから学ぶ上では当然知ってるわよ」
「そうなのか? なるほど……」
「……彼女の言う通りだ。神聖なモノとあって木の葉には薬効成分が含まれている。そして滅多に目撃の情報が上がらない貴重な樹木だ。娘の病気を治す薬には、なんとしてもユグドラシルの葉が必要なんだ。A級の冒険者である2人なら、何か情報を知っているのではないかと思って聞いたが……どうだろうか?」
「悪いが俺は、そういうのはからっきし……リアは知ってるか?」
「知ってるモノは何本もあるけど……あの木は発見されると国の管轄下に入ってしまうわよ。そんなのには手は出せないし、ましてや自生するユグドラシルなんてエルフが守るとされる木しか知らないわ」
「え、エルフって……自然を守る民だよな? ユグドラシルの葉をくれなんて言った際には……」
「まず、間違いなくブチギレでしょうね」
「だよなぁ……」
「その通りだろうな。騎士団団長のフレミネールにも同じような質問をしたが、エルフが管理するユグドラシルは近づくことすら不可能だと言っていた。清竜の涙である君たちなら、冒険のさなかに見たことはないかと……思ったのだがな。やはり、ダメだったか……」
「「…………」」
ディランは俯く。テーブルの上に置いた拳は力強く握られ、そのまま目の前の卓上にでも打ちつけてしまいそうな様相を見せている。それほどまでに、彼はA級の冒険者である2人に一縷の望みをかけていたのかもしれない。そんな彼の悔しさは、一同へと伝わる。
だが……
「——クピクピ……」
カエはというと、呑気に運ばれてきていたお茶を口に運んでいた。「私は関係ないもん」とのスタンスだ。そもそも彼女は冒険者ではない。『ゆぐどらしる』なんて木を探してやる義理はないのだ。
ないのだが……
(……ん? なんだろう。“ゆぐどらしる”って聞いたことあるような……)
聞いたことがある。カエはそんな気がしたのだ。
と、そんな時だ。
「マスター? いいのですか?」
膝上のフィーシアが話し掛けてきた。
「いいって何が?」
「以前、話してらしたと記憶しているのですが……」
「……?」
何やら勿体ぶるような言い方だったからか、カエに頭にハテナマークが浮いているようだ。
「秘密であれば、この場で話さない方がいいですよね」
「フィーシア? 一体なんのこと? サッパリ分からんのだけど……」
「忘れてしまったのですか? マスターが森でガラス細工のような樹木を見た——と、以前話をしていたと思いましたが……」
「……へ? ガラス? 樹木……」
「マスターは『ユグドラシルの苗木』と言っていたと……私はそう記憶してますが……」
「……ん? ……んん?? あ……あぁ〜〜…………えっと〜〜…………もしかして、これ?」
カエは突然、何かを思い出したかのようにインベントリを開き画面をスワイプする。側から見れば何も存在しない空中で指を振っているだけの行為だ。
周りがその奇行に可笑しな視線を向け始めるも……
「「「——ッ!?」」」
その視線は一瞬にして驚愕で見開かれることとなる。
カエが手にしてたのは振り回すにはちょうど良さそうな枝だ。何やら子供が喜びそうなフィット感がある枝である。
しかし……それはただの枝であらず——白く艶のある木質に、先っぽには2枚、藤色の葉っぱが付いている。
「リア? もしかしてユグドラシルって……これ?」
「えっと……おそらく……」
カエはこれを隣にいたレリアーレに渡した。彼女はこれを恐る恐る受け取るとカエの質問に肯定する。
「まさか——持っていたのか!?」
迎えに座っていたディランは驚きの声を上げるとともに立ち上がり、前のめりでレリアーレが持つ枝を観察した。先ほど、突然ポンッと何もない空間から枝を取り出した現象には目もくれず、彼の真剣な眼差しは白い木目に集中している。
「い、一体これをどこで!? ……あ! いや……秘密なのだろうか? 不躾な問いか?」
「カエちゃん……その枝はどうしたんだい?」
そしてディラン、さらにはアインまでもが、カエに質問を飛ばす。この時、ディランはその素材の貴重性から、褒められた質問ではないことを悟って引き下がったが……やはり気になることであるのかアインは我慢できなく聞いてしまっている。レリアーレもコクコクと頷いている。
しかし、秘密という秘密でなかったカエは……
「いや……前に森の中を彷徨っていた時にたまたま……キレイだったから記念に枝を一本もぎ取っておいたの」
「えぇ〜……」
「エルフが聞いたら、卒倒してしまいそうね」
あっけらかんとこれを答える。アインは思わず声を漏らし、レリアーレは呆れて率直な感想を述べた。
『ユグドラシルの苗木』
それは、カエがこの世に生を受けた日に、目の当たりにした神樹だ。当日、異世界に転生という非現実的な経緯を説明するため、この世界を管理するだとか言う自称女神のルーナに呼ばれ樹木の袂を訪れた。
しかし、あまりの女神の愚行と呆気からか……カエはユグドラシルの木に向かって、ついカッとなって斬撃を飛ばしていた。その時の戦利品が、今取り出して見せた一本の枝だったというわけだ。
ただ、ユグドラシル自身、何も悪いことはしていないため、迷惑な八つ当たりでしかない。
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