第1章 剣と魔法ファンタジー ✕ SFアクション

第18話 勇者と魔王 鏡海にて 1

 女神ルーナの管理する異世界には、【鏡海】という海域が存在する。

 その海域には、この世界の人々が訪れる事はまずないのだが、その理由としては、幾つか挙がる。


 まず、物理的に近づけないということ——

 

 この海域はある地点を中心とし、海底が盛り上がり周りの海よりも遥か高所に存在していた。例えるなら縁の深い巨大な器が、海原のど真ん中に置かれているかのように——つまり、器に水が注がれた内側が【鏡海】という訳だ。

 その巨大な器の縁からは、絶えず水が溢れ周りの海へと海水が流れ落ちる。名を【水平線の海滝】という。その名の通り水平線の先まで続く大瀑布である。

 【鏡海】に行くにはこの滝を越える必要があり、高さは何百メートルにも及ぶため船ではまず近づけない。

 魔法を駆使して近づくにも、陸地から滝までにも大分距離が離れているため、能力的にも困難と言えた。

 

 そして次に——この海域を目指すにしてもメリットがないことが理由として上がる。


 この【鏡海】には有益な資源といったものが一切存在しない。ましてや生き物すらも全く生息しておらず、渡り鳥ですらこの海域を避けるほどに——


 本当に何もない海域なのだ。


 たとえ試行錯誤の末、この領域に訪れることが出来たとしても、何物も存在しない海原があるだけ——その者の努力が徒労に終わるだけであろう。

 

 ただ………








 この海域には唯一……女神様の住まう塔があると言われていた。





 見渡す限りの海原 其処にあるものは 『2つの色』


 海 空の『青』に 僅かな 雲の『白』


 その『2つの色』が 安寧秩序でもって静かに塗れている


 不思議と 海には 風の悪戯は 存在しない 


 水の遊びも 存在しない


 水面は静寂に鏡面と化し 空を同じく映し出す


 ここは 鏡海 女神様が住まう 聖海なり——





 【鏡海】には一切の波が立たず水面はまさに鏡のようである。これがこの海域の名の由来となっているのだが、この光景が360度の海原に何処までも広がる様は……何とも神秘的と言えた。



 しかし……この海域にも、唯一存在するものが——



 丁度、海域の中心——そこには壮大で美しい白い塔が聳え立っている。



 【白夜の塔】



 女神様が住まうとされる塔である。

 

 周りに何もない為に、比較対象なき塔の高さを測り知ることは遠目からでは難しい。だが、一度塔の根本を訪れた者は、その壮大さと神秘の美しさに、心奪われることは必然と言える海上の楼閣——見る者全てに畏敬の念を抱かせる。

 まさに、女神が住まうとされるだけのことはある建築物である。

 こんな話があることからも、この海域は神聖な領域とされ、女神様に認められた者にしか訪れることが叶わないともされていた。

 

 これも、また……人が寄り付かない由縁である。

 


 それでも——





 まず人が訪れることのないこの海域……【白夜の塔】の袂に……ある時、2つの勢力が睨みを効かせていた。





「——オイ……何故、キサマがこの聖海にいる……? ?!」



 金髪碧眼、顔の整った美丈夫。全身白い鎧を着こみ、背中には金糸が立派に編み込まれた豪華なマントが目を引く。その風格は聖騎士を思わせる出で立ちの男。

 

 男はなる者に対し不満げな声を飛ばしていた。



「——何故……と仰られても——貴方がこの海域に足を運んだから……としか、言い様が有りませんわ。さん」



 それに対する返事は、丁寧な大人びた口調——しかし、その声の持ち主は……見た目があどけない様相の背の低いであった。

 肩口で切りそろえた銀髪に、漆黒のロングスカートのドレス。着飾った姿は大人びた風貌を漂わすものの、その実……小さな小さな女の子である。年齢としては10歳前後にも見えるだろう。


 ただその子には、普通の人とは違った点が——


 頭の左部分に小さな可愛らしい黒い角。それと対角上の背には白いコウモリの様な片翼が——

 その全体を通して白と黒の反対色のコントラストが何とも彼女の個性を感じるのだが、明らかに人間ではないことが伺えてしまう。

 

 そんな少女の正体——


 彼女こそが、この世界に存在する3人の《魔王》が1人。“悪魔の女王”【リリアリス】であった。



「フン……女神様に力を授かりに来たこの勇者である僕を、止めに来た……? そんなところか。だが……君に僕は止められないよ。悪いことは言わない……ひれ伏し、降伏しろ——素直に降伏を認めれば、貴様ならこの僕の“女”にしてやらなくもないぞ?」


「………」



 リリアリスに対して男は、己が格上の存在だと疑わない……彼女への返事は何処までも傲慢な下卑た発言だった。これで《勇者》だというのだから驚愕的な事実である。

 彼は、この世界の《勇者》——名をシリウス・ヴァルシオンという……女神ルーナに認められたとされる人物だ。


 この時のセリフには、流石のリリアリスは呆れる他なかった。だが……そんな彼女を差し置いて、これに耐えられない人物が1人……



「——ッ貴様!! 姫様に対し……なんたる下卑た発言を!! ——ッ許せん……万死に値する!!」



 魔王の側に控えていた執事服の男である。


 切れ長の目に、短い髪をオールバックにまとめた、高身長の眼鏡の男。

 頭には2本の角と背中にはコウモリの黒い翼があり、これらの観点を踏まえると、彼も悪魔であることが伺える。

 

 そして、その男は勇者の失礼極まりない発言に激怒していた。



「——ッ消え失せろ!! 【漆黒に染まる雨ダークネスレイン】!!」



 執事服の男は、勇者に向け手を翳し魔法を発動させた。

 すると、空にはが形成され——シリウスに向けて飛来する。その夥しい量は百以上にもなり……勇者を強襲する。


 だが……



「フン……ヌルいな……【大盾ふせげ】」



 シリウスが一言呟けば、眼の前に瞬時に光輝くがせり上がった。

 そして、襲いくる闇を纏いし矢は——男に猛威を振るう事なく……光壁は全てを軽く防いで見せた。

 それには決して、矢一つ一つの威力が弱かった訳ではない。一矢だけでもドラゴンの鱗を穿く程には十二分にある程の威力を誇っていた筈……しかし、光の盾の堅牢さは百もの、魔矢を受けようとも微動だにしない。


 その一瞬の攻防——まさに勇者の並外れた力を物語っていた。



「——【大槍うがつ】……」



 シリウスが次の言葉を口にする——


 すれば、次の瞬間には彼の目の前から壁が消え……次に、光のが宙に形造られる。その大きさは、とても人が扱えるようなものではなく……巨大。

 攻城兵器のバリスタを思わす造形が空に浮かび上がった。


 そして、その槍が放つ輝きは、中々に神々しかった。



「——ッ行け……」



 シリウスが軽く腕を振るうと、光槍が高速で射出される。

 先の攻撃のお返しかと言わんばかりか——【魔王】とその側近に向け……槍の神々しい様と打って変わって、生々しくも攻撃対象の命を刈り取らんと、2人を襲う。そして……

 

 槍が着弾地点に到達すると、放つ煌めきが迸り、海水を巻き上げて激しく弾け飛んだのだった。

 




 この《魔王》、《勇者》両陣営いる場所というのが【白夜の塔】の根元に当たる。

 一見、海に立っている様にも見えるのだが。その実、水深数cmほどしかなく、海面から僅かの所で石畳が敷かれていた。

 そのため、シリウスの攻撃による爆心地からは海水の他、石畳であったであろう瓦礫も混在し飛び散り、あたり一面に石クズの混在した海水の雨を降らす。

 その奏でた雨音の激しさたるや、勇者の一撃の威力の凄まじさが嫌でも分かる。直撃しようものなら無事では……まず、すまないだろう——

 

 ただそれも、直撃すればの話である。





 「姫様——お怪我は御座いませんでしょうか……?」

 「ええ……大丈夫。ありがとう、リュセーレ。貴方の方こそ、怪我はない?」

 「私の心配は無用です。これも、姫様を思って当然の事をしたまでですので……」



 側近のリュセーレと呼ばれる男は、【魔王】リリアリスを抱きかかえた状態で、槍の着弾地点より後方——その空中に姿があった。


 【勇者】の攻撃が着弾するより前、リュセーレはリリアリスを抱えると、後方へと跳躍し回避行動を取っていた。

 もちろん、リリアリス自身もシリウスのこの時の攻撃を避けることは容易だったのだが……リュセーレが彼女を抱えて退避したのは、主人に余計な手を煩わせない為の彼なりの配慮であった。

 また、攻撃の着弾後の余波に当てられないよう、魔力による障壁を張るのも忘れない。

 これにはリリアリスも自分の側近に感謝の言を贈るのだったが、彼はさも当然というスタンスでいる。

 側近リュセーレ、彼は姫様に対し何処までも紳士であった。

 


 一方、勇者陣営にもシリウスを心配してか、彼に駆け寄る女性が3人——


 その正体は、勇者パーティーの面々であった。

 


「——ッシリウス様!! ご無事ですか!? ど、ど、何処か……お、お怪我は!? ——ミカ!! 早く勇者様の治療を……!?」

「——ッ!? ハイですにゃ! ただいま……!!」


 慌てふためきつつ、声をかけるのは……セピア短髪の明るい雰囲気の女性。腰には二本の短刀を帯び、全体的に薄着の動きやすさを重視した服装が印象的の彼女——どことなくサバサバした雰囲気を感じる。


 そんな彼女に呼ばれるのは、“ミカ”なる少女——

 特徴的なのが癖っ毛の強い腰程まである淡い水色の長い髪。そして、頭とお尻に猫と思われる耳とシッポがついていた……属に言うところの『獣人』……という種族である。

 ただ、獣人は身体能力に特化した種族と言われているのだが、そんな彼女の装備一式は、何故か身体能力とは無縁そうな神官服と——何ともチグハグな少女である。



「喚くな、シャルロ……僕があの程度で手傷を負うはずがないだろ。ミカも……回復は必要ない……」


「——ッ! はい……流石勇者様です!!」

「——ッわかりましたにゃん……」



 そんな慌てた様子の2人を、シリウスは歯牙にもかけない事だと軽くあしらう。唯我独尊……彼にはそんな言葉がお似合いなのかもしれない。


 そして、もう一人の女性は……

 


「シャルロ……だから言った。シリ様、あんな攻撃じゃービクトもしないって……勇者様の力を信じきれてなかった証拠! 最低〜〜」


「——ッ!? ミレイン!! わ、わ、わ、私は当然……! シリウス様を信じていたわよ!! ただ、心配だっただけよ!!」


「ふ~ん……どうだかぁ〜〜?」


「ッッッむっッカ———!!!!!」


「ッけ……ケ、ケンカはダメにゃーん!!」

 


 あとから来た彼女は、シャルロに対して茶々を入れた。目元をとろ~んとさせた眠たげな表情の女性である。

 ミレイン・シオタード……シャルロ、ミカに次いでの勇者パーティーのメンバーである。

 全身ローブを何層にも重ねた様な黒服。その服装は少し変わった印象を受けるものの……その実、ローブの裏地は何本ものナイフを隠すためにあった。

 暗器使い……その見た目からもさながら暗殺者を思わせる装いだ。

 しかし、彼女の本来の本職は【魔術師】だと言うのだから、彼女を知らない者からしたら驚愕ものだろう。


 ひとは見た目によらない——



 


 【勇者】シリウス・ヴァルシオン

【シーフ】シャルロ

【聖職者】ミカ

【魔術師】ミレイン・シオタード



 この4人こそ今世紀の勇者と、そのパーティーメンバーであり——世界に名を轟かせる人物たちであった。

 


 


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