第19話 勇者と魔王 鏡海にて 2
「ミレインはシリウス様を信じてたぁ〜〜とかソレっぽいこと言って、全然心配して無かったじゃない!! シリウス様への思いが足りないんじゃ無いの!?」
「そんな事ない。シリ様を信じて思っているからこそ、手を出さかった。愛、故に——だよ(ドヤァ)! そもそも、シャルロごときがシリ様を心配するなんて生意気〜〜〜ッぷぷ……!」
「——ッ!! なんですってぇぇええ!!」
「ケンカは、ダメにゃん! やめてにゃー!! ——ぐすん……」
小娘2人が口喧嘩をし、それを止めに入るミカ——止めに入った少女に至っては、最早……半泣きであった。
勇者シリウスに対しての思いの丈云々の居座古座は、勇者パーティーの日常茶飯事でよく噂で知られている話である。
彼女ら3人のこのやり取りも比較的目撃情報が多々挙がるのだ。
ただ……この時、問題なのが眼の前に《魔王》の存在があるという点と……
女神様の住まう神聖な領域であるという点だ。
『戦闘中に何をしているんだ——?』という話なのだが、何とも緊張感のない罰当たりな状況であると言えよう。
「オイ、3人とも囀るな……」
「「「勇者様!?」」」
「お前達が僕のことを思ってくれてることは分かってる。だったら、泰然自若と……構えていればいい。僕の女なら僕にふさわしい態度でいろ」
これを抑制するのは勇者本人。その内容も帰路整然とした様相もなく『ただ勇者にふさわしくあれ——』と、その1点にある。どこまでも傲慢な思想だ。
「僕も……お前達を信じている。そして……そんな完璧なお前達の事を“愛している”のだからな……」
「シリウス様!!」
「シリ様!!」
「おにーちゃん!!」
そして呟くは、彼女達への愛の囁き。気づけば3人の娘は、頬を赤く染め熱い眼差しを向けている。
「ミカ……泣くな。可愛い顔が、もったいない」
「ッッッ!! はにゃ〜〜ん」
「「あぁぁあーー!! ズルーーイ!!!!」」
シリウスは、ミカの頭に手を置き撫でた……目元に涙を溜めたままのミカを慰める様に——
撫でてる反対の手では、ミカの頬に触れ親指で軽く目元に貯めた涙を拭う。整った顔の美丈夫が、これをするのだから何とも絵になる光景と言えよう。
ミカは恥ずかしさからか、顔から火を吹く勢いで赤く染まってしまう。だが、彼女の心情には嬉しさもあるため、満更でもないのが少女からは伝わってくる。獣人の尻尾は正直なのか、彼女の背後で激しく揺れていた。
ただ、そんなミカから幸せオーラを発する中——シャルロ、ミレイン両名からは“幸”とは真逆の、ドロッ——とした粘着質なオーラが滲み出る。まさに、嫉妬のオーラ。
現状況がイチャイチャする男女を、嫉妬で塗り固めた4つの
女の嫉妬とは恐ろしいものである。
泰然自若はどこへやら………そして勇者共々、緊張感のないカオスな一幕である。
「——え〜と……随分と——余裕がお有りなようですね?」
「フンッ……実際、余裕であるからな。——僕は勇者だ! 魔王……貴様を殺すだけの力は十二分に有る——この程度の振る舞いが……僕には丁度いいのさ」
小娘達の巻き起こす混沌演目の流れにストップをかけたのが——今現在、シリウスと敵対中のリリアリスであった。
流石の魔王も、敵対勢力の筆頭勇者が目の前に居る状況下だとしても、勇者取り巻きの小娘が繰り広げた茶番劇には、攻撃の手を止め……暫し、静観に留めた。
仮に戦場で、敵勢力が言い争いを繰り広げる状況に直面したのなら、それは立派な隙となり、追撃を喰らわすべきなのだろう。
だがこの時……勇者の出方を警戒する部分も勿論……彼女の中の考えにはあった。
しかしだ……
先刻には互いに一撃ずつお見舞いし、相手を殺さんと牽制していた事を忘れさせるかの如く——勇者陣営のあまりのぬけたやり取りに、リリアリスは今の今までフリーズしてしまっていた。
「——この僕には絶大な力がある。余裕を行使するのは強者の特権だ! 勇者であり、強者たる僕に……ふさわしい行動だと思わないかい?」
「——ッ……随分と、奢りが過るのでは?」
シリウスの返答は、どこまでも傲慢であった。
コレは、勇者の余裕というものなのだろうか——?
この自信は、どこから来るものなのか——?
リリアリスの表情は顰めたものへと変貌してしまう。その理由にはシリウスの発言によるものも含まれている。だが、残り半分の理性では——この調子なら追撃の魔法でも撃ち込んでしまうべきであったと、己に対しての悔いる思いから来るものでもあった。
「——これが今世の勇者ですか? ……強者? ——いえ……貴方は強くなどない。貴方程度の愚者など、前任の勇者に比べたら塵芥な存在でしかありませんよ——」
リリアリスは、この者が“強者”だとは思えなかった。ただ力に胡座を描いた愚か者であると——彼の口から発する自信はそんな力に溺れてた愚者そのモノ……
そんな彼を——力を行使、所時する一存在として……リリアリスは否定したのだ。
これに対して……
次にシリウスは、反論めいた言葉を口にするのだが——
この時の発言は控えるべきであったと……彼は、後に気付く羽目となる。
「——前任の勇者? ………あぁ〜…あのクズのことか……?」
———ピク……
「人族を見捨てた裏切り者……そのクズより、この威光あるこの僕が劣っている、か……? はぁぁ〜……笑えない冗談だ。悪魔の頂点たる姫は、笑いに於けるユーモアのセンスが皆無なのだな。知らなかったのか——? この僕は、その前任勇者の力を奪い取ったのだぞ。この時点で僕の方が上位者だと物語っている——」
この世界には勇者は“1人”しか存在することができないとされている。
それはある日突然、どこぞの村人が勇者に“覚醒”することもあれば、前任の勇者から“継承”されるケース——
珍しいものでは、異世界から召喚された者が勇者だった——という話も存在する。
また、その逆に数十年間勇者不在といったこともある(単に勇者本人が名乗りを上げてない可能性もあるが)。
《勇者》シリウスの場合『前任からの継承』に類似したニュアンスを感じる——ただ、口振りからは“継承”よりかは“強奪”に近いのかもしれないが……
しかし……例外なくこの世界には勇者は1人なことは変わらない。
「それが、僕が勇者である、偽らざる強者である証拠——! そのような裏切り者のクズと比べてくれるな……くだらない……」
「——ッ貴様! いい加減、口が過ぎるぞ!! 姫様……この私に、此奴を始末する許可を…く……ださ———? ッ姫さま……?」
シリウスの傲った態度に痺れを切らした魔王側近のリュセーレ……
ここまで、己が忠義を捧げる姫様は——《勇者》と何やら問答を繰り広げていた。
それに気を使い、主の横に控え静観し沈黙を保っていたが……そんな彼にも、我慢の限界が訪れる。
『彼の者を抹殺するべく我が主より許可を——』と………リリアリスに視線を向けるが……
次の瞬間——
「「「「———ッッッ!!??」」」」
彼女の放つプレッシャー………気配の圧迫感が驚くほど跳ね上がる。
その凄まじい殺気に、勇者パーティーの娘3人は驚きで目を見開いてしまう。
頬に緊張の汗が傳い《魔王》から目が離せない。
それほどの緊張感が——瞬間で場を支配した。
優位つ、この場で顔色を変えなかったのは《勇者》本人ぐらいであろう。
「——リュセーレ……【転移】を準備してくれる……」
「——ッ【転移】ですか……? なん…で…………って、まさか!? ——ッ……ッだ、駄目だ……ッ母さん——!!」
(((……母さん??)))
リュセーレは【転移】——と聞いて、何かを思い至ったのか……リリアリスに静止を呼びかける。
それには、冷酷な態度で魔王の傍らに控えていた彼も、これまでの佇まいからは考え難い程の慌てふためいた姿を顕にする。
しかもだ……今まで、“姫様”呼びだったのが、この時何故か《魔王》のことを“母さん”と——確かに、そう口にした。
これは……慌て、咄嗟に出てしまったモノなのだろうか——?
おそらく、これを聞いてしまった者は、訝しさに駆られることだろう。現に口には出さないものの、娘っ子3人が一瞬不思議そうな表情を浮かべていた。
見た目10才の少女が“母さん”とは……一体……
だが……そんなことよりも——
周りに緊張が走る中で【魔王】は、己の両手に魔力を集中させている。しかも、それは左右で質の違うものをだ。
そして……顕現する——
彼女の左手に、漆黒の——右手には、白銀の——球体……
黒球は禍々しいオーラと威圧感を……白球からは神々しい温かさに満ちた輝きを……互いに周囲に解き放っていた。
それはまるで——
見るもの全てが圧倒される破壊の輝きである。
『この世界には魔法というものがある』
魔法には色々な種類が存在した。それは、『火の玉を飛ばし——』『岩の槍で敵を貫き——』『風の刃で全てを切り刻む——』……単純な効果から応用に富んだものと、さまざまなバリエーションが魔法にはあった。
ただ、その魔法も誰しもが扱えると言ったわけではない——才能の有無によっては魔法が使えない者はもちろんいる。
しかし、才能の所持者には——火の魔力だけを得意とする者もいれば、二種類、三種類と複数扱うことができる者もいる。
そして、それらを掛け合わせる事により、魔法は更に多岐に渡っていく……その可能性とは無限大なのだ。
上級の魔術師にはオリジナルを所持する者もおり、その者と後継者のみで秘匿される魔法も存在している。
ただその、数々の魔法の種の中で、特に珍しいモノが……『光』と『闇』だ。
なぜ珍しいのか——?
それは、2つが最上級に位置する魔法と言うのが一番に考えられる。
最上級なだけあって、それぞれに適正を持つ者など、言ってしまえばかなり少ない……よって、希少——
終いには、魔法を極めようとするも、これが他の魔法と比べ簡単とはいかない……かなり困難を極める代物となっている。
つまりは、“稀な適正” “圧倒的センス”この2つが揃わないと扱うことができないからこそ——珍しい——とされる由縁を築くに至った。
そして、この『光』と『闇』なのだが、双方を同時に所持する者はこの世には存在しないとされている。
光魔法の多くは人族に適正者が多く確認される。その頂点には【勇者】【聖女】がおり、その他では【聖職者】や【聖騎士】として国に殉ずる者が殆ど——
時たま冒険者で【ヒーラー】として活動する者も——そのため……光魔法に適正のある者が少ないためか、【ヒーラー】は冒険者パーティーを組むにあたっては引っ張り凧であった。
また、冒険に出ずとも冒険者斡旋所などに常駐し【回復士】として金を稼ぐ者もいる。
逆に闇魔法は魔族に適正者が多い。人族にも確認されないことも無くはないが、圧倒的絶対数は魔族である。
魔族にも色んな種族が存在しているが、その中でも特に闇魔法のスペシャリストとされているのが【悪魔】であった。
魔王側近のリュセーレが使用した【
そして……この『光』と『闇』の魔法なのだが、双方を所持できない最大の理由として——
それぞれが、相対的にして——相反し、反発し合うと言った点があった。
陽と影……表と裏……【勇者】と【魔王】……『光』と『闇』……と似て非なるモノは幾つも上がるが——此等は一見、表裏一体とも取れる考えを巡らす事をしても、その本質は別物である。
互いに隣人であっても交わりは持たない……いや、ありえないのだ。
故に、個人として双方の魔力を所持する現象は起こらない。
はずであった……
【魔王】リリアリスを除いては——
本来悪魔は闇魔法のエキスパートである。
それ故、光魔法とは無縁な種族であるはずなのだ。
しかし、彼女はどういう訳か、悪魔の女王でありながら『光』と『闇』……双方の魔法を扱うことができた。
現在、彼女の掌の先には左右それぞれに白と黒の球体が形造られている。
その造形からは見るものすべてに、本能的警鐘を促すほどのプレッシャーを嫌でも感じさせた。
つまりは、それ程にリリアリスの創造した球体の内包するエネルギー量が凄まじい代物ということ——
特に獣人はこういった危機感を感じやすく敏感な為に、勇者の傍らのミカに至っては、顔面蒼白で恐怖の色で塗り固められている。
「——ッ母さん! 落ち着いてくれ……ここでその魔法を使うのは——ここではマズイんだ……塔を破壊しかねない!! 女神様の怒りを買うことに……!!」
「…………」
様子がおかしいリリアリスに、リュセーレは必死に静止の言をうったえるも……反応が帰ってこない。
何が彼女にそうさせたのかは分からない。
だが、これまでのやり取りからすると……シリウスの発言には彼女の逆鱗に触れた箇所があったのだろう。
【魔王】の静かな怒りは、掌に2つの魔力球を創るまでに至り……
そして——
彼女は今まさに、“ある魔法”を発動させようとしている。それも彼女にとって最大級のモノを——
「……マ……を……かに……して…許……ない……」
「——ッ!? 母さん!!」
——死んじゃえ……
発動 運命惨禍–終焉【カタストロフィ】——
「——ッだぁあ! クソッ!! ……母さん……ッ飛ぶよ!! 【転移】!!」
リュセーレはリリアリスを抱えると、次の瞬間には2人の姿はそこには無かった。
ただ……
リリアリスが創り出した魔力球……光と闇の球体のみが残されている。
双方の球体は、ゆっくりと浮遊し……
やがて——
ある地点で合わさった————
イヤ……
合わさるとは、正しい表現とは言えない。
第一に『光』と『闇』とは交わる事なく反発しあう存在だからだ。
2つの球体がくっ付いた瞬間から双方が反発……エネルギーが奔流し——渦巻き——膨れ初めた。
それは、瞬く間に周囲に威圧と破壊をまき散らし始め、高速で膨張を開始する。
そして……
周囲を——
全てを——
飲み込んでゆく……
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