第43話 え? 部屋が質素ですって!? なら家具を変えてしまえばいいじゃない!

 カエ達が偶然出会った猫耳少女“ミューリス”に連れられて、やって来たのは大通りから逸れて小道に入った所にひっそりと佇んだ宿屋【孫猫亭】。


 周辺の建物は石造りで一見無機質な印象かとも思えるのだが、その宿屋だけは壁一面を緑の蔦で覆われた、いかにもファンタジーを具現化した印象の建築物である。

 建物に入ると、直ぐそこにはカウンターテーブル。そこで対応してくれたのが猫獣人のすらっとした体型の女性……ミューリスの母親であった。

 カエは宿屋を利用するに当たって、宿泊費を懸念していたのだが……話しを聞くと、無事に許容範囲であり、そのまま即決でチェックインとなった。

 2人部屋、一晩夕食付きで大銀貨4枚と銀貨5枚——今の所持金では、この内容で2泊できる計算だ。因みに1人部屋だと大銀貨3枚、食事を付けるならもうプラス銀貨5枚。よって、カエとフィーシアで2人分の食事をともなると……占めて大銀貨5枚で宿泊する運びとなった。


 一応、2泊出来るが、取り敢えずは1泊で様子をみてみる事にした。



「——こちらが、お二人の本日のお部屋になります」



 ミューリスの母親に連れられ、カエとフィーシアは宿泊予定の部屋の前まで案内されていた。



「では、部屋の鍵になります。夕食の準備ができましたら、お呼びいたしますので一階の食堂までお越しください。それと翌日、宿を後にする際には鍵を入り口カウンターにて返却を——それでは、ごゆっくり」


「……はい。ありがとうございます“ミュアン”さん」


「いえいえ……感謝される事など特にしてませんよ? 丁寧な方なのですね……ふふふ……」


「……へ、変でしたか?」 


「いえ……この様に律儀にお礼を返す人は、そういませんので……好感の持てるお客様だなと……」


「……そ、そうですか。ははは……」



 部屋の前まで案内されたカエは、ミューリスの母で宿屋の女将の【ミュアン】より古めかしい金属製の鍵を手渡される。

 女将とは入り口カウンターで、話しを聞いた際に自己紹介を済ませていた。

 何でもこの宿屋は妻と夫の二人三脚で始めたそうで、その間に子供を授かり三人家族で営んでいるそうだ。しかし最近、成長したミューリスには、そろそろ宿屋の手伝いをやってもらいたいそうだが、遊んでばかりで困っているのだとミュアンが嘆いていた。

 コレは、部屋に案内されるまでの間を繋ぐ為の、ちょっとした世間話から知った話しである。

 この宿を訪れた当初も、親子による口喧嘩が勃発。危うく、建物に入るタイミングが掴めなくなりそうだった事は記憶には新しい。

 カエからしてみれば、何処にでもいる普通な家族の風景を鑑みたかの様な話である。



「私はこれで失礼します。何かありましたらカウンターにお越しください。誰かしら対応は出来ると思いますので……」


「分かりました。そうさせていただきます」



 そして一通りの説明を受け、カエは部屋のドアノブへと手を伸ばす。


 すると……



「——ッあ!? コラ!? ミューリス!!」

「——ッはミャア!!??」



 カエ達の背後より、ミュアンの叱責の声が上がる。

 それを聞いて、思わずカエとフィーシアは振り返った。


 すると……


 そこには、ミュアンに首根っこを掴まれたミューリスの姿が……



「——ッミュー! あなた、お客様のお部屋に付いて入って行こうとして、ダメじゃない!」



 どうやら、ミューリスはカエ達の後に付いて部屋に入ってこようとしていたみたいだ。



「——いやぁあ! カエおねーちゃんに、また“魔法”見せてもらう〜のぉ〜!!」

「いけません! お客様の迷惑になるでしょう! ——って、魔法?」



 どうも、カエは相当にミューリスに気に入られてしまった様子。

 一応、“魔法?”のことは黙っておく様にとミューリスには伝えていたはずなのだが……高らかに「見せて貰う宣言」をしてしまっている。

 今後「迷彩」の使用は慎重にしようと、カエの警戒心は一層増すのだった。



「お客様は『魔術師様』でいらっしゃいましたか!? 娘が大変ご迷惑を!!」


「——ッあ! いえいえ、そんな大層なモノでは!! ただの旅人です! た・び・び・と! ただ、ミューリスちゃんには、ちょっとした“トリック”の様なモノを見せただけですので、勘違いですよ! ははは……」


「そ、そうなのですか……」



 ミュアンに深々と謝罪されたが、カエはコレを早急に辞めさせる。別に悪いことをしていないのに、こちらの方が申し訳なく思ってしまったからだ。

 

 だが、ミュアンの謝罪は続く——



「——いえ、それでも私の娘が迷惑をかけたことに変わりはありませんので……申し訳ございません」


「迷惑だなんて……私は特に気にしてませんよ。ミューリスちゃんとはもう友達ですから……ッね?」


「——ッ!! うん!!」


「ありがとうございます。そう言っていただけて幸いです」


 

 別に子供のした事なのだ。カエは別に迷惑だとは感じていない。


 咄嗟に「友達」と言ったなら、ミューリスは母親に捕まりながらも満面の笑顔を綻ばせている。怒られながらも何とも現金なモノであった。ついカエは彼女の天真爛漫差に「この子の母親も大変だな〜」と、口には出さないものの密かに思ってしまう。

 “迷彩”に関して言えば、魔術師なる者と勘違いされている様なので、今の所——光学迷彩の事は公になる心配はなさそうであった。

 だが、カエとフィーシアの格好からいって、魔法を放つ見た目とは言い難い。よって「魔術師」に関しては訂正を挟んでおく。


  

「じゃあ〜おねーちゃん……まほう……」

「ほら、ミュー! あなたは、お家のお手伝い——!!」

「ええ! イヤ〜〜カ〜エ〜おね〜ちゃ〜……………」



 ミューリスは母親に掴まれたまま、引きずられて連行……廊下の奥へと消えていった。

 すると、薄暗い廊下に沈黙が訪れる——今日一日を振り返れば、散々なイベントの連続だったが……こうしてカエとフィーシアは、漸く静寂を手にするのだった。



 そして向き直るは、一枚の屋の扉……



 果たして、異世界の宿屋は如何様に——



「——さて、じゃあー部屋でゆっくりでもしようかな〜?」

「そうですね。マスター」



 カエとフィーシアは扉の前で軽く気持ちを改めると、いよいよ部屋の中へと足を踏み入れた。



「……こ……コレは……」



 すると……そこには……



「——これは、かなり……いやいや……ちょっ〜〜と……質素?」

「……地味ですね——マスター」

「ははは……フィーは正直だね——俺、わざわざ濁して言ったのに……」



 カエ達の目に映ったのは……お世辞にも“良いお部屋”とは言い難い光景だった。



 十五畳程の広さの部屋に質素なベットが2つ。あとは、小さな丸テーブルに椅子が二脚。服を掛けるであろうラック。壁には、気持ちばかりの壁掛け棚と——余計な物が一切無い。いたってシンプルな部屋であった。

 唯一その部屋の“アクセント”を挙げるとすれば、扉から入って正面の壁にある小さな“窓”とその窓台には“一輪挿し”。そして窓の両隣にベットが設えてあるのだが、その右側ベットの前にあった小さな丸テーブルの上には、この部屋唯一の光源となる“ランプ”が置かれていることぐらいであろうか……

 時刻は既に夕暮れ時を跨ぎ、外はすっかり暗くなってしまっている。よって、室内は尚のこと暗く感じてしまう訳で……卓上のランプが内包した蝋燭先端の小さな灯火が、ただただ静かに揺れ、室内を照らしているのだった。



「まぁ……異世界の宿と言えば、こんなモノでしょ……チラッとミュアンさんに聞いてみたけど、他の宿はここより高いか……もっと粗悪な部屋を充てがわれるか——ってさ。ここはまだ良心的な分類なんだよ~きっと。これ以上の部屋となると、もう貴族御用達しかないみたい」



 その部屋には、風呂も無ければ、トイレは共用。ただ必要最低限な物が置かれた『四角い箱』——


 仮に率直な感想を述べるならそんなところであろう……


 だが所持金は限られている。それに、これから別の宿泊施設を探すのは外の暗がりを見る限りでは考えたくはない。

 あくまで、「良いお部屋と言い難い」と感じたのも日本の素晴らしい暮しに慣れてしまっているから、贅沢を言うのはお門違いであろう。

 しかし、これでもカエが想像していたモノよりは大分良いモノではある。その根拠としては、床や壁棚にはホコリがない。一見地味なベットでも引かれたシーツは皺が無く見た感じでは清潔そうであった。

 女将のミュアンは丁寧で良い仕事をしているのが部屋を見ただけで分かる。



 よって、文句を思うのは、これで終わり……



 ただでさえ、1日のドロッドロに濃密な出来事の数々に、カエは既に疲れ果ててしまっている。今日だけで一生分の珍事に巡り合った気分だ。

 部屋の良し悪し快適さなど、四の五の言うよりも……今すぐベットへとダイブしてしまいたいと——彼女の中にはそんな願望だけが存在するのみ……

 


『真に寛ぐ為に必要なのは、場の環境では無い。己の環境適応能力である』



 カエは己にそう言い聞かすと……ベット(ヘブン)へと誘われるかのように吸い込まれて行く。


 だが……



 これに納得しないの者がいた。すぐ隣に控えるフィーシアだ。



 カエが天国への階段に、片足を掛けたところで……



「マスター……やはり、納得できません」



 フィーシアに引き戻されてしまう。



「マスターには、ちゃんとした環境で最大限の“癒し”を受けて頂かなければ……マスターの体調を完璧に管理するのもサポーターとしての私の責任! つまり、マスターを“癒す”のが私の責任なんです!」


「ええ……そうだったの?」



 と、何とも重っ苦しい従順さを発揮するフィーシア——また、一波乱な予感が……



「別に……俺は、気にしな……」


「ダメです。許容できません。コレだけは譲れないです」


「…………えぇ、じゃあ〜〜どうすると? 今からセーフティーハウスを設置できる所まで行くとでも……」


「いえ……その様な必要はありません。ここはどうか、この私にお任せを!」


「………?」







 ——1時間後——





 ……トテトテトテ……



 夕餉時に差し掛かった宿屋【孫猫亭】では、1人の少女が廊下を小走りに急いでいた。

 廊下を駆ける少女……彼女は、この宿屋を営む夫婦の娘のミューリスである。

 彼女が何処へ向かって急いでいるのかというと、それは本日——当宿屋を利用して居る2人の“お姉ちゃん”達が泊まっている部屋。

 母から夕食の用意ができた旨を伝えるようにと言付かったミューリス。その任を喜んで買って出たのがきっかけで、彼女達の部屋目掛けて足早に駆けていたのだった。

 


……トテトテトテ——ッバン!!



「カエおねーちゃん!! フィーおねーちゃん!! ご飯の用意ができたってママがね〜〜言って……いたか………ら……」



 ミューリスは、目的地の扉へと到達すると、ノックも無しにそのままの勢いで扉を打ち開いた。

 本来、宿屋の娘としてはお客様に対しては真摯であるべきだ。

 しかし、少女はその部屋を利用する人物と運命的な……否——衝撃的な出逢いがあり、そんなお姉ちゃん達を痛くお気に召している。よって、少女の行動は、幼さと好感が混ざり合った故の、致し方ない過ちだと言えよう。

 よって彼女は躍る気持ちを押さえきれなくなり、部屋の扉に体当たりしたのだ。

 

 だが……そこで待ち受けていた事実に少女は驚愕してしまう。


 衝動的な行動によって、いきなり部屋に凸ったのが要因にはなっている。しかし、それ以上に彼女を吃驚とせしめた主因は、ミューリスの目に飛び込んできた場違いな部屋の近況なのだと思えた。



「ふぅああ〜〜……なにコレ〜〜!!」





——話しは数分前に遡る——



「マスター、準備が整いました。どうぞ、心ゆく迄お寛ぎください!」


「——うん……あ、ありがとうフィー………」



 フィーシアが部屋の改善を買って出てからわずか数十分……宿の一室は劇的にビフォーでアフターを遂げる。


 

 端的に、フィーシアが何をしたのかと言うと——



 まず……既存の家具をシステムのインベントリー内(アイテムが何処に仕舞われているか分からない為、仮にシステムアイテム一覧を“インベントリー”と命名)に仕舞い込む。

 そして、まっさらと——全ての物が無くなった部屋に……カエの所持する調度品アイテムを取り出しては並べていったのだった。


 質素だったベッドは、一回り大きく寝心地の良さそうな羽毛布団の一級品に一新し——完璧な睡眠を約束。

 床には触り心地最高のカーペットに、品の良いイージーチェアとサイドテーブルを設え、その卓上にはアロマキャンドル——フロ〜ラ〜ルな香りが、カエに癒しを届けてくれる。

 そして、天井には宙に浮く剥き出しの蛍光灯かの光の輪っか(夜間戦闘用の光源アイテム)が部屋全体を明るく照らしている。


 等々……


 匠(フィーシア)は文字道理の“癒し”空間を提供。その光景にカエは“喜び?”……と言うよりかは“唖然”としてしまう。

 フィーシアのやり過ぎとも取れる空間造りであったり——壁は質素なままなので家具が浮いて見えるだとか——ツッコんでしまいことが色々とあれど。そもそも、何に1番驚いたのかと言うと……調を普通に置けてしまっているということだ。

 この調度品アイテムは本来【アビスギア】で言う“基地”や“セーフティーハウス”内のハウジングエリア限定でしか置くことができない。

 それが、まさかエリア外だろうが設置できてしまうとは……カエの中の固定観念が邪魔をして発想すらしなかったが、フィーシアの行動でその事実を初めて知った。


 まぁ、よくよく考えてみると……


 『ゲーム設定』がある訳でも『ゲームの運営』がいる訳でも無いのだから、そもそも設定システムに制限などは無いのだ。そこは現実故に「出来てしまう」ということで、ゲームとは違ったところなのだろう。


 だが……


 それが可能で、許されてしまうなら……つまり、ゲームバランスの修正が入らない……とのことだ。

 カエに降りかかった『異世界ゲーム』は——かなりの無法状態に陥っているのではないのか……? 


 ゲームであるなら……


 強過ぎるから——や——

 

 カオスな状態になる——といった——


 どうしても『ゲーム』故に、ゲームが成り立つ為の制限が掛けられている事が当たり前なのだが……

 ただ現実と捉えてしまうと「それっておかしいよね?」と思えてしまう事象も勿論ある訳だ。

 もし、その制限が無いのだとすると……



 まだ、カエの持つ能力が如何様に機能するのか把握できていない点は沢山ある。

 

 が……


 

 まず、間違いなく『ヤバい』事が出来る……そんな気がしてしまった。



「——マジか……」



 だからか……そんな思考を巡らすカエは、自身の能力に畏怖の念を向けるのだった。





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