第9話 あなたの病気は重症です
【アビスギア】では基本……討伐する敵に対して、特化型で装備編成を組んだりするのがセオリーだ。例えば、大型の敵には大型特化のを……PvPなら、対人特化のを……といった具合にだ。
ただし、強いて特化を求めていない場面や……目的を持ってない時——
探索——
偵察——
採取——
移動——
等々……
こういった場面は基本……オールラウンダー気味〈普段遣い〉の装備を使うのが定石だ。
今、カエの目に止まった名前というのが——“俺”がよく〈普段遣い〉として愛用していた……とある“武器”であった。
------メインウエポン>>>>>>
(yes / no)
気づいた時点では、すでに武器の名前に触れていた。
そしてパネルは、最終確認のテキストへと移っている——
そして、カエは……
迷うことなく(yes)の文字に——吸い込まれるかのように指を置いて画面の表面を弾いた。
次の瞬間——
——キィィィィィィィィィィィィン!!!!
「——ッ!?」
耳鳴りに似た音がカエの耳を劈き——それは、周囲にも響き渡る——
そして……
背後からは、青白い光が飛びかった。
光に反応したカエは、瞬時に確認できる範囲で己の背を覗き込んだ。
するとそこには……武器の鞘のようなモノが辛うじて見えていた。いや、正確には鞘の先端部分だけがそこにあった。
鞘の中腹に当たる部分が光り輝いて——徐々に…徐々に……と——
全貌を露わにしようと形作られていく——その様は、まるで3Dプリンターで造形物を形作る様子を彷彿とさせてくれる。
ただ、今カエの目にしている現象……3Dプリンターに比べ、こちらの方が矢鱈と演出が無駄に派手すぎではある。
目立ちたくないカエにとって、迚もじゃないが……人前では武器を装備することはできないであろう。
しばらくして——
カエの背中には一本の刀があった。
ただ、刀と言う割には古風な感じはなく、テクノロジーが詰め込まれたハイテクの塊がそこには存在している。
金属と思しき黒い鞘に納まる刀……その持ち手も重厚で、全体的に金属の塊——質量的に重たそうな“それ”が……不思議な力で重力に逆らい、空中に浮いていた。
鞘からは青い光のコードが伸び、自身の戦闘服に繋がっている。目に見えて、“ある病気”を疑うようなデザインが、背後の宙に鎮座する。
そこからカエは、その刀に手を伸ばしゆっくりと……それを引き抜くと……
「——ッ!! うわぁ…………だいぶ、厨二病だぞ……コレ——?」
その刀の全貌を拝むことで、彼女はつい—— “ある病名”を疑い……呟いてしまっていた。
刀の刀身は、水晶のように青く……淡く………
明滅が一定間隔で大きくなったり小さくなったりと、揺れ動いては光り輝く——
そして、所々……金剛石を砕き散りばめたような輝きのあるデザイン性。まるで星空を思わすようなどこまでも美しい刀身——
その刀身と持ち手とは、複雑機械で持って橋渡しがされ、繋がれているのだが……そこには不思議と乱雑とした印象はない。
寧ろ、全体を通してシンプルなデザイン……そこが、意外にも美しい刃の魅力を大きく引き立てていると言えた。
見た目の総評としては正直……もはや刀というより普通に長剣である——
「……いや……かっこいいよ…………か……か、カッコいいんだけどさぁ……」
たしかに、この武器の見て呉れは……簡単に表現すれば『かっこいい』と言える代物であろう。カエもゲームでは、見た目に魅力されて使っていた部分もあった。
だが、あくまでそれは“ゲーム”での話だ。
実際に現実世界で戦いを要求され、普通の武器と——この武器と——並べられて、迷わずこの武器を選んでしまえば、厨二病患者もいいところだ。
いい年漕いて厨二病なんて……とても笑えない。精神が汚染され死んでしまいそうである。
(俺を一体いくつだと思ってるんだよ! もう立派な社会人だぞ!)
“俺”の精神は一般男性の社会人——しかし今は……鏡で眺めた訳ではないので、断定こそできないが——ゲームキャラへの転生なら、15〜6の少女の姿となってしまっている筈……よって、この事象が相乗的にカエの心を汚染し侵食するのだ。
思わず眉間にシワが寄り、暫し目を細め刀身を睨んでいた。
そして、瞼を一瞬——瞬かせると……刀を上段に構え、試しにそこそこの勢いで振り下ろしてみる……
するとだ——
(——ッ!? ——へぇ……?)
ここで“3つ”ほど………とある〈疑問〉がカエの中で生じる——
まず今方、刀を振り下ろしたのだが……
カエは実際——現実に刀剣を降るなんて経験……したことがない。そもそも、平和な現代日本で経験があることの方がおかしい。
それがだ……こういった武器の扱いというのはだ。技術だったり、磨き上げた技や精神といったことが、少なからず必要なんだと思う。だが、カエの場合は経験がないのはもちろんのこと(強いて言えば、学生時代に授業の剣道で軽く触れた程度)……運動神経も人並みか、寧ろそれ以下——
それが……今、振り下ろされた刀身……というよりカエの剣筋がだ。
カエは知るはずがないにも関わらず、一連の動作……ただ振り下ろしただけ——それが、流れる様な……歴戦の剣士のものを彷彿とさせる研ぎ澄まされた領域の技——? それを自然と現実にしてしまった——ブレのない一太刀がそこにあった。
これも、転生特典の一部というものなのだろうか……?
そして次に、その降ろされた剣速——
それが、とても尋常ではない速度であったこと——別段、全力で降ろしたつもりは微塵もなかった。5割程度の力で、軽くのつもりで降った。しかし……その自身の半分の力で、恐らく常人の目では負えないほどの速さがあった様に感じ入った。
しかもだ……不思議と自分ではその速さを目で追えてしまっている。もはや、己の身体能力は常軌を逸していた。
これが、2つ目——
そして……3つ目——
これは寧ろ〈疑問〉と言うよりは……“呆れ”に近い。
「——ッこ…これは……」
振り下ろされた刀の軌道上。そこには刃の後を追うように、青い光の残像が空中というキャンバスに一本の線を残していた。そして一刹那の間に、青光が儚く散るように消失する。
そして……その幻想に呆気に取られつつも、現状理解に追いつかれるまでは、カエの試行はまだ終わらない——
続けて……振り下ろした刀を腰だめに構える。そして、双眸を閉じてイメージを膨らませた。想像……思い浮かべるは、己が
アビスギアの刀武器には、目の前に複数の斬撃を放ち、攻撃が多段ヒットする剣技が存在する。今、頭に思い浮かべるはその技——
そして……
イメージを途切らせず、腕を振り抜くと——
青い光の乱舞が、自分の視界を塗りつぶした。
刃の軌道の残像が縦横無尽に駆け巡り……キャンバスを埋め尽くさんと……青く……どこまでも美しく……刻みつけ……儚く散っていく……
刹那——
この剣技に名前などないのだが……あえて技名を付けるなら【蒼輝乱舞 刹那】と言ったところか……
そして……気づけばカエは、武器を投げ捨て、地面に手を着いていた。
そこには、“疲労が——”とか“体に負担が——”といった影響を受けた困憊的余韻があるわけではない。
ただ……現状理解が頭に追いついてしまっただけである。
「——ッぅぅう………じゅ……重症だぁぁぁ………」
カエは、歯を食いしばって心の底から——そう呟いた。
この転生体の力。それは重度の“厨二病感染”だったようだ——
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