第10話 試し斬り

 カエは己が重度の病気に疾患していたことに絶望した。


 気力を取り戻すのに暫くの時を有し、やっとのことでなんとか我に返ることができたのだったが——そんなカエの、宙ぶらりんになっていた意識が現実に舞い戻るのに、どれほど掛かったことか……


 そんなこんなで、気力を取り戻したカエはというと……


 現在——


 幻想的樹木ユグドラシルを離れ、元々来たルートを引き返す形で森の中を歩いていた。


 なぜ、来た道を逆進しているかというと……先程のについて——“試し斬り”をするためであった。


 ここまでに……刀を振った感触として、“刀剣を扱う技術”と“矢鱈と派手”だというところまでは判明している。


 カエは未だに……先の出来事の後遺症で「厨二病……厨二病……」とブツブツとボヤキを吐き捨てながらも、歩を進めているのだったが……


 ここまでの症状に陥り、回復しきってないにも関わらず——それでも、何を試したいのか……? 



 それというのも……カエは次に、“武器の威力”を——どうしても、試してみたくなったのだ。

 


 あれから、メニューの項目に一通り目を通し《装備ラインナップ》も一新している。



================================

-----装備-----


 ------メインシステム <main system>

  >>>ダイヤモンドダスト  Lv.10


================================


 ------メインウェポン <main weapon>

  >>> 帝国版-拾弐型戦刀 蒼氷月華

 《over the limit》Lv.10

  ┗アタッチメント <attachment>

   >>> 振動波機構 +3

   >>> 鋭利化維持装置 タイプ– B


 ------サブウェポン <sub weapon>

  >>> 旧軍双銃---ルナⅣ型 日蝕 

 《over the limit》Lv.10

  ┗アタッチメント <attachment>

   >>> 軌道修正モジュール---軽微化

   >>> 弾丸強化剤 〈鋭〉


 ------付属装備 <Attached equipment>

  >>> コンバットナイフ〈紫電〉Lv.3

  >>> 光学迷彩搭載飛行型装置

 〈探知〉Lv.3

  >>> ブラック---BOX Lv.3



================================


 ------戦闘服 <combat uniform>

  >>> 帝国式軍服–戦闘 速–蒼型 Lv.5

  ┗スキル–プログラム <skill-program>

   >>> 弱点看破 タイプ– A

   >>> 会心率強化 (強化率+34%)

   >>> 堅牢 Lv.2


 ------装身具 <personal ornament>

  >>> リボン 藍

  >>> 平凡な髪留め 白

  >>> unequipped


================================



 ここで……気になったのが、これら装備の威力である。


 もしこれらが、ただエフェクトのみに拘った、の性能では笑えない冗談である。ルーナは、『勇者以上の“力”を与えた』と言ってはいたが、果たして——



 よって……その疑問を排除しようと、カエは行動に移したのだ。



 しかし、試すにしても——



 当初——刀を振ったみたいに、すぐその場で試すことも勿論できた。

 ただ……女神ルーナは、あの場所を“神聖な場所”だと言った。それも神が顕現できるほどの——

 刀を振った時の派手さ——あれだけ激しい演出だ。

 これ以上あそこで試してしまうと……抑えが効かず、余波で周りをにしてしまう可能性を考慮したカエ——

 

 それは流石に不味い気がしてしまい……もしもの時、果たしてルーナに何て言われてしまうか——そんな懸念を排斥しようとの措置を講じるに至ったのだ。


 そこでだ——どうせ試すなら、が必要かとも考えた。


 『斬って良さそうな手頃なターゲット』……カエに思い当たるものといえば、この世界に来てはじめて見かけた“ゴブリン”と思わしき存在だけだ。


 本来なら、戦いとは無縁の生活を送りたいと願っていたが——これ程までに、武装だらけの特典が与えられる世界だ。

 どこか——“いつでも戦える準備”は、怠ってはならない気がしてしまう——それにどうせなら……それもなるべく早いほうがいい。



 いざという時、戦えずに死にました……なんてゴメンだ——



 そして、どうかこのがお飾りでないことを——



 そう、願うばかりで……胸に決意と懇願を懐きながらも、カエは道なき道を歩むのだった。











 暫く森を歩き、道なき道をひたすら進む——


 太陽が真上に差し掛かり、森に射す日差しが増して温かくなりはじめた。

 そのため、周囲の景色が今朝目覚めた当初より明るく、よく見通せるようになっている。


 そんな折——


 まだ大分距離が離れているのだが……カエの双眸が2つの動く獣を捉える。


 いや……それらは、と言うよりかは……人型のといったほうが正しいかもしれないが——

 


 カエは警戒を高め——姿勢を低くする。そして、息を殺すと気配を外界に対し、シャットアウト——


 カエは、ゆっくりと……ゆっくりと——対象に近づいて行った。



「グーギャギャギャ」

「ギュッギュギャー」



 聞いたことのある鳴き声——


 見たことのある生き物——


 

 『ある』といっても、見聞きしたのが数時間前であった“ソレ”は……間違いない——先程、目撃した2体の“ゴブリン”である。


 しかし、カエにはゴブリンの見た目の区別はつけられない。それもそのはず……現実にゴブリン何て生物を——それを……つい先刻に初めて目にしたのだから——

 

 では、なぜその時のカエは『先程、目撃した』と断定したのか——?


 その答えは、ゴブリンの身に纏う薄汚れた布切れや、手に持つ武器と思われる棒っ切れ(棍棒)……これらがカエの記憶の類似が少なからずあったため——これが断定のきっかけであった。



(——ッおお……いたいた! 居てくれて良かったよ……まだ、気づかれてないみたいだし……コレは、チャンスかな……?)



 まだ、こちらの存在が知られてないのを好機とみて、カエは対象へと接近を試みる——そして……

 ゴブリンとの距離が目と鼻の先とまで言えるほど詰めると、彼女は近くの太い木の根元の影に身を潜めていた。



「——ッふぅー……」



 カエは小さく息を吐き、呼吸を整える——自身の気を落ち着かせ……心を静寂へと持っていく——

 おそらく……いや、きっと……これからカエの起こす出来事は、彼女の精神に堪えるであろうことが想像される。

 なるべく気は落ち着かせておきたい——と自身の防衛反応からくる精神統一。


 そして……カエの決意が固まると、背中に納まる刀に手を伸ばし——ゆっくりとそれを引き抜く。すると、先程確認した美しい蒼い刀身が姿を現した。

 そこから、両の手で刀の柄をしっかりと強く握りしめ、木の影からゴブリンの位置を再び確認すべく……覗き込むと……


 次の瞬間——



(——ッ!! あ……やべ……!?)


「………ッグギャ??」



 ゴブリンターゲットの片方と目があってしまった——!?



(ッッッ——あぁああ!! もうぉおーどうにでもなれぇえ!!!!)



 不測の事態に直面したカエは、瞬時に思考を投げ捨てた。そして、勢いに任せ影より躍り出る。


 次の瞬間には迅速に——目があった“ゴウブリンソイツ”目掛け上段より刀を振り下ろす。

 

 その様は、まるで蒼い雷を落としたかの一瞬の一幕。


 

(——ッッッ!!!!) 



 ただ——その瞬時——彼女に伝う感覚というのは——



 カエは、刃物で生き物を切った経験はない——あるとすれば、包丁で生肉を切るぐらい。


 実際に息のある生命のある獣なんて——


 それなのに……


  

「——ッギャgy…………?」



 今……振り下ろした刀は驚くほど静かだった。

 腕に掛かる力は、下に向くベクトルのみ——反動は一切返ってこない……

 すぅーと……空気が流れるような静寂。なのに……どこまでも恐ろしい……そんな一撃が見舞う。


 その一撃で持って、糸も容易く1つの命が消えたのだ。


 物体は、太い骨すらも断ち切られ……物の見事に真っ二つに……



「……ギャ? ───────ッ! ウギャギャ!?」



 もう片方のゴブリンは、いきなりの仲間の死に理解が及ばず一瞬呆けた様子を見せる。

 数秒後……漸く、状況を理解したのか、声を荒げ自身の手に持つ棍棒を振りかぶり……反射的に、カエ目掛け飛びかかってきた。



(——ッん? あれ……?)



 しかし、そんなゴブリンの反撃は、彼女の目には……凄くゆっくりに見えていた——


 先程、ゴブリンを見つけたときもそうだったが、転生前に比べ、カエの視力は驚くほど強化されていた。

 現在ゴブリンはこちらに対し、武器を振り翳し飛び込んで来ている訳だ。

 そこには、跳躍による運動エネルギー……そして、重力による落下速度……と——それらが及ぼす速度というのは、誰もが想像範囲内の速さであろう——彼女の目には、スローモーション……いや、寧ろ、止まっているとさえ言える程の感覚を味わった。


 カエは、両断したゴブリンを瞬時に邪魔にならないよう足で蹴って退かし、振り下ろされた刀を素早く引き戻した。

 そして、そのままの勢いを殺さず——刃を背中に回し、大きく身体の周囲を一回転させると、飛び掛かってきているゴブリンを下段より逆袈裟斬りにしたのだ。

 そして……斬られたゴブリンは、カエの横を通り過ぎ——地面へと落下……

 それは、地に触れた瞬間、斬られた事実が発覚するかのように——落下の衝撃で胴が半分に別れて動かなくなった。


 この攻防が起きたのは、一刹那……わずか数秒のことであった。



「——これ……やばいな……やばすぎるよ………」



 この一瞬で、己の身体能力、刀剣を扱う技術力——これらが本物であることが証明された瞬間である。


 今回、試し切りの対象となったゴブリンは、おそらくは最弱に分類される魔物であると思う。だがしかし、最弱といえども切った感触がまるでなかった……とてつもない切れ味である。


 カエはその現実に、呆れ気味に手に持った刀を見つめ続けること数秒——



「——はぁぁ………」



 カエは1つ……ため息を付くと、刀身に付着した血液を払い除けるように刀を一振りし……鞘に収めた。

 正直、切れ味が良すぎたためと剣速によって刀身には一切、血はついていないのだが——形だけのポーズだ。

 

 そして……



「——仇は取ったぞ………………」



 

 そんなカエは、おかしな事を呟くのだった。

 





 


 

 

 

 



 


 

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