第56話 神官を舐めないで!!

——カキィィーーーイイイン!!!!



「——ッ………はぁあ??」



 槍使いの女は、思わず抜けた声を洩らす。


 それは、一瞬過ぎた出来事の突飛さが影響してのことなのだろう——今まさに刹那に起こった事象がどうしても彼女には受け入れられなかったのだ。



 レリアーレの胸を目掛け高速で繰り出された刺突——それがまさに彼女に突き立てられる……その瞬間——槍はある硬い何かに阻まれた。まるで金属に激しくぶつかった様な音を周囲に解き放つ。


 それは、一瞬——再びレリアーレが魔法による障壁を展開したかに思えた。それ程までに、そうとしか思えない場面と金属質な音を奏でたのだ。



 しかし……この時の——



「——ッッ……ウソでしょッッ?!」



 奏でた金属の音色——その質が先程とは何処となく違っていた。



「ウソじゃないわよ!!」

「……ッ——この、変態かよ——!!」



 槍の刺突を防いだモノ——それは……



 レリアーレが手にした笏杖である。



 正確には、彼女の手にする杖の先端部——鉄線が張り巡らされた部分で器用にも槍の矛先を引っ掛ける様に受け止めていたのだ。


 レリアーレの持つ武器は……身の丈はある長い杖で、先端に青い宝玉が嵌め込まれている。そして、その球を守るかの様に何本もの鉄線が張り巡らされたデザインが施された——武器と言うよりは、一種の芸術作品を思わせる程に立派な代物であった。

 

 槍使いの女の刺突が繰り出される瞬間——レリアーレは、その一瞬前に自身の手にした笏杖を、『槍には槍を!』と対抗するかの様に——姿勢を低くし、両手で杖柄全体を広く持つ事で……側から見れば槍を構えるかの態勢を見せていた。


 そして……遂に槍の刺突が突き立つ瞬間——鋭く見据えた自身の武器の先端部に合わせ、タイミングを見計らい張り巡らされた鉄線部に矛先をぶつける。すると、鉄線と鉄線の合間に刃を捉えるに至ったのだった——が……しかし、そのままでは勢いに乗った槍の威力は完全に殺すことは叶わない。

 レリアーレはただ……槍に合わせて杖を突いただけに過ぎない。このままでは、押し負けてしまうのは当然、レリアーレの杖の方であるのは確実……だが……



 彼女は当然——それを理解していた。



 杖と槍が衝突した瞬間——丁度鉄線部に槍の刃先が嵌まったであろうタイミングを見計らい、杖を下に向け思い切り力を加えた。すると若干ではあるが杖の鉄線に引っかかる事で槍共々刺突のベクトルが下方向へと向く事となる。そして、更にダメ惜しみとばかりに、槍と杖の高さが下がった瞬間……レリアーレは自身の手にした杖を脚を振り上げ——思い切り踏み抜いたのだ。すると……


 驚く事に——槍の矛先は地面へと突き刺さり、その勢いを失ってしまうのだった。

 

 その攻防が繰り広げられたのは僅か1、2秒の世界——そんな刹那の間に起きた驚愕的事実に……槍使いの女は思わず声を漏らしてしまったのだった。



 それもそのはず……なんと言ったって——その近接における攻防を凌いだのが……まさか、近接に不利とされる“魔法職”——【神官】のレリアーレだったのだから……



 槍使いの女も……これには、理解が追いつかなかったのだ。



 しかし……



「……ッ——私の攻撃を止めたからって、良い気にならないでッ——!!」



 確かに『攻撃が止められた』事実に驚愕こそしたが……


 そこは、曲がりなりにも冒険者——そして“近接職”として、自身の攻撃を止められたのなら、次なる攻撃を講じるだけ——

 すかさず気持ちを切り替えては行動へと移す。槍を引き戻すべく力を腕に込めようとした。


 しかし……



「遅いわよ! 【弾ける発光の衝撃フラッシュインパクト】」



 現状から槍が引き戻されるよりも前に……レリアーレは魔法を発動させた。しかしそれは……決して敵対する相手に向けた魔法モノではない。そもそもレリアーレと槍使いの女との距離は僅か数メートル——ここまで接敵を許した状態での高威力の魔法の使用は返って自分自身をも巻き込み兼ねない為、現状で使用は不適切。

 そこでレリアーレが選択した魔法は、極少量に魔力を絞り、魔法による影響を及ぼすエリアを限りなく小さくしたモノ——精々発生地点から数十センチにしか影響を及ばさない小さな魔法である。


 一体そんな魔法がなんだと言うのか——? と側からすれば思えてならない魔法……しかしそこには、かなりの高騰技術が使われていた。

 魔法とはあくまでエネルギーを爆発させるものである。その為、そのエネルギーを敢えて絞るというのは至難の業なのだ——それを、この緊張が支配する場面で発動させたレリアーレの胆力と——卓越した技術が、その魔法の裏には内包されている。

 ただ……その小さな魔法が凄いことは凄いのだが、この緊迫した攻防の真っ最中に、何故その様な魔法を彼女は選択したのか——?

 僅か数十センチでは……長い杖と槍の間にはメートル単位の距離があるため、現状で魔法を槍使いの女に届かせることは叶わない——



 はずであった——



「——ッ!? ……え??」



 次の瞬間には、槍使いの女はレリアーレの魔法に意表を突かれ困惑することになる。

 正確には、魔法に——では無く、魔法が引き起こした事象に——だが……



「わ……私の槍が——!?」



 レリアーレが魔法名を叫び上げた次の瞬間、気づけば槍使いの女は自身の持つ槍を見失っていた。今まさに次なる手をと講じるために引き戻そうとした自前の“武器”をだ——


 一体、なぜ——?


 そして、その行先なのだが……その瞬間のレリアーレの様子を伺えば——彼女は、笏杖を高々と振り上げていた。今しがた、槍共々地面に突き刺さっていたのに……


 しかし…… 



「——ッ!?」



 その姿が、双眸に捉えた瞬間に『槍の行方』には簡単に想像がつく——



(——ッ槍が!? 弾き飛ばされて……!)



 槍の在り処は……レリアーレの振り上げた杖の延長上——その先の遥か高所の“宙”に存在した。



 レリアーレが魔法を発動させたのは、杖の先端部……それも杖の側面、地面と杖との間が発生地点だった。

 魔法使いの杖とは、魔力を流すことで笏杖の先端から魔法を発現させることが出来る。勿論、杖を介さなくとも、手先や、自身の付近に発生させることもできるのだが、杖は魔法の威力を上げる媒体であるため、杖を介す方が威力、安定性共に向上する。


 だが、今回重要なのは、威力……よりは発生させた地点だった。


 彼女の発動させた【弾ける発光の衝撃フラッシュインパクト】とは、光の魔法を弾けさせるといった至ってシンプルな魔法である。その効果は一定の衝撃波を生むのみで——後は瞬間的な発光を放つ為……相手に対しての目眩ましなんてことにも使える。

 そして、魔法の衝撃波は杖と地面の間で発生した事により……レリアーレの笏杖は魔法に弾かれ、大いに打ち上げられる事になったのだが……

 この時、杖の鉄線には槍の矛先が引っ掛かっていた——つまりは、引っかかることそのまま——槍ごと魔法は両者の持つ武器を打ち上げた事となった。


 勿論、魔法を発生させたのはレリアーレ本人である為——彼女は魔法発動の瞬間には手にした笏杖を手放さない様——握る手を強めていた事……そして、弾かれた杖を敢えて勢いに逆らう事なく振り上げた為に、彼女の手から溢れ落ちることはなかった。

 

 しかし……槍使いの女は違った——


 彼女は、今し方……自身の渾身の一撃が魔法職の【神官】に止められるといった珍事に遭遇した。その驚愕の失態により、つい呆けた様相を見せていた彼女の手は『強く武器を握る』といった行為を忘れてしまっていた。つまり、その一瞬の気の緩みが、突然の衝撃への対処に追いつかず……彼女の手にした槍は、衝撃によって天高く跳ね飛ばされる結果を生んだのだ。



 そして……



 目の前に存在する杖を高々と掲げた神官は——その決定的な隙を逃さない。



「——あら? 他所みしている暇なんてないんじゃなくって? ——ッ【熾烈な風の衝撃ストームインパクト】!!」

「——ッッッ!? あんた、かぜま、ほう……まで——!!」

「吹き飛んじゃえ——!!」

「——ク——クソ、しんッッッかぁぁァァァーーー…………ッッ——」


 

 槍を弾き飛ばされた事により槍使いの女の銅はガラ空き——すかさずレリアーレは追撃の魔法を発動させた。ただ……その時の魔法は彼女の得意とする『光』の魔法ではなく——『風』の魔法。彼女は光の魔法だけでなく、複数の魔法をも扱えたのだ。

 この様に、敵対相手との距離が近い場合……光魔法は『回復』、『障壁』以外の魔法は基本、影響範囲が広いものがほとんどな為、適さない——

 【弾ける発光の衝撃フラッシュインパクト】の場合、レリアーレはその範囲を絞りに絞って使用して見せた。その彼女の技術には感服するが、汎用性は極めて低い——槍を弾き飛ばすに一役を買った一撃も自身周囲の数十センチ、もしくは笏杖の選択付近でしか発動出来なく——更に、あれ以上に威力を上げれば自身にも影響が及ぶ……

 そこで彼女の選択したのが“風魔法”——『風』は『光』に比べ、方向性というものが定めやすいという特性がある。今発動した“熾烈な風の衝撃ストームインパクト”もレリアーレの手のひらから打ち出され、その飛距離もそれなりのもの——数メートルほどの距離でなら、余裕で範囲内——よって……


 唐突に発生した風の衝撃は、槍使いの女を巻き込み——遥か遠くへと吹き飛ばすに至ったのだ。

 そして……後に残る魔法の余波は、砂煙を巻き上げた。



「——ッぇえ!! 嘘!? やられた——?!」


「……ん?」



 その結果に——直前まで、接敵に移る行動を見せていた弓使いの女は、思わず立ち止まり驚愕の声を上げた。

 しかし、レリアーレが起こした暴風により、砂煙が舞った事でフィールドの視界が悪い——よって、弓使いの女の気配も捉えられたのも“その声”だけである。





 (——うそ…うそうそ、嘘ッ!! 何で、2体1で押し負けるのよ……! うう〜……どうしよう……私じゃ、あの神官には不利……ここは逃げるべき——!? いや、レノと合流して……)



 この時——弓使いの女の脳裏では、大いに混乱を極めていた。それというのも、2体1のアドバンテージがある場面で、要となる前衛がやられてしまったからだ。

 そもそも、回復タイプである【神官】が——【槍使い】の前衛相手に、“近接戦”で競り勝ったのだ——そんなの誰が予想できようか?

 

 遂にはこの予想外の出来事に、彼女は既に“逃げ”の姿勢を見せている。

 

 あの近接における攻防のやり取りは……紛うことなく近接職の専売特許と見れなくない領域によるものだった。

 そのレリアーレに対し、弓使いの女は間違っても近接で攻め入る様な愚行は出来ない。ましてや、弓で攻めようとしてもレリアーレの光の障壁により、最も簡単に防がれてしまう——それに、遠距離の撃ち合いを演じれば、確実に敗北者の役は自分である。そう……弓使いの女は、事の一瞬を目撃者として瞬時に理解していた。



 だから……



(……とにかく——どう逃げるにしろ、今は距離をとって……)



 幸い……魔法の発生により周囲は余波で砂煙を巻き上げた視界不良。今なら逃避も容易くあった。仮にこの後、仲間の男と合流もしくは置いて逃げるにしろ。近くの【神官】が気掛かりの種には変わらない——まずは『距離を取る』これを重視して行動に移した。

 砂煙に乗じ……先ずは姿を隠す事が先決と、動きを見せる——が……



 その時——



「——エンチャント【ライトニング】……“雷の槍トニトルス ハスタ”……」


「——ッえ?」



 砂煙の壁の向こう側から、声が上がったことで……弓使いの意識が壁へと吸い寄せられた。



(嘘だ——ハッタリ……だって、レリアーレアイツは私の居場所は特定できていない、は……ず……)



 そして……


 

「——ッッッ!!??」



 砂煙の壁の一箇所……そこでは突如として砂の粒子がまるで一本の線に対して巻き付くかの様に奔流する動きを見せた……が……

 刹那——渦の中心より“何か”が、シュッ——と風切り音を携え、高速で射出された。そしてその『何か』は、弓使い目掛け……



「——ッウ!? ——クッーー!!」 



 飛来する——


 

 その正体は『槍』……そう……それは仲間の得物だけあって……彼女のよく知ったものであった。


 

 その高速飛来した槍に対し女は、瞬時反射的に手にしたナイフの刃を横で捉える事で受け止め——そして、その一瞬で理解した。


 その飛来物は全体をコーティングするかの様に稲妻が迸る——

 彼女はその勢いに対し、小さなナイフで受け止めてしまった弊害で、刃を空いている手で押さえる形で対抗してしまった——よって、金属の刃を通し彼女の手は痺れ焼ける様な痛みが襲った。



 『エンチャント』……これは『魔法』の応用による技術——と言っても、使用の難易度にすれば、単なる『魔法』を使うより遥かに取得しやすい“技”であった。

 この世のモノは誰しも魔力を所持しているのだが……『エンチャント』とは、その魔力を武器に込める技術の事を指す。

 アインの『気流の刃エアリアルブレード』や 弓使いの女の『風牙の矢エアリアルアロウ』は、剣や矢に“風魔法”を付与したものである。これらエンチャントは魔法の知識の疎い者であっても、軽く齧った程度と少しのセンスがあれば割と形になる技術である。魔法の難しさは魔力を加工し方向性、形を形成し具現化させるところにあり……ただ纏わすだけでなら割りかし簡単である。

 弓使いの女を襲撃した雷槍は、レリアーレの“エンチャント”によるものだ。

 槍は、今し方の攻防で弾き飛ばしたモノを使用——そして、それに“雷魔法”を付与し——いかずちを纏わす事で武器はある特性を得る事になる。


 レリアーレは正確には、弓使い(敵)の位置を捉えてはいなかった。それは、自身で発生させた魔法——その余波で巻き上げた砂煙が原因であるのだが……

 彼女は、砂煙の壁の反対から驚愕する声が上がると——同時……トスゥン——と近くに弾いた槍が地に落ちたのを耳にする。すると、彼女は槍を拾い上げ……声のする方向——敵対者目掛け、槍にエンチャントを施し投擲したのだ。そのフォームはとても魔法職とは思えない姿である。

 

 その肝心の『槍が得た特性』だが、それは『追尾性』であった。


 追尾と言うが——雷を纏う事で一体何を“追う”のか——?



 それは……




——ピキッ——



「——ッ!!??」



 弓使いの女は、雷槍を小さなナイフで受け止めた——そう、彼女は反射的にたまたま手にしていたナイフで見事に受け止めて見せた。だが……そこには、彼女の『技量』『運』といった要因が関与したと表現するより、その針に糸を通す所業を達成した最もたる起因はレリアーレの“エンチャント”にあった。



——金属性装備の追尾性能——



 今回の場合……“矢先端の鏃”や“ナイフ”なんかが該当する。


 受け止める為に手前へと突き出したナイフの刃を目掛け飛来したその光景は、正に見事十センチ程の幅で受け止めた神技的姿を映し出した様に——レリアーレのエンチャントは的確な追尾を発揮してみせた。


 そして……結果に予想は付くだろうが……


 そんな小さなナイフでなんて魔法を織り込んだ槍を受け止めるには不釣り合いだったのだろう——

 


「——ッ!! キャァァーーーーー!!!!」



 弓使いの女は健闘虚しく遂には……パキン——!! と音を立て、ナイフが最も簡単に砕ける。すると同時に、雷の衝撃に当てられると……悲鳴を吐き捨てながら後方に弾き飛ばされて行った。

 それもそのはず……何と言っても、その雷槍を仕上げたのは、魔法職を極めた神官であるからだ。

 そこに内包する魔力の質というものが、そもそも——アインの『気流の刃エアリアルブレード』や、弓使いの『風牙の矢エアリアルアロウ』とは比べるべきもなく、人を軽々と弾き飛ばす現象は当然であったのだ。



 そして、槍を放った本人——


 

 風が煙を晴らすとと共に、レリアーレの姿が現になる。



「——もう……“変態”とか、“クソ神官”とか——好き勝手言って……」



 そんな彼女は……自身の持つ笏杖を、ドンッ——と地面へと突っ立て……高々と宣言する。



「——神官を舐めないで——! ベぇぇーーーッだあ!! ふん!!」



 勝利の雄叫びよろしく、溜まった鬱憤を……吐き捨てるかのように……





 A級冒険者【清竜の涙】のレリアーレ——彼女はその肩書に恥じない技術を持ち合わせた。



 まごう事なき卓越者——



 B級冒険者の2人組程度。彼女の前では敵ではなかったのだ。




 


 

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