第55話 追い詰められて……

 突然、フルプレートの男が放った炎魔法がアインとレリアーレ目掛け飛来する。


 だが……そこは流石はA級冒険者というだけあり、2人は炎が弾けるよりも早く左右にそれぞれ跳ぶ事で、爆心地より退避してみせた。



 だが……この時——



「——ッアイン!?」



 反射的に攻撃を回避してしまったからか、互いに別の方向へと逃げてしまっていた。

 これには、敵対するフルプレート男とその取り巻きが見逃さないと言わんばかりか……二手に分かれこちらに接敵しようと動きを見せ始めている。

 一瞬、その状況に動揺が走ったレリアーレは、アインの無事を確認する意味も含め——彼の名を叫ぶ。


 しかし……

 


「——俺のことはいい、リア——!! “自分の事に集中してくれ”!」

 


 彼の反応からは、問題がないであろう様子が確認できた。寧ろ……アインの心配以前に「自身の事を第一に…」との旨を含めた言葉が返ってくる。つまり、彼はレリアーレの事を信用しているのだ。彼女であれば、何ら問題はないと——そう言った意味合いを内包する彼の言葉だ。これがレリアーレにとって、とても心強く感じた。

 


「——うん! 気をつけてね。アイン!!」



 彼の言葉が、レリアーレを鼓舞する。


 今の彼女は“誰にも負ける気がしない”——そんな気さえ感じ取れるほど、強い意志で溢れた凛とした表情を浮かべるのだ。


 だから……



「神官ちゃ〜〜ん。あなたの相手は……」

「……私達……めんどくさいから、とっとと諦めて……」



 目の前に居る。2人組の女に何ら問題なく立ち向かえるのだろう。



「あなた達、さっきまで鎧男の後ろでダンマリだったのに……急に何なのよ?」


「ええ〜〜別に、男が頑張って喋っているのに、それを邪魔するのは野暮……」

「……と、言うのは建前——別に強いて喋る必要がないからね〜〜」

「まぁ……そうとも言うわね。だって、今から殺す相手とおしゃべりする必要なんて……ないわよねぇッーーー!!」



 先程まで、フルプレートの男の後ろに控えていた2人の女。それぞれ槍と弓を装備した2人組だ。

 そして……槍使いの女が一瞬声を張り上げたかと思うと次の瞬間、レリアーレ目掛けて勢いよく駆け出して来る。



「私は、槍で接近戦に持ち込むわ! あなたは弓で援護——」

「了〜解〜風渦巻け【風】エンチャント——【風牙の矢エアリアルアロー】」



 槍使い、弓使いの2人がレリアーレに対して——遂に、攻撃態勢へと移行する。

 弓使いが矢を番えると、鏃の先には風の奔流が渦巻き纏わりつく現象が確認される。


そして……



「は〜い、これでも喰らえ〜……」



 次の瞬間——弦を掴んだ手を離すと、矢は風を従えた状態で高速にレリアーレを襲う。そして着弾したかに思えた時には、奔流が弾け砂煙が舞った。その瞬間的に砂が舞う様は、着弾した矢の威力の凄まじさの体現であった。



「どうせ、回復しか取り柄のない【神官】なんて、接敵を許せば何も出来ないでしょう!!」



 だが、そこへすかさず攻撃の手を緩めることなく、槍使いの女が素早く砂煙に接近した。一見、矢が当たった様に見えたが、砂煙の影響でレリアーレの姿が見えない以上……油断する事なく攻撃を繰り出した。


 しかし……



「——ッ!?」


 

 突き立てた槍が猛威を振るうことはない。



「……【光の守護ホーリーウォール】」

「へぇ〜〜やるじゃん……あんた」



 槍は砂煙に突き立てたものの……硬質な何かによってその勢いが止められる。そして、強い谷風によって砂が吹き晴れると——そこには、輝くガラス片を展開する無傷のレリアーレの姿があった。彼女の目の前には折れた矢が一本転がっていることからも、初撃の風矢も彼女はあっさりと防いでいた事が分かる。



「回復魔法だけじゃなくて、防御魔法も使えるんだ。でも……って話しよねぇえ!!」

「……ん!? ——ックゥ!!」



 だが、槍使いはそこで攻撃の手を緩めず、追撃を立て続けに繰り出した。

 

 一旦槍を引いたかに思えたが、身体の周りを見事なやり捌きで回転させ……そのままの勢いを殺すことなく、一撃……また一撃——と、素早い連撃を光の盾に迷うことなく浴びせる。



「ふふふ……魔法職が近接に持ち込まれたらダメだよねぇえ〜? このまま畳み掛けてあげるんだからぁあ!」


「——ッン゙!?」


「あんたも、弓はもういいからナイフで応戦して——私はこのまま盾を削るから回り込んで!!」


「——ッオッケ〜!」



 槍の猛攻は止むことがなく、光の盾に打たれる度——まるで鉄筋を叩く様な甲高い音を周囲へと放った。そして、矛先が突き立つにつれ光の輝きを削り取るかの様に障壁の破片らしき輝きが舞って飛び散る。


 これには、レリアーレも堪らず……

 

 一歩……また一歩——と、展開する盾と共に後ろへと後退する。この時の彼女は、その展開した魔法の盾を維持するのに必死なのか手にした笏杖を握りしめ、必死な形相を浮かべていた。

 だが……その押された状況でも目の前で猛威を振るう槍使いの女は、畳み掛ける為に弓使いの女に指示を飛ばした。

 ただでさえ、自分達が押している状況であっても更に手を高じる彼女達の手腕は、敵ながら天晴——流石である。





 そもそもからして、【魔法職】というのは、接近戦を苦手とする職種だ。何故なら魔法とは、遠距離に対して莫大な威力を発揮し、それが最大の強みであるから——魔法に注力する者は、大抵その強みを上げる努力を向ける。よって、必然的に近接が疎かとなる傾向が強いのだ。ただ、そこには最大の理由として、『魔法』の“熟練度”というのも関与してくる。

 熟練度……聞いてその名の通り——魔法を学び、身に付けた度合い……

 『魔法を学ぶは一生』という言葉がこの世に存在し、そんな表現が作られてしまうほど、魔法というのは上達に途方もない時間が注ぎ込まれる。

 つまるところ、『魔法使い』は“魔法”を学ぶで精一杯——そのいとまで近接戦をも身に付ける余裕などある筈がないのだ。


 よって……そのことを念頭に置き【魔法職】を相手取る場合——基本的には近接戦に持ち込み、魔法を使う隙を与えないのが最もポピュラーな戦法である。

 現状、槍使いの女がレリアーレに対し攻撃の手を緩めることなく連撃を浴びせつつけているのも、セオリーに準じたが為の行動。

 勿論、最適解な戦法を講じる彼女の選択は正解だと言えよう——しかし、この時本当の意味で褒められるべきは、槍使いの女より……彼女の連撃を防ぎ続けているレリアーレの方であった。

 本来、魔法の障壁は魔法を防ぐ為に用いるモノであり——そして魔法に強い分、物理には弱い性質にあるのだ。にも関わらず……レリアーレは槍の連撃に対し、その全てを防いで見せている。実は魔法障壁でも物理攻撃を完全に弾けない訳ではない——レリアーレはこの時、連撃に対し魔法障壁を細く細分化……何枚もの障壁を重ね合わせ層にする事で、槍の鋭い一撃一撃をも防いでいるのだ。

 そして、障壁が壊されたそばから魔法障壁を補充し、常に完全に衝撃を防げる状態を維持し続けていたのである。

 レリアーレはこれをいとも簡単にやってのけているが……魔法を維持——そして命の奪い合いでの均衡を保つ精神力——そこには途轍もない集中力が要求されていた。

 初心の魔法使いでは一枚の障壁を張るのでやっとだというのに……彼女の所業は正に研鑽を積まなければ不可能な——神業——

 まだ、若い身でありながらも……彼女は間違いなく【魔法職】としては一流であろう。


 だが……



  分が悪いのはレリアーレの方である事には変わらない……



 槍使いの女は、自分の仲間にナイフでの近接強襲を指示した。それは、現状のレリアーレの様子を観察して導き出した彼女の最適解である。

 

 レリアーレはこの時……実は槍の連撃を凌ぐのでやっとであった。その為、彼女の展開する魔法障壁はというと……槍使い女と自身との間にのみ張られている状態——つまり、背後がガラ空きとなっているのだ。

 よって、現状の“ナイフによる強襲”とは、『レリアーレに隙を与えない』ことと『障壁の穴を付く』と言った二重の意味を含んでいた。

 そして、弓による一撃はレリアーレの障壁には効果が今ひとつである為——遠距離というアドバンテージを投げ捨てたとしても……2人で畳み掛ける戦法は理に適っているだろう。


 そもそも、このまま槍の攻撃を防ぎ続けるだけではレリアーレには攻撃を転じる手段がなかったのだから、その時点で彼女にとっては芳しくない戦況であったのだ。


 このまま、弓使いの接敵を許してしまえば……いよいよ、レリアーレに挽回の余地は絶無である。



「たかが【神官】が複数に囲まれてる時点で終わっていたのよ! いい加減……諦めなさいよねぇえ!! アハハ……!」



 槍使いの女も、この現状が見えているからこそ自身の勝利を疑わない。だからか、レリアーレに対し高らかに勝利宣言を叫ぶ。



「……ッ———クゥ……」


 

 その時だ——



——パキッィィィィン—————!!!!



 絶叫に押し負けたのか、レリアーレが展開していた光の障壁は——力を失ったかの様に散乱と音を立てながら無惨にも崩れ落ちた。


 ただ……その崩れたタイミングは唐突だ——


 槍による強い一撃があったわけではない。それはまるで……諦めたのか、術者本人が解いたようにも見えた。



(——ッ!? ははは……遂に諦めたみたいね!)



 近接に持ち込まれ、挽回不可能に見える近況……絶望的状況に追い詰められ、諦めてしまった——一部始終を見た者からすれば、この光景からはそんなレリアーレの心の内が読み取れるかの様である。

 そして実際……まさに目の前で奮闘していた槍使いの女は、そんな彼女の諦めの念を読み取るや否や——自身の手にした槍を一層強く握りしめると、得物を身体の周囲を一回転させ——激しく突き立てようと……

 この戦闘で一番の威力を誇ろうかと伺える——渾身の刺突を繰り出すのであった。



「魔法職にしてはよく頑張りました……けど、これで終わりよ!!」



 そして、高速の矛先はレリアーレの胸を目掛け突き立つ……







 かに思えたその瞬間——



 ——カキィィイイイン————!!!!





 ぶつかり合う金属音が周囲に広がった。



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